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菖蒲夜叉  作者: 天宮 翡翠/花龍院 飴
2/9

二話 未熟

獄嶽に向かう、その理が。その罪が。我の求る悟りであったとするならば。

四阿に一人残された菖蒲は、薬類を持参し来訪してきた和尚に、僅かな違和感を覚えていた。恐らくは、何となく蓮も悟ったはずだ。一目でも会っていれば、の話だが。

菖蒲が無言で和尚の処置を見ていると、急に彼の手が止まった。

「…………あの?」

恐る恐る菖蒲が尋ねると、和尚は切れ長の目元を小さく細め、にこりともしない鉄仮面を張りつけたままで、言葉を紡ぐ。

「不躾な質問ですが、あなたは辻崎さまとどういったご関係なのでしょう。純粋な興味ですので、答える義務はありませんよ」

妙に柔らかな物腰だ、と菖蒲は思った。

逡巡の後、菖蒲はあらかじめ蓮と取り決めた通りのことを告げる。

「兄さん、です」

へえ、と和尚は無感情な声を上げる。

「随分な長旅をしていらしたとお見受けしますが……」

「えっと、都から、来まして」

「それはそれは。あちらは大層酷い有様だとか」

菖蒲は目を瞬いた。

確かに、明治維新に至るまでの、開国推進派と幕府側とで合戦まがいの舞台に選ばれたのは京都だ。幸いにも姫鶴家は建物などに被害を被ることは無かったが、孤児や焼け出されて弱った貧しい家族を見た覚えは、何度もある。

「はい、あの、焼け出されてしまって。父も母も、家も、無くなってしまいました。それで、親戚を頼って江戸まで行こうと、兄さんが」

ここまで白々しく嘘をつくのは好きではないが、無害な人間を装うべきだと菖蒲よりも実地経験豊富な蓮が言うのだ、仕方がない。

それに、と思う。

────この和尚は、探っているのだ。本当に、宿に泊まれずその上弱った子供連れてきた男が、本当に『ただの人間』なのか。

「それは、大変でしたね」

相変わらず無機質な声がそう言うと、まるで死人のような彼の手が伸びてきた。

反射的に身構えた菖蒲の頭に、それが置かれる。

「未だお若いのに、貴方の進む道は多難と苦悩に満ちている。……強く生きることが、周りから求められ続けるのでしょう」

まるで、菖蒲の全てを知っているような話し方に、僅かに眉根が寄る。

この僧侶に感じる違和感は、恐らくこういうところだろう。全てを分かっているような、何も知ろうとしていないような、その曖昧な不気味さが。

「私も、そうでした」

え、と菖蒲は声を上げた。

その間抜けとも取れる声に、和尚は僅かに表情を和らげて言った。「長くなりますが、よろしいですか」と。……菖蒲は、小さく頷いた。

空になった薬湯の器を持ち上げ、片付けに入った和尚は、淡々と語る。

「見ての通り、ここは随分と廃れた寺です。以前はたくさんの僧侶がおりましたし、私よりずっと徳の高い和尚がいました頃は、多くの門弟を抱えておりました。私も、その一人です。……しかし、悟りを開き、決して怒らず、誰に対しても平等に心優しかったあの方を妬む者もまた、少なからず居たのです」

常闇の眼が、菖蒲をすっと捉えた。

和尚の身体は細く薄いのに、不思議と弱々しさは感じない。

「私は幼い時分、親を無くしました。ひもじくて、悲しくて、寂しくて、それは辛かった。……死んでしまおうか、と泣いていたある日、私は和尚に拾っていただき、秀哲の名を授けて頂いたのです。あの方のことを、私は父よりも父として、お慕いしました。それゆえに私は仏道に人一倍励みましたから、周囲の期待も大きかった。いずれはこの寺を、継ぐのだと。和尚の、一番弟子だと」

そこまで言葉を紡いで、和尚の色のない唇が、何かを言いかけてやめたように、はったりと動きを止めた。

……しばらくの恐ろしい静寂の後に、和尚は簡素に言った。

「ある日、和尚が死んだのです」

菖蒲は小さく眉を寄せ、顔を伏せる。

何だか、なにも言ってはいけない気がした。

「自殺などではありません、首のところを火かき棒で、胸のところを短刀で一刺し、です。下手人は、お武家様でもないのに刀を持っているとあって、私どもは大いに狼狽えました」

手燭と盆を持ち上げると、和尚は流れるような仕草で立ち上がった。

「……それからは、生き地獄です。私が弟子──あなた方を出迎えた、海鎮という小姓です──をとるまでのあいだ、下手人探しから始まった疑心暗鬼の種は、和尚の教えをかき消し、人が愚かであると声高らかに言えるだけの何かを、あの地獄は、私に残してゆきました」

