1.よくある話
目の前に現れたその男は片手で扱える大きさの剣──つまり片手剣を振るっていた。
剣が振るわれる先にはスライムが。水色で、透明な、液状生物。
男が剣を振るうたびにパシャッという音が響く。
無機質で食欲以外の意志が見えないスライムたちは、男の一撃で核を潰され、動かぬ液体へと姿を変える。
男を喰らわんと跳びかかるスライムは、男が左手に持つ傷だらけの盾でたたき落とされる。そのまま流れるような正確無比な突きにより辺りの液体が増える。
一方的な蹂躙だった。
「大丈夫か?」
ふくらはぎをスライムに喰われ、地面に倒れ込んでいた少女に男は声をかけた。
長く伸ばした金髪と、清楚さを覗かせる整った顔。小柄な体を包む聖衣は泥にまみれていた。
男が様子を見ようと少女に近づくと、びくりと体を震わせる。
「落ち着いて。俺は君たちを助けに来たんだ」
そう言って男は首に提げた二枚組の楕円形の金属板を見せる。
──橙色の認識票。ランク2の冒険者……。
「見たところ聖職者だよね? ヒールはまだ使えるかい?」
少女のふくらはぎの具合を確かめながら男が言う。手つきは手慣れていた。
「……ッ、あ、ありっ、がと……ご……」
お礼を言おうと口を開くも、恐怖に濡れた少女の体は、うまく言葉を紡いではくれなかった。
「無理してしゃべらなくて良い。使えるならうなずいて」
男の優しく安心させるような声色と表情に少女は従い、こくこくと精一杯首を縦にふる。
「よし、じゃあまずは深呼吸だ。それから自分の足に向けてヒールを使って」
ゆっくりと空気を肺に取り込み、吐き出す。
それに合わせて年相応の慎ましい胸が上下する。
それを数度繰り返すうちに手の震えが収まってくる。代わりに足から鈍い痛みを感じるようになる。
痛みで顔が歪む。
そばに落としてしまっていた杖を手繰り寄せる。
「『ヒール』……!」
杖を両手で握り、少女は現実を改変する。
神に与えられた力を、癒やしの奇跡を発動する。
スライムによって喰い千切られたふくらはぎが、まるで時間を巻き戻したかのように、傷一つなく元に戻る。
痛みがなくなり安堵したのか、それとも魔力を使い果たしたせいか、少女の体からふっと力が抜ける。
倒れゆく少女の体を男が抱きかかえるように支える。
大丈夫だろうかと男が少女の顔をのぞき込むと、すでに少女は気を失っていた。
世の中にはありふれた話だった。
モンスターが村を襲うなんて珍しくもなんともない。
それで誰かが死ぬのも、村一つなくなってしまうのも、別にめずらしくもなんともない。
よくある話だった。