第5話 旅の途中で
……なぁ、俺はお前のことが一番大切なんだよ?
お前を泣かせる奴は、泣くこともできなくしてやる。
お前を怒らせる奴は、怒ることもできなくしてやる。
…つまり、お前を傷つけた奴は――――――。
殺してやる。
けれど、お前を笑顔にした奴は、『お友達』になろう。
…そんな奴、現れることはないと思うけれど……。
でも、お前は「いない」と言っていても、いつか現れると信じているんだよね?
だったら、俺も信じるよ…。
愛しいお前を笑顔にする奴が現れるのを。
愛しいお前が信じることのできるやつが現れるのを……――――。
「ところでさ、ジュンガ」
「ん?何」
歩きながら、和也はジュンガの顔をじっと見つめながら聞く。
「耳のこと、言われたくなければ消せばいいのに、なんで消さないの。消したりできないの?」
和也の質問に、う〜ん、と少し唸るジュンガ。
「消せるは…、消せるけど……。―めんどいからヤダ」
さりげなく爆弾発言してるよ、この人!!
思わず転びそうになったが何とか和也は踏みとどまる。少し止まって心を落ち着かせて、また歩き始める。
「めんどいって、どーいうことさ」
「まぁ、実際には、めんどいって言うか無駄に力を使って疲れるって言ったほうが正しいかな」
「集中力がいるらしいぞ?」
それまで黙って歩いていたコウリンも話に参加してくる。2人の言ってることに実感がわかない和也は首をかしげて唸る。
…そんなに大変なことなのだろうか?
「実際になってみないとわからないなら、なってみるか?」
「…いいです。てか、なれないでしょ」
おれまでイヌミミだなんて、もうこの話女性向け決定になるじゃんか。
実際、もうそうなってしまっていることに和也は気づいていないが。
「見てみろ!向こうに村があるぞ!!」
ジュンガが真っ直ぐを指で指す。まだまだ遠そうだが村が見え、和也とコウリンはちょっとほっとする。
実はジュンガが森の中をすたすたと行ってしまうので、道を間違えてしまったかも、なんて心配していたのである。ジュンガは何も気にしていないが。
「この村に着いたなら、明日には東の町に着くと思うぞ?」
「おー!早い展開!こういう“王道”なら大歓迎」
もはや和也は禁句ということを全く気にしていなかった。
早く村に言って一休みしたかったので和也は足を速める。
そして……。
ぐしゃ。
「ぁ……」
何か踏んだ、紙のようなものを。後ろから冷たい二つの視線が和也を突き刺す。
「何これ……?」
和也は後ろの視線を無視して紙を拾い上げて見る。踏んだため紙はくしゃくしゃだったが見るのに特に不自由はなかった。
紙には二人の少年が描かれていた。よく似ているような、似ていないような…、そんな感じの双子のようだった。紙には双子と、こんなことが書かれていた。
※『超危険人物』注意!
この二人を見たらすぐに逃げること!
「ちょうきけんじんぶつ……、なんという“王道”展開……」
「『超危険人物』。ここら辺で暴れる悪ガキ・エンブとランブという双子のことよ……」
村に来たとき、女の人に教えてもらった。かなり村人は迷惑しているらしく、ちょうど今日、双子を捕らえに行くと言っていた。
和也たち一行は今後の活動について考えていた。
「その双子ってさー、もしかしたら《10人の束縛者》だったり?東の町からこっちに来たりして」
ジュンガは腕を組みながら言う。和也はできればそれの方が楽でいいなぁ、なんて考えていた。…誰にも言えないが。
「ハッキリ言って、どんな奴が《10人の束縛者》かは知らないからな……。顔を見ないとわからないな」
「わからないのに顔を見たって意味がないんじゃ…?」
和也はコウリンに聞く。それを聞いて、コウリンは毎回のように説明をし始めた。
「《10人の束縛者》には印があり、それぞれ『10』まで数字が付いている。…束縛の印、とでも言うのか……」
「コウリンとは別、なんだよね」
和也はコウリンの頬を見て言う。コウリンは自分の頬の印を指で示してため息をつく。
「これ、束縛って感じがするか?数字もないし、第一、私は特別だといっただろうが」
コウリンの言葉に、「はぁはぁ」とうなずく和也。確かにコウリンの頬の印は本の表紙と同じもので、束縛、という感じはしなかった。
「あの双子を見つけなきゃ、話は進まないのか……」
「で、ジュンガ君?」
「なぁに?カズヤ君」
「双子を見つけるんだよね?」
「もちろん、そのつもりだよ」
「じゃぁ…、なんで今森の中にいるのさ」
カズヤの言う通り、2人は今、…森にいた。
双子を探すために。
「な〜んか森って、いい感じじゃん」
「禁句、禁句と言いながら、君も口には出してないけど“王道”だと言って行動してるよね…」
現在、コウリンは村で待っていた。双子にいろいろと話が聞きたいので、村人よりも早く見つけるために。村人が関わってくるとめんどくさいため、コウリンには村人が双子を見つけたことを知ったら教えに来るように決めたのだ。
そして、和也とジュンガは探しているのだが、特に急いでもいなかった。
「でもさ、“王道”って考えると、これから何かがありそうなんだよね…」
和也の言葉にジュンガは笑いだす。
「あっははっ!案外簡単に双子が見つかったりし…!」
突然、顔がこわばってジュンガが言うのをやめる。素早く動いて和也の前に立つと守るように手で和也をかばう。和也は何がどうしたのか全く分からず、ただ動きを止めた。
「おい、ジュンガ!…どうしたんだ?」
ジュンガはカズヤに対してあまり余裕がない様子だった。呟くように「…何かが」と言い、また黙り込んでしまう。
「何か、が……?」
訳がわからないまま、ジュンガが見つめている方向を和也は見つめていた。何もわからない……。そんな不安が和也を襲い、ジュンガの行動や、辺りの様子に対して、和也はびくびくとしていた。
…ジュンガは何かを感じている。聴いている。
おれは何にも感じない。気配すら。
おれは何も聴こえない。音すら。
おれは何もわからない。何もできない……。
がさ、…がさっ。
――バサバサッ……。
「!!」
何か、聴こえた……!?
