第3話 ストーリー開始
――お前、戦いたい?
静かだった。
一人の少年が、ただ虚ろな目で立っている……。
少年の足元には真っ赤な血の水溜まりが広がっている。そこには何体もの小さな動物の死体が、ばらばらになって落ちていた。
そんな少年を、呆然と見つめる少女がいた。腕を押えながら見つめる男性や、その男性を支える女性も見つめていた。
そう。誰もが彼の姿を、ただ見つめていた。
少年、和也の思いはただ一つ。
今の状況を何とかしたい…――。
「カズヤ、お前……」
「あれ?コウリンの眼、おかしくないか?」
何もなかったかのように、和也はコウリンに笑いかけた。コウリンは少しむすっとする。
「体質だ。炎を使うとこうなる」
そんな彼女の言葉を聞き、和也は少し考えて呟く。
「炎を使うと緋色の眼ねー、これも“王道”?」
「禁句」
コウリンの言葉を気にしながらもスルーして、和也は苦笑しながら話し始める。
「“王道”といえば、いきなりおれ、戦ったんだけど。やっぱ主役は強くないといけないのか〜?」
ただ笑う和也を、コウリンは複雑な表情で見つめていた。
…いきなり?そんなはずはない。
本人は気づいていないが、和也の両方の頬にふたつずつ、まるで獣か何かに引っかかれたような、黒色のマークがついていた。
そしてこのマークは――。
|《相棒》《アイボウ》の印……。まさか、もう誰かと…?
その時、がさりと音がして、コウリンはすぐに音のした方を見た。コウリンの眼つきが鋭くなる。和也も気になってその方を向く。
ガサガサと音を立てて、草むらから巨大なモノが現れた。
「…親か」
コウリンの低い声に、和也は現われたモノがどれだけ危険なモノなのかを察した。
そして姿を見て、和也は息をのんだ。
現われたモノは、先ほど倒していたモンスターがそのまま大きくなったような奴だった。
親の両の眼が、ランと光る。
コウリンはにやりと笑うと走り出した。その表情に恐怖を感じながらも、和也はコウリンの後を追う。
コウリンは拳を握りなおす。すると、炎の勢いがさらに強くなった。そのままコウリンは親のところまで一直線に走って行く。
「消え失せろ!!」
そのままの勢いで、コウリンは拳をぶつけようとした……。
その時、和也は何かを感じた。
このままいくと、コウリンが親を倒すはずなのに、反対にやられてしまうような気がした。…なぜかはわからないが。
ただ、和也は叫んでいた。
「だめだ、コウリン止まれ!!」
「…え!?」
しかし、今更止まることなんて、できなかった。
その途端、親はコウリンに襲いかかってきた。それにコウリンはひるんでしまい、隙ができてしまった。もうこんなに近ずいていたら、よけれない――。
やられる……っ!
「コウリンっ!」
和也は走り出した。
コウリンを突き飛ばして、親を2、3発殴って追い払えば大丈夫だ。
おれでも出来る…っ!
『戦えよ、逃げんな!』
突然、頭の中で声が響いた。
その途端に、和也は自分の体が動かせなくなった。勝手に体が動くのだ。…誰かが動かしているような感覚を、和也は感じた。
和也の体は一瞬で親に近づくと右手を振り上げた。右手の爪がシュッと伸び、ほんの少し太くなる。その手は、人間の手じゃなかった。
まるで獣……。
その手の爪は、いつの間にか親の体に深々と突き刺さっていた。
抜き取ると親の体から赤黒いものがあふれ出し、そのままゆっくりと倒れていく。
それを和也は、顔を青くして見つめていた。
おれが殺った……?
足元には、大きな動物の死体。まだ新しい制服は血だらけになっていた。返り血がほとんどだが。和也は震えながら赤く染まった自分の手を見つめていた。今は、自分の体を動かすことができた。
おれはコウリンを助けるだけだったのに、なんで殺してるんだ……?
