第19話 私は女
2人して黙り込んでしまい、妙に気まずすぎる空気が流れだしたころ。
「あの……」
声がかかった。ちょっとハスキーで低めの…、ちょっとカッコいい声だと和也は思った。自分はどちらかというと高い方で幼い声だと言われるので、そんな渋めの声に憧れたりもしていた。
自分は、そのことで色々と言われたこともあったし。
そんなことを考えながら和也は声のした方を振り向いた。それに続きランブも複雑な表情をしながら振り向いた。
そこには一人の少女がいた。
最初は声からして男の子な感じもしたので、和也は内心びっくりしていた。声だけではなく、容姿もだ。髪は少し長めで結んであり、目つきは男らしくキリリとしている。体つきも女の子、と思えば見えるのだが、胸がそこまでないのでパッと見て女、とは言い切れないような感じだった。
そして、彼女の頬には束縛の印がついていた。
「ここに、コウリンという女はいないか?」
彼女をコウリンのところへ和也とランブは連れて行った。ランブの姿を見た途端、エンブの表情が少しほっとしたものになった。彼の姿が見えなくて少し心配していたのだろう。和也と一緒にいたということが分かったので何も言わなかったが。
コウリンは少し彼女を睨みつけていた。
「束縛者…、私に何の用だ?」
「……」
グッと黙り、彼女はじっとコウリンの方を見つめる。
「私と、勝負してほしい」
「は?普通は和也とじゃないのか…?」
「あなたじゃないと…、駄目なんだ」
少しだけ辛そうな表情をする彼女。
…もしかして、ついにホモから脱出してレズ方向へと話が進んでたりして!?
「多分、そんなことはないと思うよ…?」
「ジュンガ!?何でおれの心を読めたんだ!?」
きっと“王道”だからなのだろうか…。
とにかく、これからもホモ展開に彼は縛られる…ことになる、らしい。
そんな2人の様子を無視して、女子2人の戦いは幕を開けた。
先に仕掛けてきたのは束縛者の方。彼女は両手に炎を纏い、その熱風が風に乗って和也たちのところへと吹いてくる。
コウリンも炎を使う。なのでこの戦いは互角になるかと和也は考えていた。
――――しかし、違った。
彼女は走り出し、拳をコウリンの体へと叩きつけようとした、とたん。
彼女の両手の炎が消えた。
体に触れたかと思った。しかし、炎は触れる前に消えていったのである。予想外のことに彼女は眼を白黒させて立ち尽くす。…そのはず。彼女は炎だけを使うと思っていたのに、炎以外の力を彼女は使ったからだ。
コウリンの周りには水が舞っていた。体の周りに水が渦を巻く、まるで彼女を守ろうとしているかのように……。
そして、コウリンの左目の瞳の色が違った。
普段は翡翠の眼。
炎を使うときは右目が血のように赤い眼。
そして、水を使うときは…、透き通った海のように青い瞳。
「本当は、水の力はそんなに使いたくないが……」
そう言うと、コウリンの周りに舞っていた水が束縛者に向かっていく。彼女も負けじと炎で体を守ろうとするが、放った炎も守ろうとして体にまとった炎も、すべて水で消されていき、水は彼女の体に叩きつけられる。
「うあ…っ!!」
ただの水じゃない、勢いが違うのだから。普通の何倍以上凄い水鉄砲に体を突き抜かれたも同然だ。体からは血が出ていないが。
“王道”での力関係は、火には水が強く、水には草が強く、草には炎が強い。つまりこのままだと、束縛者の方は圧倒的に不利だ。
「なんで、なんでなのよ…」
頑張って強くなっても、やっぱり叶わないんだ……。
ちゃんとした、女の子には。
「私だって、私だって……!!」
好かれる女の子に……っ!!
「あいつ怖いよなぁ」
教室から数人の男子の声が聞こえてきて、思わずメイカの足は止まった。その男子の中には、メイカがこっそり思いを寄せていた男子もいたからだ。…なので、どんな話をしていたのか気になった。
そしてドアの前に立つと、息を潜めてこっそりと聞いた。
「ああ、確かにな」
「え、誰のこと言ってんの?」
「お前わかんねぇの?同じクラスのあの女子!」
「ああ!」
「メイカのこと?」
時間が、止まった気がした。
視界が、真っ暗になった気がした。
足元が、なくなった気がした。
心が、痛んだ気がした。
「男みたいに強いしな」
「つーか男なんじゃねぇの?ニューハーフってやつ」
「あはははっ、そりゃないでしょ」
「確かにそれはないけどさ」
彼の声がした。
「彼氏とかは出来なさそうだよね」
ああ、そっか。
彼も、彼らも、私のことなんか女の子として見てくれてないんだ。
お友達、としても見てくれないんだ。
――そっか、私はそんな子なんだ。
なんでこんなのなんだろう?
