第5話 [洗礼の儀]と回復の巫女
ー[洗礼の儀]当日の朝ー
「おはようございます。お嬢様」
メイドのルナに声をかけられ、目を覚ます。
昨日、1週間経ってエルから仕事を渡されたらしい。専属メイドだもんな。
「ん、おはよう。ルナ」
「起きますか?」
「うん…」
ルナに支えてもらって体を起こす。まだ痛いな…。
部屋を見渡して伸びをしようとしたところで、入り口付近で立っているメイドたちの姿が目に入る。…あぁ。今日は[洗礼の儀]があるんだっけ。それと、誕生日会。
「今日はいつもより気合を入れて身支度しましょう。ドレスを用意してありますよ」
にこっと笑ってドレスを目の前に並べてくれる。ルナ、これ全部特注品だったりしない…よな?
「えっと…。この中から1着?」
「いえ。今日は[洗礼の儀]と誕生日会のために2着ですよ」
2着…。え、着替えるの2回…。
そう言えば、イベントのある日は特別な服を着るって誰かが言ってたっけ。なるほど。5歳になると確実に体験することにはなるんだな。
「どうします?決まらないなら、こっちで考えますが」
悩んでいたら、ルナにそう聞かれる。ていうか、何着あるんだよ。
えっと…シンプルなのが良いだろ?んで、子供っぽいやつ。そうなってくると、フリフリのやつは例外だよな。あ、この青っぽいの綺麗。
「これと…」
青を基調としたワンピース的なのをまずは選ぶ。これは、[洗礼の儀]で着る分。
んで、誕生日会の方は少し派手でも問題ないだろうから選択肢は広がるな。髪は相変わらず長いから、それをアレンジしたときに似合うやつ…ん?この色珍しいな。
「ルナ、これ気になるんだけど…」
「!良いの選びましたね。この2着にしましょうか」
「う、うん…」
それにするとは言ってないんだけど…。
ていうか、本当にその服の色珍しいな。
「まずはこちらの服にしましょうか。先ほどのやつは、誕生日会で着ましょう」
「分かった」
立って、最初に選んだ青色の服を着せてもらう。あ、やっぱりこの色合うな。
着せてもらって、次は髪をアレンジしてもらう。そのために、鏡付きの机の前に座った。椅子付きで、しかも座り心地は抜群。
「このドレスだと、ポニーテールが似合いますかね」
「お団子だと違和感は出ますし…。ツインテールは、服に合いませんね」
後ろで話しているのを聞きながら、じっとして縛りやすいようにする。
暇だな…。と鏡の中の自分を見ていて、俺はふと気づく。瞳の色が、気になっていた色のドレスと一緒。ってことは、瞳の色に合わせて作らせた服ってことか。特注品だな…確実に。
「少し上で縛って、この髪飾りをつけましょうか」
「そうですね」
髪の毛は切ってもらっていない。だから、結構な量と長さを2人がかりで縛ってくれる。結構重いし、そろそろいい加減に切ってもらわないとな。
それから10分ぐらいが経ち、身支度が整う。立って、ルナの手を借りて廊下に出た。
「おはよう、マリア。…ビシッと決まってるじゃない」
部屋を出たところで会ったのは、ルア。母親になったからには“ちゃん”付けで呼ばないように意識してるらしい。それでも、出るときは出るんだろうけど。
「おはよう、ママ」
「綺麗に仕立て上げましたから。…そろそろ出発のお時間ですか?」
挨拶をする俺と自慢げに言ってくるルナを見て、ルアは笑みをこぼす。
そういや、ルアもきちんとおしゃれしてるんだな。髪とピッタリ合う感じで。色は俺と同じ青系。狙ってやったわけじゃないが、髪の毛の色・白銀と相まってすごく似合ってる。
「そうね。でも、その前に朝ごはんにしましょ。おいで、マリア」
「はーい」
ルナの手からルアの手に握りなおして、食堂へ向かう。
目を覚ましてから1週間。まだ歩きづらかったり、痛かったリはするけど。ここまで体を動かせるようになるとはな…。
ー食後ー
「食べ終わったか、2人とも」
