第26話 ワレル
和也はいつの間にか、ジュンガとの合体をやめていた。
肩で息をしながら、ジュンガに和也は質問した。
「あの石、全、部、束縛者が、やっ、た、のか?」
「たぶん、な」
ジュンガはそう答えると、眉間にしわを寄せて唸る。
「殺気が迫ってきてる。たぶん俺らを追いかけてきてるな」
「嘘!?」
サァ、っと和也の顔色が悪くなった。その間にも、カズヤの息はなかなか整わない。
泣きだしそうな自分を、必死にこらえるために走った。
何も考えずに、ただがむしゃらに。
そしたらいつの間にか、森の奥深くへと来てしまったようで、そこでやっと和也は我に帰って走るのをやめた。
そして今、ものすごい後悔をしている。
疲れたし、迷ったから。
「でもな、カズヤ。とりあえずコウリンたちの方は無事だと思うぜ」
「ほ、ほんと!?良かった……」
彼の言葉を聞いて、また和也は泣き出しそうになった。さっきは辛かったけど、今は重たいものが全部なくなったような感じ。ゆっくり呼吸をすると、大分息が整ってきた。
彼女が、コウリンが、自分を先に行かせた。
自分のために犠牲になってしまうのは、結構辛い。
けれど主役のために体を張るのは、“王道”なのだろう。
主人公が動かなければ、物語は進展しないのだから。
和也はふと、ジュンガの方を見つめた。
ジュンガはいつものように優しく笑いかけていて、和也はその表情を見ると心が落ち着く。
けれど、彼はいつもと違った。
彼の背後にある木が見える。真っ暗闇に溶けていきそうなほど、彼の姿が薄い。
今、彼に触れることが出来るのかと、思うほど。
「ジュン、ガ…、透けてる……」
和也のか細い声を聞いても、ジュンガは「何言ってんの」と笑った。
「ずっと前からだったじゃん」
彼は化身だ。
実際にいる人間では、ない。
とたんに和也の視界は真っ暗になった。
「え?愛してないってば」
ずっとずっと、頭の中に残ってはなれない言葉。
今すぐ忘れたいけれど、忘れられない言葉。
それとともに、多くの忘れたい言葉が、頭の中に飛び交う。
「いい子で良かったわ〜」
「弟でしょ?」
「お前、本当にさぁ」
「あっはははははははっっ!!」
差し出された手に、獣が引っ掻いたような傷がついた気がした。
どうせ、その手も離れていくんだ。
そして、結局はあいつらとおんなじ存在なんだ。
誰モ見ナイ。
誰モ愛サナイ。
誰モ思ワナイ。
泣いて叫んでも、自分の周りには笑い声ばかりが響く。
汚い、醜い笑い声ばかり。
そんな声の中にも、ひとつだけ輝いている声があった。
「なぁ、俺と友達になろうぜ!!」
チガウ。
チガウンダ、ジブン。
シンジテハイケナイ。
タヨッテハイケナイ。
ダメナンダ。
「ウソつきウソつきウソつきウソつきウソつき!!」
パン、と乾いた音が響いたら、自分の手に血がついていて。
輝いている声は、呻き声になって。
声の主の手から、血があふれていた。
「ああぁぁあぁあああぁあぁあぁぁああああぁぁぁぁぁあああああああぁああぁっ!!」
彼女の愛のない笑みが写る。
周りの者の冷たい目が写る。
優しい彼の笑みが写る。
そんな彼の血で汚れた手が写る。
そして、何かが音を立てて砕け散った。
「嫌だあああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁああっ!!」
思いだしたくないのに浮かんでくる。
もう嫌だ。
自分はここの物語だけでも、前よりは幸せだと思えるようになったのに。
大切な人はみんな、自分のために体を張って。
みんな闇に溶けて消えていってしまいそうで。
やっと差し込んだ光を、自分は自分自身の手でふさいで、拒んでしまう。
本当は光がほしくて、いつまでも差し込んでいてほしいのに。一筋だけじゃなく、もっともっとたくさん。
わがままだ、自分は。
また彼の腕に抱かれて泣いている。
どうせならずっとこのままでいたい。
そうすれば、彼はずっと自分を心配して…、消えないかもしれない。
ほら、名前を呼んでくれる。
体を支える手に、力がこもる。
ほら、自分は。
人を困らせることしか出来ないんだ………――――。
そして和也は、意識を失った。
けれども彼は、まだ泣き続けている。
ジュンガは和也の名を呼び続けた。
彼は虚ろな目で意識を失いながらも、泣き続けている。
きっと彼には辛い何かがあったのだろう。そしてその辛い何かが、この暗い闇の中で、自分が消えかかっているように見えることで、蘇ってきているのだろう。
その時ジュンガは、どんどん迫ってくる何かを感じた。
殺気。
猛スピードで自分たちの方へと向かってきている。自分たちのところに来るまで、あと、10…、9…、逃げなければ。
