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第7話 『超危険人物』(2)

 風がやんで、村人たちが小さく唸っていた。やはりあの風は強力すぎて手も足も出ないのだろう。その姿を見て、黒色の髪の少年、ランブは複雑な表情だった。

 不思議に思い、和也は彼に話しかけてみる。

「追い払えて、満足じゃないの?」

「……」


 やっぱり話してくれないか。


 同じ表情のまま黙り込んでいるランブを見て、和也は心の中でため息をついた。

「…おれらは望んでないけど、あの人たちは望んでいるから」

「…え?」

 突然だった。突然ランブは話してくれた。

 ランブは少し苦しそうな顔をして、話し始めた。

「何もしてないんだ。なのにいきなり、おれらは『超危険人物』と言われるようになった。最初は違う、と言おうとしたけど、やめたんだ」

 俯いて話すランブを見て、和也は複雑な気持ちになっていた。

 ものすごく、辛い思いをしていたんだと。

「どうして、やめたんだ?」

 その一言で、ランブは一度エンブを見つめる。エンブは村人たちの方を見ていて、話していることには気づいていない様子だった。

「村人たちは、おれらに対しての怒りとともに、私生活の不満までおれらに八つ当たりしていた。そして自分の心を落ち着けていたんだ。だから、村人たちの気持ちが収まるまではこのままでいよう、って……」

 でも…、そうランブは続ける。


「おれらが消えないと、村人たちの思いは消えないのかな……」


「――っっ!!」

 和也の眼頭が熱くなった。

 何もかもを、たった二人だけで抱え込もうとしている。

 こんなにも、苦しそうな表情をしているのに……!

「なんで、なんで何もしていないのに、彼らがこんなことになったんだ……」


 おかしい、絶対。


 彼らがいくら生意気だとはいえ、こんなウソをつく奴ではないはず。

 その時、先ほど聞こえた誰かの言葉を思い出す。

 風に乗って、「いい気味だ」と言う、ネチネチとした男の声。

 …まさか、あいつが全て仕組んだこと……!?


 和也は辺りを見回した。彼らをいい気味だ、というのならばまだ、ここにいるはず。しかし、そんな余裕はなかった。

 村人たちは、また双子に向かって次々に多くのこと言い始めたからだ。

 エンブはそれを冷たい表情で聞き過ごしていたが、ランブはとうとう座り込んでしまった。それを見て、エンブはランブのもとへと駆け寄る。

「ランブ、大丈夫か?」

「…平気。なんかいつもは普通にしてられるのに、今日はいつもより酷い気がする……」

 胸のあたりを押さえて、ランブは眼を閉じた。

 自分たちは関係のないことだけれど、多くのことをこんなにも聞くと、まるで自分たちがどうにかしなきゃいけない気がして苦しくなる。

 ランブは大きく息を吸い、吐き出した。

 相変わらずの暴言が双子に降り注ぐ。立ち上がったランブを支えながら、エンブは村人たちを睨みつける。


 …どいつだ!

 どいつがこんなエセ情報を流したんだ……!!


 しかし、周りを見てもどうしてもわからなかった。そんなもどかしさにエンブは腹を立てる。

 ――その時だ。

 多くの暴言の中から、聞こえたのだ。

「お前らなんて、どうせ心がない奴なんだ……!!」


「―――!?」


 その瞬間、エンブの眼が大きく見開かれた。そんなエンブの姿に、ランブは首をかしげてエンブを見つめる。

「…エンブ…?」

 言葉に表せないような恐怖をランブは感じた。

 違う……。

 まるでエンブじゃないみたいだ……。

「言ってくれるじゃねーか」

 エンブは顔をあげ、もう一度村人たちを睨みつけた。


 その表情は、ひどく冷たく、恐ろしいものだった。


 エンブの瞳は酷く冷たい。その眼を見た村人たちも、和也たちも、思わず黙り込んだほどだ。手足を動かすこともできない。動かせば、風の力で体をバラバラに切り刻まれる…、そう誰もが思ったからだ。

 唯一、ランブだけが声を発することができた。

「エ、エンブ…?どうしたの、…っ、エンブ……っ?」

 ランブの呼びかけにも、エンブは無反応のまま、村人たちを睨みつけていた。

 風の音だけが、森じゅうに響き渡る。

 黙っていたエンブが、ふと口を開いた。

「俺だけに言うのならいい…。でもなぁ…、ランブだけには言うな」

 心がないのはお前たちだ。

「誰だよ、こんなバカな情報を流したのは」

 心がないのはお前たちだ。

「言えよ…、いわねぇとてめぇら全員……!!」

 心がないのはお前たちだ。


「殺してやる」


 とたんにエンブの周りに風が起こる。先ほどまでの風の勢いとは比べ物にならないほどの勢い。村人たちは悲鳴をあげながら風から逃げようとする。和也たちは足でぐっと踏ん張り堪えていた。

 突然の騒ぎを、エンブはじっと冷たい表情で見ている。ランブは顔を青ざめ、がくがくと小刻みに震えさせている。

 その様子を見たエンブは、ランブの震える肩にそっと手を置き、先ほどとは違う暖かい微笑みで、ランブを落ち着かせるように優しく言う。

「平気だよ、ランブ。本当に殺すのはバカな情報を流したバカだけだから、ね?」

 しかし、ランブの震えは止まらない。今にも泣き出しそうな表情を見て、エンブはギュッとランブを抱きしめる。

「怖くないよ…?大丈夫だから……」

 そう言うと、また冷たい眼をして、エンブは一人の男を睨みつけた。

「あいつさえ、あいつさえ殺せば大丈夫だよ、ランブ……」


 男は青ざめた顔をしていた。その男を和也も見た。

 よれよれの服を着た、小汚い男。

 エンブはその男を睨み殺すかと思うほどの、さっきに満ちた目で見ていた。ランブは睨みつけたいが、やはりエンブの様子が怖くて震えることしかできなかった。

「なんで…、なんでこんなことを……」

「…はっ、イライラしてたんだよ。妻からは逃げられて、金もなくて…。このむしゃくしゃした気持ちをぶつけるモノが欲しかったんだよ。…お前らは見かけない奴だった。だから危険人物という嘘を村人に教えて、この気持ちをぶつけれるようにしたんだよ」

