第38話 ねぇ一緒に、帰ろっか?
和也の過去、完結。
「なんでここに来るって、分かったんだ…?」
「親友だもん。来そうだなぁって思ったから」
そう言ってにやりと笑う刻を見て、ああ嘘だと和也は思った。
普段から刻はにやりと嘘臭い笑みを浮かべ、これまた嘘臭い言葉を言う。長年の付き合いで和也は、刻が言っていることが本心か、それとも嘘か、分かるようになっていた。
「――なんて、分かってるよな?こっち来いよ、和也。ちゃんと1から話すからさ」
1から話す。
その場でなんでここに来るのが分かったのか、それだけを言えばいいはずなのに、なぜそんな最初っから話す必要があるのだろう。
ただ、今の刻の言葉は嘘ではない。
ちゃんとした理由があるのは分かった。
だから和也は、首をかしげたまま刻の隣のブランコへと座った。
一瞬で気まずくなる。
「和也。今から言うことは全て本当のことだ。だから、落ち着いて聞いてくれ……?」
そして和也は、16年間の真実を聞いた。
和也の姉、智世。
彼女は弟が生まれた瞬間、心から喜んだ。
嬉しくて、たくさんの友達に自慢したくなった。
聞いて!
私の弟、和也よっ。
けれどそんなことは出来なくなってしまった。
弟好き、そう思われるのが怖くなった。気持ち悪い?おかしい?自分ではそう思わないのに、年頃のみんなにはそういうのは変、みたいだった。
だから弟が出来た、ということが広まっても、彼女はそれ以上何も言わなかった。
そうしていくうちに、和也とも一緒に居づらくなり、突き放していくうちに仲は悪くなってしまった。
本当は、心の底から弟を思っているのに。
思って、いたはずだったのに…――。
いじめが起きた。
彼に、大事な弟に。
幼いくせに、綺麗にごまかす彼を見て。
智世は泣きたくなった。
けれど今さら、和也の元へ向かっていっても遅い気がした。余計彼を傷つけてしまいそうで、怖くなった。
だから陰で見てるしか、出来なかった。
その時、いつも一緒にいるはずの両親が、和也のそんな異変に気付かないことに、智世は腹が立った。同時に憎くなって、羨ましくなった。
気付かないけど、和也と一番近い位置にいるのだ。
――――そんなある日。
和也の様子がいつもと違った。
必死に隠していた怪我もなく。
暗い表情が、ほんの少し明るくなっていた気がした。
相変わらずの無表情だけれど、でも、何かあったんだろう。
そうやって和也を、友達にばれないように観察していたら。
刻という少年を見つけた。
彼に話を聞いたら、どうやら彼が和也を助けるきっかけを作ったみたいだった。
そして刻と智世はあっという間に仲良くなった。
刻は、今和也と一番近い存在だ。彼を救いだした少年。ただ和也を救うのには代償があったらしく、それは右手の甲にある大きなガーゼの下にあった。
和也にかじられた傷。
もしかしたらそれは、自分が受けるものだったかもしれない。
智世はそれを見たとき、胸が痛くなった。
…そして、もう自分は和也の隣には行けないと思った。
もう、本当に和也と離れよう。
こんな弟を思わない姉は、弟にとっては凄く邪魔なものだ。
和也には、刻くんがいるから大丈夫。
ここで自分が関わってしまったら。
彼らの関係まで壊してしまうかもしれない。
そして、ずっとタイミングを待っていた。
――――他人へとなる、禁断の一言を言う時を。
友達と話している時に、和也が帰ってきた。
小学6年生。
そんな彼に、この言葉を言うのはきつかったかもしれない。
「え?愛してないってば」
終わった。
一瞬にして崩れ去った。
その後、和也には自分が刻のファンだと伝えた。
刻から、和也がどんな感じにやっているかを教えてもらえるように。ファンなら、会いに言っても不思議とは思わないだろうから。
おかしいよ、他人になったはずなのに。
いつもそう思いながら、智世は心の中で笑った。
そして月日が流れ、この日が来てしまった。
刻は彼女から連絡をもらっていた。
私、今日結婚をするって弟に言うわ。たぶんあの子は、何でもかんでも勝手に決めて、自己中女!!…とか言って出て行くわ。刻くんたちが出会ったあの公園に行くと思うから、そこで待っててくれる?……ほんと、自分勝手よね。最初は和也のことを甘やかそうと思っていたのに、いつの間にか突き放して、愛してないと言って、自分の友達のファンだと言い張って、そしていきなり結婚。自分を愛してない奴が他の奴を愛するという。…もう普通は、何が何だかわからないわよね。
馬鹿だよね。
だから刻くん、彼をよろしくね。
もう、2度と和也と話すことはないと思うから。
最期の会話はどうなるかなぁ…………。
「だから俺はここに来た。ここは俺たちの出会った場所だろ?」
刻は静かに、これまでのことを話してきた。
正直言って、今更そんなことを言われても困る。
どうしたらいいのだ。もう戻れるわけがない。無理に決まっている。
小学三年生の頃。
公園で独りで泣いていたら、1人の少年が声をかけてきた。
『なぁ、俺と友達になろうぜ!!』
トモダチ……?
