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第34話 今、この時

 ――――そこは真っ暗な世界だった。

 和也が周りを見回すと、そこにはハルマもいなくて、そのほかの生き物の気配もしない。…そこには、本当に和也しかいないのだ。

 真っ暗だと、なんだか体が地面についていない感じで気分が悪い。和也は少し怖くなりながらも歩いて行く。

 ふと、和也の目の前が明るくなる。

「…なんだ?」

 顔を上げた和也が視たのは。


 ……幼い頃の自分(・・・・・・)だった。


「――――っ!!??」


 一瞬にして、和也の表情は強張る。幼き和也の方は実際にここにはいないのか、体が少し透けていた。和也の方にも反応せずに、ただ泣いている。

『…っ、うぇ…、どうしてこんなめにおれがあわなきゃいけないの…?』

 小学一年生ぐらいだろうか。彼の体はボロボロで、殴られたために出来たのか、あざがいくつもあり、擦り傷や切り傷もちらほらと合った。その痛みに耐えれずに、しゃがみこんで彼は泣く。

『おれはほかのやつらとちがうんだ。ひとよりおさないかんじだし、つよくないし、ちいさいし、みんなおれのことなんて、きらいなんだ。だれもみてくれないんだ。』

 幼い和也は、泣きながら訴えるように言った。けれど彼は分かっている。こんなことを言ったって誰も自分を見てくれないから、聞いてくれる者もいないということを。それでも彼は、言わなければ納得がいかない。自分だけこんな目に会うのはおかしい。不公平だと。


 いてもいなくてもおんなじ。


 これでは昔、幼稚園の先生が言っていたことと正反対だ。

 先生は、「人間はみんな平等で、みんな愛されているんですよ」と言っていた。

 けれど自分は今、誰にも愛されずにいる。

 ――――誰にも。


 場面が変わった。

 真っ青になる和也が次に見たのは、小学六年生になった和也だった。もういじめは受けておらず、むしろ人気があるようだった。もちろんこんな風に変わったのにもきっかけがあった。

 三年生の頃だろうか。

 初めて彼に手を差し伸べた者がいた。

 和也はそんな感情に触れ合ったことはなく、誰も信じられなかった。だから「ウソつき!!!!」と怒鳴って彼の手を傷つけた。それでも彼は笑って、和也に手を差し伸べてきた。

 もともと彼は人気のある人だったから、彼と一緒にいただけで和也は人の輪に入ることが出来た。そしていつの間にか、「カッコイイよね」とか噂されるほどになり、一躍和也は人気者になった。

 昔と大違い。

 だから和也は、余計人と触れ合うことが嫌になった。

 家の前に来たとき、幼き和也は顔をしかめた。

 そこには和也の姉である智世が、友達と楽しそうに喋っていた。彼女の笑顔なんて、一度も自分に向けられたことなんてない。そんな彼女をいつの間にか和也も嫌っていた。

 智代の友達は和也に気が付いたようで、表情を明るくさせた。

『あ〜!智世の弟じゃん!!やっぱカッコカワイイ〜〜っ」

『……そう?』

 知世も和也の存在に気付いたようだが、少し和也の方を見ただけでそっぽを向いた。和也も彼女と目を合わすのは嫌なので全く気にしないのだが。

 友達の方はそんな気まずい空気にも気にせずに、笑顔で智世に話しかける。

『ねぇ智代。こんないい弟君なんだから、やっぱりチョー愛しちゃうよねぇ!私が姉だったら、彼氏つくる気なくしちゃうかも〜』

 一瞬、智代の表情が強張った。

『あ、はははは』

 少し裏返った声で、智世は愛想笑いをした。


『え?愛してないってば』


 家に入ろうとしていた和也の動きが、ビクンと止まった。背後では2人のきゃっきゃとした話声が聞こえる。…何もなかったかのように。

 おかしいな。

 別に自分も思っていないから、構わないはずなんだけど。

 なんでこんなに、重く深く、突き刺さってくるんだろう。

 訳が分からず、和也は家の扉を思いっきり強く締めた。

 バン、と鈍い音が辺りに広がり、和也の表情はくしゃりと歪んだ。

 家の廊下を歩いていると、両親の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。2人ともすごく幸せそうな。

『ほんと、和也たちは暖かい子に育って良かったわ〜』

『健康に、何事もなくな』

『いい子でよかったわ〜』

 ごく普通の家族の会話。

 なのに和也は今、そんな2人に一瞬だけだが殺意を抱いた。


 何が暖かい子だ。

 何が健康で何事もなくだ。

 何がいい子で良かっただ。


 全部それは嘘。

 おれが必死に隠してきた嘘なんだよ…………っ!!!!