和也とジュンガはほぼ同時に音のする方を向いた。
目の前には、風を纏いながら飛んで来るモノがいた。
それが何なのか、和也はわからなかった。
飛んで来る。
でも、早すぎて…――。
…間に合わない……。
「カズヤッ!!」
和也の足元がぐらりと揺れた。…正確には和也が揺れたのだが。
和也は感じていた。ヒトが、ジュンガが、自分をかばったことを……。
ジュンガは和也をかばうように覆いかぶさり、そのまま和也と一緒に倒れていったのだ。おかげで、2人とも怪我なく助かったのだが、少しでも遅ければ和也は大丈夫でもジュンガは怪我をしていたかもしれない。…ジュンガの頭すれすれのところを相手は通り過ぎたのだから。
どさり。
そのまま2人は倒れこむ。
和也は背中に感じる衝撃でしばらく声が出なかったが、ジュンガの気遣いに感謝した。腕の力で、ジュンガは自分の体重を和也にかけないよう、自分の体を支えたのだから。
しかし、今の体制を知って、和也はその考えを取り消した。
2人は今、ジュンガが和也を押し倒した体制になっていたからだ。
まさにお約束。
「ほらもう!こいつといるといつもこうなるっ!!もうおれ健全じゃないかもしれないーーーっ!!」
「助けてもらってそれかよ」
和也が泣きながら暴れるのでジュンガはため息をつきながら和也から離れた。というか、こんな体制になってしまったのは仕方がないことで、別にジュンガがこうなろうと思ってしたわけじゃないのだが。
「相手は結構速いな…。危機一髪だったし」
ジュンガは泣いている和也を無視して考え込み、そして1人、うんと頷くと和也の方を見つめた。
「カズヤ、オレを取り込め!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
思わず和也は飛び起きた。
「《相棒》を取り込まないと、力を使えないだろ?」
「で、でもな…、お前、っていうか力を、一体どうやって取り込めばいいんだよ」
あまり乗り気じゃない表情をして和也は言う。しかし、完全に無視をしてジュンガは和也の肩に手を置いた。
「ではさっそく、取り込み開始!」
「馬鹿じゃねぇの!?」
カッ、とジュンガの体が光る。そして少しずつ、ジュンガの体が和也の体の中へとはいっていく。和也は、それをただぎょっとした表情で見る。
その時、グアッと何かが体の中に流れ込む感覚を感じ、和也は吐き気を感じる。
「何これ…っ、気持ち、わ、るい…っ!」
「強い力がお前の体の中に入ってくるんだ。体が慣れないのも当たり前だ」
いつの間にか、和也の頬に三本の印が浮かび上がってくる。本人は何も気づいていないが。
「もう無理っ!ギブギブーーッ!!」
叫びに近い声をあげ、和也は体を動かした。とたんに体が軽くなり、気分も楽になってくる。
『取り込み終わりだぜ、和也』
「え…、あ……っ」
いつの間にか、ジュンガの姿はどこにもいなかった。
なんだ、最初は苦しいけど、結構楽じゃんか、良かった。
ほっとして、大きく息を吐いた時。
右頬に鋭い痛みを感じた。
「い…っ!?」
和也が触ると、そこはぬめりとした感触がした。
「い、いつの間に……」
『速いから気をつけろ、カズヤ!』
ジュンガに返事をしようとした時、目の前をまた何かが通り過ぎる。しかし、今度はなんだったか、和也は見ることができた。
「鳥…、あいつか!」
でもなぜ、突然相手の姿が見えるようになったのか……。
和也は相手を目で追いながら考え、ジュンガに訊いた。
『狼をバカにするなよ?こんなことができなきゃ狩りなんて出来ないだろ』
ジュンガは笑いながら言ったが、和也は笑えなかった。
それじゃまるで、おれが無力みたいだよな……?
ちょっとだけ、思っていたのだ。…《相棒》がいなかったら戦えないと。
自分は無力な、ただの人間なのだから…――。
和也はただ、立ち尽くしていた。いつの間にか鳥の動きを追うのも忘れていて、ジュンガの声も耳に入らなかった。
――ジュンガの危機を知らせる声さえも。
「カズヤ!!」
「―っ!?」
和也が反応したときには、もう遅かった。
鳥が、自分めがけて飛んできていて、もうよける余裕さえもなかったのだから。
眼を開けていることさえ怖くてできず、和也はギュッと眼を閉じて、痛みが襲いかかってくるのを待っていた。
このときも和也は考えていた。
やっぱり自分は…、無力なのか。
やる気はある、強くなろうとしている。
でも、誰かに迷惑はかけたくない……。
言わなければ、誰もこんなことで悩んでいることに気付かないから。
昔は…、そうだっただろう……?
ブシュ…ッ。
ゴォ、っと、風が起きる。
頬に、温かい血がかかった。
しかし、不思議と痛みは感じなかったのだ。
和也は恐る恐る、眼を開けた……。
「大丈夫?イヌミミさん」
絶妙にハモり、まるで合唱のようにきれいに聞こえたその一言は、目の前で立っていた二人の少年の口から発せられたものだった。
彼らは、よく似ているようで、よく似ていなかった。