第4話 大事なこと~後編~
じいさんの質問に俺は反射的に返してしまう。…イアとルアは双子…あぁ、だからルアが呼ばれたのか。カイトが婿養子なんだもんな。んで、じいさんの子供はイアとルアしかいない。
ていうか、イアを追い出すなり何なりする気なのか。
「マリアが生まれた時と目を覚ました時の態度が全然違うと聞いてな。おそらく、イアと一緒にいるとマリアに影響を与えかねないのじゃ」
「まぁ、自分の言いなりにしたいだけだろうね。…マリアちゃん、ゆっくり考えてね」
食事を進めつつ、じいさんとルアにそう言われる。まぁ、簡単に決めても意味ないからな。
これからの自分を考えたうえで…ってなると、少し困るけど。でも、3人の考えが分からないわけではない。そうすると、ルアに母親になってもらった方が良いかな。身バレはもう覚悟したうえで。
「――そう言えば、マリアちゃんの誕生日っていつ?[洗礼の儀]、まだでしょ?」
「そうだな。今日からちょうど1週間先だ。…[洗礼の儀]か」
う、そんなのもあったな。昨日、そう思ってたんだよな。…いやだな。絶対バレるじゃん、情報操作出来ないからさ。
「一週間後って、結構期間短いね。そうなると、諸々の準備をスムーズかつ手早く行わないと」
「どうしたいか聞いてからじゃぞ、ルア。カイトもそれで合意してくれておるんじゃからな」
せっかちなルアをじいさんがなだめる。その様子を横目に俺はどうしようかなと考え込む。
ルアたちはマリアと俺が同一人物だとは知らないし、俺もレイとして扱われる気はない。となれば、“マリアが幸せになる”選択をするのがベストだ。実際、目を覚ました後言われた言葉は頭に来たし。影響力も考えれば、ルアと一緒にいた方が良いだろうな。
「パパ」
覚悟を決めて横にいるカイトの服の袖を引っ張る。ルアは結構優しいし、母親になってもらう分には特に問題はない。
「どうした?」
「…私、ルアおばさんが良い」
短くそう答えて、明るく笑みを浮かべた。イアと一緒にいるのは絶対に嫌だしな。
「――そうか。ルア」
「…う、うん…。お姉様じゃなくていいんだよね?マリアちゃん」
涙を浮かべながら、ルアは俺にそう確認してくる。あぁ…迷う理由がない。あの時を覚えている以上な。
「うん。ルアおばさんの方が好きだもん。あの人嫌い」
ほっぺを膨らませて、俺はそう言う。と言うか、聞くまでもないだろうに…。いや、イアの事を考えると子供であるマリアの言質が欲しかったのだろうか。だとしたら、良い方に転ぶだろう。
「ルアが良いって。お義父様…」
「録音はしておいた。イアが何を言おうと、結局は子供がどうしたいか。だからな」
「それなら、明日から手続きとか諸々進めましょ。来週までに戸籍をしっかりしておいた方が良いでしょうから」
ルアの意見に、俺はばれないように首を縦に振る。イアの子供のままだと、何かあったときにイアが主張してくる可能性が高い。特に、ステータスが高ければ自分の子供だからってなりかねないからな。
「あ、パパ。あれ食べたい」
「ん?これか?」
もう少し何か食べたいなと思って、焼き鳥を一本取ってもらう。これ、シンプルな味付けなのにすごくおいしいんだよな。大人なら、酒のつまみに丁度いいかも。それぐらいおいしい。
「にしても、よく食べるな」
「だって、おいしいんだもん。…パパはこれ嫌い?」
「いや、俺も好きだ」
食べかけの焼き鳥を持ってそう聞いてみると、カイトはにこっと笑ってかじりついてきた。まったく…これ俺のだっての。
「あ、パパ取ったぁ…私の分なのに…」
「もう一本あるぞー?」
しゅんとした俺を見て、カイトは一本持って俺の前で焼き鳥を振ってきた。それどこから持ってきた?と思って、焼き鳥のおいてある皿を見たらまだいっぱい乗っている。あれって、無限に出てくるのか?
