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10 side B

「クリス義姉様、入りますよ」と聞き覚えのある声が、勝手に入室してくる。

俺の姿をみた瞬間に、固まってしまう妹――ジジに冷たい視線を送る。

ティナは泣き疲れてしまい俺の腕の中で、スヤスヤと寝ている。度々、寝言で俺の名前を呼ぶものだから、どのような夢をみているのかが気になってしまう。

そんな幸福に満ち足りた空間を妹は壊しにきたのだから、視線が冷たくなる。



「何故、ベネディクト兄様がここに」



その問いに答えが必要なのかと思う。そもそも、俺とクリスティーナは夫婦なのだから、共にいることの何が悪いと言うのだ。普通に入室してくる妹の方が可笑しいだろうに。

今までの関係が可笑しかっただけだというのに。



―――10年の節目



そう言えば聞こえはいいだろう。だが、これは俺の我儘でしかなかった。

いままで、共に過ごすことは殆どなかったが、皇太子と即位してから俺なりのケジメを付けたいと思っていた。

元々、臣下という立場で接してきた者が馴れ馴れしく接することもできるわけもなかった。俺は彼奴の夫という立場であったが、守る対象であることには変わりない。

遠征から戻ったら伝えようと思っていたことも、あの日から心が壊れかけたティナにどう伝えるべきかと悩んでいた。

先日、あの悪夢より10年経ったことを告げれば、それにすらあまり反応を示さなくなっていた。とうとう、心が壊れたのかと思った。だが、話をすればするほど彼女を外に連れ出したいと思った。

鳥籠の皇太子妃と揶揄されていることを知らなかったわけではない。ただ、俺自身が手放す覚悟も出来ずに側に置き続けているだけなのに。

ジジの婚姻をいいことに彼女を連れ出したいと欲に駆られる。

だが、自身が期待していた反応と違いティナ自身が向かうと言われた瞬間に目の前が赤くなった。静かに怒りを抑えながらも、出た言葉は酷く冷たいものだった。

それから、自身の役割について理解したのか少しずつだが外に出るようになった。外と言っても城内だったが、それでも彼女にとっては進歩だったに違いない。

歩み寄りはじめたというのに、あの女―――皇后であるティナの母が彼女を唆すような発言をしたと聞いて許せなくなった。父は元々、あの女に懸想していることは知っていたが、俺とティナの関係に口をだしてくるとは思わなかった。

自身が皇后として君臨していたかったのだろう。あの女は父のことなのどうでもよかったのだから。元を正せば、前皇帝であるあの方のことですらどうでもよかったのだ。自身が国母であり、最高位の女であるということを権力で示したい権力欲に塗れた女。

そんな女が、何故ティナに接触しようとする。ティナになど殆ど興味もなかったあの女が俺とティナが出かけた話を聞いてから、自身が次にどうやって、この王宮を掌握しようかと考えての行動だろう。実に、くだらない。



妹の問いを、鼻で笑えば怪訝そうな表情を浮かべるが、知ったことか。



「それは、俺が聞きたいことだな、ジジ。お前は直ぐにでも隣国に旅立って…向かうべきだろう」


「そ、それは…兄様が望んでいることでしょうに。まあ、いいですけれど。これ、クリス義姉様に頼まれていたものです」



ああ、心の底から望んでいるとでも言ってやればいいのか。妹に、自身の感情をぶつけるべきではないと理解はしているのが、虫の居所がいいとはあまり言えない。

それに気づいたのか、ティナへの要件である物を渡された。妹から渡されたものは紅だった。真っ赤な紅。ティナがいつも付けていた紅は妹が渡していたのか。

だが、色香を振りまくような色は纏って欲しくないと言えば、彼奴は悩むだろうから言わないが。



「それにしても、クリス義姉様は幸せ者ですね。こんなにも、兄様に想われているなんて。女に生まれて最高の幸せを、自ら手放そうとするそんな愚かな部分ですら可愛らしい」



俺が紅の色に気を取られていると思っているのか、挑発的な言い方になる。

我が妹ながら、もう少しティナを見習い淑女らしくして欲しいものだが、女ながらに軍に身を置いているから仕方がないのかもしれない。

道を間違えているのは、妹も同じか。



「俺の妻を愚弄する気か?」


「そんなつもりはないです。私もクリス義姉様のことが大好きですよ」



妹は隠すことなくすべてを話しだす。最初は彼女の許可を取っていないのに話すべきかと悩んだようだが、一睨みすれば諦めたように話す。そして、どうやら俺の腕の中にいるティナの寝顔が穏やかなのを確認すると当分起きることはないと判断したようだ。

この妹は、どうやらティナを本当の姉のように慕っているのは本当らしいな。だが、いまの彼女は誰を信じていいのかわからない状態だ。

ジジがそうやってティナの誤解を解くかは、静観してさせてもらおう。



「クリス義姉様は、兄様に嫌われていると思っていたのですよ。ずっと、前皇帝である御父君の命だから、婚約者となってくれたのだと言っていました。それに、あの時にどうして私を捨てなかったのかって。こんな可愛くもない私をそばに置いたって仕方がないのにねって寂しそうに笑うんですよ。義姉様は可愛いのに。夫である人が愛を囁いてくれないなんて女として寂しいですよ。男として夫として情けなくないですか?」


「あいつは、少々思い込みが激しいようだな」


「そうですね。兄様がそばにいる時点で気づかないのが、クリス義姉様らしいと言えば、らしいですが。ブリアナなら、すぐに気づくと思いますよ。あのイヌみたいにキャンキャン煩い奴のどこがケイレブ兄様もいいのか」



妹にはすべて話すことが出来ても俺にはまだ出来ないのか。そう落胆する一方で、本当にすべて彼女は話のだろうかと疑問にも思う。

皇女として生きていた彼女が弱みを見せるのは、本当に親しい一部の者。年下には見せることのない姿をジジだけに晒すはずもない。

髪を梳いても目を覚ます気配のない妻に、「俺といる時間よりもジジといる時間の方がいつしか、お前の中では多くなっていたのか」と、問いたかった。

それでも、俺はお前をそばに置き続ける。生殺しのような扱いだとティナは思うかもしれないが、俺はいつしかお前に惹かれていた。

それを言葉にすることは、簡単なものではなかった。

言葉にしなかれば伝わらないこともあるのだと思い知る。

女とは実に妙な生き物だ。嘘を平気で吐くことの出来る言葉を求めるとは。



「兄様、私は戻りますよ」


「ああ、ジジ。隣国に嫁ぐまで彼奴の話し相手にでもなってくれ」


「頼まれなくても、兄様にとって大切な人なら私にとっても大切な人だから約束します」



そう言う妹は笑顔だった。最近は笑うこともなかった妹が見せた表情に、此方まで笑いそうになる。

そうか、あいつはこんなにもジジから慕われているのか。

兄として、兄弟たちの期待に答えなくていけないな。俺自身の気持ちに嘘をつく必要もない。

こいつを幸せにできるのは俺だけだと自惚れてもいいだろうか。否、俺だけしかいないのだ。

誰も聞いてない部屋でひとり「俺だけを望んでそばにいろ」と、言葉だけがかける。

それを受け取る者は、穏やかな夢をみているようでなによりだ。


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