第13話 仮面マン、さんじょ〜う
相手が持つのは本物の剣。
こっちは生身の人間(ただし木刀あり)。
勝てるかぁぁぁぁぁっ!!
逃げ出そうとする和也を、逃がすまいと主将が斬りかかる。それを紙一重で避けながら和也は走り出す。しかしそんなことで主将は攻撃をやめない。頭めがけて剣を振り下ろす。さすがにまずいと和也も木刀を振った。
二つの刃が交わる。
しかしそれは一瞬で、すぐに木刀は真っ二つになってしまった。
「え、早い、ショボイ!もうちょっと持ってもいいじゃんかよ」
文句を言いながら和也は走る。走って走って走る。もちろん木刀は捨てて。
「和也!」
武道場の出入り口に、純牙と先ほどまで居なかったはずの紅燐がいた。いつの間に逃げやがって、という言葉を寸前で飲み込みながらそちらへ向かって走っていく。
しかし主将の反応は早かった。和也の方を見ると剣を振り下ろす。
今度は逃げることに必死で、反応が遅れた。
自分に剣が迫ってくる。しかし、よける時間は残されてはいなかった…時だ。
体の中に、力が入ってきた。
一瞬で和也は剣を避ける。その顔、頭には2本の印と耳がついていた。…つまり純牙が入っていたということ。
『おせぇんだよ、お前は!』
「勝手に逃げたくせに偉そうなことを言うな!」
言い合いをしていると剣が迫る。それを和也は人の力では無理なほどの高さのジャンプをして避ける。
和也は余裕がなくなって少々荒っぽく純牙に訊いた。
「主将はどうしたんだよ!」
「知るかよ、んなこと!」
そして綺麗に着地。そこには紅燐がいた。
「でも、この力は普通じゃない」
彼女は難しい顔で言った。
けれどそれも一瞬。あっという間に元の表情に戻る。
「だから、これを被って戦え」
目の前に出されたのは仮面だった。
今、子供に大人気の『にこにこマン』のものだった。ニコチャンマークに似たような眼と、逆三角形の凄く小さな鼻。端から端まである大きな口は笑っている。パッと見、かなりツボるキャラクターだった。
しかし、これを被れ…と?
「名づけて『仮面マン』だ」
『あっはははははは!!か、かめ…っ!ッはは…』
純牙が笑う。かなりムカつく。人事だと思って…。
しかし、耳なんか付いちゃったりしている今、顔を隠さないと自分が『変態』だと思われてしまう…、きっと紅燐もそう思っているから被らせようとするのだろう、なんて自分自身を納得させる……。
そして、彼は仮面へと手を伸ばした。
「待たせたな、主将!!」
いきなりの大声に主将も驚いたのか声のする方を向いた。…ただし無表情で。
向いた方には…、トンデモナイ者がいた。
「学校を守る正義の味方、か…っ、『仮面マン』っ、さ〜んじょ〜う!」
テンションが高いのか低いのか、やる気があるのかないのか、そんな複雑な声音でアホらしいセリフを発して出てきたのは、幼児向けの仮面をかぶった少年だった。
そんな少年を見ても主将は表情を変えない。…こんな、「頭おかしいんですか〜?」的な人が目の前にいるのに。普通は頬をひっぱって、「これは夢だ!!」と叫ぶ人が多いと思うのだが。
叫んだのは「頭おかしいんですか〜?」的な人の方だった。
「おれ、もう死にたい!!純牙、いっそおれを殺してくれ、今すぐにっ!!」
『嫌だ!こんな面白い状況を終わらせたくないっ!』
「おれの前にお前が先に死ねぇっ!!!!」
そんないつものようなコントを無視し、主将は風のように走り、風のように剣を振り下ろしてきた。
『仮面マン』こと、和也は紅燐が調理室から持ってきたという包丁を構え、振り下ろされた剣を受け止める。カタカタ、と音が響く。
そして和也は弾き飛ばされた。
「力、強すぎっ!!弾き飛ばされたんですけど、今おれ狼なのにっ」
何とか包丁は握り締め、遠くへ飛ばされるのを抑えたが、…握りしめていた手がジンジンとして痛い。
ちょっと挫けそう。
学校、もしかしたら護れないかも、『仮面マン』。
そんなとき、さっきまでからかっていた純牙が、やけに真剣な声音で話しかけてきた。
『和也。お前、跳べるか?』
「――は!?」
『跳べるかって、聞いてんの!!』
純牙の言葉に黙り込む和也。複雑な表情をするが、仮面の中なのでそんな表情も見えない。
しかし、言葉はよく聞こえた。
「ああ!よく分かんねーけどやってやる!」
『よし』
声だけしか聞こえないが、純牙が笑った気がした。
そして和也は顔を上げた。
「よっしゃ来ーいっ!」
主将は冷たい目で『仮面マン』を見る。あまりにも冷たい目なので睨んでいるようにも見えるが、本人はそんなことは思ってないだろう。
そして、お互いの間に火花が散るような…、そんなパリッとした空気が流れる。
仮面のせいで格好悪く見えるが。
先手を打ったのは主将だった。素早く走り出しどんどん迫ってくる。あんまりにもすごい迫力なため、実際にそんなことをされるとかなり、かなり怖い。しかし和也は怖じ気づきそうにもなったが、そんなヘタれな考えを振り切って包丁をしっかりと構える。
そして主将は、本日いくつやったか分からない行為、剣を振り下ろすことをしかけてきた。和也の頭上めがけて――――。
今だ!!