分かったのです、と、やはり独特の間を置いて、和尚は再度簡素な言葉を、繋いだ。

「もう二度と、私どもはあの頃には、和尚に教えを乞うているあの日には、戻れないのだと。後は、きっとお分かりになるでしょう」

ちらり、と深淵のような和尚の眼が菖蒲を一瞥し、会釈した。

「長々と、すみませんでした。久しぶりのお客人だったものですから、少々舞い上がっておりました。御免ください」

では、と和尚は踵を返し、戸の方へと歩んで行く。

「何故」

はた、と和尚は立ち止まる。振り返りはしなかった。

菖蒲の空気を切り裂くような声には、純粋な心しか入っていない。

「その話を、僕に」

剃髪頭が小さく動いたが、やがてゆっくり、あの蒼白な手が戸を開けた。

何故でしょうね、と相も変わらず感情のこもっていない声が、聞き取れるかどうか、という程小さく応えて、彼は退室した。


後には、おかしな後味の悪さが残ったばかりである。

菖蒲は僅かに、眉根を寄せた。


  ◇ ◆ ◇


「どうでした、あの和尚」

ちゃっかり化け物に出された夕餉を平らげたどころか、一番危険そうな人物を菖蒲に丸投げした蓮は、開口一番そう菖蒲に問うた。

「どうでしたも糸瓜もない。だいたいお前、緊張感とか無いのか」

「若様ならどうにか為さると思いまして。それとも心細かったりしました?」

この妖怪減らず口が、と菖蒲は内心毒づいてそっぽを向く。

「……分からなかった」

未熟ですねえ、と蓮は楽しげに言って、畳に腰を下ろした。

「まあ確かに、あれは一枚岩ではなさそうでしたが」

そうじゃない、と菖蒲は不機嫌そうに言い返す。

「あれの『名前』が、分からなかった」

へえ、と蓮は目を瞬いた。

「やはりあの秀哲とやらは、妖でしたか」

「こちらに探りを入れてきたし、客人は久々だと言っていた。それに、所作に音が無かった。明らかに人間慣れした妖のそれだ」

偉い偉い、と蓮は棒読みで菖蒲を褒め、褒められた少年は苦々しい顔をする。

「……話を聞いた限りでは、何とも言えない。怨恨や後悔の色も感じられなかった」

蓮は小さく眉根を寄せ、着物の袖口を合わせて腕を組んだ。

「確かにそれは珍しいですね。まあ、あの鉄仮面と平坦な調子から察するに、あるとすれば『無気力』でしょうか。あそこまで静かとなると、ある種の悟りとも言うべきですね」

菖蒲は蓮の言葉に頷いた。

感情を見せない一挙一動。あの昔話の時でさえ、妙な間のとり方以外に、彼の特徴という特徴さえ見つけられなかった。

頭に叩き込んである『妖縁起』という、妖の名とその特徴に合致するものも思いつかない。

これではいつまで経っても祓えない、と菖蒲は顎に手を当てた。

「名が分からなければ、僕たちは妖を祓えない。過去の話を自らしてきた辺り、あまり重きを置いていないんだろう」

蓮は、はた、と菖蒲を見る。

「『幽現』が、ですか?それはまた、なんとも稀有な。人から妖に転じている以上、動機は生前にあるはずです。あれが真祖とは思えませんし……」

秀哲の話の中に出てきたのは、彼の育ての親であり敬愛の対象であった『和尚』、それからこの異様に広い寺の敷地を裏付ける、元々は多く居たらしい門弟。そして彼自身……。

「…………弟子をとるまでの、あいだ」

菖蒲は彼の言葉を振り返り、違和感を覚えた。

その弟子────海鎮と出会う前までは、秀哲が地獄、と感じるような、互いの疑心暗鬼や、恐らくは多くの門弟の間で起きた諍いなどが続き、幽現という駒を欲した真祖や弱小の瘴気にとっては、絶好の餌場ともいえる状況が続いていたはずだ。

ならば、その海鎮が来てからは、どうなったのだろうか。

「……主犯はもしかすると、弟子の方かもしれないな」

蓮は菖蒲をじっと見、「海鎮とかいう」と尋ね返した。

菖蒲は頷き、秀哲の話を振り返る。

「あいつは、海鎮が来るまでの間に寺が廃れた、と言っていた。もちろんこんながらんどうの状態ではないにせよ、彼が『地獄』と表すような、妖に付け入られてもおかしくない期間だ。奴らだって廃寺で何年も時間を食い潰していたいわけでもないだろう。多くの餌を求めないのは真祖の縛りか―――」

