第1話 五年の月日
「…う、うーん…」
うっすらと目を開けて、俺は体を起こそうとする。だが、体は思うようには動いてくれない。
あの時に無茶したからかと諦めて、目だけで周りの風景を確認しようと目を動かした。
「…俺って、雪の森で確か氷龍と戦って…負けを認めて…」
現状確認と思って喋りながら、俺は?を頭の上に浮かべる。…森の中なら、なんで天井とかドアとか見えるんですか。これって、死んで転生しちゃったやつなんですか…。
それと、声を出して分かったが……。声めちゃくちゃ高い。
「んで、大体分かったんだけど。ここはどこなんですかね。結構いい所のお家って感じがするんだが…」
「…?お、お嬢様?」
…独り言聞かれてるとか恥ずかしさの極みなんですけど。
てか、今俺の事お嬢様って…。
「あ」
「…旦那様と奥様を呼んできてください!」
「え、えっと」
「大丈夫ですよ。何かあれば遠慮なくお申し付けください」
お嬢様に旦那様、奥様…ね。これもう確定だろ。んで、俺の横についているのがメイドか。
「あの…起こして」
「かしこまりました」
メイドの手を借りて体を起こしてもらう。…痛い。
「五年も寝ていたので…体痛いとは思いますが、動かしてれば何ともなくなるかと」
「う、うん」
ベッドの背もたれ(?)の部分に背中を預けて、体を起こす。それと同時に自分の手を確認してみた。
一応動かせるし、軽くだけど力入れられるっぽいな。でも、小さいってことはまだ子供なのか…。
「どこかおかしい所とか…」
「…起きたようだな。付いててくれたのか、ありがとうな」
「!旦那様!私は当然のことをしたまでですので…」
「そうか」
どこかで見たことある顔が目の前にいるんだが、カイトなのか。…俺の相棒だったやつなんだが、結構高い身分をもらっていい暮らしをしてるようで。
別に羨ましくはないけどな。決して。
「大丈夫…そうだな。医者を呼んでくれ。後…妻を呼んできてくれるか?」
「かしこまりました」
「あ…えっと…」
二人きりにしてほしくないんだが、無理そうだな。これ…いきなりバレるとか…ないですよね…。
「怖がっているのか?俺はお前の父親だ。怖がらないでくれると嬉しいな」
「…うん」
「…医者に診てもらったら、風呂に入ってきた方が良いかもな。髪の毛ぼっさぼさだぞ」
俺の頭をなでながら、カイトはそう言って軽く笑う。そういや、女の子になったとしたら結構髪の毛の手入れ口うるさく言われそうだな。俺自身男として生きてたから、興味は特にないけど。
「旦那様、お医者様をお連れしました。奥様も一緒です」
「分かった。おいで、イア」
イア?カイトの奥さんの名前か?
「ふふっ。あら…無愛想なのね?」
「起きたばかりだろう。仕方ないさ」
「ふーん…」
…イアって、あのわがままな王女の事か。結構イメージ変わったから分からなかったが、嫌な予感がするぞ。俺であることがバレるか、いじめの対象になるか…それとも見捨てるか。見捨てられると、ワンチャン住む場所がなくなりそうで怖いが。
「私、無愛想な子はいらないわ。それじゃ。私、お出かけしてくるね。あーそうだ。私の目に入らないようにしてよ?それじゃあね」
「…イア?」
「バイバーイ」
そう来るか。いや、イアといると感情無くなりそうだしありがたいけど。カイトの判断次第だが…体がしっかりするまではせめて置いておいて欲しい所だ。
「はぁ…あいつには困ったもんだな。…後で相談しておこう。検査を頼む」
「お疲れのようですな、カイト殿」
「仕方ないと言えば仕方ないがな。正妻として鼻が高いんだろうよ…性格がましならよかったんだけど」
相当手を焼いているようで。呆れるな…まったく。
ぼうっと今までの様子を想像しつつ、医者の検査をおとなしく受ける。
「これで終わりです。しばらく休んで、大丈夫でしたら体を動かす練習に入るようにすればいいかと」
「ありがとうな」
「いえ。一切動かすことなく眠ったまま五年が経とうとしているのです。はいはいも経験してませんし。仕方ない事かと」
「そうだな。また何かあれば呼ぶ」
