第28話 求めたのは
物語に関して、何も言うことはありません。
皆さんに、彼らの想いを受け止めてくださると嬉しいです。
叫ぶと同時に彼らは衝突した。
普段は接近戦はしないエンブが、風を纏いながら束縛者にタックルするように突っ込む。和也から見れば、それはものすごく痛そうで、自分がくらったら相当なダメージになると思った。けれど束縛者は、顔色一つ変えずにそれを受け止めて…、エンブを弾き飛ばした。
カウンター、とも言うのだろうか。ふっ飛ばされてエンブは地面に背中を叩きつけられた。けれど彼は地面の感触を感じながら、地面ってこんなに痛いんだ…。これをランブは顔面で受けたんだ……。なんてうっすらと考えていた。
そうすると、また沸々と怒りがこみ上げてくる。
この怒りに終わりは…、いや、あるな。
だって、殺したら終わりだし。
そう考え、またエンブは立ち上がった。今度は風を鋭くさせたもの…、簡単に言えばカマイタチみたいなものだろうか。それを何10個も生み出しては束縛者の方に飛ばした。これまた一瞬の出来事なのに、束縛者は持っている刀でそれらを弾き飛ばす。多少頬や服に掠ったりはしたが、こんなのはダメージには入らない。エンブは舌打ちをしたくなった。
まったく刃が立たない。さすがは殺し屋といったところなのか。
そしてエンブはまた束縛者に向かっていこうと、かまえた時。
「やめろお前たち!!!!」
急に新たな声が聞こえ、一瞬その場にいた者の動きが止まった。
そこにいたのはコウリンと涼だ。ずっとはぐれていて心配していたので、和也は心の底から安心した。
けれどエンブと束縛者の殺気は消えないし、ランブはいつの間にか倒れて気を失っている。ジュンガはやはり傷が痛いのか唸っている。ホッとできるのもその時だけだった。
「コウリン、確かに止めさせたいけど…この状況は」
「させたい、じゃなくてさせるんだ!!あの2人が危険なんだよ、カズヤ」
コウリンな表情は真っ青だった。整った顔に苦痛の色が浮かび、汗がつぅっと流れる。
――間に合わなかった。
この状況で止めさせるのはかなり難しい。
けれど、すでにランブは倒れているし、エンブもかなり押されている…。これは本当に夢の通りに、殺されてバラバラにさせられてしまいそうだ……。
それは駄目だ。
こんなことを知っているのは自分だけ。だったら自分が何とかしなくてはいけない。…それに、これ以上カズヤの方には迷惑を掛けさせたくはない。あいつは相当疲れているはずだ。これまでの双子の悲劇も見ているし、こんな時に負担をかければ簡単に壊れてしまう…。
そんなのはだめ、止めるんだ。
強い力が生まれたかと思うと、コウリンの眼は色が変わっていた。片方は赤、片方は青。コウリンの持つ二つの力が今、同時に発動しているのだ。
そんなことをして、体がもつなんて考えられない。けれど和也は止めれなかった。それだけ彼女の眼が真剣だったから。
「私が止める。そのためにこの夢を見て、この力を持つんだ……!!」
次の瞬間、二つの力…、火と水の相対する力が混ざり合いながら発動された。そのあまりにも強い力に、カズヤもジュンガも、エンブも、束縛者までもが眼を見開く。唯一違う反応をしていたのは眠っているランブと、涼だけだった。
コウリンの方の体にも負担はかかっているようで、眉をひそめながら力に意識を集中させている様子だった。声を張り上げて叫ぶと、エンブと束縛者の方へと二つの力が進んでゆく。
「コウリンダメだっ!!そんなに力を出したら、お前が壊れてしまう!」
和也の声なんて聞こえない。
その言葉をかけられるのを覚悟して、彼女は力をフル発動しているのだから。
火と水は互いに絡み合い、エンブと束縛者の間を通り抜けて。
――――――爆発した。
相対する力。
そんなのが混ざり合ったら、爆発するのは当たり前だ。
そしてその爆発は2人を巻き込んで、煙で姿を消し去る。
……ダメージは受けないようにした。
これでちょっとは眼が覚めるだろうか…?
