第33話 教えてあげる
和也は今の状況に驚いた。
朝早いキッチンに、リンカ一家とレント、そしてランブがいた。リンカ一家とレントは分かる。最近彼は、リンカ一家と料理を作ったりして楽しんでいる様子だったから。けれどなぜ、なぜそこにランブが楽しく料理を作っているのか。彼はエンブの安否を気にして、部屋からなかなか出ない…、っていうかレントと仲が良くない?
「ランブは母さんに料理を少し教わったもんな〜、でも作れんのか?」
「兄ちゃんよりは出来る」
「いや、俺の方が出来るね」
「両方できるでいいんじゃない?」
「――ってかレント、野菜切んの早くね…?」
「刀より軽いから楽」
「そういう感覚で切ると、料理まずくなるぞ……」
和也はぽかん、と口を開けて突っ立っていることしか出来なかった。
少し離れたところで、まだぐったりとしているがエンブがソファーに座っていた。これだけでも驚いたのだが、さらに3人で楽しくお喋りをしている。
何これ。
いかにもマブタチ的な会話じゃね?これ。
「お!久しぶり、カズヤ」
明るい声でエンブが声をかけてきた。その明るい声と表情が久しぶりで、ちょっと和也の眼がジン、と熱くなる。どうやら本当にレントとは和解しているようで、ランブとは昔の頃のように戻れたようだ。
あえて「仲良くなったね」とは言わないでおく。このまま自然な方がいいと思うから。
「エンブ起きたのか、って、お前ら仲良くね?」
バカな狼の化身は、《相棒》にぼこぼこにされた。
「おはようございます、皆さん」
ハルマが和也たちの所へやってくると、みんなは笑って出迎えた。笑ってないのは眠っていて彼のことを知らないエンブと、いまいち彼のことを信用していないレントだけ。
「誰、この人」
「ハルマさん。兄ちゃんのこと心配してくれたんぜ?」
「そっか。ありがとな」
「いいえ」
相変わらず、彼はゆったりと微笑む。和也はそんな彼につられて笑った。…きっと彼のように綺麗には笑えていないだろう。
そう言えば、いつの間にか笑い方を忘れている気がする。
この物語の主人公になる前は、笑うことなんてなかったから忘れていた。でもこの世界の人と出会って、泣いたり、怒ったり、笑ったりして、いつの間にか笑い方が分かってた気がした。
けれどここ最近、笑えないことばかりで泣いていたから、笑い方がまた分からなくなっている。
また自然と笑える日は来るのだろうか。
このままゆったりした、暖かい空間のままだったら、きっとその日は来ると思う。
「怪我の方はどうですか?」
リンカが薬を持ってきて笑う。彼女の笑みもハルマとおんなじぐらい優しい。…けれど少し、何かが違うのはなぜだろうか。和也はふと思ったが、考えることをやめた。今はこの幸せな空間を味わいたい。
「はい。まだ治ってはないんですけど、リンカさんの薬のおかげで、大分痛みは引いてきました」
「良かったぁ!ここにいればじきに治るんで、ゆっくりしていってください」
リンカは、自分の薬がちゃんと効いていたことが嬉しくて、笑顔になりながら自分の仕事をしに行った。
そんなリンカを見て、コウリンはハッとなる。
「そうだった、そろそろ束縛者を探しに行くか」
自分の仕事をやりに行くリンカを見て、彼女は自分のやることを思い出したのだろう。コウリンはそう言いながら立ち上がる。…といきなり彼女の体が揺らめいた。
和也が急に席を立ちあがったとき、体中がずきりと痛んで力が入らなくなる。その間に倒れそうになったコウリンの体を、近くにいたレントが支えた。
「すまないな、レント。…ちょっと立ちくらみが」
「まだ治ってないから、俺が行くって言ってるじゃん。俺のせいなんだから」
レントが少々困ったように言う。彼は自分の犯した罪を償おうとしてやっているのに、和也たちには無理をしているように思われているらしい。それがレントは不満で、同時に優しい人たちだと嬉しくなった。
だからやりたい。
「何かあるんですか?だったら僕も手伝いま……」
ハルマが倒れる。全員一瞬の出来事だったので、彼の体を支えることは出来なかった。
コウリンはジュンガが見てくれることになった。和也はハルマをベットに寝かせると、一息ついた。今頃レントと涼が束縛者を探しに行っていると思うと、ちょっと申し訳ない気がする。自分が主人公なのに、主人公がダウンしてたら話は進まない。
「すみません、僕も手伝いたかったんですけど…」
「いいの。ハルマはゆっくりしててよ」
和也が笑って言うと、ハルマも苦笑しながら「はい」と頷いた。
少し沈黙が流れて、ふとハルマは口を開いた。
「カズヤさんって、今幸せなんですか?」
「え?」
驚いて彼の顔を見ると、ハルマは無表情でいた。そんな彼に少し動揺しながらも、彼は口元を緩ませて首をかしげた。
「どうだろう。少なくとも、今は幸せ。でも、これからどうなるか分からないし、昔色々とあったし。…楽しいと幸せって、同じ感情なのかな。幸せってどんな時に使うんだろう。少なくともおれは、その区別がつかない人」
ハルマは黙っている。
けれど、彼の口元は歪んだ。
「もし、自分が幸せだとわかったら、嬉しい?」
ハルマの奇妙な表情に、和也はまだ気づいていない。
「確かに。嬉しいというか、ありがたいかな」
「じゃあオレが見せてあげるよ」
「えっ」
彼の言っていることと、一人称が「僕」じゃなくなったことに気付き、和也はハルマの方を見た。
びりびりと音がして、頬のテープが剥がされていく。
彼の頬には束縛の印がある。
彼は今、狂ったような笑い顔だった。
まるでどこかへ誘おうとする、悪魔のように。
「ハルマ、お前、まさか……」
くくっとハルマは笑う。
「そうだよ、カズヤさん。オレは束縛者さ。…カズヤさんにはお世話になったから、オレがお礼に幸せかどうかを見せてあげる。…凄くイイモノを」
真っ青な和也を見て、彼は笑わずにはいられない。
そして彼の首を掴むと、強い力で和也を押し倒しながら首を絞めつける。
呻き声をあげる和也のもがく姿を見るだけで、ハルマはさらに口元を歪ませた。
――――――最期に幸せだったかを知れるなんて、いいじゃないか。
じっくりと過去を思い出しな。
素敵な悪夢を見れるよ、カズヤ。
和也の視界が、真っ暗になった。
彼の危機を感じ取ったのは、1人だけ。
幸せな世界から一変。
ハルマの本性が出てきました。
…たぶん前の話を読んでいたら、「こいつ束縛者?」と予想つく方ばっかりだと思いますが。
そういうところも“王道”ってことで☆
あえてわざとハルマは妖しい感じに、したら最後の和也とのシーンが本気でやばくなっているような……。