第54話 物語の真実
彼は、刻は笑って立っている。
この本の中で。
「これが、最後の謎。これは俺の口からではなくて、彼の口から話してもらおうかな」
「任せてくださいよ」
訳の分からないうちに、刻と涼が話している。
和也はただ、2人の顔を見合うことしかできない。正直言って声が出ない。
一番の親友が、何故かここにいる。
「どうして、オレとコウリンが現実世界に行った時には、何も言って…」
「もちろん知ってたよ。従兄妹って言う設定も分かっていたし、それに合わせつつねぇ…。後、剣道部の主将の時は、あっちが勝手に暴れる前に俺がわざとああいう風にしたって言うか、ね?」
にこり。
ジュンガの顔を見て刻は、いつものように笑う。そしてまるで当たり前のことを言うかのように、すらすらと喋る。それが普通のことではないのに。
「どういう、ことなんだ?刻…」
何とか、和也は喉から声を絞り出す。その掠れた声を聞いて、刻はやっぱり笑った。
「俺が、この物語の作者だよ?」
「―――――――え」
「『ある日普通の少年がいました。』」
「…何だ?」
刻の言葉にコウリンが眉を顰める。さっきまで、彼女は辛い過去を見ていたというのに、もう今の状況になじんできている。やっぱり彼女は強いのだろう。
コウリンに刻は笑いかけるのだが、その質問には答えずに、またすらすらと話していく。
「『少年は、本を拾いました。その本は真っ白で、中から魔女が出てきました。
魔女は言いました。この本を完成させてほしい。そのためには囚われた10人の束縛者を解放しなければならない…と。少年はそれを受け、本の中に行き主人公となりました。』」
これは、初めてコウリンと和也が出会ったときのシーンと同じだ。
刻の話にはまだ続きがあった。
「『少年には、狼の化身である《相棒》がいました。その力はとても強く、少年はこの力を正しく扱おうと決めました。
そして、少年たちの前に双子が現れ、彼らは両親の敵討ちのために束縛者を探していると言いました。双子たちも仲間になり、一緒に最初の束縛者に会いました。』」
これも同じだ。ただ、双子の身に起きた村人との騒動については何も触れられていないのに、和也は少し気になったが。
「『束縛者は攻撃を仕掛けてきました。それに仲間が傷つくのを見て、少年は怒り狂いました。許さない、仲間を傷つける奴は、この力で倒す。…そう少年は心に決め、束縛者を倒しました。
…正式には、殺す直前までなのかもしれません。少年は、束縛者を見つけたら、人々を傷つける悪い奴と判断し、動かなくなるまで攻撃をし続けたのです。』」
違う!!
これは、おれのしたことではない!!
もしかしたらこれは元の物語なのかもしれない、そう和也は考えあたりを見ると、他の者もそのように思っているらしく、和也の方を向いてきた。
刻は今、自分の書いた物語を簡単に話しているのだ。
「『そして7人目の時に、ある事件が起きました。
双子の両親を殺した少年が現れたのです。双子は束縛者に向かって狂いながらも走って行きます。しかし、彼は強すぎました。あっという間に双子はバラバラにされてしまいます。…両親のように。
仲間思いの少年は、また怒り狂いました。よくもおれの仲間たちを…と。
そしてあれほど強い束縛者を一瞬にして倒しました。しかし少年は、ただ動かなくなるまでではなく、完全に、息の根を止めました。…バラバラにして。
それから彼の眼に光は宿らなくなります。ふらふらと彷徨うように束縛者を探し出し、殺す。
しかし9人目の時に、殺す直前で彼は束縛者の一言で、眼が覚めるのです。
――――お前は間違っている。お前は正しいことに力を使っていない。その力はお前にはふさわしくなかったのだ。…お前は偽物の主人公だと。』」
双子が殺され、レントが殺される。
この展開は、まさしく元の物語のものだった。
そして、あまりにもこの物語はグロテスクなものであった。
「『少年は目が覚めました。
なんてことを。おれがこの力を持っていては駄目なんだ。誰も幸せになんかできない。おれは、間違ったことをしていたのだと。
しかし、今さら気付いても遅いと分かっていた少年は、10人目に出会ったときに言いました。
おれはあなたとは戦いません。
その代わり、おれはここで死にます。償いをするために。そしてこの力を、別の誰かに与えて…、もう一度この本をハッピーエンドにへと導いてもらうために。
でもこの本に描かれてしまった物語は消せません。だから、新たな主人公が来て、その主人公が正しくても、この物語によって歪んでしまうことがあるんです。
だから、あなたにはいつか来る本当の主人公のために残っていただきたい。そして、物語が歪んでしまう前に主人公を助けて、このバッドエンドの物語を、最後にに伝えていただきたい。そうすれば、この物語は、綺麗に終わってくれる…。
そう言い残し、少年は体に獣の爪を突き刺します。《相棒》は、止められなかった自分も悪いと言い、彼と共に死んで逝きました。
残された魔女は、何年でも待ち、この物語が起きたことが、月日が経つにつれて忘れて行ってしまっても、また主人公をこの本の世界に導くと…少年に誓いました。
そして200年たった今、新たな主人公がこの本をハッピーエンドへと導くために現れる…――――。』…ここで俺の物語は終わっている」
刻は一息つくと眉を顰めながらも笑った。顔が格好いいからなのか、淋しそうに見えるその表情は、さらに切なさがあがっている気もする。
「これは店で売られてはいない。趣味で書いてたからね。でもどんな物語で、それが有名であるかとか関係なく、やっぱり強い意志を物語の登場人物は抱くみたいだった」
「…その少年の強い思いが、本に魔力を持たせた、と?」
和也が恐る恐る聞くと、その通りと刻は頷いた。
「少年の思いと、コウリン、次元の違う世界での彼女の思いで本は魔力を持った。そして同じく次元の違う世界での思いを感知して、束縛者を選んだ。次元の違う世界、自分ではない主人公のちゃんとした物語を読んでいる人がいる。だから、少年はこのようなことを望んだのだろう」
本が魔力を持ち、また主人公が現れてくれることを願って。
「そして、何十年も前に死んでいる俺も生き返った、いや本が、おれを生き返らせた。目的はただ一つ。主人公を選ぶため。そして選んだ主人公の傍にいて、支えてやるため」
だから、刻は和也といつでも一緒にいた。
「最初和也に話しかけたのは、それとは本当に、全く関係なかった。でも、和也のことを知って行くたびに、もしかしたら、和也が主人公ではないのかって思うようになったんだ。失礼かもしれないけど、自分が辛い思いをして来たから、人の心も分かってくれるんじゃないかって」
そう言いながら、刻はじっと和也を見る。
自分よりずっと年上であるような、そんな考え方をするといつも思ってきたが、和也の思う通り、そうだった。なぜなら刻はずっと前にいた人間だから。正確には年上だったんだ。
「そして、和也は本当の主人公だったんだ」
「…もしかして…」
和也が察した通りなのだろう。
刻は頷き、そしてまわりを見る。
最後まで、みんな笑っているのだ。
これが、ハッピーエンド。
「和也、この物語…、完結だ」
遂にいろんな思いを抱え、魔力を持った本も完結となりそうです。
ここら辺ぐしゃぐしゃしてますが、うん、別に分からなくても大丈夫…じゃないか…。
簡単にいえば、バッドエンドじゃなく、ハッピーエンドにしたい元主人公が、いろんな人を巻き込んでいった…みたいな。
そして、正しい主人公である和也が現れたんですね。
最終回までもうすぐ!!
残りわずか、ぜひお付き合いください。