「二人で、ひとつの妖か」

蓮は、菖蒲の言葉を継いだ。

この考えが正しければ、狩り場を変えずに人を装って生活している奇特さにも説明がつく。

海鎮はまだしも、秀哲の方は嘘をついているような気配だけは無かった。二人でひとつならば、片方が留まると言い張る限りは動けまい。

どちらにせよ、と菖蒲は顔を上げる。

「夜が開ける前に片をつける。とにかく名を探ろう」

菖蒲はぐっ、と羽織を胸元に寄せた。


◇ ◆ ◇


お師匠様、と少年らしい高い声が、秀哲を呼んだ。

「あのお連れ様のご様態は、如何でしたか」

秀哲は無表情に目を瞬き、小さく「大事無いだろう」と告げた。

海鎮は小さく微笑んで、秀哲の無感情な顔を見つめる。

「喰うにも不味くてはいけませんからね」

背筋の凍るような言葉に反して、寺小姓の皮を被った化け物は、ひどく上機嫌で、優しげだ。

秀哲は伏し目がちの眼を更に細め、「そうだな」と無機質な声で返す。

「然し、この世はとかく──────無情だ」

平坦な声にこもった真実の心に、海鎮はうっそりと笑った。


◇ ◆ ◇


修祓師は、妖を退治するために生まれた。

初めてその存在が確認された平安時代初期。彼らは既に、幾つかの流派に別れていた。

刀の式神を駆使する姫鶴をはじめ、神通力や神降ろしなどを体得した流派もあった。

とにかく全ては、『妖を抹消するため』。

だが、修祓師にも弱点がある。

人であることは勿論だが、どの流派であれ、祓う以前に、『祓うものが何なのか』を、修祓師と妖の双方が理解していなければ、技のひとつさえ使えないということである。

これは妖の性質が問題で、彼らは『名』をもとに妖としての身体や性質、力を形成する。名を暴くという行為は、いわば器を破壊して中身をぶちまけさせるような荒業だ。

妖は弱点であり要であるその本来の名を秘匿し、修祓師に悟られぬよう、狡猾に人の世に紛れ込んで追っ手を掻い潜る。

その荒業を考えついたとはいえ、結局修祓師は先祖伝来の『妖縁起』や地道な調査を通してしか、その存在を知ることは出来ない。後手に回るのが常、ということだ。

難儀な話だと、菖蒲はため息を零した。

この寺に潜む魔は、二つ。

片や無害を装った寺小姓。片や感情を伺わせない若き僧侶。

だが、後者は己について、それも自ら話した。

菖蒲とて、出来る事ならば退治する側の言い分などあまり聞きたくないし、信用ならないとも思っている。

ただ―――秀哲の場合、辻褄の合い方がどうも真実を語られた時のそれと同類に思えた。確かに不気味ではあるが不可解ではない。実際、この廃寺そのものからは瘴気を感じないわけだから、かつては随分大きな寺であったという言も事実だろう。

問題は、両者の関係が本当にただの師弟なのかということだ。

二人でひとつの妖というのも、事実『妖縁起』には存在する。わざわざこの場所ということは、それだけ幽現との関連性も強いのだろう。

蓮は見張りをするなどと言って、今しがた寺の外へ出た。近くの林だか何かの辺りに居ると言っていたが菖蒲は、ひとまず放置している。

と、四阿の戸を小さく叩く音がした。菖蒲はふっと振り返り、控えめな声で応える。

「夜分にすみません、お加減はもう宜しいですか」

見れば、現れたのは弟子の海鎮の方だった。

この状況で、よりにもよって疑いが強い方が来るとは。菖蒲は僅かに眉をひそめる。

「あの、おかげさまで……」

「それはそれは、よろしゅうございました」

にこ、と笑う顔がいやに無邪気で、菖蒲は何か違和感を感じる。

「おや、辻崎さまは……」

「……さあ、先ほどから帰ってきていませんが」

あの男、帰ってきたら頭から床にぶち落としてやる。菖蒲はそう、固く誓った。

「丁度良かった」

え、と菖蒲は尋ね返す。

「いえ、あの。都の方って、こういうのお詳しいのかしら、と思いまして」

照れたようにそう言って、海鎮が懐から取り出したのは────短刀。

どきり、と心臓が跳ねた。秀哲の話に出てきた『和尚』を殺した凶器が、頭をかすめる。

「どう、なんでしょう……ああでも、刀鍛冶とか刀売り以外に持っているのは、珍しいですね」

「やはり、そうですか」

にこ、と微笑むその様は、どこか菩薩にも似ている。

不思議な男だ、と思った刹那────菖蒲は小さく目を見開いた。

「…………なるほど、そうか」

海鎮が、え、と間抜けな声を上げる。

「何かございましたか?」

「いえ、なんでも。そういえばあの、さすがに兄が帰ってくるのが遅いとさきほどから思っていて……三十分ほどになりますか」

おや、と海鎮は驚いたような顔をした。

「では少し、探しに行って参りましょうか。こちらでお待ちくださいね」

「どうもすみません」

人好きする笑顔を浮かべたまま退室していった海鎮の背を見、菖蒲は確信した。

そして、ゆっくりと立ち上がる。

「道理で、怨恨も後悔の色も、見えなかったわけだ」

なぜなら、あの妖の本当の望みは、そんなどす黒い雨のような、悲しいものではないのだから。

菖蒲は僅かに、複雑げな顔で双眸を細めた。


◇ ◆ ◇


やはり、と蓮は寺の近くで人の気配を遮っていた雑木林を歩き、ため息をこぼす

寺そのものからは瘴気を感じないのに、妙に薄気味悪いと感じた理由が、今分かった。

この雑木林がある種の『領域』───つまるところ、特定の妖や、変事の首魁たる妖が強大な力を得る場所として、この寺を守護していたのだ。

ゆえに、あの僧侶らが曖昧な瘴気を漂わせ、人か否かを見分けられないように出来た。

逆にいえば、この雑木林こそが妖としての本領を発揮できる場所であって、あくまで寺は執着心の拠り所。海鎮や秀哲らを寺からおびき出すことが出来れば、とっとと本性を現してくれるといったところか。

