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第9話 あたしとあの人

 町人たちの動きが止まった。

 足音がやんだから。

 止めたのは一人の女の人だった。

「もうOK。…誘えたから」

 声の主が、五人の目の前に現れた。

「はじめまして、皆さん」

 彼女は、にっこりと笑う。

「ミサトって言います」

 そう言うと、ミサトはうっすらと目を開けて、和也を見つめた。


 その時。


 和也の背筋に、寒気が走った。

 ――な、んだ…?

 この寒気は……!!

「あれ……」

 エンブが呟いた。ミサトの頬を見つめて。

 彼女の頬には、『あれ』があったから。

「…束縛の印…」

「っ!!」

 ランブが呟いた瞬間に、エンブは反射的にランブの方を向いた。ランブは驚いた顔で、彼女をじっと見つめていた。

 それ以上の、変わった様子はなかった。


 ――良かった。

『あいつ』じゃないからか、ランブ。


 ミサトは笑っていた。

 優しく、冷たい眼で。

「うん。私は《10人の束縛者》の一人よ…」

 その言葉で、誰もが彼女に対して敵意を向けた。

 そんなことも気にせず、ミサトは鎖のマークが付いている顔で、変わらず笑っていた。

「……こんな本、大っ嫌い。なのに、こうなってしまった」


 とたんに。


 彼女の表情がガラッと変わった。

 冷たい眼。

 殺意のこもった眼。

 悲しみのこもった眼。

「それもこれも全部……、あんたのせいよっ!!!!!!」

 グアッと、彼女の周りに『力』が巻き起こる。何かよくわからない、強い力が。

 ミサトは右手を和也に向けた。そこから『何か』が向かってくる。

 しかし、視えない。

 なのに、『何か』が向かってきているのはわかっていた……。

 その瞬間。

 和也の体は、彼の叫び声と共に…。


 ――吹っ飛んだ。


「カズヤ!」

 どさりと、自分の体が抱きかかえられるのを、和也は感じた。

 助けてくれたのは、ジュンガだった。ジュンガは、自分より少し低い和也の目線に自分の顔を持っていく。

「大丈夫か、カズヤ」

「あ、ああ…。ってか、子供扱いするなよ」

 そう言いながら和也はそっぽを向く。

 でも本当は、恥ずかしかったから……。

 顔を見た時、本当に心配していたから。

 ジュンガは少し笑いながら和也の後ろへと行き、肩を持つ。

「いくぞ」

「…ああっ!」

 その瞬間に、ジュンガの姿は消えた。そして、和也の頬のは二本の印、頭には正三角形の耳がついた。

 頭の中に、ジュンガの声が響く。

『カズヤ。相手は波動を使う』

「は、どう…?」

『ああ。一定の感情じゃないと出せない技。…波動が見えなくても、あいつの心を揺さぶれば……』

 ああ、なるほど。

「勝てる!!」


 刹那。


 和也の両手が、獣の手へと変わった。爪が長く、太く変わる。

 また波動が来る。でも、どう来るかは分からない。

 そのまま和也は両手を体の前でクロスして、足を踏ん張って波動を受け止める。ジリ…っと、足が動き、和也は必死に踏ん張る。けれど、そのまま受け止めきれずに、体は先ほどのようには吹き飛ばされてしまった。

 しかし、今度は狼の力で空中回転して着地をする。

「やっぱオーバーなアクションがないとな☆」

『真面目にやれよ…?』

 着地した時に、和也はミサトの方を見る。ミサトは和也を睨みつけていた。

「あんたさえ、いなければ……」


 ――憎い。

 憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。


 憎い――――!!

 

 その時、彼女の眼から涙がこぼれた。


「あたしとあの人は…………っ!!」

 彼女から、まるで爆発したように波動が巻き起こる。踏ん張る暇もなく、和也は吹っ飛ばされた。


 その時、見た。


 ――どうして、こっちを見てくれないの…?



「20にもなって、どうして…?」

 女性は、一人の男性と話していた。

「あたしより、本の方が大事なの……?」

「それは違う!」

 男性は首を振って、大声で否定する。それを見て、女性の表情は少し明るくなった。

「じゃぁ…!け」

「それは無理だ」

 言葉をさえぎられた。すぐに彼女の表情は元に戻る。

「…なんで……」


 どうして?