そして、和也は大きく大きく…、跳んだ。
最初に避けたときの倍以上、高く。
振り下ろされた剣は武道場の床に大きく叩きつけられ、カン――、と空しい音を響かせる。
「このまま……っ!!」
もう一度包丁を構えなおす。そんな和也を主将は顔を上げて見る。
そして、主将は眼を見開いた。
――――どす。
仮面が音を立てて、床に落ちる。
仮面が外れて少年は、肩で息をして…。
そんな彼を苦しめていたものは今、彼の体の下で眠っていた。
「みねうち成功、だな♪」
いつの間にか、和也の頭には耳もなくなっており、背後には純牙がいた。
勝負は『仮面マン』の勝ちなのに、和也は真っ青になっていた。
それもそのはず。和也は偶然なのか必然なのか、主将を押し倒した格好になっていたからである。まぁ、相手は眠っているので騒ぐほどではないが。
「さすがは“王道”」
「純牙、さっきから人事だと思って…!」
「つーか、よくもまぁ、こんな風に…」
「ホモは嫌!!」
「お前らがしてるんだろ」
冷静、かつ的確な紅燐のツッコミに2人は黙り込んだ。
床には包丁と剣、そしてにこにこと笑っている仮面が転がっていた。
「ふーっ」
大きく息を吐き出す少年がいた。ぼーっとしながら灰色の空を見上げる。
「やっぱ操るのって難しいわ」
そう言うとフッと笑う。口元は笑っているのだが、眼は笑ってはいなかった。彼は体の向きを変えて歩き出す。
彼の背後には、木でできた看板が立っていた。
彼の頬には、鎖の印がついていた。
「次は、『自分の力』でな」
「鈴原和也…か」
呟くと、彼は口元を歪める。
「いい子だね、彼はきっと」
彼の後ろには少年がいる。しかし少年は何も言わずに彼を見つめる。
彼は楽しそうに眼を細めた。
「彼は――――」
きっと誰かを救って。
そして誰かの犠牲になる――――――――。
主将は何も覚えてはいなかった。
それを見て、紅燐は「操られていた」と言いだした。
「本の世界じゃないのに可能なのか?」
「多少難しいが、束縛者たちだって元々現実にいたものたちだ。そのぐらいは可能だろう」
「うわーっ、おれのやすらぎよぉぉっ」
はらりほろり、和也が涙を流す。そんな彼の姿を見て紅燐は微笑む。
ん〜、と純牙は伸びをして楽しそうに歩き出す。
「しっかし、学校もいいもんだな〜♪」
「確かにな」
その時、ふと和也は疑問を抱いた。
学校は初めてなはずなのに、紅燐も純牙も普通に過ごしていたのだ。特に焦ることもなく授業も分からなかったようだが、普通に受けていて……。
まるで。
「お前ら、慣れてないか?」
2人の動きが、ぴたりと止まった。
和也はそんな2人の様子に息を呑む。
何か彼らは焦っている。でも、これ以上は…………。
「気のせい」
聞いてはいけない。
2人は笑っていた。満面の笑みで。
「――そうだね」
本当に、そうだろうね……?
気まずくなった時に、紅燐は和也に質問をしてきた。
「和也は、本当の従兄弟がいるのか?」
それを聞くと、和也は少し俯いた。そしてほんの少し笑う。
「…いるよ。年下なのに凄く大人っぽくって。ちょっと色々あって1回しか会ったことはないし、あまり仲はよくないかな。お前らとの方が仲良いし」
『従兄弟』じゃなくて、『イトコ』なのに。
ちょっとした喧嘩になったのだ。それも和也が一方的に仕掛けて、一方的に騒いでいた。
『なんだよ!!おれの方が年上なのに!!』
その時、足元が消えたような気がした。…いや違う。この感覚は昨日もあったような気が……。
和也はふと足元を見る。…足元は消えてはいない。自分の足は消えていっているが。
「これはもしかして…!?」
そのもしかして、である。
足から順に、どんどん消えていく…。それは紅燐も純牙も同じ。
強制移動。
「おれの高校ライフはまだ2日しかたってないんだぞぉぉぉぉぉぉっっ!!」
そんな叫び、この“王道”本が聞くはずがなかった。
そしてまた、彼ら3人の姿は現実世界から消えていったのだった。