 あんな傷を負っても、両親な何も言って来なかった。

 それは子供のことを何も思っていないから。

 あんな傷を負っても、姉は見向きもしなかった。

 それは弟のことを何も思っていないから。

 誰も愛していないから。


『そうだ、和也』


「――!?」

 ここにはいないはずの和也に、なぜか幼いころの和也が話しかけてきた。和也の表情は今、恐怖やら意味の分からない感情で歪んでいる。幼いころの和也の表情は見えない。

『おれは、いらない子なんだぜ?』

「い、らない、子…っ?」

 自分のはずなのに、幼いだけなのに、目の前にいる幼き頃の自分は、別人のように怖かった。和也はただ後ずさりをしながら、唇を震わせながら言われたことをオウム返しすることしか出来ない。


 誰か助けて。

『独りだから誰も助けない』

 誰か見て。

『独りだから誰も見ない』

 誰か来て。

『独りだから誰も来ない』


 憐れむような笑みで、幼き和也は和也の方を見る。そんなことさえも、今の和也にはただの恐怖でしかなくて、泣くこともできない。

『和也。どうせお前の傍にいる奴は、外見が格好良いからとか、そいつといれば安全だからとか、お前のことを何も見ていないんだぜ?今、お前は主人公だが、主人公は守らなければいけない存在だからみんなお前のことを守ったり、一緒にいて励ましたり、わざと嘘を言って安心させようとする』

「う、そ?」

 和也が訊くと、幼き和也は頷いて、優しく「そうだ」と言った。

『お前は今まで、違うのにって思っていることを言われていただろ』

 そのことに、和也はハッとなり、同時に背すぎがぞっとして怖くなった。


 あれが全部、嘘……?


 愛されている。


 そうだ。

 おれは人を愛しきれていない。みんな怖くて信じられなくて、嫌だ。そんな自分が愛されるわけがないのだ。

 コウリンもジュンガも双子も、みんなおれが主人公だから。

 刻も亜矢も裕里も、みんなおれといると安全だから、または外見目当て。

 おれのことを、何にも見ていないんだ。

 みんなおれに嘘を言っていたら、じゃぁ真実はどうなの?

 みんなおれのことを、どう思っているの……?


『死んじゃえばいいのに』


「いやだああああああぁあああぁあああああぁぁぁぁぁあぁああぁぁぁあぁぁぁああっ!!!!」


 和也が崩れ落ちた。

 今彼は、ただ叫ぶことしか出来ない。昔のことが頭に中に浮かんでは消え、浮かんでは消えて。

 昔から自分は人より外見がいいのか悪いのか、とにかく違った。そしてそれが気にくわないのかいじめを受けた。そんな人生も転機を見せて、彼のおかげで人の輪に入れたが、与えられるものは本当の友情じゃなくて、見せかけのものばかりだった。姉は本当に自分のことを愛していない。両親は自分のことを見ているふりをしている。

 結局誰にも見られていない自分は、いらない子なんだろうか。


『生きてても意味がない?でも、お前にはこの本を完成させる義務がある。けれど誰も自分のことを、鈴原和也(・・・・)じゃなくて主人公(・・・)としか見ない。お前がやらなくても、物語は“王道”の道をまっすぐ進んで完成する。ただお前は利用させられているだけ。そこにイるだけなんだよ』


 分かってるか?