……問題は、それを誰よりも理解しているであろう彼らを、どう誘い出すか、なのだが。

はた、と蓮は歩く足を止めた。

今なにか、寺から出ていった気配がしたのだ。

こんなこともあろうかと、接触した二名には『鳳仙の玉眼』を応用し、万全の監視体制を現在進行形でしいている。東京府付近の妖が、一体どこまでの力を持っているのか不明な以上、二対一の状況は避けたかった。

しかし、この動きはまるで、蓮のあとを追っているようにも見える───スっと見開いた緋色の双眸に、火花が散る。

蓮は苦笑を零した。これはもしかしなくても、揶揄った仕返しだろうか。

しかも、体格や気配から察するに、海鎮の方だ。わざわざこちらに仕向けたのならば、時間稼ぎをしろと、そう言いたいのだろうか。

「……参ったな、殺すよりも生け捕りの方が難しい、と言い聞かせてきたつもりなんだが」

だが蓮は、面白そうにひとつ笑いをこぼして、来たる妖を出迎えるかのように、振り返った。

仙弔花(せんちょうか)

ひらり、と帯に巻いた二本の飾り紐の片割れが、勝手に外れ、舞い、くるくると螺旋を描き始めると、薄桃の花弁を散らして、しろがねの鞘に収まった刀へと姿を変えた。

「まあ、夕餉分の仕事はしましょうとも」

式神 仙弔花を携えて、蓮は不敵に笑んでみせた。

◇ ◆ ◇

「座興はここまでだ、御坊」

ゆうらり、と蝋燭の火が揺れた。

気配のひとつも悟らせずに易々と妖の背後を取るあたり、随分な格上に目をつけられたと、秀哲は内心、苦笑した。

だが、つとめて無感情を装って、応える。

「やはり貴方は狩猟者でしたか────お客人」

今更か、と大人びた言葉が、少年の声で言う。

「思えば、最初から貴方は『これを望んでいた』」

聡明な少年だ、と秀哲は眼を細めた。

そして、擦れた本を閉じて、人ですら無くなった身体を持ち上げる。

「左様…………お連れは、海鎮が相手しているようですね。ならば、物の怪らしく、まことの姿で抗いましょう」

菖蒲が、ハッと目を丸くした。

刹那、蝋燭の灯火がふっつりと消える。

ゴロロロ……と、雷のような唸り声が静寂に充ちた寺を駆け抜け、ぎろり、と血のように赤い、巨大な眼が菖蒲をしっかりと見た。

グオッ、と力強く空気を斬る音に、菖蒲は戸を蹴破って跳び退り、真っ直ぐな声を上げた。

五月雨(さみだれ)!!」

その声に応えるように、丸形を模した菖蒲の腰飾りが輝き、冷涼な音を引き連れて、水の龍が滑空するが如く菖蒲の前に現れ、彼が手を伸ばして握るや、紺碧の鞘に収まった刀へと姿を変えた。

菖蒲はふっ、と息を吹き、急降下する『領域』に明かりを灯す。

変貌した寺の、この妖の『領域』は、深い闇が充満した、広大な迷路のような有様だった。

どこまでも続く、あの部屋の光景。

そして、目の前には─────秀哲と名乗っていたはずの、『妖』。

巨大な剃髪頭の一目入道にも似たそれは、目の覚めるように真っ青な着物に身を包み、裾の奥からは百の目がこちらを見、触手のような多数の手足が、まるで千手観音のように、背や腰などから伸びていた。

ひどくおぞましく、ひどく醜い。

だが、菖蒲は決意の色濃く、真っ直ぐな視線を妖に送った。

明瞭な視界を得、式神も呼び寄せた。恐れるものなど、何も無い。

すらり、と刀身を鞘から抜き放つと、構える。

一見すれば、水が刀に変わったような、おそろしいまでの透明と薄青色の絶妙な色合いを孕んだ美しい刀だが、一瞬でも灯りにその身を照らされれば、切れ味を証明するように、虹輪が現れた。

「妖縁起、第八十三番『漂奇(ひょうき)』、その妖名を『青坊主(あおぼうず)』!」

ぎろり、と赤い眼が憎悪も顕に血走る。

真の名前を当てた。─────修祓師の本領を、発揮出来る状態に持ち込んだ。

切り裂くような声が、告げる。

「御頸、頂戴す」

ギャアアアア、と、妖が耳を劈くような鳴き声を上げる。

菖蒲は飛び上がって妖、青坊主の懐まで瞬時に入り込み、迫り来て菖蒲を捕まえようとする千の手足を、時には薙ぎ払い、それを足場に駆け抜け、的確に急所を狙ってくるものは鋭く疾い剣戟で木っ端微塵にして見せた。