いっぱい食べて一休みしていたら、廊下からカイトの声が聞こえてくる。そういや、一緒に食べなかったな。また書類の整理にでも追われてるんかね。
「うん。あ、そろそろ出発の時間になる?」
「そういうこと。準備整ったら、外に来て。馬車用意してあるから」
それだけ言って、カイトの立ち去る足音が聞こえた。
椅子から立ち上がって、準備をするためにそれぞれ分かれる。俺は、ルナに助けてもらう形で色々と進める。顔を洗ったり、歯を磨いたりな。
「こんなもんでしょうか。お化粧が濃すぎるとバランスが崩れますし…」
こういうのって、面倒くさいの極みなんだけど。まぁ、自分でやらないだけまだましかな。
自分でやって綺麗に決まる人たちは尊敬する。…あ、髪飾り。
「それ何?」
「これは、青い羽根です。ピンなのでこうやって簡単に留めれるんですよ」
そう説明しながら、前髪を軽く上げてそこに付けてくれる。うん、可愛い。
自分なんだろうけど、別の人を見ている気分。ワンポイント変えるだけで、人って変われるんだな。って。
「これでおしまいです。旦那様と奥様の元へ向かいましょうか」
「分かった」
立ち上がって、俺はルナの手を握らずに少しだけ歩こうとする。まぁ…まだ補助は必要なんだけど。
「――お嬢様、無茶は禁物ですよ?」
「うん。手、借りる」
入口で俺は差し出されたルナの手を取った。やっぱりだめかぁ。
そのまま、ルナに支えられた状態で玄関先に向かう。玄関先に着いたとき、ふわっと体が浮いた。
「パ、パパ?」
「ハハッ。すまんすまん」
カイトに後ろから抱かれたのだ。…いや、軽いし抱きたいかもしれないけどさ。ルアとルナの二人が睨んでるんですけど。
「…カイト。下ろしなさい、今すぐに」
「――あ、はい」
いつになく低音ですごく明るい笑みを浮かべたルアに、何も言えずにカイトは俺を下ろしてくれた。服乱れてないか、髪型などのチェックが入る。
ルナは何も言わないけど、下ろされた時に少し安心したような表情を浮かべてたんだよね。
「まったく…。まぁ、良いでしょう。そろそろ行きましょうか。司祭さんが待ちくたびれてるかも知れないし」
「はいよ。んじゃ、手を」
カイトに手を出され、少し警戒した後その手を握って馬車に乗った。お、座り心地いいな。
そのまま、カイト・ルアと三人で馬車に乗って、教会へ向かう。俺とルアの側近であるメイドはもう一台の馬車に乗っていて、カイトの執事であるルーフは御者を務めている。
「城から教会まではそこまで距離はないから、帰りは屋台でも見てくるか?」
「まだ公開はしてないし、問題はないでしょうね。私とマリアは。…カイトはもう“王様”であることが知られてるしダメじゃないかしら。騒がしくしてもいいって言うなら別だけど」
馬車の中で、カイトとルアはそう言いながら、二人仲良く窓の外を見ている。俺はルアのひざ元まで行って、そこから外の様子を見てみた。
城下町の雰囲気は変わらないな。まぁ、10年やそこらで変わるものではないか。あぁ、屋台とか見て回りたいな。
「――まぁ、行っても良いか。マリアも興味を持ってるっぽいし」
窓の外をじっと見ていたら、ルアに頭をなでられる。そのまま俺を持ち上げて膝の上に座らせてくれた。視線が高くなって、もっと見やすくなったけど…うん。馬車が街中走るなんてこと滅多にないから、みんなこっちを見てきてる。
「あ、見えてきたかな」
建物が見えなくなってから数分後、無事に目的地である教会に到着する。
御者をしていたルーフが軽くドアをノックして開けてくれて、ルア・カイト・俺の順番で降りた。
「到着したな。ここが教会だ」
「変わらないよね、ここら辺。静かだから休みたいときとかに利用することがあるかな」
利用してたのか。分からなくもないけどさ…。
「いらっしゃい。カイト君。それにルアさんも」
「…あら。この声は“ジュン”じゃないの」
入口で声をかけてくれたのは、前世の俺の相方で浄化を得意とするジュン。…え、お前が司祭ってことか?
