第11話 君のことが
「くっそぉ!!!!」
強く、ジュンガは窓を叩いた。普通ならば割れているはずの窓がびくともしない。窓の外はこげ茶色の岩があるだけだった。
ジュンガは歯ぎしりをしながら怒鳴る。
「大事な彼女がいるのに、こんなことしてもいいのかよ!!」
「…っ!」
ミサトは息を呑む。
ユウトはもう、あたしのことはどうでもいいの…?
何にも、思っていないの…?
「いやだよ」
やだ。
やだ。やだ。
やだやだやだやだやだやだやだやだ。
離れたくない。
「近くにいるんでしょ!?」
いるのなら、私の方を見てよ!
あの頃のユウトに戻ってよ……!
「ユウトォ―――――!!!!」
叫んだ瞬間、ミサトはくずれ込む。そのまま大声で泣き始める。
和也は、そんな彼女の姿をじっと見つめていた。
思っているよ。
彼はちゃんと、想っている――――。
その時、和也は。
彼の声を聞いた。
彼は最愛の彼女と言い合いをしてしまった。
「私のこと思ってないの」と言われてしまった。
でも、そんなことはない。
今でも、これからも、ずっと彼女のことを思い続けるのに。
「思ってるよ。でもね……」
俺はまだ、この本の人たちみたいに慣れてないんだ。
護る力を持ってないんだ――――。
彼の体に、鎖がきつく縛りつく。
それは護る力を持たない彼への、罰のように……。
「!」
ふと和也は、我に返った。
そうか、彼は……。
少し和也は考え、窓に向かって歩き始めた。そんな彼の突然すぎる行動をジュンガが見逃すわけがない。
「カズヤ?」
「ジュンガ、窓を壊すよ」
……………。
「は!?あんなにオレがやったのにびくともしなかったんだぞ!?出来るのか?…まぁ、やるんならやるが!」
「…ジュンガ」
静かな声音で名を呼ばれ、ジュンガは喋ることをやめて彼の方を向く。
「おれらなら、出来るだろ?」
「っ……」
…そうかよ。
ああ、そうだよな?
ちょっと前までは反対の立場だったのに、いつの間にか逆になるほど――――。
強くなってたのかよ、カズヤ。
「ああ。そうだな!」
2人は拳をぶつける。互いの力を合わせて、岩を砕くために。
「行くぞ!」
「ああ」
いつものように、和也の顔には2本の印、頭にはイヌミミがつく。
そして彼は…、後ろへと下がった。
『なぁ、カズヤ?』
「ん?」
『カッコよく決まったのにさ、後ろにバックって…。退却〜、みたいな感じでカッコ悪くね?』
「うっさい!」
むすっとなりながら怒るが、すぐに和也は真剣な表情に戻る。
「おれさ、窓に突っ込むから」
そして後ろへと下がる足を速める。
予想通り、ジュンガの反論の声が頭の中に響いた。
『待てよ、そんなことしたらお前が…!だし、成功するかもわからないのに』
「平気」
足の動きを止めた。
「だっておれ、今は狼だもの」
そして、走り出す。
そのまま止まらずに、窓に飛びつく――――。
ガシャアアアァァァァァンッ!!