「え、欲しい」
「…カイト、マリアちゃんにあげすぎない方が良いと思うな。あのメイド長、怒ると怖いし」
「これぐらい誤差の範囲だろ。それに、いっぱい食べて動いた方が良いしな」
止めようとするルアを無視して、カイトが焼き鳥をくれる。ありがたいけど、本当にメイド長に怒られないだろうな?執事だけじゃなく、メイド長にまで怒られたら主としてダメな気がするが…。
まぁいいやと、焼き鳥にかぶりつく。うん、おいしい。あ、スープおかわりしよ。
「ママ…スープ欲しいんだけど…」
ちらっとルアの方を見てそう言ってみる。しっかり上目遣いで、な。
少し悩んだ表情を浮かべつつ、ルアは控えている料理長に頼んでくれた。やったー。
「――マリアちゃん、今ママって呼んでくれたの?」
スープと焼き鳥を交互に食べていたら、ルアにそう聞かれた。
もしかして、呼んでくれたのが凄く嬉しかったのか?……冒険者として働いているなら、結婚する予定は無かったんだろうけど。カイトと一緒で子供は大好きだったからな、喜ぶのは必然的な事なのかも。
「呼んだよ?だって、ママになってくれるんでしょ?」
「そ、そうだね。っと、そろそろお開きにしましょ。あ、お姉様は…」
「こっちで何とかしておく。それよりも、折角なのだから一緒にお風呂に入ったらどうじゃ?」
じいさんはそう言って、良い笑みを浮かべる。
あれ、そう言えばルアはノイと一緒にお風呂に入るって約束してなかったっけ。三人一緒な分には構わないけど…エルに手を借りないとな。
「分かった。それじゃあ、お風呂に行きましょ。…ティル呼んでるけど、マリアちゃんは大丈夫?」
「良いよ?」
「うん、分かった。それじゃあ、行ってくるね」
ルアにひょいと抱かれて、隣の部屋に行く。エルとか後、使用人を呼ばないと?あ、メイドに呼んでもらえるように頼んであったんだっけ。
「ごめんね、食事中だった?」
部屋のドアを開けたら、のんびりしている使用人たちが目に入る。あ、ルナがいるじゃん。
食事は一緒に取っているんだろうけど、目そらされたのはなんでかな。別に、俺に危害加えるのは不可能に近いから気にしなくても良いんだけど。…知らないから仕方ないか。
「いえ、大丈夫ですが…。お嬢様、眠そうですね」
「うん…」
「これから一緒にお風呂入ろうと思って…」
エルとルアの間でやり取りがあり、一人のメイドが足早に部屋を出ていった。ノイを呼びに行くんだろうな。
「それでしたら、お供いたします。お嬢様の事ですので」
「そうだね。お願いしたいかな。ティルは良いよって言ってくれるだろうし」
「お風呂場に行ってましょうか」
エルに抱いてもらって、お風呂場に先に向かう。着替えとかは、他のメイドたちがしてくれるらしい。そういや、髪の毛切ってもらってないな。お団子にしぱってあるから特に気にはならなかったけど。
「あ、ティルが先にいるじゃん」
「お風呂場まで問答無用で連れてこられた」
服を脱いでお風呂場に入ったところで、ノイの姿が目に入る。
機嫌は悪そうだけど、なんでゆっくりお風呂に浸かっているんだ…。まぁ、一緒に入るためにルアが呼んだんだし、特に気にはしないけど。
「あの子たちは強引な部分がありますからね…。問題を起こさないだけマシだと私は思っていますけど」
「強引なところに関しては認める。んで、お風呂入らないの?」
「あ、そうですね」
抱かれたまま、四人でゆっくりとお風呂に浸かる。あぁ…気持ちいい。
そういや、なんでエルも一緒なんだ?
