第2話 子供好きに要注意
ー翌朝ー
…あぁ。あの後寝たのか。
「お嬢様、おはようございます。とは言ってももうお昼ですけど」
「おはよう…」
体を起こそうとして、俺は激痛に顔をしかめる。そういや、昨日目が覚めたばっかり…そりゃ痛いわ。んで、専属であるルナが補習を受けに行ったから、メイド長が代わりにお世話しに来てくれてるんだっけか。
記憶は問題なくあると。
「あ…ありがと」
「いえ。それよりも、お着替えしましょうか。こちらで何着か選んだので、この中から選んでもらえますか?」
「う、うん」
メイド長の手を借りて、俺は身を起こす。んで、メイド長に出された服を見て苦笑いする。
…ドレスって言った方が正しいけど、小さい時から貴族っておめかししなきゃいけないのか。
「どれにします?」
「えっと…一番右のやつで」
「かしこまりました。それでは、後は任せてください」
俺が選んだのは、一番シンプルな奴。白を基調とし、ピンクや赤がワンポイントとして入っていてそれでいて形は子供っぽい。ていうか、他のが派手過ぎるんだよ。フリフリの赤とか…黒に青のシックな奴はまだましか。子供が着るものではないと思うけど。
そんなことを思いながら、着付けがどんどん済んでいく。髪の毛はまとめてお団子ヘア。結構かわいい。ちなみに、使用人が三人ほど来ている。メイド長が呼んだっぽい。知らないけど。
「はい。完成ですよ」
「……ふわぁ」
「似合ってますよ。旦那様にも見てもらいましょうか」
メイド長はそう言って、俺を抱き上げる。移動するようだが…。
王様がいるところと言えば執務室だと思うけど、仕事の邪魔にならないのだろうか。それとも食堂に行くのか。お腹空いたし、食堂だと嬉しいかも。
「ここって…」
「お庭です。ここで一緒に食事を取りたいと、旦那様が言ってたんですよ」
執務室でも食堂でも無かった…。
庭には行ったことなかったけど、すごいいい景色だな。んで、カイトはどこに…。
「ねえ、パパはどこなの?」
「旦那様でしたら、あそこにいるかと」
あそこ…?
メイド長の指さす方向に目を向けてみる。何もないような…いや、建物らしきものが見えるな。椅子と机と…あ、カイトもいた。
「見えましたか?どうやら、待っているようなので早く行きましょう。…あ、旦那様に『パパ』って呼んでみてくれますか?きっと喜びますよ」
にこっと笑って、メイド長はスピードを上げる。…パパって呼んでもいいけど、どうなるかは知らないからな。暴走したら止めてくれよ、メイド長。
「旦那様」
「…ん?あ、マリアじゃないか。よく寝れたか?」
来たのが見えたのか、カイトの方から声をかけてくれる。めっちゃ疲れてるように見えるけど、朝から仕事やってたんだろうか。
「うん。おはよう、パパ」
朝の…昼だけど朝のあいさつで良いだろう。…ん?どうした、カイト。
「旦那様、どうかなされたのですか?」
「か、」
「か?…あぁ…」
カイトの様子を察して、カイトの後ろにいた執事が俺を抱き上げて素早く距離を離す。これって、もしかして…。
「かーわいいー」
「――おさわり禁止です」
俺に向かって飛び掛かってくるカイトから執事が守ってくれる。既視感ある光景だなと思いながら、俺はばれない様に小さくため息をついた。
カイトは小さい子が大好きで、声をかけてくれたりした暁には抱き着こうとするんだ。まぁ、その後『嫌い』のひと言で静かになるんだけど。
そういや、そういう時に止めに入ったの俺とこの執事だっけ。…確か、こいつも魔法の制御師の一人だったな。俺の暴走を止めるために入ったはずが、カイトの暴走を止めることになったってよく愚痴ってたし。
「ルーフ…おさわり禁止とはひどいじゃないか…」
「はぁ…。旅をしていた時期に、小さい子供に嫌われたことを忘れてはいませんよね?お嬢様に嫌われても良いのなら、お好きにしてもらってもいいですけど」
そう言って、カイトをにらみつける。ま、その時一緒にいたから気にしないけどな。嫌うこともしない。…何かあれば執事に言いつければいいだろうし。
てか、執事の名前ルーフって言うんだな。忘れてた。
「…諦めるよ。椅子に座らせてあげて。ご飯にしようか」
ため息一つついて、カイトはしゅんとなる。これは可哀そう…まぁ、これで手出ししなくなればいいな…。
「ご飯…?」
「そうですね。お嬢様好みに仕立て上げられたメニューだとお聞きしました」
「私、受け取ってきますね」
椅子に座りながら、俺はルーフに聞いてみる。好きな食材の料理かぁ…あの頃はカイトに止められて悔しかったなぁ…。――カイトが子供に甘くてよかった…のか?