ジュンガは立ち上がって走り出した。腕にはしっかりと和也を抱えて。6…、5…、4…。
3…、と考えながら精いっぱいの力で走っている時。
ぷつん、と殺気が消えた。
1……。
何かが煌めいた。
何かが飛び散った。
「カズヤ―――――!!」
コウリンは必死で叫んでいた。
石の攻撃が止み、コウリンはものすごく後悔をした。相手、たぶん束縛者は和也たちを追ったのだ。もしかしたら、和也は今大変な目に遭っているのかもしれない。
だったら、行かせなければ良かった。
けれど今さら遅い。
後悔するよりも、早く和也たちと会わなければいかない。
「ここにはいないね」
コウリンが声のした方を見ると、そこには涼しい顔をした涼がいた。
後で聞いたのだが、彼の力は獣のような身体能力に加えて、遠くまで見渡すことのできる眼、そして遠くまで聴こえる耳、の役目までを果たしている眼。
彼の眼は、視ると聴くの二つのことをこなすことが出来る。
コウリンはそれを聞いて、和也とジュンガとは比べ物にならない大きな力を感じた。彼らの力は獣のような身体能力、束縛の鎖を断ち切る力(獣の様な太く鋭い爪)だけだ。どちらも力的には強いものなのだが、涼たちに比べると大したことはない。
さらにそんな強い力を使っても、耳を消すことが出来る。
まさに最強。
そんなことを考えながら、コウリンは双子のことを考えていた。
この前の夢。
きっとこの束縛者と双子は合わない方がいいのだが、自分たちは今、双子とは別行動をしている。
これで彼らが出会ってしまうと、夢が正夢になってしまうかもしれない。
だが、なぜ自分がこんな夢を見るのか。
主人公が視るのが“王道”ではないのだろうか。
そんなとき、涼が口を開いた。
「コウリンさん、君の大切な人の叫び声が聞こえたんだけど……」
「何っ!?」
一瞬でコウリンの顔が青くなる。
それに気づいてるのか、そうじゃないのか、嘘臭い笑みを浮かべながら涼は言葉を続けた。
「でも、彼らの方が早く着くね」
それは、最悪じゃないか。
コウリンは走り出した。その後に、涼がニコニコしながらついて行く。
彼らは走っていた。
ねぇ、カズヤ。
人思いで優しいお前には、もしあいつに会っても…、殺せないだろうな。
俺だってお前のことが大事だ。だからお前の手を汚すようなことはしない。
だから、俺が殺すよ。
あいつを。
殺気がさ、どんどん近づいてくるんだよ。
このままいけば会えるんだ、あいつに。
やっと殺せるんだ、あいつを――――――。
「待ってよ!!」
急に背後から声をかけられて、エンブは我に返ると後ろを振り返った。
そこにはランブが必死に走ってきていた。
エンブがあまりにも速すぎてなかなか追いつくことが出来ない。それだけ気持ちが高ぶっているということ。
「ごめん…、ランブ、俺……」
「置いて行かないでよ、エンブ!」
ビクンとエンブの体が動いた。
そうだ、これも全部あいつがやったこと。
昔とは違うんだ。
「ランブ、もうすぐだから」
「……え?」
ゆっくりと自分の方に来るエンブに、ランブは恐怖を覚えた。最近の彼に自分は、どこか怯えてしまっている。いつもとどこかが違う。前の彼とは違う。
その証拠に、エンブは心のこもっていない笑みを、にっこりと浮かべた。
「だから、見ろよ?」
「え―――――」
自分の肩にのせられてエンブの手。その手を振りほどいて、今すぐここからランブは逃げ出したかった。けれどそんなことをすれば、イケナイ気がした。
そう。まるで、殺されると思った。
「俺は、お前をずっと守って…………」
エンブがそう呟いた時に、2人を殺気が襲った。
「殺気がまた、強く……!!」
エンブが叫ぶと、ランブはがたがたと震えだした。
そうだ、この感じはどこかで遭った気がする。
なんなんだろうか、駄目。
思いだせない。
思いだしたくない。
ふと、真っ白な世界が赤く染まる光景が目に映った。
――――人殺しには、死刑を。
「ぐ、ああぁっ…っ!!」
ジュンガが唸り声を上げた。左腕に強烈な痛みが走ったが、それでも和也を放そうとはしなかった。血がだくだくと流れだし、唸りながらも。
「1人は、どうだ……?」
ゆっくりと誰かが近づいてくる。その者のまとうさっきで和也は意識を取り戻した。
しかし眼を開ければ、そこは悪夢だった。
血で汚れた刃。
血も凍るような殺気。
唸り、苦しむ相棒。
なんだろう、これ――――。
……コロサレル。
はい、26話終わりました!
今回結構長かった気がしますね…^^;
最近短かったので、ちょっとばかり頑張ってみたのですが、空回りして最悪なことになってます(泣)
文章力も、物語も。
こんな酷い展開ですが、これからが本番なのでぜひ読んでいってください!




