武術家の顔
護衛任務の当日、俺たちは朝から空港に集まっていた。
「おいおい諒見たか今の」
「ん?何を?」
「今すれ違った女の人だよ、すっげー美人だったぞ!しかもこっち見てたしな!俺の筋肉に惚れてたりしてな」
「武は緊張感ないなぁ」
呆れた様な諒の言葉にタケルはそれでも男かよと言いたげな目を向けていた
武は武術に関しては人一倍真面目で努力家だが、女性が絡むとどうにも下心が優先されてしまう。そのうちハニートラップに簡単に引っかかるんじゃ無いだろうかと、五人はいつも心配していた
「それに多分だけど葵を見てたんじゃないかな」
「まぁ確かに今の葵は目立つわな」
諒の意見に武も納得していた。空港に着いて目的の場所へ歩く間、すれ違う人は大半が葵を見ていた
「自分でも目立つのわかってるゾ…」
そういう葵の手には自身の身長より長い薙刀が握られていた
六人の中で唯一の武器使いである葵。彼女は護衛対象がいつ襲われるともわからないため、剥き身で薙刀を運んでいた
天元流、それは天元宗一郎の祖父が作り上げたものであった。
彼は世界中を旅し、あらゆる武術を経験し、それらの要穴を自分なりに試行錯誤を繰り返し、長い年月の鍛錬の末に完成したものだった。そしてその中には、素手以外にも多数の武器術も含まれている。しかし、天元流は人を守る為の武術を提唱しているため、武器術に用いる武器は独自の技術により限りなく殺傷能力を削られている、、、直撃すれば死んだ方がマシと思える激痛は伴うが……
〜〜〜〜〜
「……あそこ、でいいんだよな」
龍一に事前に渡された地図を確認しながら、準は本当にここでいいのか、そんな不安を声に含み仲間に確認するも、柚を除いた皆もまた、不安そうな顔をしていた
渡された地図には確かにそこだと記されている。しかしまだ50メートルは離れているにも関わらず、厳重な警備が見て取れた。それは明らかに重鎮用、そんな雰囲気だった
皆がそんな雰囲気に飲まれ気味な中、柚は関係ないといった感じであった
「こっちは護衛を依頼されて来ているんだ、堂々と行けばいい!皆も既に護衛は始まっていると思え!」
そう言うがはやいか、柚は先陣を切り歩いて行った
「そうだね、護衛は始まってるんだ!」
自分に言い聞かせる様に言い、愛は頬を叩き気を引き締めた
「そうだな、俺とした事がのまれちまってたぜ」
「僕も気合いいれないとね」
「行くゾ!私!」
「俺も気合い負けしてたな」
皆思い思いの方法で自分に喝を入れ柚の後を追った
しかし、扉の前で警備員に不審な顔をされ、止められた
「久瀬龍一氏よりお話を伺っていませんか?」
そう警備員に尋ねるも警備員は聞いてない、お取り引き願うの一点張りだった
「おいおいどうなってんだ?」
「そもそも中で落ち合う約束なんだよね?」
「俺はそう聞いていたんだけどな」
順は緊急用にと教えてもらっていた連絡先へと電話をした。2コール目には電話は繋がった
「何があった」
電話に出たのはオズワルドだった。緊急連絡の電話なのだから当たり前かもしれないが、聞こえた声は少し早口で、ピリピリとした空気が電話口からでも感じ取れた。準は事情を説明し、中に入れてもらえなかったことを伝えた
「直ぐに行く」
それだけ聞こえ電話は切れてしまった
「オズワルドさんが来てくれるそうだ」
「でも情報伝達がうまく行ってないだけじゃ無いのかな?」
愛の考えももっともであったがこの時、準は最悪の展開を想像していた
「いや、もしかしたら想像以上にヤバいかもしれない、杞憂だといいが…」
「やばいって何がだよ?」
そう聞いたのは武であったが準以外は皆武と同じ事を思っていた
「龍一さんが内通者がいるかもしれないと言っていたのを覚えているか?」
準の言葉に皆が頷く
「なら敵の立場になって考えるんだ、俺たちは一応内密に依頼をされている。久瀬財閥でも一部しか知らないはずだ。けれど内通者は久瀬財閥にいるんだから何かのきっかけで俺たちの事を知ったかもしれない。いや、具体的な事はわからなくても護衛が強化される事がわかっていたら?」
「護衛が合流する前に対象を始末しようと考えるだろうな」
柚の言葉に準はその通りだと頷く
「つまり最悪の場合、さっきの警備員すら信用出来ないって事だ。」