そんなの、嘘に決まってる。
『俺、お前と友達になりたいんだけどなぁ……』
ウソ。
誰も信じられない、誰も思わない、誰も愛さない。
違う違う!!
みんな言うことは……――――!!
『ウソつきウソつきウソつきウソつきウソつきウソつきウソつきウソつきぃぃっっ!!!!』
とっさに手を振り上げた。
何かが爪に当たって、ぬめりとした感触がした。……目の前の少年が呻く。
何が起きたのか分からなくて、見たいけど見れなかった。
『…………っ!?!?』
彼の差し伸べた手が、血で染まっていた。
自分の振り上げた手が、血で染まっていた。
『いたた。違うって。俺は本気でお前と友達になりたいんだよ。裏切らないし、嘘もつかない。ただし人を傷付けない嘘限定だけどね。なぁ、本当だから信じてくれよ、鈴原和也君』
『あ…っ!』
久しぶりに名前を呼ばれた気がした。
その前に名前を知っていたことに驚いた。
手からは血が溢れている。
指先が血で赤黒く汚れている。
それでも。
彼は自分を選んでくれるの?
だから刻は特別なんだ。
そんな彼は、自分の知らないところで姉と苦しんでいた?
自分が何も知らないから、自分の代わりに考え込んでいた?
……なんだか涙が出てきた。
「ごめ…っ、刻」
「だったら仲直りしてくれる?和也」
「でもおれ…、今更仲直りなんて、どんな顔を見せたらいいか分かんねぇよ」
くしゃくしゃになっていう和也を見て、刻は苦笑しながら和也の頭をなでる。
「今の顔でいいんじゃない?それだけで彼女は満足してくれると思うよ?」
そう言いながら、どこか遠くを見つめた。
肩で息をしながら、2人の少年を見つめる彼女。
「やっぱり来たんだ…」
和也が来た時と同じことを、刻は言う。
「やっぱり、私ここに来なきゃ、いけ、ないとおもっ、て…」
智世がそう言いながら、和也の眼を見た。
どうすればいいか分からなくて、和也は体を強張らせて眼をそらした。もう嫌いとか、憎いとか、そんな感情じゃない。ただ悲しくて、ただ申し訳なくて。
結局、自己中だったのは自分と知って。
一歩一歩、智代が和也たちの方へ歩み寄る。刻はそっと和也から離れた。
「和也。……ううん、私ずっと前から呼びたかったの。…和ちゃんって」
「――――子供扱いするな。もうおれは、会いたかった大事な弟じゃないんだから」
それを聞いて、智世はクスリと笑う。ここまで来るのに泣きながらやってきたのか、頬の涙の跡があった。それを見て、和也はまた気まずくなる。
どんどん罪悪感が積もる。
けれど、それはすぐに取り除かれることとなる。
「私たち、もう一度はじめから、姉弟をやりなおさない…?」
え、と和也は顔を上げた。
智世は静かに笑っている。この一言を言うのは、かなり勇気が必要だっただろう。
結局は彼女が姉なのだ。
彼女が見えないところで、自分を支えていたんだろう。
「やりなおす?」
「言い方悪いんだけどね。ちゃんとした言い方をすると、まぁ、要はこれまでのことは忘れて、何もなかったかのようにやりなおさないってこと」
つまり、これまで彼女の行った自己中な行動も、彼の行った自己中な行動も。
全てなかったこととなる。
「私の、姉として最低な行動もなかったことになる。それでもあなたが許してくれるのなら、許してくれないなら、私は諦めるから」
智世はそういうと黙り込んでしまった。
これが彼女の、勇気を振り絞った行動。
ここから先は、彼がやらなくてはいけない。
自分で。
自分の考えを。
自己中心的な行動を。
「……っ、こちらこそ」
たった一言しか言えなくても。
それが一歩を踏み出す、大事な言葉となったのだろうか。
そして姉弟は、初めて笑いあった。
一緒に、帰ろっか?
そう言えば、頷いてくれるだろう。
長いです!!
でも終わりました、良かった!!
これが和也の16年間のすべてです。(というか16なんだね和也)
刻や智世の関係も分かったでしょうか?
次回は本へと戻って。
ついに彼の本性を暴いてやりましょう!!
と、その前にちょっとした裏話もありますが^^;