第43話 美しかったセカイ
風が少女の肩ほどある髪をもてあそぶ。和也の髪も風で遊ばれて頬に当たる。意外と髪みたいなものが当たると痛かったりもするが、今の和也はこれからどうするべきかを考えていて気付かない。
彼女の過去を見なければ、きっと解放することは出来ないだろう。
だから、彼女に触れるしかない。それか攻撃を受けるか、実際に彼女が喋ってくれるのを待つか。
でも、こんなことはしたくはない。
過去を見なくても、解放できたらいいのに。
「みんな分かってない。私の大切な世界を壊していく。壊さないで、壊さないでよ、こんな、こんな世界は認めない。あなたは、あなたはどうなの……?あなたも私の世界を壊しちゃうの?そんなことはさせない。こんな世界に幸せなんて生まれないんだからあああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁっっ!!!!」
一瞬だった。
腹部に衝撃が来たかと思った途端、和也は吹っ飛んだ。数十メートルほど。飛んだ、と気付いた時には背中に衝撃が襲ってくる。相当のスピードだったため、正直かなり痛いもので呼吸もできなくなった。
いつもはジュンガと合体しているから、狼としての力を持っている。狼となっている和也の体は一見普通なのだが、やっぱり強化されているみたいだ。いつもなら耐えれる衝撃も、堪え切れず呻き声をあげてしまう。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!?!?」
いや、叫び声だった。
骨、と一瞬和也は心配になったが、幸い異常はないようで、普通に立とうと思えば立てる感じだった。しかしかなりの激痛で立てない。今まで吹っ飛ばされてきたけど、一番きついものだ。
痛いよ、立てない。痛い。
そうこうしている間にも、束縛者はゆっくり近ずいてくる。
まずい。
「私の世界を壊さないで」
「おれは、お前の世界なんて壊そうとしていない!!」
「してる!みんな無自覚なんだから、みんな悪いのおおおおおぉぉっぉおおっっっ!!」
和也の体は吹っ飛んだ。
そして地面に叩きつけられる。
「みんな消えちゃええええぇぇええっ!!」
吹っ飛ぶ。
「きえちゃええええぇっぇぇえぇっ!!」
吹っ飛ぶ。
「あああぁぁああぁぁっぁぁぁあああぁあっぁぁああああぁぁぁあぁっぁっっ!!!!」
もう。
誰の奇声で、誰の悲鳴で、誰の呻きか、分からなくなった。
和也は動かなくなった。叩きつけられた時におかしくなったのか、左腕が変な方向に曲がっている。ジュンガと合体していれば、ここまで酷くはならなかったかもしれない。
今、和也の意識はなかった。
「わ、わ、わ、わ、私じゃない。悪いのは、私じゃ、ないもん。こんなに綺麗な世界を、壊そうとする人が、悪いんだもん。木ばっかり倒して、山ばっかり燃やして、自然が怒って、多くの災害を生み出してるのに、誰も気付かないで、仕方ないじゃ、すまないのに…っ」
「それが君の、怒ってる理由?」
少女は声のした方を振り向いた。
そこには1人の少年がたっていた。先ほど吹っ飛ばした彼じゃない。彼はぐったりと倒れて動かない。…彼は、レントだった。
レントはゆっくり、一歩ずつ歩いて行く。
あの、改心した時の温かい眼はしていない。彼をまとうオーラは、初めてであったあの時と同じモノ。暗殺者のオーラ、眼、力。
少女は「ヒッ」と声を上げるとじりじりと後ずさりをする。しかし、自然とレントの方が歩みが早く、2人の距離はどんどん近付いていく。本当は走って逃げだしたいのに、背中を見せたら何もかも終わってしまう気がした。
「壊されていく自然、君はそれを嫌だと思うんだ…?」
「あ、ああ…、あ…、ああぁ……」
「だったら早くこっから帰って、自分っで何とかしようと思わないの?」
「……ひぃぃぃぃぃっっ!こ、こ、来ないでぇぇ」
少女は風を起こした。けれどその一瞬の風よりも早く、レントは動いて避けた。
「なのにここの、綺麗な世界の方へと逃げてきたんだ。それって、現実逃避っていうんだよ?」
「ぎゃああああああああっっ!!やだぁぁぁ、来ないでぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