あ、おれ意識が戻った。
良かったね、おれ。生きてるよ。
……て。
「本当に突っ込めたの!?」
『何それ、まさか…!!』
頭から流れる血を拭って、和也はニッと笑いながらピースをする。
「もちろん、ダメもとでやったさ☆」
『うおーーーい!!』
「本当に」
最後の言葉に、2人のコントは幕を閉じた。和也の元に一人の者が歩み寄る。
「寸前で岩を消さなかったら、ホントどうなってたか分からないんだからな」
眼鏡をかけており、温厚そうな表情をしており、頬には『束縛の印』が付いている青年……。
「ユウトさん、ですよね?」
「君にもびっくりだけど、彼女にもびっくりだよ」
ため息まじりに、彼は別の方向を見る。
そこには、ミサトが泣きながらいた。
「俺を見た瞬間泣くなって。ちょっとどうしたらいいのか分からなかったじゃんか」
「うるさいっ」
言い返したとたん、ぶあっとミサトは涙を流す。それを見てユウトは本気で焦りだす。
「心配したんだからね!もうあたし、どうしたらいいかわかんなくって……」
「うんうん。分かったわかったから!ごめんね!」
そう言って、わんわん泣くミサトの頭を優しくなでる。
そんな二人の姿を見て、和也は恥ずかしくてそっぽを向く。
バカップルだ。
きっとジュンガも思っていただろう。
「じゃぁさ!なんで結婚してくれないの!?」
「…!?」
突然の言葉に、ユウトは瞬きも忘れて後ずさる。その言葉に和也まで体をびくりと反応させる。そしてそのまま真っ赤に染まる。
「20だもんな、20……」
『赤いぞー、チェリーボーイ』
「チェリーボーイ言うな!…そうだけど」
2人のコントは置いておき、バカップル2人の間には気まずい空気が流れていた。「それは」と呟いたままのユウトと、真っ赤にした眼でユウトを見つめるミサト。
さすがにじれったくなって、和也はひと押ししてあげることにした。
「力なんて、おれみたいになったり、危険なだけですよ」
2人が和也を見つめる。
和也はニコリと笑う。
「彼女は力よりも、幸せが欲しいみたいですよ?」
「……」
眼鏡の奥の瞳が、大きく見開かれる。
そして、愛しい彼女の方を見る。
そう…なんだよね?
こんな奴だけど、それでも君は……。
「結婚したい、だよね?」
「……!!」
ミサトの眼から、大粒の涙がこぼれる。
ユウトは優しく笑い、両手を差し出す。
もちろん、彼女はその手を握った。
印を切った後、彼らは笑顔で消えていった。元の世界へと帰ってのだろう。
つまり、解放されたのだ。
みんな微笑んで見送っていたが、2人、そうではなかった。
双子、エンブとランブが。
「なんで、なんで束縛者を探しているの?」
「…え?」
けがの治療が終わった後、和也はエンブが一人の時に話しかけた。訊いていいのか迷ったが、今訊いておかないといけない気がしたがら。
ただのわがままなのかもしれないけど。
これから一緒に行動するのに大事なことだと思ったから。
彼は、喋ってくれた。
辛い、事実を。
「両親が、《10人の束縛者》によって殺されたからだ」
「……え」
目の前が、真っ暗になった気がした。
そのままエンブは話していく。
「ランブは、精神的にショックを受けたままなんだよ…。苦しんでるのに、この前「心がない」って言われたよな…。その時、頭の中で何かがキレた」
エンブの眼が変わる。
初めて会った時に見せた、冷たく、恐ろしい眼。
ランブでさえもおびえるほどの……。
「なぁ、カズヤ?」
「…え!?」
突然自分の名を呼ばれ、和也の声は裏返った。しかも、震えていた。
エンブはこちらをゆっくりと振り返る。
その時。
心臓が止まったかと思った。
彼の眼には、光がなかった。
うっすらと笑い、こちらを見ていた。
「一緒にさぁ、敵討ちをしない?」
そんな彼の体に抱きつく者がいた。
そんな奴、ランブしかいない。
ランブはエンブの名前を呼びながら強く抱き締める。
彼を、我に変えさせるために。
「だめだって、カズヤは巻き込んじゃいけない!」
「……!!」
ビクンと、彼の体が反応した。
「ごめん、ごめんカズヤ。…敵討ちのこと、忘れてくれ」
そして、2人は去っていく。そんな彼らに、和也は声をかけることはできなかった。
「カズヤ」
ふと、ランブはこちらを振り返った。
その眼には、うっすらと涙が浮かんでいた。
きっと本人は気付いてないが。
「ごめんな」
それが彼の言った言葉だった。
そして彼らはその場から去っていった。
やっぱり、おれのわがままだったみたい。
これは、訊いちゃいけないことだったんだ……。
「……っ!!」
彼らの心を、抉ってしまった――――。