「こちらですね。あ、旦那様の分…」
「僕が受け取ってきます。そしたら、僕たちも昼食食べに行ってきますね」
ルーフの言葉に、(あ、お昼か)とふと思う。と言うか、きちんと同じタイミングで食事を取るんだよな。食堂だとみんなで囲んで食べるときがあるって聞いたことがある。
庭に出てると大丈夫なのかと心配になるけど、カイトは実際強いからなぁ…。
「…これ、何?」
「それはカレーだな。去年来た転移者が、元の世界で食べてた料理の一つらしい。俺はよく食べるな。めちゃくちゃおいしいぞ」
カレー…ね。色重視のこの世界で、よくこれが流行ったな。
「さ、食べよう。いただきます」
「――いただきます」
何とかスプーンを手に取って、カレーを食べてみる。
嫌いな食材は一切入ってないし、食欲をそそるいいにおいがする。
「どうだ?」
「…おいしい…」
「だろ?おかわりもあるらしいし、いっぱい食べるといい」
カイトはそう言いながら、おかわりしようと控えていた料理人に頼む。食べるの早くない?
手に力を入れずらいからか、カイトの半分以下のスピードで俺もカレーを堪能する。そんなに食べたくはないし、おかわりはしなくていいかな。
「そうだ。この後、庭の散歩でもするか。歩く練習に丁度いいだろう」
散歩かぁ。確かに、庭に来るの初めてだしな。良いかもしれない。カイトの仕事次第な部分もあるけど。
「庭の散歩、行きたい!」
「よし。ご飯食べて食後の休憩をしたら行くか」
「うん!」
ていうか、カイトの仕事は大丈夫なのか?後で怒られる未来が見える…。
後、誰か食べさせて。手が痛い……カイト、お前がやってくれても良いんだぞ。
「…パパ…」
「ん?あ、食べさせてほしいのか。あいよ」
瞬時に判断して、俺の横にカイトは椅子を動かす。そして、スプーンでカレーをすくって食べさせてくれた。うん、こっちの方がスピード早いな。めっちゃ恥ずかしいけど。
「あれ、カイトがここにいるなんて珍しいじゃない。…あぁ。目を覚ましたんだね」
食べさせてもらってたら、隣から女の人がカイトに声をかけてきた。…あ、イアの妹か。
「ルアこそここにいるの珍しいと思うけどな」
「ふふっ。お姉様の事でお父様から呼び出されてね。それで、この子がカイトとお姉様の子?」
「あぁ。マリアって言うんだ」
カイトに紹介され、小さく頭を下げる。これぐらいはしないとな。イアより優しかった気はする。
んで、なんで呼び出しを食らったんだろ。というか、元王様に昨日のことが伝わったのか。となれば、あの人のことだからイアの配偶を変えようとはするだろうな。…妹であるルアが呼び出されたということは……。いや、考えるのをやめよう。
「マリアちゃんね。私はルア、マリアちゃんのおばさんにあたるわ」
「ルアおばさん…?」
「好きに呼んでもらっていいよ。そうだ、カイト。ルーフが呼んでるわよ」
「分かった。後頼めるか?」
「了解」
ルアにそう言われて、俺は軽く笑みを浮かべる。カイトは…ルーフにねちねち小言を言われてるっぽいな。仕事残ってるのか。
さて、カレー食べたらどうしようか。せっかくだし庭の散歩したいけど…メイド長に聞いてみるか。
「お嬢様…とルア様?お久しぶりですね。今日はおじいさまに呼び出されたんですか?」
「エルじゃん。久しぶりー。あ、そうだ。しばらくマリアちゃんと一緒にいてもいい?」
「ん?別に構いませんが…あ、お嬢様」
カレーを食べてるスプーンをメイド長に取られるが、食べさせてくれるならそれでいいか。まだ食べ終わってなかったし。
ルアとメイド長は会ったことがあるんだな。しかも、結構親しい間柄っぽい雰囲気もする。
「旦那様は…そう言えば秘書に呼び出されてましたね…」
「まぁ。あの性格上、誰かがストッパーにならないとね。んで、ご飯食べた後って何か予定入ってる?」
もぐもぐしながら、二人の会話を聞こうと耳を澄ませる。にしてもカレーおいしいな。
