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第4話 《相棒》

 まただ。

 今日は暗闇によくいる……。

 和也は真っ暗闇にいた。

 暗いけれど怖くはなかった。

 人の気配を感じたから。


「…誰だ…?」


 和也は振り返って言う。そこには一人の少年がいた。歳は同じぐらいで背は和也より高めだった。

 少年は一瞬ニコッと笑うと、拳を握って騒いだ。


「聞いて驚け!オレは狼の化身、ジュンガだ!!」


 静寂。


「へぇ〜、化身〜?すっごーーい」

「もっと驚けよ!!なんでそんな棒読みなのさっ!化身だぞ、け・し・んっっ!!!!」

 少年、ジュンガの叫びもむなしく、和也は無表情でまともなことを言う。

「だって、自称魔女に“王道”全開の本。もう何でもありじゃん」

「くっそーーーーぉぉっ!あいつらより早く出てこればっ!」

 無駄に騒ぐジュンガを見て、和也は小さくため息をついた。


 うざい奴もお約束なのか……。


 ジュンガを見ていると、和也はふと違和感を覚えた。

 彼の頭に、場違いなモノがあったからだ。

 …み、耳?

 正三角形の黒い耳。猫のものにも見えるが、これは……。

「ネコミミじゃなくて、イヌミミ?」

「そこだけ深く考えるなーーーー!!」

 漫才もここら辺にしておいて、和也は深く息を吐いてジュンガの眼を見つめた。

「で、何の用?」

 ジュンガも和也の眼を見て、見つめあう形になる。本人はいたって真剣だが、はたから見ればおかしな人である。それも男同士だから。

「お前に言っておかないといけないことがある」

「…え?」

 和也は目を丸くした。

 ジュンガは今までとは違う真剣な表情で言った。


「今のお前に、オレの力は使わせない」


 ――力を使わせない…?


 …お前に、おれの気持ちがわかんのかよ…?

「…別に」

 和也はフッと笑って言う。それをジュンガは無表情で見つめる。

「戦うつもりはない。だって、あの時は仕方がなかっただろ…?あのままじゃみんなやられるじゃ」

「戦えよ」

 ジュンガの言葉で和也の言葉は遮られた。和也は軽く眼を見開く。気付かれないように大きく息を吸って、和也は俯いて笑い顔を作る。

 その表情は、今すぐ泣いてしまいそうな表情で、亜矢が見たら胸を痛めてしまいそうなほど……。


 苦しそうで――。


「お前には、戦う覚悟があると思ったのに……」

 ジュンガはため息をついて言う。その姿に、和也はカチン。、ときた。

 人の気持ちも知らないで、よくそんなことを言えるな……

「勝手に勘違いして、もしかして八つ当たりとかじゃないよなぁ?もしそうなら一発ぶっ飛ばすぞ」

「八つ当たりなんて、そんな幼稚なことするか」

 ジュンガの言葉で、また和也の動きが止まる。


 …幼稚。


 そうだ。八つ当たりしてんのはおれだ。

 和也は黙り込んだ。ジュンガはそれを少し気にしたが、ふう、と息を吐き出して呟いた。

「戦わないんなら、オレが勝手に体を動かしちゃおっかな〜?」


 ……は!?


 ま、まさか、さっきの戦闘で体が勝手に動いたのって、こいつのせい!?

 和也の顔が、サァーッと青くなる。

 と、とたんにあの時の悪夢が頭の中に浮かんでくる。向かってくるモンスターたちを斬り、斬り、斬り。返り血がついても斬り、斬り、斬り。そいつらよりも数倍大きい親も斬り、斬り、そしてくし刺し状態。