 どうして見てくれないの…?

 あたしのことを思ってくれているんなら、ちゃんと見てよ。

 見て。

 あたしの思いを聞いて……?


「今は……」

 彼の表情は、苦痛の表情だった。


「どうして、どうして、見てくれないの…?」

 彼女は泣いていた。

 泣いて、本を虚ろな目で見ていた。


 彼は姿を消した。


 この本が、彼を奪ったんだ。

 彼の心も。


 彼の体も――――。


「返してよ、返してよ…」


 表情が、歪んでいく。

 心が、歪んでいく。


「返してよ。返してよ。返してよ。返してよ。返してよ。返してよ。返してよ。返してよ。」


 鎖が近づいてくる。

 鈍い音を立てて。

 そして体に巻きついていく。

 締め上げる。

 そのたびに、呻き声が上がる。


 そして涙が流れる――――。


「返せよおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」


 頭の中で、名前を呼ばれている。

 愛しい彼から。


 そして。

 締め上げられた最後に

 ヒトツの印をつけられる。


 狂った証として――――。



 眼を開くと、滲んで、歪んでいた。

 そして、大事な《相棒》がいた。

 心配して、青ざめた顔をしている彼に、和也は今できる一番の笑顔を見せた。 もっとも、『アレ』を見た後だから、ろくに笑えなかったが。

 ふらりと立ち上がると、和也はミサトのところへと向かっていく。

 ミサトはただ、和也を睨みつける。

「彼はちゃんと想っている。あの表情は、すごく苦しそうだった」

 あの時の、彼の表情。

 あの表情は、思っているからこその表情だから――――。

 だから、聞こう。


「彼に、聞きに行こう」


 ――――とくん。


「そ…、そんなこと…っ」

 ミサトは和也を睨みつけ、また波動を繰り出そうとした。

でも、それはできなかった。

 一定の感情じゃないと繰り出せない技。

 今は、その一定の感情ではなかったから。

「あなたは、どうしたいの…?」

「あ、たし…っ、あたしは……っ」

 カタカタと唇が震え、ミサトはうまく声が出せなかった。でも、大事なことはちゃんと言えた。


「会いたい。彼に会って、聞きたい」


 和也は笑った。

 でも、ちゃんと笑えなかった。

 でも、嬉しかった。

 いい意味で、泣いていたから。

 彼女を呻かせていた鎖が

 彼女から離れていく…―――。


「ジュンガ」

 和也が呼べば、ジュンガはすぐに来てくれた。

 そして耳元で、囁いた。

 それを聞き、和也は苦笑する。


 そして、彼女の鎖は

 主人公の手で斬られた。

 狂った証もその時に消え去った。


 宿へと帰ってきた。

「お帰りなさい、カズヤさ、んっ!?」

 リンカの表情が固まった。ついでに青ざめた。

 だってそこには。

 見たこともない、そっくりな二人の男の子に、見たこともない女の子まで居たのだから。

 えぇ…っ!?

 もしかして、そういう関係になっちゃったりしちゃう!?

 なんて思いながら和也の方を見ていると、ジュンガが和也の方へと近づいて行く。

「さっきの言葉、サンキュ」

「別に。本当のことだし」


 ――――え……?


 それってまさか!!

「さっきの告白の言葉、サンキュ」

「別に。オレの本当の気持ちだし。お前のことを、思ってるから……」

「んもう、ジュンガ…。恥ずかしい…っ」

 ってことじゃないよね!?


 違うよねぇぇぇぇぇぇぇっ!?


 …もちろん違います。


「何だよ、カズヤ。妙に素直じゃねーか?」

「バーカ。おれはもともと素直だよ」

 和也はそう言うと、笑う。

 今度は本当に、笑う。


『無力じゃないじゃん』


 そう、彼に言われた。

 彼と、もう一人……。

 2人が教えてくれた。

 ちゃんと自分で戦える、ってことを。


 なぁ、カズヤ?

 無力じゃないってことを知っても、自分の力が何なのかは知らないだろう。

「お前は、人を救ってるよ」

 多くの人を。


 これからも救っていくのだろう――――。

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