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第17話 何もしてない

 歌が聞こえて、和也は目が覚めた。

 むくりと起き上がると、先ほどの頭痛がしないことに気付く。彼女の歌は、聴こえているはずなのに。

 彼女は、涙を流しながら歌っていた。やはりそのメロディーはすごく悲しい感じで、和也は少し胸を痛めながら彼女の方を見つめた。…すると彼女は和也の存在に気付くと顔色を変えた。カタカタと震えだし、一歩一歩後ずさりをしていく……。

「なんで、なんで苦しんでないの」

 信じられない、という表情。

 そして、にたりと笑い――――。

 かん高い金切り声を上げた。


 ……ぴっ。


 和也の頬に切れ目が入る。足が、手が、首が、指が、服がずたずたに切られる。それが一瞬にして行われて、しばらくの間和也は身動きができずにいた。そして今の自分の状態を把握した途端、その場から走り出す…が、走っても走っても攻撃から逃れることはできない。きっとこれは音波、とかなのだろう。

「カズヤ!!」

 聞き覚えのある声がして、和也は声のした方を向いた。

 そこにはやっぱりジュンガとコウリンがいたのだが、2人とも頭痛の方はしていないようだった。頭痛はしたのか、という疑問を言おうとしたのだがそんな暇はなかった。ジュンガは「待ってろ!」と叫んだ途端、獣特有の俊足で和也の元へと向かってきた。

 あっという間に、ジュンガは和也の体の中へと入りこんだ。耳と印が一瞬で出てくる。

「大丈夫か、和也!」

「ああ」

 そう受け答えをすると、2人は少女の方を見つめる。

 少女は顔を真っ青にしてこちらを見ていた。いつの間にか金切り声は収まっており、和也に向けられた攻撃は収まっていた。

 少女の頬には束縛の印がしっかりとある。

 

「どうして、諦めないの……?」


 瞳が大きく、揺れた。


「歌手?駄目に決まってるでしょ!?」


 お母さんに怒鳴られた。

 最近カリカリしている。私にばかり八つ当たりをしないでよ…。

 私の夢を、八つ当たりの道具にしないでよ……。


「ヒトミは頭がいいんだから。もっといい道に進みなさいよ」


 いい道って、どこ?

 私は歌手になることがいい道なのに。

 その道が通れなくなったら、一体どこの道を通ってゆけばいいの……?

 何にもわかってない、私は歌手になりたい!!


 そう、言えばよかったけれど。

 諦めちゃった。


 彼らはどんなことがあっても諦めない。

 私にも立ち向かっていく力が欲しい。

 ねぇ、教えてよ…――――。


 今日も彼女は歌う。

 歌いながら、鎖に縛られていく……。


「どうして」

 なんで。

 なんでだよ…。

 和也の眼からホロっと涙が零れる。

「持っていないのに、どうすればいいんだよ」

 今まで、束縛者たちは自分に多くのことを教えてくれ、と言ってきたが、そのどれもが自分が持っていないものだった。力とか、勇気とか、強さとか。


 愛とか。


「今歌ってるってことは、まだ諦めてないんじゃないの?それでいいじゃん。その姿をずっと続けてれば誰かが声をかけてくれるんじゃないの!?」

 おれは……。

 もう、諦めてしまいそうだ。

『気のせい』

 そう言って笑った、大切な二人。

『ごめんな』

 そう言って涙を浮かべた、心優しい二人。

 自分はいつも何もできなくて、ただ人の心を抉ってはそのままにしてしまう。

 ずっとこんなことを繰り返していたら、自分が……。

 立ち向かえずに、倒れてしまう。


「そうよね」

「え……?」

 急に少女、ヒトミが声を発したので和也は驚いた。ヒトミの方を向くと、彼女は少しぎこちないが笑っていた。

「やることをやる、それでいいんだよね?ずっと歌い続けて、お母さんを納得させるわ」

 嬉しそう。

 自分の一言で、彼女は納得して笑っている。

 自分は何にもしていないのに。

「ありがとう」

 そんな言葉を、おれなんかに向けて言わないで。

 違う。

 違うから。

 違う。違う。違う。違う。違う。


 何もしてない―――!!


「あなたは、愛されてるわ」


 いやだ、いやだっ!!

 ――――やめてくれ……っ!!


 彼の手は、血で汚れていた。

 そして彼の頬は、引っ掻いた傷がついて血が流れていた。

「…ランブ、俺……」

 にた、と笑う。

 そしてベットで寝ている彼へと手を伸ばす。

 汚れた、手で。

「お前を、触れるかなぁ…?」

 すれすれのところで手を止めると、彼は体をよじって寝言を呟く。

「エンブ…、独りに、しないで」

 眉を顰めて唸るように。特に悪夢を見ているわけでもないようだが。

 彼は一瞬だけ、冷たい眼をすると…。

 その頬へ手を伸ばした。


 結局、触ることは出来なかったが。


『愛されている』

 …違うんだ。

 ウソつき。

 ……そんなわけがないんだ。

 だって、おれは。


『え?愛してないってば』

『あの子、弟でしょ?』

『やりたいからやんの』

『見捨てられちゃって〜』

『あの子たちはいい子で本当に良かったわー』


 2人の姿が見える。

 いつものように微笑んで、こっちを見つめてくれているけど。

 どんどん離れていく気がする。

 手を伸ばす。

 やだ、行かないで。

 やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ。


「愛してよ!!」


 ――――おれは…。


 ふと、口元が歪んだ。


 あの子は、こんなおれの言葉でも笑ってくれた。

 だから、せめて。

 彼女には、夢を叶えさせて……。

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