第22話 兄弟げんか
――――ゾクリ。
いやな予感がした。ランブは急に背筋が寒くなって、思わず震えあがった。
エンブが帰ってこない。もう一時間も経とうとしているのに……。こんな寒い外で入れるのは、犬っぽいジュンガぐらいだというのに。彼は、そこまで意地っ張りな性格じゃないはず。
怖かった。
ランブもだが、和也もだった。
“王道”的展開だと、何かあったとしか考えられないのだ。ここら辺には最近少し減ったのだが、モンスターやらが出てくる可能性もある。彼は強い、しかし、こんな寒いところだと弱っているかもしれない。しかも雪のせいで視界が悪い。そのままどこかに落ちてしまった可能性もある。
「彼が危険だ…」
「っ!!」
ランブの顔色が変わった。
真っ青だ。今日、彼はいろいろな表情を見せてきたが、今の表情が一番辛い表情だ。こんな表情をする機会はそうそうないだろう、なんて思うほどに。
彼はすぐさまドアを開けて部屋を出ていった。和也が声をかける暇もなく、彼は宿を出て、雪の降る外を走っていく。
大丈夫だろうか。
雪が嫌いなのに、外に出てしまって。
このまま、2人して自滅してしまったら……?
「こんな、“王道”は嫌だ…!!」
この本のストーリーは変えられない。
すべては物語によって動かされていく。
走った。
がむしゃらに、大切な人のことを思い続けながら。
死んじゃ嫌だ。
傍にいてくれなきゃ、嫌だ。
ここにいてくれなきゃ、嫌だ。
頬に当たる雪が冷たくて、昔のことを思い出す。
怖くなる。雪の日は何かが起こりそうで。
ランブはギュッと眼を閉じた。閉じてなきゃ、怖くて不安で、泣きそうになるから。
真っ暗闇の視界の中、叫び声を上げた。
「エンブ――――――ッッ!!!!」
寒い。
寒いよ……。
雪が重くて苦しい。
助けて。
エン――ぃ…ちゃ…――。
あれ?
おれ、なんて言ってるの……?
足に力が入らない。
そのままランブは倒れこんだ。
体中に冷たい雪が当たって、寒い。しかし彼にはもう、起き上がることも、声を出すこともできなかった。
どうしよう。
頭がくらくらする……。
そして、彼の意識は途切れた。
真っ白な道に、赤い滴が落ちる。
頭から、腕から、ただただ血が流れており、その痛みに耐えながらエンブは歩いていた。…自分でも、そんな力がどこから湧いてくるのかが不思議なほどだ。
「帰ったら、怒られるかな…?」
愛しい彼に。
…俺、本当にあいつのことを大切に思ってんのな。
いきなり怒鳴った奴に、心配の言葉をかけるわけがないじゃんか。
もう、嫌われてんのかな?
ふらっとよろめく。もう意識が遠くなってきたとき。
見た。
急に意識がはっきりとした。
倒れていた。宿にいると思っていた彼が。
愛しいと思っていた彼が。
もう嫌われてると思っていた彼が。
雪が少しだけ体にかぶさっている。
嘘。
嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘。
嘘だ。
「ぁ…、あぁ、ああぁ、っあっ…!?」
現実。
彼は今、ここで倒れている。
いつからだろうか。
このまま冷たいままだったら……?
「ああああああああああぁぁああぁああぁぁぁぁぁっ!!!!」
ドアが勢い良く開いて、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
和也が振り返ると、そこには双子がいた。
エンブはランブを抱きかかえて、血を流したままそこに立っていた。
眼孔が開いている。体は震えて瞳が揺れる。
「た、助け…っ、助けて、ランブを、ランブを!」
ただそれだけを叫びながら、彼は立っていた。
ランブは熱を出していた。ベットに寝かすと、ようやくエンブを我に返ったのか、ほっとしていた。表情が少し柔らかくなり、和也の方もようやく安心することが出来た。
「なぁ、カズヤ。ランブって雪が嫌いなんだけど、本当は雪に埋もれたからじゃないんだ」
「……っ」
大体予想は出来ていた。
こんなランブの様子からして、たかが埋もれて危うく死にかけたぐらいで、ここまで拒否反応を起こすわけがない。もっと何か、理由があるはずなのだ。
エンブはフッと笑った。
「本当は、両親が雪降る日に死んだからなんだ」
…………。
少し間が空いて、エンブは話を続ける。
「ランブには言わないでくれ。己の力で向き合ってほしいから。さっき怒鳴ったのも、逃げてほしくなかったから。そんな過去に逃げないで、ちゃんと両親の死を本当に受け入れて、乗り越えてほしいから。まだランブは、両親の死を受け入れても、乗り越えることは出来てないんだ……」
苦笑いをするエンブに、和也はどう声をかければいいのかが分からなかった。
『え?愛してないってば』
昔、友達に向かって、姉がこんなことを言っていた。
愛されてないんだ、おれは。
でも……?
「愛してるんだ、ランブのこと」
少し、エンブの眼が見開いたが、すぐに微笑みに変わる。
本当に、暖かい笑み。
「…うん」
この『好き』は、普通の『好き』とは違う。
もっと暖かく、優しいモノ。
エンブの治療が終わると、和也はそっと部屋から出た。出た瞬間に、コウリンが話しかけてくる。いつの間にこたつから出てきたのか。
「そこにいてはいけないと思ったのか?」
「2人きりの方がいいだろ?こういうのは」
「その思いも、そこにいてはいけないと思ったから、だろ?」
ギュッと拳を握りしめる。
そして、コウリンの方を向く。
「だって思ったんだよ、愛されるのが、羨ましいって……!!」
刹那。
彼の頬に、衝撃が来た。
ランブはゆっくりと目を開けた。視界には雪ではなく、愛しい彼がほっとした表情で見つめていた。
でも今は、そんな彼が怖い。
急にランブは震えだし、恐怖に怯えた、歪んだ表情になる。
そんな彼を見て、エンブはランブの肩をぎゅっと握りながら叫ぶ。
「お前のせいじゃないんだ!全部全部、俺のせいで、あの時も、今日も、俺のせいで……!!」
「違う!!」
急にランブは叫び声を上げた。
「怒らせて、心配かけて、何にもわかっていないおれのせいなんだ…っ。おれが、おれが駄目だから……!」
急に、ランブは抱きしめられた。
その瞬間、ランブはほろっと涙がこぼれだした。そしてそのまま泣き続ける。
抱き締めている腕にも、力が加わる。
「ごめん…、なさい……っ」
彼の頬に衝撃を与えたのは、ジュンガだった。
ジュンガはただ呆然としている和也の眼を見て、怒鳴った。
「バカ!!」
和也には何のことなのか分からず、コウリンは一瞬の出来事に驚きを隠せなかった。
「どうしてお前は分からないんだよ、あんなに人がいるのにもかかわらず。人がいるのなら、それだけ愛されているってことが分かんないのかよっ!!」
…知らない。
そんな感情、自分に向けられたことがないから、わかんないよ。
知らない。
知らない…!!
「知るかよ!!!!」
爆発した。
その勢いは止まらずに、和也は訳も分からず泣きながら怒鳴り散らす。
「『愛してる』、『愛されている』とか、もうわかんねーよ!『愛』って一体、なんなんだよ……っ!!」
わかんない。
もう、嫌なんだよ……。
誰カおれヲ、愛シテ下サイ――――。
暗いですね。
なんがかよく分からなくなってるかもしれませんが、そこは皆様のお力で何とかしてください!(汗)
次回の更新はちょっと遅くなるかもしれません。