青坊主は怯んだように、男の声にも似た悲鳴を上げ、巨大な手が空を斬り裂いた。

段違いの速度で襲いかかってきた巨大な手に、菖蒲は刀を突き立てつつ緩和し、横に吹っ飛んだ。

────だが、この領域は明かりに満ちた。

トン、と衝撃に反して身軽に支柱に着地し、ぐっと足に力を込める。

そして、すうっと短く息を吸った。

ギャアアアア、と再び、また違う男の声で青坊主が喚く。

赤い千の眼で菖蒲を凝視し、その姿を確認すると、あの雷光のように疾い手足で、襲い掛かる。

だが、菖蒲が柱から蹴り上がって手足を道に青坊主のもとへと駆け上がる方が速かった。

菖蒲は道半ばで思い切り飛び上がる。地にされた手が衝撃で怯んでしまうほどの力である。

菖蒲の周囲だけ、みるみるうちに温度が下がっていく。

真っ直ぐな彼の眼が、青坊主の急所─────額の巨大な一つ目を見据えた。

「壱ノ(いちのぎ)

鋭い声が、青坊主の意識を奪う。

あの手足を動かすことさえ忘れ、菖蒲の姿に目を奪われる。

バチッと、刀身に黄金の輝きが一閃した。

瞬星(しゅんせい)

そう、菖蒲が言うや、あまりに疾いひとつの剣戟が、その名の如く彗星が夜空を切り裂くように炸裂した。

剣戟は青坊主の額の眼を真っ二つにし、だらり、と千の手足が垂れた。

小さく、額の眼の睫毛が揺れる。

途端、ぐわっと何かが菖蒲の身体を包み込んだ。─────けれどそれに、実体は無い。

ただ、青坊主が、『幽現』であった証に、最期の走馬灯を見させられる、<共鳴(きょうめい)>の感覚だった。


菖蒲は小さく、目を見開いた。

◇ ◆ ◇

ガキン、と虚ろな夜の雑木林で、鋭い音が交錯した。

蓮は僅かに双眸を細め、正確に妖の次の手を見定め、刃で受け流していく。

忌々しげに呻くのは────姿を変えた、海鎮。

耳元まで裂けた口と、鋭い牙。

充血した切れ長の目と、まるで法衣にも似た装い。

だが、背後で蠢く巨大な二対の鯉のような眷属が語る。この妖が、もとは水中に潜んでいたものであると。

そして何より、首元にしっかりと刻まれた傷跡や、心臓の辺りだけやけに破れた着物が、蓮は気にかかった。

ギュアアアアガガ、と醜い叫びを上げて、妖は両手を土に突き刺した。

すると背後で涼しげに泳いでいた眷属が、急激な疾さで連の元へと襲い掛かる。

『鳳仙の玉眼』を発動し続けている蓮は、だがその人ならざるものの動きを緩やかに感じるほど、しっかりと追い、まるで戯れるように眷属の攻撃を躱し、受け流し、刀を握り直すと、風を切るように容易く、回転や持ち直しを繰り返しながら眷属を八つに切り裂いた。

血飛沫を上げて四散した眷属は、黒い霧のようになりながら、地に落ちる頃には跡形もなく消滅した。

子供の癇癪にも似た、耳を劈く声で妖が叫ぶと、今度は彼自らが蓮に襲いかかってきた。

蓮は手早く刃についた血を払うと、妖の鋭い爪を受け、押し返す。そうして刀を一回転させると、短く息を吸う。

「弐ノ(にのぎ)

けたたましい声で斬撃を加えようとする刹那、妖の身体は大きく袈裟斬りにされた。

泥水(でいすい)

肩から足にかけた大きな一斬に、妖の身体は呆気なく真っ二つにされ、己の眷属のように、霧のようになりながら倒れると、夜風に乗ってその存在ごと無に帰した。

蓮は大して疲れた様子もなく、再び遊ぶように刀をくるくると回して、鞘に収めた。

「……さて、あちらは片付きましたかねえ」

そう言って顔を上げた時、蓮は僅かに目を細めた。

蓮の眼に、何かの気配が二つ、映り込む。

彼は小さくため息をつくと、苦笑混じりに呟いた。

「次は、人ですか」

三日月はもうじき、その姿を隠す頃合いである。

◇ ◆ ◇

ある時、和尚は人ではないと知ってしまった。

きっかけは些細なことで、最近見かけなくなった門弟の同期が気がかりになり、恐る恐る様子を見たところ、和尚だった何かが、大きな咀嚼音を立てていたのである。

見つかりはしなかったし、和尚もまさか私が見たとは思っていなかったらしく、特に身の危険を感じることは無かった。昔から表情の乏しかった私は、つまるところ感情を押し殺すことに長けていたのだ。