「メイドと一緒に入る習慣があるのは良い事だと思う。皆で食卓を囲むこともあるんだっけ」
「むしろ、それがデフォルトかな。と言うか、階級関係なく。立場関係ないのを主軸にしてるからね。冒険者として仕事始めてから、初めてうちが珍しいんだってこと気付いたし」
なるほど。ていうか、声に出てたんだな…。
にしても、威張って権力を振り回す貴族よりこうやって差別なく立場関係ないかかわり方をする貴族って言うのは、相当珍しい。帝国ぐらいになると、そう言う貴族はいなかったりする。トップを見本にしているからな…上が変わらなければ、下も変わらないし。
「そうだよね。私は研究者だから外出たりとかしないけど、ここは雰囲気が良くて過ごしやすい」
「分かるー。疲れた時は実家にいるのが一番」
体を洗ってもらいながら、ノイとルアの話を聞く。
ここの雰囲気は本当に良いよな。帝国の貴族の家なんかよりよっぽど。
「ここはメイドたちにとってもお仕事しやすいので、みんな肩の力を抜いて出来てますね」
「へぇ。ってことは、ここにお仕事に来たい人も多い?」
「そこまで把握は出来ませんが…。時々里帰りする人が、『村の人に仕事の話したら羨ましがられた』って言っていましたね」
メイド長という立場でもそういうところまで把握できないんだな。それでも、話は聞けてると。
「まぁ、いい仕事環境は羨ましがられるかも。関係ない仕事だったから、実感は湧かないや」
「私は何となくわかる。上司や先生が良い人だと、研究が捗るから。貧乏くじ引かされた人を見てると、可哀そうになる」
ルアの言葉と対照的にノイがそう言う。まぁ、その気持ちは分からなくもない。研究生だと、上の協力が必要不可欠。周りの環境が良いと、色々と捗るもんな。俺も何回か、投資したり協力してあげたっけ。
「そうなの?」
「そうですね。私はこの家以外でも仕事をしていたので…その通りかと思います。良い環境ほど、住みやすかったりやりやすいですから」
エルはそう言って、小さく笑みを浮かべる。そういうものなのか。
にしても、そう言えるってことはそれなりに歳をとっているんだな…。経験もそれなりに積んでいるっぽいし。
「…明日か明後日に髪の毛切ってもらいましょうか」
「短くしても似合うだろうし、長めのストレートならアレンジがしやすいんだよね。私は戦闘時に邪魔にならないように短くしてるけど」
「私も研究の邪魔にならないようにしてる」
私の髪をどうするか、三人で話し始めてしまう。邪魔にならなければ特に何が良いとかは無いんだけど。まぁ、別にいっか。
ー夜ー
「んー。気持ちよかったぁ」
「うん。あ、部屋戻るね。ルア、また明日」
「おっけ。また明日ねー」
お風呂から上がって、それぞれ部屋に戻る。俺はルアの希望で一緒に寝ることになったけど。
妹にねだられた時以来だな、誰かと一緒に寝るのは。寝ずらかったけど…。
『来週までに手続き済むだろうし、親になるんだもん。添い寝してみたいじゃん』
って、エルにねだって。そういや、カイトは何してるんだ?家族で寝るってのもありだと思うんだが。
「ねぇ、ママ。パパは?」
エルの腕の中で、横にいるルアにそう聞いてみる。
ルアは少し首を傾げた後、「どこにいるんだろ」と言ってきた。知らないのか…。
「仕事してるか、お風呂かなぁ…。お姉様のところに行ってるわけないし…」
「一緒に寝たいんですか?」
「うん。パパと一緒に…」
エルの質問に首を縦に振る。そして、上目遣いでそう聞いてみるが首を横に振られてしまった。
無理なら仕方ないが、本当に何やってるんだろ。少し気になるな。
「無理でしょうね。一人で仕事してるだろうし、そうなると一日の数時間だけでやり切れるとは到底思えないかな。明日からは私も仕事に加わるつもりだけど」
「そうですね…。最近は、辺境の伯爵などから色々と問題などが寄せられているようですし」
ルアとエルにそう言われて、俺は大変だなとぼんやり思う。とはいえ、同情する気は起きない。カイトの体力は人ではないからな…徹夜しても何食わぬ顔するし…。
そう思えば、一日八時間の労働で倒れそうになった俺はまだ人だったりするのだろうか。
「それよりも、早く寝よ。マリアちゃん、寝そうになってるし」
「…そうしましょうか。それでは、お嬢様をお願いします」
エルの腕からルアの腕に移動して、エルに「おやすみ」と言って部屋に入った。
ルアの部屋は物がほとんどなく、それでも手入れは行き届いてる雰囲気がする。メイドたちが掃除に来たりしてるんだろうか。
「うん。ベッドやっぱり広いね。っと、寝るか」
布団に横にしてもらって、少し寝やすい態勢になる。そして、睡魔に襲われるのであった…。
ー1週間後の朝[洗礼の儀]前日ー
「ようやく手続き済んだ…。いやぁ、本当大変だった」
私はそうつぶやいて、大きく伸びをした。1週間前に、マリアちゃんの母親になることが決まってからずっと親権の変更などの手続きに追われてて、ようやくすべてが終わったんだよね…。
「お疲れ、ルア。お茶淹れてもらおっか」
「お願い…。あ、これで[洗礼の儀]は大丈夫なんだよね?」
一緒にやってくれてたカイトにそう聞いてみる。
「あぁ。イアの承諾が得られたから、特に問題はないはずだ」
「なら大丈夫だね」
次で、一章が終わるかな…。これで一区切りつく…。