「特に無かったかと思います。ルア様も特に用事無いんですか?」
「お父様は今お姉様と話してるからね。お昼でも散歩でもして来ればいいって言われて、追い出されてきたところ」
「そうですか…。でしたら、お嬢様の歩行練習のお手伝いをしてもらいましょうか」
歩行練習?てことは散歩ってことか。それならうれしいかも。この庭、結構物珍しいものがいっぱいあるようだし。
「歩行練習…?まだマリアちゃんは歩けないってこと?せっかくだから、この庭を案内したかったんだけど」
「それでしたら、歩行練習をしつつ散歩する形にしましょうか」
食べ終えて、口の周りを拭いてもらう。歯磨きするために一旦屋敷内に戻らないとな。
ていうか、本当に散歩できるとはな。ルアと一緒って言うのもありがたい。まぁ…勘が鋭いからバレる危険はあるが、特に問題はないだろ。
「良いね、それ。とりあえず、お昼食べたなら歯磨きしてきたら?私はここで待ってるから」
「ありがとうございます。それでは行きましょうか」
「はーい」
カイトが座っていた椅子に腰かけて、にこっと笑うルア。めっちゃ様になってるんだけど。
メイド長にお姫様だっこしてもらって、屋敷内にある部屋に行く。
「あ、そうだ。旦那様に話しておかなきゃいけませんね。…旦那様はお仕事でご一緒できないとは思いますが」
…カイトはルーフに捕まってるからなぁ。まぁ、俺には関係ないけど。カイトの相手するの疲れるし。あのテンションは流石にな。
「パパとお散歩できないんだ」
「そうですね。まだチャンスはありますけど。旦那様とあらかじめ決めれば一緒にお散歩できるかと」
なるほど。王様だから時間取れないのかと思ったが、そんなことないんだな。
それじゃあ、王都に出て散策する機会もあるってことか。そうなれば、俺に関する噂を聞きやすいかも。ま、聞いてどうするんだって話だけど。
「…はい、これで完成ですね。ルア様のところに戻りましょうか」
「はーい」
またお姫様抱っこでルアのいる庭に向かう。その途中で…。
「――何か用ですか?旦那様に会いたいのなら正門を通れば会えますが」
丁度人気のない場所に出ちゃったのか、変なローブを来た連中に囲まれる。メイド長の知らない人らしく、警戒して俺を抱く腕に力が入る。
…というか、俺も知らない人だな。ローブのロゴマークも見たことない。敵意丸出しのやつもいるから少しやばいかもな。ルアを呼べば変わるかもしれないが…庭の中央だよな、いる場所。
「隊長、この子がそうだというのですか?」
「いや、分からない。だが…この国に英雄になるべき魔法使いがいると聞いた。特に特徴を聞いてはなかったが…」
英雄になるべき魔法使い…?それって、もっと年齢上のやつだろ。マリアは今五歳だぞ。
「メイドよ、何か知ってることはあるか?」
「…さて。私は噂を聞く機会が少ないので。それよりも、帰るなり何なりしてもらえませんか。こちらは急ぎの用事があるので」
ちょっと引っかかるな。ここまで来るなら、王様であるカイトに聞けばいいと思う。あいつなら、大体の事を知れる情報網を持ってるし。しようとしないのはなんでだろ。
「引き留めてすまない」
「それでは。正門はそちらになります」
メイド長はそれだけ言って、ルアのところに急ぐ。その時に視線がずっと向いてたのは気のせいだろう。
「…あの人たち誰なの?」
「そうですね。魔法協会のマークがついていたので魔法使いの方々かと。この国には協会が無いので、隣国から来た方々かと思いますが」
魔法協会なんてのがあるのか。ていうことは、英雄になるべき魔法使いとやらを自分たちの仲間にする気…いや、手中に収めて何かしらに悪用しようとしているのか?だとしたら、国同士の戦争に関連があるということか。昔は小さいことで揉めたりとかあったし。
「――お嬢様?」
「マリアちゃんの顔すっごく険しくなってたよ。難しい事考えてたのかな?」
いや、今はそんなこと気にしている暇は無かったな。