「そっか。あなたが司祭に抜擢されたのね。その衣装、似合ってるじゃん」
「衣装ではなく、正装なんですけど。まぁ、今日は[洗礼の儀]という事でしたよね」
「あぁ」
ルアの茶化しに対し、軽く触れるだけですぐ話題転換するジュン。うん。変わってないな。
ジュンが着ているのは、水色のロープとそれっぽい感じの服。似合ってるじゃん。
「では、こちらへ。皆も同行する?それとも別の部屋で待つ?」
「一緒だ。気になるからな」
ジュンの質問に悩むことなくカイトがそう答える。え、マジで?いやな予感しかしないんだが。
と言うか、ジュンは多分気付いたよな。確実に面白がってるもんな。
「分かりました」
一礼して、礼拝堂に入る。広い空間と何席か用意されている椅子。そして、正面には神様とみられる石像が何個か並べられている。圧倒される雰囲気に、俺はばれないように苦笑いを浮かべた。
今日は[洗礼の儀]という事で、石像の前に机が1個置かれている。あれの上にある石板で、ステータスが開示されるんだよな。問答無用で。
「それでは、早速やりましょうか。こちらへどうぞ」
カイトやルアが座ったのを確認して、ジュンがそうやって言ってきた。仕方ない。
俺は嫌だなぁと思いながら、ルナの手を握って机の前まで静かに歩く。
「この石板の上に手を乗せるだけで大丈夫です」
「心配は必要ないですよ、お嬢様」
「う、うん」
ぎゅっと手を握って、そっと開く。そのまま、石板の上に手を乗せる。
瞬間的にまぶしい光が来て、軽く目を閉じてしまう。1分ぐらい経ち、俺は目を開いた。
「…これが、ステータス…」
「大丈夫ですか?」
魔力を持っていかれたのか、俺は立てずにルナに寄り掛かるようにして倒れる。
そして、意識が途切れてしまった。
ー1時間後ー
「ん…うん?」
目を覚ました瞬間、俺は少し首をかしげる。だって、知らない人が顔を覗きこんでるんだもん…。
ていうか、[洗礼の儀]はどうなった。
「おはようございます。体の調子はどうですか?どこかおかしい所があったりはないですかね?」
そっと頭をなでながらその人はそう聞いてくる。この服は、修道服と言われるやつか。となれば、この人はここのシスターさんってことだな。
「大丈夫です」
「それはよかったです。…神父さん達呼んできますね」
「うん」
体を起こせないから、横になったまま周りを見渡して現状を確認する。
さっきまで[洗礼の儀]をやっていてて、魔力を持ってかれてルナに倒れ掛かって…。てことは気絶しちゃったのか。
ステータスを開示しようとして、俺はやめる。後で詳しく見れるだろうしな。
「…頭、痛い…」
結構頭を動かしてしまったのか、頭が痛くなって軽く顔をしかめる。痛い…。
「――お嬢様、大丈夫ですか?」
「ル、ナ…。うん、大丈夫…だと思う」
部屋に真っ先に入ってきたルナに笑顔を見せて、体を起こしてもらう。
それからすぐに、カイトとルア。それから、ジュンとシスターさんが入ってきた。
「顔色は悪くないわね。特に問題もなさそうだし」
「大丈夫そうなら、再開しましょうか。エレノア、準備してきてくれる?」
「分かりました!」
まだ、しっかりと終わってないのか。てことはステータスは見られていない?
あの光が消えた後にステータスが見えていたのかいないのか気になるな。まぁ、どうせ1回は見せなきゃいけないんですけど。
「それでは、行きましょうか。お嬢様」
部屋を出ていくカイトたちに付いて、再び礼拝堂に向かう。…なんで嫌な思いを2回しなきゃいけないんですか…。
そんな思いは誰にも知られることはなく、俺は渋々石板の上に手を乗せた。眩しくなることはなく、無事にステータスボードの発行まで滞りなく進む。まぁ、これが終わればみんなに見せなきゃいけないんだが。
「ん、出来た?」
「出来ました。それでは、ステータスを確認しましょう」
石板を持って、ジュンの説明を聞く。そして、小声で「ステータスオープン」と唱えた。さて、開示出来たわけだけど…。
「――カイトさんとルアさんにも見てもらいましょうか」
「うん。ルナにも見せたい」
「手を貸します。行きましょうか」
ジュンの手を握って、みんなが待っている後ろの席まで歩いていく。ジュンの反応的に何か気付いたっぽいし、おそらくあの二人も分かるだろう。
まぁ、自分でさっと確認して嫌な予感はしたからな。“転生者”って部分には違和感を覚えるが。
「どうだった?見せてくれる?」
ルアが真っ先に興味を示し、そう催促してくる。
俺は再び「ステータスオープン」と唱えて、そのステータスをみんなに見えるようにした。
「…なるほど。巫女、か」
あれ、そんなの書いてあったっけ。あ、“勇者”の時みたいに称号のところに書いてあるのか。
前世と真逆の性能だし、今世は新しい体験が待ってるのかも?少しわくわくするな。
「それよりも、転生者ってのはどういう事かしら。転移者と違って、他の世界から生まれ変わった人の事?」
「それもありますが、この世界で生まれ変わる人のことも転生者と呼びますね。現・外の表記で分かりますよ」
ルアの質問にジュンがそう説明する。“現”て書いてあるし、これ何となく分かっちゃったりしない…よね?
