第2話 いきなりの襲撃
主役となってしまった少年、鈴原和也。
現在、謎の少女とお話し中。
「お前は主人公タイプだ、安心しろ。読者に飽きられることなんかないぞ」
「別にそう言うことを心配してんじゃないし、てかありえないって、本の世界に行くなんて」
あ、本の主人公なら、物語だから何でもありってことですか?
そんなことを考えながら和也は少女を見る。相変わらず、小悪魔のような表情をしていた。
「主人公タイプって、おれのどこがそうなんだよ」
「…言ってほしいか」
急に真剣に言う少女に和也はビビるが、ゆっくりうなずいた。それを見て少女は仕方がない、と呟いて……。
言った。
「強気、天然、苦労人、鈍い、童顔、しっかりしすぎ、高校生、平凡、ホモ臭い」
そこまで言って、少女は和也を見る。少女の予想通り、和也はショックを受けていた。今言ったことは、和也が言われ続け(一部を除き)、そして傷ついたことだった。
「ナイス主人公タイプ、君こそ主人公」
答える声はない。かなりショックを受けているらしい。今までどう言われ続けたのだろうか……。
ふと、和也がいつもより低めの声で言った。
「じゃあ、あんたがやればいいじゃんか」
「私は主人公に選ばれてないじゃない、選ばれたのはお前。…それに――」
静かに言う少女に、和也は首をかしげる。彼女には何かあるのだろうか、なんて深く考えたが、そうでもなかった。
「206の体にはきついじゃな〜い」
「に、にひゃくろくっ!?」
絶句。見た目は同じぐらいなのに。
「私、魔女だからな」
「……」
そう、なんかもう、何でもあり的な……。
和也が呆れていると、少女に名前を聞かれた。教えると、
「名前までそれっぽい」
と、失礼なことを言われた。
「じゃああんたは」
ほんのちょっとのイライラをこの一言に込めたが、少女は気にせずに名を言う。
「コウリンよ」
そっちだってそれっぽいじゃん!!
なんだよ、どうしてこう、都合よく話が進むんだ?自己中女ぐらいそろそろ帰ってきて、ワーワーなってもいいんじゃないのか!?
「本見つけて、はい、君主役ねって……。こんなのよくある”王道”パターンじゃないか!」
「当たり前だ」
コウリンの言葉に、和也は動きを止める。
「お前はもう、物語の一部――。“王道”の世界へと引き込まれたんだ」
そして、コウリンはにやっと笑う。
「“王道”は禁句、だ」
『馬鹿じゃねー!?』
そう言おうとした時、すうっと床が消える感覚がした。しかし和也が足元を見ると、消えてるのは床ではなかった。自分の足から少しづつ、自分の体が……。
「おい、コウリンっ!?」
「さて、そろそろ行きますかー」
「待ったああああああっ!!」
叫びが空しく響き、コウリンは消えていく。
うそ…おれに選択肢はないのですか!?
そしてこの現実世界から、鈴原和也はどこにもいなくなった。
――長いのか、短いのか……。
そんな時が流れた気がした。
今、和也は呆然としていた。地べたに座り込んでいた
目の前には一軒家よりも少し大きめな建物が建っていた。見た目はごく普通なのだが、家についている看板が普通じゃなかった。
『やすらぎの家』
ちょ、そのまんまじゃない!?
ネーミングセンスがあるのかないのかわからないっ!!
勝手に心の中で突っ込むが、それに答える声はない。心の中なので当たり前なのだが、さっきまで一緒だった彼女がいないのだ。
この本へと連れ込んだ張本人。
「“王道”は禁句」、そう言った彼女。
コウリンが――。
「あのお〜〜……」
ふと自分に声をかけられたので、和也は声のする方を向く。そこには一人のエプロン姿の少女がいた。歳は同じぐらいの。少女は、腰に手をあてて少し強気そうなイメージもあれば、少女らしさもあった。亜矢とはまた違ったタイプだった。
その少女は目を丸くして呟くように言う。
「お客、さん?」
「ぁ、えぇっ……とぉ」
和也は返答に困った。コウリンがどこにいるかわからない今、勝手な行動をするのは危険だったからだ。自分は、この本のことは何も知らないのだから。
しかし、そんな心配はせずに済んだ。
気まずい空気が流れだしたときに、すぐに断ち切った声があったからだ。
「リンカにカズヤか……。こんなところで何立ち話なんかしてるんだ」
「あ、コ、コウリンっ!!」
いきなり少女はあわてる。そして和也をじっと見る。そんな彼女の行動に疑問を抱きながらも、和也は名を訪ねた。
「リンカ、って言うのか?」
「う、うん。『やすらぎの家』の一人娘、リンカって言うんだ。よろしくねっ」
それを言うと、急ぎ足でリンカは『やすらぎの家』へとはいって行く。
それを和也は、立ち上がりながらぽかんとした表情で見つめていた。
……ところで、『やすらぎの家』って宿なんだ……。
じゃあ、ここで住むことになるんだなぁ。
“王道”なら。
「あいつは男勝りな性格だからな。でも、女らしい一面もあるんだぞ」
コウリンは薄く笑いながら、隣家が入って行った『やすらぎの家』のドアを見ながら言った。
見た目はおとなしそうなのに……。
心の中で、ため息まじりに呟く。
現実でも、こちらの本の世界でも、今だ、女の子のおとなしい優等生キャラに出会っていない気がする。”王道”なのだから、このようなキャラが出てきてもいい気がする。
……まさか、あえてこのパターン!?
これが”王道”というものなのかっ……!!