ツキンと、脇腹の痛みを感じ、また血があふれだす。しかし、今の和也にとってそんなことはどうでもよかった。
「よくやったぞ、カズヤ!」
「ギャ!!」
いきなりコウリンが飛びついてきて、和也は短い呻き声を上げた。コウリンはさっきまでの表情とは違い、ものすごくニコニコしていた……腹黒そうだが。
和也はコウリンのそんな表情を見ていて、胸が苦しくなった。
自分は何もしていなかった。勝手に体が動いて倒しただけ……。
リンカは薬を作ってくれている。
リンカの両親は自分を守ろうとしていた。
コウリンは必死に戦っていた。
みんな何かをしていたのに、自分は何もしていない――。
「別に、おれ……」
呟くように和也が言うと、また頭の中に声が響いてきた。
『別に何もしてないよな。殺ったのはオレだし』
「っ!?」
和也はビクンと体を強張らせた。誰かが体のどこかに潜んでいる、そんな気がして和也は怖くなった。
…印が消えていく。
コウリンは見ていた。わざと近ずいて、和也の頬にある《相棒》の印が消えていくのを。もちろん、本人は気がついてなかったが。
「さすが主人公、ねぇ」
ニヤリと、腹黒い笑みをコウリンは浮かべた。
「最近おかしいよ……」
宿に戻った和也たちは、リンカと母、ランカからの手当てを受けていた。その時に今のモンスターについて聞いていた。
「おかしい、って?」
手当てが終わった和也は新しくもらった服を着ていた。制服はただ今洗濯中で、帰るときには着ようと和也は考えている。
ランカは和也の質問を、夫のヨウヘイの手当てをしながら答えた。
「モンスターが、人々を襲うようになったんです。もともとこの世界にはモンスターはいたんですが、心優しいモンスターばかりいたんです。なのに、いきなり……」
和也は、思っちゃ悪いが”王道”だな〜、と思っていた。深刻だが、そう思ってしまうのは仕方がない。
和也はコウリンを見る。コウリンは無表情でその話を聞いていたが、わざと無表情でいるような気がした。何かを隠すような……。
「だからね、カズヤさん」
「え?」
リンカは和也を見つめながら小さな瓶を差し出した。瓶には緑色のクリームらしきものが入っている。
和也は目を丸くした。
「これ、は?」
「もし何かあったらこの薬を使って!結構自信作だからさ」
和也はちょっと感動していた。
女の子から、初めてのプレゼント……!
やっと女の子っぽい子が出てきてくれた!!
彼女はやはり女の子らしい子だったんだ!!
「ありがとう。大切に使うよ」
和也が笑って言うと、リンカは顔を赤らめながら頷いた。
そんなリンカの様子や、2人を不機嫌そうな表情でコウリンが見ていたのを、和也は気づくはずがなかった。
「おい、カズヤ」
「ん?」
あの後、ランカに夕飯を作ってもらい、和也はそれを美味しく頂いた。そしてお風呂にも入って、今出たところだった。
「さっきのリンカたちの話」
「わかってるよ。この本の中心となる話だろ?」
ため息まじりに和也は言う。コウリンは黙って頷く。あの時無表情だったのは、リンカたちに変な迷惑をかけないために、わざと知らないふりをしたかららしい。
「この本はな、多くの人々に思われてきた。そして今まで愛情でも、怒りでも、どんな思いでも強く思った人たちを、本は束縛者として取り込んだ」
《10人の束縛者》
「お前はその10人を、解放しなければいけない」
コウリンの言葉に、和也の心は重たいものに押しつぶされそうになった。
物語の中でも、ちゃんとやらないとこの世界が危ない。
でも自分は、ごく普通の高校生だった。
やれるのか……?
「出発は明日だ。今日はよく寝ておけよ?」
コウリンはそのまま去っていく。和也はただ、その場に立ち尽くしていた。
怖かったから。
自分の部屋へと行き、和也は部屋にあるベットに寝転んだ。
怖くて怖くて、胸が苦しい。なのに色々とあったからか、睡魔が一気に押し寄せてくる。和也はそのままうとうととする。
数分たてば、和也はあっという間に眠ってしまった。
『疲れた?カズヤ』
頭の中に声が響いた気がした。