第52話 彼は戦わない
「俺の役目は今まで明かされなかった謎を伝えること。それは一番楽なように見えて、一番辛いこと」
10人目の束縛者、涼はそう言って表情を無くした。
「カズヤ、今からお前は戦わなければならない。“誰もが最後に笑っている、ハッピーエンド”にするために」
だから俺は特に戦うこともないんだけどね、と笑う。
「この力は和也に、自分の力はまだまだなんだということを自覚させ、それと同時に俺に対して強い人という考えを持たせるためのものだから」
涼はそう言い終わると、さてと一息つき、何から話そうかなぁと首を傾げた。
「明かされていない謎って言えば、この物語の元の話と作者、後――――」
「ちょっと待って、作者って…」
「ああ、うん。まぁ落ち着いて。物語に関しては後回しにするよ。…それより先に」
一瞬で眼を鋭くさせて、涼は一人の人間を見つめた。
「…な、何だ?」
視線の先には、コウリンがいた。
「私は特にないと思うんだが?」
「あるでしょう、あなたの過去…。8人目の時に一瞬見た、少女の歪んだ叫び」
「あれは私じゃないし、そもそも私はここで200年もいる魔女であって!!もう過去なんか覚えていな」
「お前だけ過去を認めないのか!!!」
「私はここで生きる魔女だ!!!!!!!!」
一瞬で静まる。
正直言って、コウリンのあんな叫び声はめったに効かない。和也の記憶で残っているのは…、やっぱり8人目の時だ。
少女のような声を聞いた瞬間、コウリンの放った叫び声。否、奇声か。
きっとあの少女はコウリンで、忘れているコウリンの過去の一部なのだろう。
「この物語で必要のない過去は消されるのだろうか…。俺にはよく分からないが、ジュンガと同様で、彼女もごく普通の世界からこちらに来た者だ。その時に“私は魔女”という考えでこうなってしまったのだろう。…過去が消されたのではなく、思いの強さで塗り替えられているのかもしれないが」
確かにジュンガと同じである。
彼女にも認めたくない過去があるわけで……。
「コウリン、コウリン」
「…………何だ、カズヤ」
和也が声をかけた瞬間、膝から崩れるようにコウリンは地面に座り込んだ。
そんな彼女の隣にしゃがみこんで、和也はコウリンの眼を見ようと顔を覗き込む。
彼女は虚ろだった。
「おれに話してはくれないの?おれが家族や自分のことで苦しんでいた時も、コウリンは励ましてくれて…、コウリンにも過去をしっかり見つめて元気になって欲しい。トラウマなんか無くして欲しい」
「…カズヤ…………」
顔を上げたコウリンの眼が、少し揺らいだ気がした。
「良く分からないんだ。本当に。自分が何なのか。…魔女じゃないなら何なのか。あの声が私なら、私は何を訴えていたのか。でも、話せば思い出せるだろうか。カズヤは聞いても、私のことを捨てないでくれるだろうか」
「捨てるわけない。話し終わるまで、おれ、コウリンの手を握りしめているよ」
そう言って和也はコウリンの手をとる。それにコウリンは嬉しそうな笑みを浮かべ、ゆっくり息を吐いた。
「1人にはしないから」
「ありがとう、カズヤ」
彼女の口から、言葉が紡がれた。
次回、魔女の正体が明らかになります