現実の厳しさを感じながら、和也は心の中で叫ぶ。
「お父さん、お母さん!!」
いきなり、先ほどあったばかりのリンカの声がする。
声のした方を見ると、リンカは美男美女の二人と一緒にいた。二人の手をひっぱりながら和也たちの方を時折見ながら言う。
「コウリンさんが前言ってた、男の方だよっ!だから言ったじゃん、お父さん、お母さん」
……え、あの、美男美女で若そうに見えるお二人が?
和也は美男美女を見つめる。どちらも本当にきれいだった。……最初見たとき、兄弟かと思ったほどだ。
「美男美女の親、ナイス”王道”!?」
「ところで、この前ってどういうこと?」
「後々男が来るから、って言っておいたんだ。親切だろ?これでお前も自然にここに住めることになる」
「ちょい待ちっ!!誤解されるわーーーーーーっ!!!!」
後々男が来る=男とそういう関係
だからリンカはあわてていたのかもしれない。急いで両親を呼んできたのも納得できる。
和也がああああ、と唸っていると、肩に手が置かれた。
振り返ると、そこにはリンカの父がいた。父、よりも兄、という感じがする。近くで見るとますますかっこ良かった。
しかし、今はそんなことを思っている場合ではなかった。
誤解を解かなければ。
「ち、違いますよ?決してコウリンとはそんな関係では……っ」
「照れなくてもいいんだぞ。そう、いいんだ、別に――」
「別に、で、なんだ!!違うって!!!!」
必死に反論する和也を、面白そうに笑いながらコウリンは見つめていた。
「本当に、違うの?」
「ああ、ちょっと遊んでみただけだ」
その言葉を聞いて、リンカは少しほっとした表情になる。そして和也の方をじっと見つめる。
その顔は少し赤らんでいた。
それを、コウリンはむすっとした表情で見ている。
しかし、今和也は必死の反論中で、そんな二人のことに気付かなかった。
そう、別の気配にも。
気づいたのはコウリンだった。
がさり。小さな音にコウリンは反応して……。
それが危険なものと気付く――――。
「カズヤッ!!!!」
「…え?」
――ガ、リ……ッ
――――えっ……?
赤いものが、和也の脇腹から飛び散った。
体中に、痛みが走った。
和也は倒れこみ、その体をリンカの父が支える。和也は脇腹に感じる鋭い痛みに、小さなうめき声をあげて苦しんでいた。
そんな和也の姿を見てコウリンの表情が一変する。怒りに満ちた表情……。ふと、コウリンの右目が、翡翠色から血のように赤く変わりだした。
「こんのぉっ……!!」
小さく呻くと、コウリンは右手で拳を握る。とたんに右手に炎が渦巻きだした。少し離れていたリンカの両親のところにまで熱風が吹く。
コウリンはものすごい速さで走りだした。そしていきなりひゅん、と手を横に振ると、何かが手に当たり炎に包まれて、ぼとリと落ちる。
それは小さなハムスターのような、鼠のような姿をしていて、どちらにしても、現実にいるものよりもひとまわり大きかった。和也に攻撃したのもこいつだ。
「噛みついたのか…毒を持つものじゃなくて良かった、が――」
手に渦巻いている炎が勢いを増す。
「どちらにしても親を殺す……!」
「カズヤさん!」
自分の父に支えられた和也の姿を見て、リンカは顔を青くして叫ぶ。和也の脇腹からは、赤いものがあふれ出し、止まらなかった。
「リンカ、今すぐ薬を作れ!」
「は、はい!!」
父の命令に従い、リンカは和也のところから離れるのは少し嫌だったが、宿へと戻っていった。リンカの特技は薬草で薬を作ることだったから。自分ができることをしようと思ったから……。
リンカが戻っていくと、父は顔をしかめた。
「モンスターにかじられてるな……。毒はない奴だがこのままだと――」
「ヨウヘイさん…っ」
リンカの母、ランカは自分の夫の名を呼ぶ。夫、ヨウヘイは娘のリンカが急いでくれることを祈っていた。そして、和也が頑張って堪えてくれるのを……
――ここは、どこだ…?
真っ暗闇に和也は立っていた。
自分の体まで闇に呑まれてしまいそうで、和也はふと恐怖を感じた。
『お前、戦いたいか……?』
闇の中で声が響いた。少年の声、和也と同じぐらいのトーンだ。和也は真後ろに人の気配を感じていた。
『戦う覚悟があるのなら、おれは力を貸してやるよ』
音もなく、後ろにいる者は和也に近ずいてくる。和也はただ動かず、何をしてくるか気にする。
肩に、手が触れた。そのままじゃれあうように後ろの者はもたれかかってくる。まるで和也がおぶっているような格好になった。そしてこの時、後ろのものが男だとはっきりとわかった。
『ねぇ、お前戦いたい?』
彼に対して、何を言えばいいのかわからなかった。
でも今は、ただこの一言を言わなければいけないと気づいていた。
「――おれは……」
ぴくん、と動いた気がした。
ヨウヘイは自分の腕の中にいる彼が、動いた気がした。
大丈夫、彼はまだ頑張っている……
肺が空になるほど息を吐こうとした時。
激痛が腕を襲った。
「ヨウヘイさんっっ!!」
ランカが叫びに近い悲鳴をあげる。ヨウヘイの腕が赤く染まっていく。攻撃をしたモンスターは一度地に足をつき、もう一度襲いかかろう向かってくる。
もう駄目なら、自分が体を張って守らないと……!
ヨウヘイが和也に覆いかぶさろうとした時、怪我をしていない方の腕を、誰かが握った。
「ありがとうございます。もう、大丈夫ですから」
立ち上がりながら微笑んで、彼は向かっていく。そんな彼に、モンスターも向かっていく。
「カズヤっ…!!」
彼の名は和也。
本の主人公になってしまった少年……。
今の彼の思いはただ一つ。
この状況を何とかしたい……っ!