「おれの体でモンスター殺したのって……」

「オレ、だぜ?」

 ジュンガがニッと笑って言う。しかし、和也は笑っていられなかった。ふつふつと怒りが湧き上がってきて、考える前に行動していた。

「何勝手に殺してんだよ!おれの制服が血だらけになったじゃんか!」

「んなことしっかよ!大体殺せないなんてヘタレだ!」

「普通そーだわ!!」

 勢いよく怒鳴って、和也はふと我に返った。


 こんなに怒鳴ったのは、久しぶり、いや、初めてかもしれない……。

 この本の世界に来て、和也は自分が変わっているように感じた。


「…あのな、オレは」

 呟くように、ジュンガは和也をじっと見つめて言う。さっきまでと様子が違って、和也はなんだか心の中でびくびくしていた。何を言うのか、それだけが気になっていて……

「オレは、いい加減にやってほしくはない」

 和也の胸が、大きく、ドクンと波打った。

 自分は決して、いい加減にやろうとはしてない。…なのに、いい加減にやろうとしているような、そんな気になった。

 ジュンガの表情は、少し苦しそうだった。

 そして、彼は口を開いた。

「“王道”でも、勝てると思うなよ…?」

 一瞬で、和也の足元が崩れていった。耳元でゴロゴロと大きな音が鳴り響く感覚を感じながら。


 その音は、和也の頼るものが消え去る音。


 頼っていた。たったその一言に。

 “王道”。その言葉に、彼は無自覚に頼っていた。

 自分はごく普通の人間。でも、“王道”なら主人公は負けないかもしれない。

 正義は必ず勝つという。自分は正義かどうかわからないが。

 でも、仲間は、無事かもしれないと……。

 しかし、彼の一言で頼るものがなくなってしまった。


 もう、何もなかった。


 武器も道具も持たずにラスボスに向かって行くような気分で、和也は急に怖くなった。

 何にもわかってない……。

 こいつは、おれが今どんな気持ちかを――。

 ジュンガはそんな彼の気持ちを知っているのか、知らないのか、さらに一言言った。


「お前がしっかりしないと、誰かが犠牲になる……!」


 彼はもしかしたら、和也の気持ちがわかっているのかもしれない。どんどん和也を精神的に追い詰めていく。


 そしてこの一言が、和也の思いを爆発させた。


「そんなこと、分かってんだよっっっ!!」


 怒鳴った後、和也は体から力が抜けていく感覚を感じた。でも、まだ爆発の勢いは止まらない。

「突然巻き込まれて、あなたは主役とか、戦えとか、そんなことを言われたってわかんないんだ。何もわかんないし、誰も知らないし……。全て信じられないんだよっ!!」

 和也は大きく息を吐いた。気を抜くと、涙が流れてきそうで怖かった。思いをぶつけた本人が、どんな反応をするかが気になって怖かった。

 思いを伝えるときは、気をつけないと相手を怒らせてしまう。

 それを知っていたから、思いを伝えるのが怖かった。


 昔みたいなこと、もう嫌だったから……。


 ただ怖くて、和也はジュンガの肩に手を置き、強く握りしめた。強く握ったつもりだが手が震えて力が入らなく、ジュンガはなんの痛みも感じなかった。

 彼の思いは痛いほど感じたが。

「そっか、やっと言ってくれたな」

「…えっ?」

 和也は目を丸くしてジュンガを見つめる。ジュンガは優しく笑っていて、その表情に気が抜けて涙が出そうだった。

 ジュンガはそのまま、和也の腕を強く握る。強く、といっても、和也が痛くないようにだ。

「そんなに怖いなら、八つ当たりみたいな幼稚なことしないで言えばいいのにさ。オレはお前の支えになってやるのに」

 和也はただ、ジュンガを見つめていた。

「わかってたのかよ、おれが今どんな気持ちかを」

「ああ。でも、お前は言わないだろ?だから追い詰めて追いつめて、苦しくなって自然に言ってくれるようにしないとだめだった。変なふうに追い詰めると、傷付くだろ?」

 ジュンガは笑顔になる。和也は眼頭が熱くなるのを感じた。


 最初は能天気なやつかと思った。

 なのに、本当は……。

 自分よりもずっとずっと大人だったんだ――。

 和也の頬から、大粒の涙がこぼれおちた。

 