 男は醜い笑い声をあげながらすべてを話した。おびえた表情だが、まだまだ余裕はあるらしい。そこがまたムカつくところだ。

 双子はそのすべてを聞いて、唖然としていた。

「……、どうせ、村人の怒りも収まって一石二鳥、とでも言うんじゃねぇよな?」

 エンブが呟くように言うと、男は息をのんだ様子だった。…どうやら図星らしい。

 その姿を見ると、エンブは走った。

「エンブ!!」

 悲鳴に近い声でランブは呼びとめた。しかしエンブは気にせずに、男の首をつかみ、そのまま押し倒した。…一瞬の出来事だった。

 エンブは首をつかんだ手に力を入れ、ぎりぎりと首を絞めていく。呻き声を男はあげ、エンブは何も感じないかのように、焦らすかのように少しずつ力を加えていく。


「殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる」


 眼を見開き、まるで我を忘れたかのように「殺してやる」と言い続ける。

 ランブは止めようと手を伸ばした。しかし、それ以上はできなかった。

 怖い、あんなに優しかったエンブが、こんな風になってしまった。


 おれが何もできないから……。


 ランブは眼を閉じた。

 自分じゃもう、何もできなかった。

 今の自分は無力だった。


「お前は気がすんでも、大切な人が悲しんでたら意味がないだろ!?」

 怒鳴り声が響いた。それは和也が放ったもので、放たれたのはエンブだった。エンブは手から力を抜かずに、和也をじっと見つめる。

「殺さなくったって、別にいいじゃないか。今はそんなことよりも、大切なランブを安心させる方が大切じゃないのか?」

 和也は優しく笑った。できるだけ、彼を安心させれるように。

 エンブは眼を丸くした。少しずつ手から力が抜けていくのが分かり、和也はほっと心の中で安堵した。


 あとはこの男を取り押さえることができれば……。


「その甘さが命取りなんだよぉ!!」

 男は立ち上がり、あっという間にエンブから離れる。ポケットに入れていたらしいナイフを取り出して、嗤う。

「大事なものを失えよ!」

 男はそう言うと、ナイフをランブに向かって投げつけた。

 ランブは動けなかった。

 そんな余裕さえもなかったのだ……。

 大きく、ランブは眼を見開き、声にならない悲鳴を上げた。


「ランブッ――――!!!」


 エンブの悲鳴が、響き渡った。


 カン――ッ!


 乾いた音がした。そう、あの生々しい音ではなく。

 眼を閉じていたランブは、おそるおそると眼を開けた。体には、覚悟していた痛みが襲ってこないのだ。

 目の前には、イヌミミの少年が、手の爪を長くして立っていた。

「大丈夫…っ!?」

 心の底から心配していた、という表情をして和也は立っていた。先ほどのナイフは爪ではじき飛ばしたため、少し離れたところの地面にはナイフが深々と刺さっていた。あれが自分の体だと思うと、ランブは背筋がぞっとした。

 和也は村人や男のいる方を見ると、大声で言い放った。

「心がないのはお前たちの方だ!!」

 エンブは眼を見開いた。それは自分がずっと思い続けたことであったから。

 村人たちは唖然とした表情で和也たちをただ見つめていた。その間に、コウリンが女とは思えないほどの力で、男を取り押さえてVサインをしていた。


 村人は、次々と双子たちに謝ったが、謝って、どうこうこうなるわけでもない。しかし双子は少し辛そうな表情だったが男以外の村人を許した。

 男はのちのち村人たちの判断でどうにかなるらしかった。


 すべて終わったのだ。


 しかし、ランブは未だに顔色が悪いままだった。エンブは何回も謝っていたが、別にそれが原因というわけではなかった。たださっきまでのことが怖く、気持ちが切り替えられないだけなのだ。

「なぁ、俺はお前を守れるかな…?さっきは本当に死んじゃうのかと思って、怖かったんだ。このままじゃ、俺はお前を守れないかもしれない…」

「……いいよ、いいよエンブ」

 辛い表情をするエンブを見て、ランブはぎこちない笑みを浮かべて言った。

「エンブが傍にいて、笑っていてくれたらいいから……」

 そう言うと、ランブは俯いた。エンブはそんな彼を見て、優しく微笑む。肩に手をまわし、そっと自分に近付ける。

「ありがとう…」

 その一言を言った途端、ランブから嗚咽が聞こえてきた。驚いてエンブはランブの顔を見る…と。


 彼は泣いていた。


 これはいい意味で泣いているのだろう。もっともっと、泣けばいい。心が落ち着くまで、いつまでも傍にいてやるから。

 喜怒哀楽を表してくれた方が、俺は嬉しいから。

「ねぇ、エンブ?」

「…何、ランブ」

 彼は拭いても拭いても止まらない涙をひたすら拭きながら、ランブの顔をじっと見つめていった。


「おれ、今泣けてる…?」

 エンブは優しく微笑んだ。


「ああ、ちゃんと泣いているよ……」


 ランブが泣いた。

 それは、あいつのおかげだ。

 お前はあいつに心を許したんだよね?

 だから、俺もあいつに心を許そう。

 

 そして、あいつと『お友達』になろうな……――――。

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