けれど、私は忘れられなかったし、ひどく気味が悪かった。

あんなに優しくて、明るくて、美しい為人をした和尚が、化け物なのだと分かってしまったことが。

そして何より、最近この寺の戸を叩く者が増えてきたことが、何だかただならぬ因縁を私に覚えさせた。

ある日、偶然寺の門の辺りを通りかかった時、立ち話をしながら相談に乗っている和尚を見た。

相も変わらず悟りを開いてしまったように、とても穏やかな笑顔を浮かべていた。

『────うちの子が、帰ってこないんです』

泣きながらそう訴えていたのは、若い夫婦だった。

その後も、来客は後を絶たなかった。

『和尚様、うちの子が』


『うちの嫁が』


『夫婦になる約束をしたあの人が』


『父が昨日から』


……私は確信した。

ああきっと、和尚が喰い殺してしまったのだ、と。

全部、全部、全部。

だけれど、寺の者たちは憐れむばかりで『和尚様が気にされることではございません』と笑いながら言う。

『きっと和尚に話を聞いて貰えただけで、心も軽くなったことでしょう』、と。

……その言葉を聞いた夜は、頭がおかしくなったかと思うほど笑いが止まらなかった。

何が仏だ、何が悟りだ。

化け物風情が人様の幸せを壊し、嘲り、嗤うというのか。

お前のその笑みは、つまるところ私たちを莫迦にしていたゆえのものか。

『仏など居ないのだから、何をしたって裁かれない』と?

ならば教えてやろう。仏など居なくとも、仏が穢れを嫌おうとも、お前を殺す人間が居るということを。

よく見ておけ、浮世から逃げた弱者ども。

崇拝以外に能のないお前たちの為に。


私は、和尚を殺した。

その後の地獄というそれは、つまるところあの阿呆共が阿呆をしたというだけの話であって、和紙の上でわざとらしく笑んでいる仏も、金属の塊になりながら嗤う仏も否定するために、私は美しかった思い出ごと、彼らを殺し続けた。


