第15話 繋がってるから
「ト〜モカズ♪」
「うあッ!?」
背後から少女が抱きついてくる。抱きつかれた少年、トモカズは後ろを向く。…見なくても分かっているのだが。
「レイカ、コレはやめろって言ってるじゃんか」
「えへへ〜〜。今日はね、トモカズに言いたいことがあるの」
「…え?」
いつものはきはきした様子とは違って、今日のレイカは少し様子がおかしい。ちょっとだけ、もじもじしているような、顔が赤いような……。
「あたしね、トモカズのお嫁さんになりたいの!」
「え、ええええぇぇぇぇぇぇっ!!??」
いきなり過ぎる告白。しかしなかなか答えを出せない。もともとレイカのことは好きだったから答えはOKなのだが、トモカズは別のことで答えを出せなかった。
「でもおれ、護れないかもしれないよ?レイカのこと……」
そう言うと、しゅんとトモカズは俯いた。そんな彼の姿に、レイカはにっこりと笑ってトモカズに顔を近づけて言った。
「だったら、強くなればいいよ。まだまだ時間はあるからね、トモカズならなれるよ!だから私はこんなことを言ったんだからねっ!」
いつもと同じ、暖かい笑み。こんな笑みでそんなことを言われたら、本当に、必ず出来そうな気がしてくる。少しトモカズは顔を赤らめながらもちゃんと真面目な顔をして、でもちゃんを笑みは浮かべて、レイカに答えを出した。
「わかった、強くなるね。その時までには強くなって、ちゃんと護れるようになるよ」
そう言うとパアッとレイカの顔は明るくなる。
「信じてるよ」
言った途端に恥ずかしくなったのか、パッと後ろを向いて走り出した。走りながらちゃんとこちらを向く。
「繋がってるから」
そして、笑顔を見せる。
この笑顔が、彼女の人生で一番幸せそうな笑顔で――――。
最後の笑顔だった。
彼女はふと音に気づいて横を向いた。
気づいた時には、もう遅かった――――。
――――。
………………どんっ。
――――。
「トモカズ…。そのままだと、レイカちゃん悲しむよ?――不運な事故だったのよ……」
遠くから母の声がする。そんな声も、今の彼には何の意味もない。…ただの雑音にしか聞こえない。
彼女の声以外は、すべて雑音。
彼女の姿以外は、すべて人形。
「フ…ッ。フフ…、――アッハハハハハハハハッッ。ハハハハハ…」
彼は近くに置いてある本に触れる。
「『強くなるね』」
――『信じてるよ』。
「『繋がってるから』」
だから約束を守るよ?
おれはその時が来るまで強くなる。
だから、早く戻っておいで……?
彼の体に鎖が縛りつく。
その体に剣が持たされる。
今日も剣が血で汚れてゆく……。
――――それで?
君はその道を選んだの…?
和也は先ほどまでとは違い、冷たい目で彼、トモカズを見つめた。…まるで縛られていたモノが消えたかのように。そして彼は、ふらりと立ち上がる。
そしてもう一度、うっすらと笑いながらトモカズを見る。
「腕でも…、足でも…、斬ってみろよ」
トモカズの表情が強張り、見開かれ、揺れる瞳で和也を見つめ返す。
「あんたは幸せ者だ。…最期まで」
愛されていた。
「うわあぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
叫びながらトモカズが迫ってくる。しかしが和也は表情を変えずに、一歩も動かずにその場に立つ。そのまま剣が突き出されようとする。
いいんだよな、これで。
彼は強くなろうとしているんだから…。
彼が一番になれば――――。
剣先が目の前に来る。その時、和也は薄く笑った。
そして、眼を閉じようとした時……。
体の中に、力が入ってきた。
体は自分の意志とは関係なく、地面を蹴ってひょいっと飛び上がり、トモカズの素早い剣を綺麗に避けた。
和也の頬には2本の線、頭にはイヌミミがいつものようについている。
ただ、和也は呆然としながら地面に着地。
頭の中で、怒鳴り声が響いた。
『お前は弱虫だ!!』
トモカズの体がびくりと震える。…ジュンガの怒鳴り声はまだ続く。
『戦って、紛らわして、彼女の死を見つめない!そんな奴に……っ!!』
ふと、体から力が出ていき、耳も印も消える。
と同時に、和也の隣に1人の姿が現れる。
「カズヤを殺させはしない」
ジュンガの言葉に、和也の動きは止まった。ジュンガの方を向こうと思ったが、体が強張って思うように動かない。
「カズヤ、分かっているのか……?」
コウリンの声が和也の耳に届く。それでも和也は、動くことができなかった。最初の時みたいにまた何かに縛られているかのように……。
「彼はお前を超えようとしていたわけではない。お前と戦って、『本当』の強さを知りたかったんだ」
――――知らないよ、そんなの。
おれだって……。
「おれだって、知らないよ」
和也の眼尻に、うっすらと涙が浮かぶ。
「いいや、あんたは強いよ」
笑って、トモカズは和也の方を見て言う。
――誰かのために、泣いて、怒って。
それだけで、自然と誰かを守れるんだ。
力がそんなに強くなくったって。
だから、強いんだ…………。
『そうだね』
「…えっ…」
空からゆっくり声が下りてくる。……トモカズは見た。
目の前に、最愛の人がいるのを。
「レイカ……」
あのときよりも大きくなって、少し色も気配も薄いけれど目の前にいる。
『あたしのせいで、遠回りしちゃったね』
そして、あの時とおんなじように笑う。
最期に見せた、あの時の笑顔を……。
『でも、良かった』
一言言うと、彼女は空気に紛れるようにして消えていった。
彼女が消えた途端、彼の眼から一気に涙があふれだした。
お前のせいじゃない…。
おれが怖がっていただけ。
…今度はちゃんと、お前との約束を守るから。
「レイカ…っ」
好きだよ、ずっと…………。
和也は悲しそうな笑みを浮かべて、その鎖を斬った。
「元気で……」
そしてこれからも、愛されて。