 堪えることなんて、できなかったから……。


「で、戦ってくれんの?」

「やだ」


 短い沈黙。


「…お前、何がしたいのさ。普通この場合、「いいよ、おれ、がんばる〜♪」とか言わないか!?」

「は?んな“王道”展開させてたまるか」

 鼻をすすって和也はそっぽを向いて言う。その姿に、ジュンガは少しムッとしたが、彼の本当の気持ちを知っているので怒鳴らなかった。自分から言い出すのを待っているだけ。

「…でも、どーしても、って言うんならやってもいい……」

 和也は顔を赤くしながらそっぽを向く。そっぽを向いたって、その表情は丸見えなのに。


「リアルツンデレ」


 そう、ジュンガは言ってやりたくなったが、彼の精いっぱいな姿を見れたので心の中でそっと呟くだけにした。

 こいつがもし、女だったら、今頃抱き締めてるかもしれない。

 んな表情してんじゃない、オレが付いてる…と。

 なんか、自分で思いながらめっちゃ恥ずかしいけど。しかも相手男なのに、男なのに……。

 でもジュンガは、彼が愛おしかった。恋愛感情よりも、もっと大切な感情で彼を思っていた。


 そしていつの間にか、和也の頬には、先ほどの戦いでもついていた印が浮かび上がっていた。


 和也の部屋。


「カズヤさ〜ん」

 明るい、少女の声がした。そして、戸が開く音がゆっくりと鳴る。

 声の主はリンカ。朝になったので和也を起こしに来たのだった。

 正直言って、和也の寝顔を見られるチャンスかもしれないのでわくわくしていた。そしてたった今、和也は眠っていたのでチャンス到来!…なのである。

 カズヤさんの寝顔、きっと可愛らしいんだろうなぁ……。


 好きな人の寝顔ぐらい、見てみたいよね♪


 リンカは「失礼しま〜す」と心の中で呟くと、和也の部屋の中に入っていく。見慣れた部屋なのだが、今日はその部屋も違うように見える。

 そうして、彼女はベットの前に来た。

 しかし、彼女は和也の寝顔を楽しむ場合ではなかった。

 彼は眠っていた。しかし、その横には人がいたのだ。

 人、それは少年だった。しかも、耳がついていた。しかも、透けていた。…まるで幽霊のように。


 男2人で夜眠っていた。


 その事実が、リンカの心を殴った気がした。スゥッと血の気が引いて、リンカはふらりとよろめく。


 …まさか、カズヤさん、こんな趣味が……!?


 信じたくない。でも、事実は変えることはできない。

 失恋、したかと思ったとき――。

 彼は起きた。

 そして、横にいる少年を寝ぼけた顔で見た。リンカは心臓が破裂しそうなほどドキドキしていた。

 そんなリンカの様子も知らずに、和也は彼を見て――。


 断末魔の叫びをあげた。


「あんたたち、バカじゃないの?」

 陽気に笑いながら言ったのはコウリンだった。コウリンがバカ、といったのは男2人のことだった。

 男2人の名は和也とジュンガ。2人の姿はボロボロだった。…まさに喧嘩しました、の図である。2人してかなり不機嫌そうな表情だったが、まぁそこは置いておく。

「にしても、|《相棒》《アイボウ》と喧嘩、ねぇ…」

「アイボウ?」

 コウリンの言葉に、和也は首をかしげた。コウリンはまだ話してなかったな、と呟いて説明をし始める。

「ヒトの姿をした、力の源のこと。その力は強力だが、数人しか《相棒》はいないんだ」

「えぇぇぇーーっ!?こいつが強いの!?透けてんのに」

「それが実体化はできないんだ」

 コウリンが腹黒く笑いながら言う。和也は少し疑った目でジュンガを見つめ、その表情にジュンガは文句をいう。


 何気にいいやつ、って思ってたけど……。

 めちゃくちゃヤなやつ。


 和也は心の中で愚痴りながらも、頼れるやつだけど、なんて呟いていた。もちろん、本人以外は誰もそんなことは知らないのだが。


 その後、《10人の束縛者》を探すために和也たちは宿を出た。

 東の町に束縛者がいるという情報を得たので、昨日コウリンが言ったように、今日行くことになったのだった。

 正直言って、和也はあまり気が乗らなかった。

 でも、見送ってくれたリンカとその両親と、コウリンやジュンガ、この本の人たちを守るために……。

 《10人の束縛者》を救うために――。


 大丈夫、おれには武器も道具も持っている。

 無謀な姿でラスボスに向かっていくようなバカじゃないんだ。


 和也たち一行は、ようやく一歩進んだ。

 それが、物語の始まり――――。

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