気づけば、私独りになっていた。

あの海鎮が和尚の亡霊であろうが、寺で飼っていたはずの鯉が人喰いであろうが、私はどうでも良かった。

そうだ、あの少年の言った通りだ。

私は生きながらにして化け物に成り果てたが、ただひとつ望んだのは、『終焉』だった。

憎悪も後悔も何も無い。ただ、この暗い生を終わらせるだけの『諦め』が、欲しかった。


ああ、私はなんと、未熟なことか。

青い梅を食べてくれる者など、誰もいないと、分かっていたのに。

ただ、誰かの手で、終わらせて欲しかったなんて────────。


──────菖蒲はゆっくりと、睫毛を上げた。

哀れむ必要はない。そんなものは、誰も求めていない。

ただ、あの僧侶は、真っ直ぐだっただけなのだ。

熟れる前に枯れてしまった梅の木についた、青い実だったのだ。

菖蒲は膝に手を置いて立ち上がり、刀を拾い上げる。

「五月雨」

そう呼べば、刀はするり、と水のように溶け、腰飾りに姿を戻した。

気がつけば、寺は元の姿に戻っている。

雨風に曝されて朽ち果てた、酷い有様だった。

あるべきはずの屋根は落ち、見上げれば空の闇色が薄くなっている。

菖蒲は頬についたらしい煤を乱雑に拭うと、踵を返した。

早く、蓮と合流しなければ。

東京府までの道は、まだまだある。

本来こんなところで道草を食ったのも、あの妖だけ妙に力が強かったせいだ。

そう心のうちで言い訳した瞬間、菖蒲の動きがぴたり、と止まった。

そして逡巡の後、再び寺の中へと戻り、懐をまさぐる。

そうして、一枚の札らしきものを取り出した。

濃い紫の丁寧な字で紋様を描かれたそれに、菖蒲はフッと息を吹く。

すると札はひらひらと頼りなく舞いながら、その姿を花菖蒲に変える。

深い紫と緑の美しい、初夏の匂いであった。

寺にか、あの僧侶にかは、分からない。

ただ、花を手向けた。

「……来世は、幸多からんことを」

菖蒲は、自分でも笑いたくなるほど小さな声でそう言うと、満足したように寺の外へと足を向けた。


「お優しいこったな、これだからボンボンは嫌いだぜ」

バッ、と菖蒲は目を丸くして身構えた。

聴いたことの無い声だ。ひどく鮮明に聞こえてきたから、遠くはない。

「どいつが腰を上げたのかと思えば嫌われ者の姫鶴で、挙句男か女かも分かンねえガキを寄越すとは、お前らの危機感はどうなッてンだよ」

とん、と身軽な着地音が目の前でする。

菖蒲は小さく目を瞬いて、ムッと眉根を寄せた。

「相変わらず、お偉方ほど使いもンになんねェな」

不躾な言動を繰り返すのは、獅子にも似た黄土色の長髪の男だった。

涼し気な顔の美丈夫にも見えるが、適当に着たらしい着物に引っ掛けただけの羽織、手にした瓢箪から察するに、随分横着な男らしいことは、菖蒲にも簡単に理解出来た。

そして何より、蓮よりも背が高いような、目測りで六尺に達するかという背が威圧感も顕である。

だが、菖蒲は怯むどころか喧嘩を買って叩き返した。

「無用な悪態をつく人間の大抵は、役立たず以下だと知らないのか」

男の涼し気な目元がスッと細まり、口角が上がる。

「試してみるかい?お坊ちゃン。俺とお前、どッちが役立たずなのか、さ」

男の浮かべた不敵な笑みは、背筋を凍らせるような威圧感を孕んでいた。

菖蒲は僅かに眦を釣り上げ、にこりともせずに言い返す。

「先に言っておくが、姫鶴がただの『お坊ちゃん』を寄越したと思っていると、痛い目を見るぞ」

ケラケラと、男は楽しげな笑い声を上げた、

「そりャあ楽しみだ───なッ!!」

男は右足を小さく上げると、勢いよく一歩前に踏み出した。

すると、まるで地の底から何かが這い上がってくるような気配と音を上げて、光の刃が菖蒲の身体を的確に狙ってくる。

菖蒲は小さく双眸を見開いたが、身軽に羽織を揺らして刃を躱し、着実に男の元へと距離を縮めていった。

(─────速い)

男は内心で、そう呟いた。

だが、その端正な顔には余裕の表情を浮かべ、瓢箪を宙へと放り上げる。

そして、羽織を菖蒲の方へと投げ捨て、ひらりと菖蒲の背後に立った。

だがその動きさえ見定めていた菖蒲は、地に手をついて後ろに宙返り、両足で的確に男の両手を封じて、グワッと起き上がる。

ギョッとしたらしい男の顔など残像程度にしか見ず、菖蒲は起き上がる刹那に構えた拳で、思い切り男の右頬をぶん殴った。

だが、それで僅かに体勢を崩しただけの大男は、菖蒲の足をがっしりと掴んで放り投げる。

菖蒲は先の戦闘のように、今度は巨木の幹を足場にして難なく体勢を立て直し、電光石火と言える速さで男の胸に蹴りを入れた。

小回りのきく身体で、時には拳を受けつつも緩和し、まるで鶴が空に飛立つ身支度の如く、ひらひらと羽織をゆらして蹴りや殴りを的確に入れていた。

そして、男が菖蒲の襟を掴んで軽く持ち上げると、そのまま後ろに叩きつけるが如くしてみせる。

菖蒲が地面も間近のところで足をつき、彼と男が互いの急所に手を届かせた瞬間───。

「ちょい、お二人はん。それ、いつまでやるつもりなん?」

随分とこの場にそぐわない、可愛らしい声がそれを制した。

男と菖蒲が同時に声の方へと顔を向ければ、桃色に色付いた目尻と口紅が艶やかな、花も盛りの女性が一人、楽しげに微笑んでいる。

山藍摺の長髪をハイカラに結わえ、少しばかり目尻のつり上がった花緑青の双眸は、微笑んでいるために細められ、柔らかな印象を与える。

見慣れない着こなしの着物に身を包む彼女は、一見すれば妓楼に居るような人間にも見えた。

だが、この男と並ぶと、何故か初めから二人で居続けて来たような、妙な溶け込み方をする不思議な女でもある。

「おい(いばら)、男と男の決闘に水差すなよなァ」

「そんなん、うちが気にしてどないするんや。お話し合いに拳はあかんやん」

気軽に会話している様子からも、どうやら両者が気心の知れない間柄であることが察せられた。

「お前が言ッたンだろうが、ボンボンには強行突破だッて」

「言葉のあやってもんを知らへんわけ?けったいなとこであほ正直やねぇ、あんた」

茨、と呼ばれた女は、菖蒲に向かって微笑んだ。

「うちのあほ酒呑(しゅてん)がかんにんなぁ、坊。うちらな、あんさんら迎えにきたの」

「……迎え?」

そ、と茨は人差し指を唇に押し当てた。

「酒呑の言う通り、あんたらがのんびり屋はんやさかい、うちらが保ってきた帝都の有様を見ておしてね」

僅かに眼を開いた茨に、それまで隙なく菖蒲の急所に手を当てていた、酒呑と呼ばれた男が、急に気配を震わせ始める。

菖蒲は訝しげに眉をひそめ、次いで、何故か朽ち果てた寺の元まで歩み寄り、見渡している茨の背中に、小首を傾げた。

「……おい小僧、悪いことは言わねェ、いますぐお供連れてどッかに隠れろ」

は、と菖蒲は男の言葉に余計に首を傾げた。

「あいつ、今最高に機嫌悪いぞ。何しでかすか分からン。……ッて、おい、茨、お前マジで何やッてンだ……?」

動揺が本格的に男の顔に出た時、茨は、軽々と、横たわっていた寺の柱らしき何かを、片手で、持ち上げた。

これには流石に菖蒲も唖然とし、小さく口を開ける。

茨の華奢な身体は、丸い肢体という女性の特徴を除いては、菖蒲とほとんど変わらないが、その怪力は、菖蒲どころか並の男でさえ持てないそれだ。

「んもう、酒呑が先走ったさかい、やり損ねかけたやないの」

可愛らしく頬をふくらませているが、これは菖蒲にも分かった。……つまり、その手に持った柱を、投げるつもりだ。

「てなわけで、うっかり死なんといてや、坊?」

「ちょ、待っ」

───先程の青坊主の手足も大概だったが、この勢いよく何かが風を切る音ほど、身の危険を感じるものは無い。

菖蒲は何故か冷静にそう心のうちで思いながら、次々と飛びかかってくる瓦らしい何かや、時には樹齢何十年という巨木をなぎ倒す威力の柱攻撃を何とか交わしつつ、主の身の危険が迫っている時ほど役に立とうとしない従者を捜して雑木林を駆け抜けた。