コウリンはふぅ、と息を吐いた途端に、体の一部、一部に繋がる紐が切れたようにガラガラと倒れこんだ。
それを見たとたんに、和也の表情が固まった。
「コウリンッッ!!!!」
あっという間にコウリンの元に駆け寄ると、和也はコウリンを抱き込むように起こし上げた。コウリンは真っ青になった顔で、カズヤを見ると薄く、優しく笑う。
それも一瞬の出来事で、すぐに彼女は枯れた声で和也に警告をした。
「だめ、なんだ……。早く、ふた、りを止めてく…れ…っ!じゃないと、じゃないと2人が…、双子が、危ないんだ……。――でも、お前、は、無理をするなよ……っ!!!!」
最後の言葉と一段と強くして、気が済んだのかコウリンはフッと気を失った。
和也はコウリンの言ったことがよく分からなかった。双子が危ない、とは命がなのだろうか。けれどなぜ、彼女がそんなことを言えるのか。
確かに束縛者相手だと…、そのように考えるかもしれない。けれど、そこまで断言できることなのか?それとも、何か確信があるのか?
どちらにせよ、結局は止めなければいけない。
彼女が体を張って止めようとしていたのだから。
コウリンを抱く腕に、力がこもった。
煙の中からエンブと束縛者が出てきた。2人ともダメージは受けていず、殺気は相変わらずビンビンと出していた。
エンブは分かっていた。止めようとしてこんなことをした、ということを。
けれど、その気持ちだけ受け取っておく。
今はやらなければいけない。
返してほしい。
俺の求め続けても、手に入らないモノを――――!!!!
「カズヤ」
小さな声で、表情が見えないように俯きながらだが、エンブは和也に声をかけた。和也は何も言えずにエンブの姿を見つめる。
エンブは笑ってた、気がした。
「ランブは、両親が殺された時にショックで何もかもごちゃごちゃになっちゃったんだ。自分がどんなヒトなのか、両親がどんなヒトなのか、俺がどんなヒトなのか。俺とランブは『双子』で、『兄弟』だ。俺の方が先に生まれて、数秒後にランブが生まれた」
だから『弟』。
「だから昔は『兄』と『弟』だった。『双子』って意識はそんなになかった気がする。でも、ショックでその関係を忘れていた。『兄弟』じゃなくて、『双子』の関係になったんだ。間違いじゃない。間違いじゃない、けれど……!!」
違うんだ、昔と。
「『お兄ちゃん』。そう呼んでくれないだけで、俺は…っ、俺はもう、他人になってしまったのかなって、昔の幸せな関係じゃないのかなって、もう、頼って、頼ってくれないのかって!!信じてくれたり、思ってくれたりも、してく、れないのかなって……………っ!!!!」
悲痛な叫びだった。
きっと彼らは昔は本当に仲が良かったのだろう。けれど今は、偽りのようなものになっているのかもしれない。
――全てを知る兄と、何も知らない弟。
全てを知ってもらおうと、兄は精一杯アピールをし続けた。けれど弟はそれに気付かない…、けれど、無自覚だが、弟なりに悩みもたくさんあった。それを知っている兄は、弟をバカにするものを許さなかった。
でも弟は、悩んで迷って、無自覚だけれど全てを知ろうと手を伸ばしたが、壊れてしまった。…正確には壊れかけた、だが。
たくさんのモノを失って。
でも取り戻そうとして、必死で『兄弟』は前へ進んだ。
進み疲れても、人々のために悩んだりもして、もうダメ、と思ったときに和也たちと出会い。
そして弟は大切なものを1つづつ取り戻して。
――――けれど取り戻せない、これだけは。
もうエンブはいっぱいいっぱいだった。
だからこの一撃に賭けようと思い、力を込める。
和也に全部話したから、心の中はすっきりとしている。
そんな彼の周りに、竜巻が起こり始めた。
風にすべての思いを乗せ、エンブは泣いた。
ランブ、最後に呼んでほしかった――――。
束縛者に竜巻が激突した。
あっという間に束縛者は吹っ飛び、地面へと思いっきり叩きつけられた。遠く離れた和也のところにまで、呻き声が聞こえてきた。
その姿を見て、エンブは大きく息を吐く。
……終わり?
別に終わってなくてもいいけれど。
もう、俺は無理だよ、ランブ。
お前は生きて、生きて、生きて…………。
彼の背後に殺気が襲いかかった。
刃が煌めいて、完全に背後を捕らえようとしていて。
彼の眼は、人殺しの眼だった。
後ろを振り返ると、エンブは訳も分からずに口元が緩んだ。
あぁ、結局返してもらえなかった。
でも、全て分かった時に返ってくるのかな。
…きっと無理だな。
どうせこいつを殺したって、戻ってこないんだから。
求めていたモノ。
もう一度、心の底から笑って……、笑顔を見せてほしかった。
そして呼んでほしいんだ。
『エンブ兄ちゃん』って。
久しぶりに心の底から笑う。
綺麗な笑顔だったのに、涙が止まらなかった。
そして、鮮血が飛んだ。