どうして中途半端なんだろう?
男なら男に、女なら女にして欲しいよ。
女の子になりたい。
好かれたい。
「私は、女だ……!!!」
彼はそんな彼女の過去とともに、自分の過去も思い出していた。
「ねぇ、和也?裕里って個性的でしょ。案外ね、みんなって自分はどうしてこんな風なんだろうって思うでしょ。でもさ、そこって私は個性だと思うの。みんなは自分のいいところを悪く思っちゃっている。だからそこはどんどん悪くなっていって、自分の他の人もそこが嫌だともっちゃうんだ」
彼女はニコリと笑う。
「裕里はね、最初はそんな自分に吐き気がしたって、こんなモノを好きになった自分は気持ち悪いって。でもね、自分で考えて、それでも自分は自分だって思うようになったんだ。そんなところがあるから自分が在るんだって。そして裕里は、そんな自分の嫌なところを個性に変えていったの。それって、すごいことだと思わない?」
彼女の笑みは、いつも優しく温かい。
「裕里は、その個性を誇りに思っている。…だから裕里ってすごいよね!」
幼いころ、自分はどうだっただろうか。
辛くて、辛くて、ずっと辛くて。
その全ては周りにいる者たちと、自分の姿や性格のせいで。
姿はどうにもできないけれど、せめて性格だけは…………?
「個性よ」
「優しいから」
「変わった」
「大丈夫か!?」
「愛されてる」
やめて。
そんなことを言わないで。
おれは、そんなことを言われる価値は…ないのだから。
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
悲鳴を上げた。
そして、戦っていた2人の元へと走っていこうとする体を、ジュンガがしっかり体を掴んで止めた。
……和也は、そんなジュンガのことも気にせず、走ることを止めようとしない。
「もう個性でいいだろ!?お前はまだ会ってないだけで、そのうち愛してくれる人なんで出てくるだろうが!!なんでもっとよく探さないんだよ。世界中のものすべてがお前を嫌ってるわけじゃないんだろ!?」
「カズヤッ!!」
必死でジュンガは和也の体を掴む。普段の力より、格段に強い。
「どうして、なんで…!!」
和也の光のない瞳から、涙が溢れ出て、止まらなくなる。
なんで、『10人の束縛者』はおれの心を抉るんだよ…っ!!
「カズヤ…っ!!!!」
怒鳴り声に近い大声でジュンガは和也の名を呼んだ。その途端和也の動きは止まり、ジュンガは自分の方へと向かせると簡単に向いてくれた。
彼は、虚ろな目で涙を流していた。
何も映ってないかのような眼で。
ジュンガはそのまま和也の体を自分の方に寄せた。カズヤは素直にジュンガの体の方に持たれかかると、ジュンガの胸に顔をうずめて泣きだす。
「おれもう、分かんぇんだよ…。自分がどうしたらいいのか」
「――ああ」
「もう嫌なんだよ、こんなの」
「――ああ…っ」
ホロっとジュンガも涙を流し、そのまま和也の頭に手をのっけた。
そっか。
自分から動かなきゃ駄目なんだよね。
辛い思いをしてこそ、人から愛される存在になれるんだ…。
「ごめんなさい。こんな簡単なことに気付かずに、辛い思いをさせてしまった……」
ランブはそんな彼らの姿をただ見つめていた。
虚ろな目で。
ただ、無表情で。
「ねぇ、お母さん、お父さん。おれらのこと、最期まで愛してた…?」
愛してたよね?
じゃないと、おれの心は折れてしまいそうだ。
寂しくて。
エンブは途中から彼らのところから離れていた。
じっと空を見つめる。
空は曇っていて、灰色で嫌な色をしていた。
そろそろ、雪は降るだろうか。
「雪は、嫌いだ」
なくせるのなら、なくしたい。
殺せるのなら、殺したい。
それほど、この季節は大嫌い。
皆さんこんにちは。作者のなーおです。
ここまで読んでくださっている皆さん、本当にありがとうございます。本当にありがたいです。
今回、多少ホモ臭い表現もありましたが、次回はからさらにそれが増えます。同時に、グロさも。
今まではあらすじの方の最後の部分、“誰もが狂いだす、ファンタジーコメディ”のファンタジーのところを展開してきた、つもりです。
ですが次回からは、いよいよ本格的に狂いだしてきます。そのような表現が苦手な人は見るのをやめてくださいね。(流血表現も遠慮しません)
OKな方は、ぜひこれからも“王道”は禁句の方を応援してくれると嬉しいです♪