「か弱い乙女の親愛表現やないの、逃げんといてや」

面白そうに笑い混じりのその声が、むしろ妖との相対より背筋を凍らせる何かを持っていることが、菖蒲は何より恐ろしかった。

「笑えない冗談言うな!というかそこの金髪、お前の連れだろうが!巻き込んでどうするんだよ!」

見れば男は後頭部を瓦に直撃されてしっかり伸びていた。だが、茨はお構い無しらしい。

「あー!もう!あの莫迦従者!!妖怪揚げ足取り!!どこいった!!主の身の危険だぞ!!」

菖蒲はひとまず林の中に潜り込み、グッと足に力を込めて中腰になると、天高く跳んで、幹を足場に跳びながら従者を捜した。

その様に、茨は額の辺りに手をやって見遣り、感嘆の声を上げる。

「ほんまに鳥みたいやねえ、面白ぉい」

小さくケラケラ笑うと、突如、右足を後ろに引いた。

「せやけど─────甘い!」

そう言うや、これまでとは桁違いの威力で、なぎ倒した巨木を投げてみせる。

背後から空気を押してやってくる何かに、菖蒲はギョッとした顔で振り返った。

「───仙弔花」

刹那、菖蒲ごと木を薙ぎ倒しかけた二つの巨木が、木っ端微塵に散らばる。

疾過ぎる速度と動きから察するに──姫鶴の式神。それも、独断で動かせる力量。

菖蒲は後ろ向きに宙返りして幹を足場にすると、式神の主の元へ降り立った。

「若様の式神なら、あの程度出来たでしょうに。……相変わらず強情でいらっしゃいますね」

僅かに苛立っているような響きをした蓮の言葉に、菖蒲は困惑しつつそっぽを向く。

「お前に仕事させただけだ」

「……まあ、そういう事にしておきましょう」

蓮はそう言うや、ぽん、と菖蒲の頭に手を置いた。

「若様、子供ですし」

ムッとした顔を浮かべたが、これ以上減らず口を叩かれても面倒だと思い、菖蒲は再びそっぽを向く。

「いやあ、お見事、お見事。うちもまあまあ楽しかったし、このくらいで勘弁したるなぁ」

手を叩いて子供のように無邪気に笑っている怪力女……もとい茨に、蓮は平時の穏やかな笑みを向けた。

「これはどうも、可愛らしいお嬢さんが、一体なんの御用ですか」

先ほどから妙に言葉に棘を感じるが、菖蒲が疲れているためにそう聞こえているようにも思えたので、彼は押し黙る。

「お偉いさんたちの手ぇ借りれるっていうさかい、舞い上がってもうて。ちょいとした実力試しよ、ほんまに使えるのかどうか」

にこ、と茨は微笑んだ。

そして、菖蒲の唇に人差し指を押し当てる。

ここ最近で出会った目線の同じような人間が女というのが、若干虚しかった。

「言うたやろ、お迎えに来た、って」

その言葉に、菖蒲は目を二、三度瞬いて、得心したように「そういえば……」と言う。

「まあ、立ち話もなんやし、どや?東京観光、していかへん?」

菖蒲と蓮は目を見合わせ、すっかり上機嫌になった茨と、いつの間にやら復活したらしい金髪の男に目線をやった。

「……そもそも、お前たちは?」

その言葉に、茨は僅かに振り返って目を瞬き、困ったように微笑んだ。

「あれ、言うてへんかったかしら」

後頭部が痛むのか、幾らか柔らかく髪をかく男が、声を上げる。

「俺たちゃ、野良(のら)さ。お前らが腰をあげるまで、帝都の妖をどうにかして回ってた」


「お前らと同じ、修祓師(しゅうばつし)だよ」

男の言葉に、菖蒲は一層目を瞬いた。

一話目から引き続いて、その妖名を『青坊主』という幽現の妖のお話でした。

結局どういうことなんじゃい、というそこの貴方、Twitterに答えは乗っています(予定)。

謎めいたままでいたい、という方、情緒があって素敵です。

青坊主は意外にも知名度が高かったりするのですが、今回は『未熟者』の意として拝借しました。

参考は鳥山石燕の図画百鬼夜行より。


……後半の新キャラクター二名のパンチが強すぎて霞んでましたね、とか、口が裂けても言いません。

次回は箸休め回の予定です。存分に和む用意をなさってください。それでは、また。

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