「なら警備員ぶっ倒して入っちまえばいいんじゃね?」
そんな事を言った武は柚にど突かれていた
「そんな事して違ってたらどうするんだバカ、それに事を荒だてたらこっちが不利だ」
柚の言う事は正しかった
「兎に角俺たちはオズワルドさんが来てくれるまで待つしかないな、せめて中の様子がわかれば…」
何かできる事は無いかと準は必死に考えていた
「待たせたな」
「「「「「「!?」」」」」」
皆が一斉に振り返るとオズワルドさんが立っていた
「早すぎませんか?」
久瀬財閥からここまで、車でスムーズに来たとしても1時間弱はかかるはずが電話を終えてからまだ10分程しか経っていなかった、皆が驚くのも無理はない
「なぁに、ただ走ってきただけのことよ」
皆が唖然とオズワルドを見る中、オズワルドは警備員に近寄って行った
「貴様、うちで用意していた警備員じゃないな?」
言い終わらぬうちに警備員は糸の切れたマリオネットの様に崩れ落ちた
「!?……今の…見えたか?」
柚の問いかけに皆は首を横に振った
「六人共着いて来い」
オズワルドに続き中に入ると一人の男が立っていた
「オズワルド!?貴様が何故ここにいる!」
男にとってオズワルドがいる事は想定外だったのだろう。驚きを隠せていなかった
「少し予定外の事があったぐらいで動揺するとはな、ヒットマンとしてはド三流だな」
男は銃を取り出しオズワルドに向けた。しかし、引き金が引かれる前に男は意識を失い倒れた
「…殺しちゃったの?」
「殺しはしていない、連れ帰って色々聞かなければならんからな」
不安そうに尋ねる愛に対してオズワルドはそう言い放った
「しかし、ここで待ち構えられていたと言う事はやはり内通者がいる事は間違い無いようだな。俺は沖縄までは同行できんが状況が状況だ、帝龍様が御到着されるまではここにいるとしよう」
そう言うとオズワルドは偽警備員とヒットマンを拘束し、椅子に腰掛けた
「ここで攻撃される事ははっきり言って想定外だ」
そう言葉を紡ぐオズワルドの声には焦りが感じられた
「実の所、内通者を警戒していた我々は帝龍様がこの空港を経由する事をトップシークレットとし、護衛にあたる者と極一部の人間以外に知られないようにしていた」
「つまり敵はかなり深くまで根を張っている可能性があると言う事ですね」
準の言葉にその通りだといい、オズワルドは六人に問い掛けた
「こうなると敵は思った以上に強大だと言う事だ。もはや戦力も予想できん。そして敵の規模が分からぬ以上、我々には君達の命の保証が出来なくなってしまった。今ならまだ引き返しても良い、事情が変わったのだ。お前達はどうする」
命の保証は出来ない、その言葉に愛、葵、諒の三人は顔は青ざめていた
「…そんな、」
「僕はまだ死にたく無いよ…」
「…なんで三人は大丈夫そうなんだ」
柚と武は覚悟が違っていた
「俺は護衛の依頼を聞いた時点で覚悟してたさ、俺は武術家として更に高みへ辿り着きたいんだ。ならいつかは通る道だぜ」
「私も同じ意見だな、準はどうなんだ?」
準は少し考えた後
「俺も怖いさ。けど、じいちゃんを守る為に始めた武術、じいちゃんに教えてもらった天元流の技、これを誰かを守る為に使える事の喜びの方が大きいんだ。本当の武術家になれた気がしてさ」
その言葉で愛、葵、諒も恐怖は少し落ち着いていた
六人にとって、武術とは血の繋がっていない他の五人、そして、天元と自分達を繋ぐ家族の絆であった
「そうだね、おじいちゃんの家族として、ここで引いたら武術家じゃなくなっちゃう気がする」
天元は、例え六人が武術をしていなくても、途中で辞めてしまっても、今と変わりない愛情を注いでくれるだろう。そして、六人もそれは頭では分かっていた。しかし、六人にとって、武術家で無くなる事は天元と自分を繋いでいるものが無くなってしまう、そんな気がしていた
「…全員覚悟は決まったみたいだな」
六人の顔をみてオズワルドは微笑んだ
〜〜〜〜〜
それから約30分後、久瀬 帝龍の乗る飛行機が到着した
「オズワルドがここに居ると私は聞いてないぞ」
「はっ、実は…」
オズワルドと同じ格好の従者を連れた一人の男が現れ、オズワルドは彼にここであった出来事を伝えていた