顔を歪ませて、焦点の合わない眼で、瞳孔を見開いて、少女は叫んだ。泣いた。
「ねぇ?人ばっか傷つけて、自然なんて直らないよ?それよりもっといい方法があるんだから」
消えた。
少女の背筋に寒気が走った。
レントが、彼女の後ろにいるから。
「お前が死んで土に埋められて養分となればいいんだよ」
頬に冷たいモノが当たった。
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!!!」
泣き叫んだ。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいもうしないです私は逃げてました自分でどうかしようなんて考えてませんでした壊されていくのに腹を立ててるだけで何もできませんでしただから今度からはちゃんと逃げないで自分の意思で私の世界を守っていきますだからやめてやめて殺さないでええぇぇぇぇぇえっぇっっっ!!!!」
確かに彼女は逃げていた。
レントも、自分の過去から逃げて、ただ人を傷つけていくことしか出来なかった。だから彼女の姿を見て、すぐに分かった。
強い意志を持てば、彼女は世界を守ることが出来るだろう。
みんな消さないように、最も安全な方法で。
だからレントは彼女を放して、和也の元へと行った。
「おいカズヤ。彼女を、カナデを解放してやって」
「――――ん、れ、んと……?」
うっすらと目を開けた和也を見て、レントはふわりと笑った。
「ジュンガがいなきゃ、やっぱりおれって何もできないなぁ…」
改めて和也は思ったけれど、今度はそれで自分を責めたりしなかった。
だって自分は主人公。
仲間がいなきゃ何もできない役柄だから。
その後、8人目の束縛者であったカナデは解放された。すぐさま和也はベットに寝かされ、あっという間に眠りについた。左腕はもちろん折れていたが、この世界の医者に全治1ヵ月ほどだと言われた。この世界の医療は、実は地味に進歩しているようだ。後の怪我は捻挫などばっかりで、まさに奇跡と言っても過言ではない。
主人公は結構、幸運の持ち主だあったりもする。
「オレ、今回何もしなかったんだけど、いいのかな……」
ジュンガが暗い顔で笑いながら言った。
ついさっき過去を受け入れて本当の自分、木戸真を理解したジュンガ。和也はそんなジュンガのことを気遣ってくれた。外に出ようとしたジュンガとコウリンを、レントが止めた。
カズヤは俺が助ける。大丈夫、カズヤはもう、自分が無力だとは思わないから。
ぼろぼろになった和也の姿を見ながら、レントは真剣な眼差しで言った。
そして、無事とは言えないが、和也を助け出すことが出来た。
「今回は、ジュンガには休んでてもらいたかったんだと思う。だから、気を失うときに満足そうな表情だった」
「……そっか。強くなったんだけど、本当に危ない奴だな…」
そう呟いて、ほろほろとジュンガは涙が出てきた。
「弱いんだよなぁ、やっぱりオレは。あいつは倒れても起き上がるのに、オレは起き上がらずに自分を否定することしか出来なかったからなぁ…」
そう呟いて笑うジュンガの頭を、レントがぎこちなく触った。それにジュンガは驚いた様子だったが、すぐ温かい笑みを浮かべて、「ありがとう」と微笑んだ。
レントはそれにホッとしたのか、ゆっくりとジュンガの頭を撫でた。
ずっと気になっていた耳を触ると、くすぐったそうに身を捩った。
まだ世界は美しい。
少なくとも、こうやって笑いあえるのだから。
8人目終わりっ!!
この子はとにかく狂う子でしなぁ、いきなり叫びだしちゃいましたしね^^;
今回は、和也が成長したんだよ、っていうことを伝えたかったのですが、あまり活躍してないですね。むしろホラーなみにレントが怖かった……。
成長して、危なっかしい子となってます、和也。
そしてジュンガはどんどん子供っぽくなってます(笑)
次回はついに9人目について触れてきます。
残り二人。いろんな意味で危ない奴だと思います…。
そしてまだ謎が残っているキャラもいるので、そこらへんもゆっくりと明かしていこうかな、と。
……なんだか双子、影が薄い…;;