警戒しながら、俺はステータスを見る。体力と魔力の数値は一般で、飛びぬけてる部分は無し。その代わり、自己再生能力はEXって書いてあるな。少しの傷ならすぐに治るのはありがたかったりする。まぁ、戦闘メインじゃない限り輝かないんだけど。
「…記憶があるのなら、マリアがレイの生まれ変わりかどうかって言うのは分かるよね」
ルアはそう言ってこっちをじっと見てくる。かわいさを生かすしかないので、俺は首をちょこんとかしげて知りませんよアピールをしてみた。
「ん?」
「あれ、ルアさんは気付いてないんですか?マリアさん、いえ。レイって呼べば良いかな」
ジュンはそう言って、俺の方を見て笑顔を浮かべる。完全にバレてるか。だが、確証できる材料が少ない気がするけど。まぁ、幼馴染だったもんな。分かるか。
どうしようかなと思いながら、俺は何も言わずに首をもう一回かしげる。
「――好物はレイとはそっくりだけど、“転生者”ってだけで確証持てるものなの?」
「気配でなんとなく。後、動揺しないってところからもしかしたらって話」
ルアの質問に、ジュンはそう答える。ていうか、そうじゃなくて雰囲気で気づいただろ。
「んで、何か喋ってもらっていいかな」
「…むぅ」
かたくなに聞いてくるジュンに折れ、俺はほっぺを膨らまして仕方ないなと言う表情を浮かべた。
「はぁ…。流石にジュンは騙せないか」
「じゃあ、レイであってるんだね。鎌をかけたようなもんだけど」
「でも、喋らないとしつこく聞いてくるでしょ。“巫女”としての役割を聞かなきゃだしね」
そう言って、俺はにこっと笑う。
ジュンも一緒に笑って、ルアとカイトは困惑した表情のまま微動だにしない。あれ、情報量が多すぎてフリーズしてないよな?
「あ、そうだった。“巫女”と言っても、得意な分野によっては仕事分かれるんだよね。んで、マリアちゃんは“回復の巫女”。仕事としては、ケガした人たちの治療になるかな」
「なるほどね。てか、呼びやすい方で呼んでもらって構わないけど」
ジュンから説明を受けつつ、俺はそう言って苦笑いをする。少し呼びにくそうな感じがしたからな。
「うん。それじゃあ、続けるんだけど。回復の巫女は、普通の時は民間人の治療。戦争時は軍隊の支援が仕事になるんだ。そこで、聞かなきゃいけないんだけど…」
「ん?人の役に立てるんでしょ?何か問題でもあるわけ?」
聞かなきゃいけないことがあるって言ったジュンが黙っちゃったので、俺はそう聞いてみる。
ジュンは黙ったまま、小さくカイトたちの方を指さした。あ、もしかして…。
「教会に勤めなきゃいけないってことね。パパーママー」
「――どうしたんだ?マリア」
遠慮することなく、カイトたちを呼ぶ。真っ先に反応したのはカイト。頭の整理ついたのか、早いな。…じゃなくて、ルアは?
来たカイトの後ろを見てみると、メイドに看病されてシスターさんに心配されてるルアの姿が目に入った。あれはほっといた方が良いな。
「ジュンが聞きたいことあるって。ね、ジュン」
「あ、そうですね。カイトさん。家から教会に週三日から四日のペースで通う事って出来ますか?」
「んー。不可能ではないが、もしかして巫女の仕事をこなすためには教会に通わなきゃいけないのか?」
カイトの質問に、ジュンは無言で頷く。国によっては、教会に住み込みだの取り込もうとするところもあるし。まだマシだとは思うけどね。
「まぁ、必要だというのなら。メイドのルナとセットでここに馬車を出そう。マリアはそれでいいんだな?」
「うん。人の役に立てるなら、立ちたいもん」
カイトの確認に、俺はいい笑顔で首を縦に振った。さて、これでこれから先の事は決まったな。
誕生日会もあるし、早めに家に戻ろ。用事終わったし。
ー誕生日会後ー
「お疲れですね、お嬢様。ですが、寝る前にお風呂に入りましょう。着替えないと寝れませんし」
「分かった」
貴族たちの前でのお披露目と、王家に恩を売ろうとするやつらによる挨拶とかでへとへとになってしまった。だが、その前の話によれば俺の正体は誰にもばれることのないようにはしてくれるらしい。
これからどう転ぶか分からないが、とりあえず今日はもう寝たいな。
第一章。これにて閉幕です!終わった(⌒∇⌒)
これからキャラ設定とかをネタバレのない範囲で書きます。そしたら、二月までは更新ストップですね。休憩です。
後、後日談的な閑話休題的なお話も気分乗り次第作りますね。これだけじゃ物足りないでしょうし。