「あの人が久瀬 帝龍さんだな」
例え従者を連れていなくとも一目で分かったであろう。久瀬 龍一と初めて会った時と同じ印象を受けていた
「すごくカッコいいね…」
愛がそういうのも無理は無い。久瀬 帝龍、彼は抜群のルックス、モデルとしても通用するであろう体型をしていた。もし彼が久瀬財閥の御曹司として生を受けずとも、間違いなくモデル界でトップに君臨出来たであろう
「君達が祖父の言っていた護衛だね、僕は久瀬 帝龍、どうかよろしく頼むよ」
帝龍はオズワルドへ話しかけた時と違い、穏やかな雰囲気を纏い六人へ声をかけた
「初めまして帝龍さん、六人を代表してご挨拶させていただきます。今回、護衛部隊として隊長を努めます、御手洗 準です。若輩者ですが、誠心誠意護衛にあたらせていただきます、どうか宜しくお願い致します」
「あぁ、よろしく頼むよ。で、こっちにいるのが僕の専属従者のアンドレア・ベルフェゴールだ」
紹介された従者は一歩前に進み六人へ簡単な自己紹介をした
「ご紹介に預かりました。アフリカ出身、アンドレア・ベルフェゴールです。以後お見知り置きを」
それだけ言うと一歩下がり元の位置へ戻った
「オズワルド、これを頼む」
「かしこまりました、間違いなくお預かり致します」
帝龍が直接沖縄に行かず、ここを経由したのは今オズワルドに渡したケースを久瀬財閥本社に届けるためだったらしい
「別の者が来ると聞いていたから君がいた時は驚いたよ」
そう、そもそもこのケースを受け取るのは別の従者のはずだった。六人が後から聞いた話では、その従者は本物の警備員と一緒に拘束され、監禁されていたとの事だった
「既に攻撃されていた、失敗した敵がどう出てくるかわからん、気を引き閉めろよ」
ケースを受け取ったオズワルドはそれだけ言って帰っていった
「じゃあ皆、着いてきてくれ」
アンドレアが先頭を歩き、帝龍、六人と続き飛行機へと乗り込んだ
飛行機に乗った六人は、そこで初めて久瀬財閥のプライベートジェットで移動する事を知った
「さすが久瀬財閥、規模が違うな…」
準の驚いた顔を見て楽しそうに帝龍は笑った
「ははっ、実はさっきまでいたロビーがあるだろ?あそこ実は久瀬財閥プライベートジェット専用ロビーなんだぜ?」
新しく買ってもらったオモチャを自慢する子供のような無邪気さで六人に自慢する帝龍、けれどそこに嫌味は一つも感じなかった
「準くんと言ったかな?君は少し私と話をしよう。他の五人は帝龍様の前に三人、左右に一人ずつ座っていてくれ」
そういうとアンドレアは準と後ろの席に座り地図を取り出した
「護衛するにあたり隊長である君の意見を聞きたい」
「僕の素人意見が役に立つとは思えないんですが…」
不安そうな準にオズワルドは安心させるような口調で言葉を返した
「こういう時は意外と素人意見も大切だよ。それになにより、私は君達六人の事をよく知らない。配置するにも皆をよく知る君の意見が大切なんだよ」
こうしてアンドレアと準は空港から目的地までのルートや目的地に着いてからの配置など、飛行機が到着するギリギリまで話し合っていた
「ふぅ、では会議中は私は外の様子がわからない、敵が来れば会議は中止になるだろう。そしたら君達は今決めた通りに全力で帝龍様の避難を優先してくれ」
「わかりました」
「しかし君には策士の才が見受けられる。是非将来はうちに来てほしいものだ」
褒められた準はありがとうございますと言う以外に返す言葉が見つからなかった
〜〜〜〜〜
飛行機が沖縄へ到着した後、飛行機から降りずに準とアンドレアから作戦の概要が伝えられていた
「さぁ皆頭に叩き込んだかい?」
アンドレアが聞くと皆力強く頷いた。それを見てアンドレアは先程までの優しそうな雰囲気から一転、緊張感の張り巡らされた空気を纏い、六人に出発前最後の言葉を掛けた
「これから本格的に作戦が始まる。事前に攻撃を受けた際はオズワルドが来てくれ、何より帝龍様と合流もしていなかった。飛行機を一歩降りれば360°どこから攻撃されてもおかしくない、覚悟決めろよ」
その言葉を聞き、アンドレアの緊張感を目の当たりにした六人は気を引き締めなおした
「うむ、いい緊張感だな」
そう言うアンドレアの見た六人の顔は、武術家の顔だった