 和也。


 話しかけられたって、和也は今、息も絶え絶えにうずくまって何かに怯えることしか出来ずにいる。

 ――――もう、彼の心は完全に壊れている。

 誰の言葉も届かない。

 彼に聞こえる言葉は、昔に自分に掛け続けられた言葉だけ。


 終わったな。


 にやりと幼き和也は笑った。

 その時。

 何かが一瞬にして、幼き和也の体を取り押さえた。どさどさと音がたち、呻き声が響く。


「カズヤああああああぁぁぁああぁぁっ!!!!」


 ずっとずっと一緒にいた、《相棒》の声だった。


『なんでこんなところに…っ!!』

「自分の《相棒》の危機ぐらい分かるっつーの。オレの野生のカンと、カズヤとの絆をなめんなよ!!」

 そう言いながらジュンガは、幼き和也を地面へと押し付ける。容赦なんてしていない。こいつは和也を傷つけた奴だから。

 和也を傷つける奴は、全員許さねぇ。

 たとえそれが、和也本人だったとしても。


「カズヤ、聴こえるか…?……聞いて驚け!オレは狼の化身、ジュンガだ!!」

 初めて出会った時のように、和也にジュンガは声をかける。けれど和也の耳には届いていない。もうぴくりとも動かなかった。

 それでもジュンガは和也に話しかけた。

「オレな、最初お前に会った時に半信半疑だったんだ。戦うことを嫌って、こんな奴に俺の力を貸したくねぇって。でももし戦う気があるのなら、っていうのが分かるように、俺はわざとお前を挑発するように話しかけたよな?…でもな、お前は本当に人思いで、だからこそ戦うことを嫌がったっていうのが分かった時、ああ、俺はこいつになら力を全て貸せると思った」

 和也は動かない。一瞬ジュンガは泣きそうになったが、ぐっと堪えて話を続ける。

「支えになってやるっていうのは嘘じゃないし、守ってやるっていうのも嘘じゃない。お前が《相棒》で本当に良かったんだ。なんでそんな風に、お前が自分を追いつめなきゃいけないんだよ。なんでさぁ、お前はそんなに……」


 そんなに純粋なんだよ。


 ぴくんと一瞬だけ、和也の体が動いた。ジュンガはやっと自分の声が彼に届いてきたと思い、嬉しくなる。

 でもここで、お世辞ばっか言うのは駄目だ。

 ここでオレの本心を全て言わなければ。


「つーかぁ、お前最初にあった奴にイヌミミとか失礼じゃねぇ?大体鈍感だし、鈍いし、…っておんなじ意味か。とにかくもっとしっかりしないと、俺らが寿命縮まっちゃうぜ。だからさ、心配させてないで、オレらのところに戻ってこいよ」

 ……無反応。

 逆影響?いやいやいやいやいや。

 オレらの本心を全てぶつけただけだし。

 でも和也は動かない。


 こうなったら。


 ジュンガは幼き和也の体を吹っ飛ばして、地面にたたきつけた。その隙に和也の元へと行き、和也の体を起こして揺する。

 彼の目は虚ろだった。そんな彼の眼に自分が写ってくれるように願いながら、じっとジュンガは眼を見つめる。…ちょっとだけ、和也の眼が自分とあった気がする。

「いいか、カズヤ。この際はっきりと言わせてもらうけど、お前言ったよな。あの時、2人目の束縛者の時に、おれが少し不安っていうか、自信ない感じだった時に」

 ギュッと和也の肩を握り締める。

 少し和也が我を取り戻したように見えた。


「『おれらなら出来るだろ』って!!!!」


 ぴくんと和也の体が揺れた気がした。

 それで安心しないで、ジュンガは諦めずに和也の名をただ呼んだ。

「…………」

 ふと、和也がジュンガの眼を見た。

「カズヤ!!」

 パッと目を輝かせるジュンガをよそに、和也は少し苛立っているような、うんざりしているような態度で一言言った。


「ジュンガ。お前結構うるさいぞ」


 その瞬間、辺りの暗闇がパッと晴れた。

 ベットの上に和也とジュンガが座っていて、2人は我に返ると恥ずかしそうにそっぽを向く。


 そして、ハルマが舌打ちをしながら、そこにいた。

長いです、今回。

最初、6、7話みたいに一つの話を二つに分けようと思ったんですけど、なんだかそれじゃムードぶち壊しな感じがしたんで、一気に書きました(笑)

でもジュンガの突然のギャル風喋りで全部ぶち壊されてるんですけど。

意外と和也の過去が、軽い感じになってる感じがしますが、まぁ期待はずれも“王道”ってことで。

和也はこれで17年間ほど苦しめられてきたので、良かったね、なんて言ってやってください。

またひとつ、彼は大人になることが出来ました。


とりあえず和也の過去についてはひと段落です。

謎が一つまた解けたので、次はついに現れた束縛者の方を何とかしてもらいましょうかね!

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