カイトのひと言に頭を下げて、医者は部屋を出ていく。検査と言っても大したことはされずに済んだな。少し安心。
……医者の言ったことが引っかかるな。一切動かすことなく五年、ね。
「…さて、と。名前を教えてあげないとな。お前の名前はマリア。この国の第一王女だ」
「マリア…」
「そうだ。ちゃんと喋れるようだし、笑う練習でもするか。しばらくはベッド生活だしな」
カイトにそう聞かれて、渋々首を縦に振った。
「うん」
「それじゃあ…」
カイトはそう言って、ニヤッと笑みを浮かべる。極悪な笑みだ。想像つくからやめて…勘弁してくれよ。
そうそう。カイトの言葉、憶えてるか?『第一王女』。つまり跡継ぎになる可能性が高いんだろ?やめてほしいものだ。
「口の近くに手をあてて、指を上にくいって」
そう言いながら、無理やり俺の口角を上げようとする。喋れるし一応動かせるが、結構痛い…。
「痛い…」
「…ダメかあ。まあ、毎日動かしてればいつか自然に動かせれるようになるかもな」
俺の母になるイアを戻すため、か。元から無愛想だから、あんまり表情を変える機会はなさそうだけど。でも、両親の存在か……。
「…本当の家族、ね…」
「ん?何か言ったか?」
「ううん。何も言ってない」
流石に正体バレるわけにはいかない。死んだことになってるはずだし、俺だって昔の仲間と接するなんて面倒くさい事はしたくないし。まぁ…この先[洗礼の儀]を受けることになるなら転生者であることはバレそうだけど。
「――えっと……お腹空いた」
「起きてから何も食べてないのか?なら、食堂に行こう。そろそろ夕飯時だろうし」
「はーい」
カイトにお姫様抱っこをしてもらい、食堂に案内してもらう。にしても、カイトは王様なんだな。ってよくわかるのが、廊下の作りと窓の外の景色。と言うのも、勇者としてお城に何度か来たことがあるからだ。懐かしいな。
~夕食後~
「結構食べたけど、どことなくあいつと好みが似ているな。…ルナ。後で料理長に好物と苦手なものを話しておいてくれるか?」
「分かりました。…お嬢様、お風呂に入って寝ますか?」
「――うん」
メイドが声をかけてくれて、俺は首を縦に振る。うまく食べれずに、結局手伝ってもらわないといけなかったな。しばらくはずっとこんな感じか。早く体を自由に動かせるようにならないと。
メイドにおんぶをしてもらって、食堂を出て風呂場に向かう。お風呂に鏡あるなら、自分の姿を確認したいところだが…。お城ならある程度揃ってるか。
「ずっとお風呂に入って…」
「無いですね。時々体を拭いたり、洗浄魔法使っていたので特に問題はないですが」
「なるほど。えっと…あ、名前」
服を脱いで、体をお湯で流してもらう。それから、浴槽に入って、背もたれに背中を預けて大きく伸びをした。
「名前、確かに教えていませんでしたね。私は、ルナと言います。お嬢様専属の世話係です。これからお願いしますね、お嬢様」
「ルナ、よろしく」
「はい!」
ルナは、最近雇われたのかな。前まで見たことなかったし。
それよりも、鏡はどこにあるんだろ。湯気で周りがよく見えない。せっかくだし、自分の姿を確認しておきたいところなんだけど。
「お嬢様の髪の毛、すごく長いですね。今度、理髪師さん呼んで切ってもらいましょうか」
「そんなに長いの?」
「私は短く切っているのですが、お嬢様は腰ぐらいまでありますね」
俺の髪の毛をいじりながら、ルナはそう言ってきた。腰ぐらいって言っても、小さい体ならそこまで長くは…十分長いか。
「腰…」
「はい。あ、体洗いますので湯船から出てください」
移動を手伝ってもらって体を洗ってもらう。にしても、風呂は気持ちいいな。いい湯加減だし、鏡目の前にあったし。
体洗ってもらいながら、俺は自分と向かい合う。元々男だったおかげか、違和感しかないがイアの血を引いたのもあって結構美形。これ、口調とかいろいろと意識した方が良いな。…かわいいのがもったいない。
「お嬢様?もしかしてですけど、鏡の中のお嬢様を見ているのですか?」
「…うん。初めて自分見れた」
