第18話 気にしないでな
この前、亜矢にこんなことを言われた。
「裕里はさぁ、女の子らしいのよ。パッと見は普通に可愛いし落ち着いている子だし。だから嫌わないでね」
最初彼女に会って、あんな趣味があったということを知った時は…、縁を切ろうと思った。けれど、亜矢のこの一言と、もう一つのことを教えられて、縁を切ることをやめた。
――――だから、裕里ってすごいよね。
コウリンが読んでいる。
そんな裕里の本を!!
最近、彼女が何か遠い人間に感じるのは気のせいだろうか…。もしかしたらもう、戻れないところまで行ってしまったのかもしれない。嫌だ、置いていかないで!!…なんて思うわけがないが。
「や〜、お前らっていつ見てもラブラブしてるんだな」
「何がラブラブだ!!ただの妄想だわボケっ!!」
なんだかジュンガとハモることが多くなった気がした。一緒に戦ってきて息が合ってきたという子なのだろうか。
あの双子にも、負けないほど。
「やっぱ仲良いよな、お前ら」
背後から声がかかった。振り返ると似ているようで似ていない、2人の少年がたっていた。…以前は人々から恐れられ、誰も信じようとしなかった双子・エンブとランブが。
茶色の髪、エンブの頬には絆創膏が貼ってあった。宿の方に帰ってきたとき、引っ掻いちゃったと彼は言っていたが……。和也は何かが引っ掛かっていた。
何かちゃんとした、理由でもあるんじゃないかと……。
「カズヤ」
「ん?」
声をかけてきたのは黒色の髪、ランブだった。ランブは意味深に苦笑いをしながら手招きをしてくる。…エンブに気付かれないように。そんな彼に気持ちに気付いた和也は、ゆっくりとランブと一緒に部屋を出て行った。
ただ一人、コウリンだけがその2人の行動に気付いていたが。
宿の廊下でランブはふと立ち止まると、小さな声で呟くように一言。
「気にしないでな」
和也は眼を丸くした。
「それって、この前のことか…?」
「うん。おれたちのこと」
するとランブは振り返った。にっこりと笑顔で。
「初めて会ったときから、和也はすっごく優しかった。両親以外でこんなに優しくて暖かい人に会ったのは生まれて初めて。…嬉しくて、おれもエンブも思わず気が緩んじゃった。特にエンブはおれのことばかりを気にして疲れてたんだと思うから、和也みたいな人に出会えてホッとしてたんだよ。……だから、言っちゃった」
ランブの表情は何一つ変わらない。ただにっこりと笑って和也の眼をじっと見る。和也は双子にとって自分がどんな人物だったかを知り、少し辛くなって眉をひそめた。
できれば眼をそらしたい。
でも今は、ランブから逃げてはいけない気がする……。
ランブは続ける。
「エンブは誰にも言わないと決めていたんだ。それを和也に言っちゃった。普通の人ならいいんでけど、相手が和也だから駄目なんだ。おれらにとっての命の恩人。おれらにとっての大切な人。そんな和也を変な風に心配させて、気を使わせて、疲れさせるのは、おれらの心がすっごく痛むんだ……。けど、もうなかったことには出来ない。忘れて、とは言わないから、せめて気にしないで。自分らの過去は自分らで決着をつけるから」
――――それに。
「もう、さ。失うのは、嫌だから……」
大事な大事な両親が死んだ。
このまま頑張ってたら、エンブまで死んじゃうのかも。
そして新しく大事な人の仲間入りをした和也も、無理をしたら死んでしまうかも。
死んでしまう。
しんでしまう。
シンデシマウ…?
それは嫌だ。
もうそばにいる人が死んでいくのは、血を流すのは、苦しむのは、悲しむのは。
どうしてみんな、おれの大切なもの、大事なものを奪っていくの?
おれのものを奪うのが好きなの?
あの時両親を殺した奴は、なんでおれらの両親を殺したの?
誰でもよかったんでしょ?
そんなに奪っていくと、今度は…………。
オレガウバッテヤル。
――――彼は本当に傷ついているんだ。
そんな自分を制御するのが大変で、現実から目を背けることでやっと自分を制御できる。
そんな彼を、おれが救いたい。
おれは死なない。この場から消えるのは現実世界に戻る時だけなんだから。
だからお前らのことを気にしない、なんてことはおれには不可能だ。
でも、いいよと言わないと彼は余計に傷つくのだろう。
「わかったよ」
それは「嫌」の裏返し。
今まで嘘はたくさんついた。
自分の過去を隠すために。
だから嘘は慣れているのに…………。
こんなに辛い嘘、初めてかも。