「ふふっ。お嬢様は絶対美少女、いえ美女になるはずですよ。これからお手入れとか意識しないとです」
やっぱり、ね。でも、悪い気はしないかも。それより骨が浮き出てる部分もあるし、やせ細った体になっちゃってるから食事ちゃんと取らないとだな。
「はい。洗い終わったので、上がりましょう。寝間着の用意が終わってる頃でしょうし」
「寝間着?」
用意って言ったって、今まで着てたやつがそうじゃなかったのか?あぁ…カイトが何枚も作らせたのか。だとしたら、特に問題はないけど…。寝やすいやつが良いな。
前世では、もう服そのままで寝て朝着替えてた。気慣れてると、寝やすいし。何より、何も考えなくていいってところが良かった。おすすめだぞ。
「これですよ。着ましょうか」
わぁ、フリフリでピンクで可愛い。……これ、寝間着と言うかもう軽くドレスの域なんだけど。
「しわが付きそうな服ですが、お嬢様に似合いますね。仕立て屋さんは流石です」
「そう?」
「そうですよー。あ、髪の毛乾かしますか。その椅子に座って、じっとしててください」
指定された椅子に座って、俺は首を前に傾げる。ルナはそれを確認して、風魔法を使って素早く髪の毛を乾かしてくれた。
「んー。まだ濡れてますね。ちょっと風力あげます」
ルナがそう言うのとほぼ同時にすごい強い風を受ける。ちょっと、待て。これ、相当威力あるけど…。
「ル、ルナ。風…」
「風呂場の方がうるさいので見に来てみれば…ルナ、何をやっているのです?今すぐ止めなさい」
ん?誰のこ、え…あぁ。ここのメイド長か。会ったことあるな。
ていうか、メイド長自身が止めれるだろ。魔法の暴走止めれる数少ない制御師の一人なんだから。
「あ…メイド長。どうかしたのですか?」
「――魔法の威力を上げ過ぎです。まったく…これでは、攻撃魔法と何ら威力変わりませんよ。お嬢様に危害が及ばなかっただけましと言ったところでしょうか。…明日から、魔法の補習授業を行います」
あーあ。やったなこれ。ま、前世と同じであれば俺に魔法は通用しないけど。結界とっさに張っておいたし。
「それに合わせて、私がルナの代わりにお嬢様のお世話をしますね」
「…分かりました」
「後はやるので、あの人の元へ行きなさい。反論は許しませんよ」
「了解しました」
メイド長の有無言わさない言葉に、ルナはうなずいて場を離れた。…ところで、あの人って誰なんだろ。誰かほかにいたっけ。魔法に精通している奴。
「…えっと…」
「すみません。一週間もすれば戻ってくるかと。…髪の毛乾かしますね」
あれ、メイド長…魔法使えるようになったんだ。そういや、魔法使いたいって言うやつ結構増えてきたって誰かから聞いたっけ。メイドたちは生活魔法使えると、仕事の負担が軽減される。…魔石を使った魔道具の研究も進んでると聞いたし。まだそこまで年月は経ってないだろうけど、成長ってすごく早いんだな……。
「これぐらいで良いでしょうか。早めに寝ましょう…そろそろ奥様が帰宅されるお時間ですし」
「うん」
素早く髪の毛を乾かしてくれて、俺を抱っこして部屋に運んでくれた。仕事はっや。
「それでは、ごゆっくりおやすみなさいませ。明日の朝、声をおかけします」
「はーい。お休みー」
「おやすみなさい」
挨拶をすると、にこっと笑って返事をしてくれた。そして、手を振って部屋を出ていく。
さて…。
「寝るとなれば、部屋には誰も来ないだろうし……。寝れないし」
ベッドの上で手を伸ばし、俺は小さく詠唱する。これが発動しなければ、完全に生まれ変わった別人ってことだが…。
「…発動は一応する。でも確実に使いづらくなってるな。転生体、か。…誕生日がいつかは分からないが、その時の〈ギフト〉はなんだろうな」
少し楽しみだなっと小さくつぶやき、俺は目を閉じた。…まずは、自分の身を護りここでの地位を確実なものにしないとだな。
やっと完成したぁ…
これから設定深堀して、話に厚みを出せるように頑張りますよ!
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