岐路
現在、武神と呼ばれている武術家が二人いる
一人は武技百般の異名を持つ天元宗一郎
もう一人は世界最強と呼ばれている。彼は現在、久瀬財閥社長、久瀬龍一専属従者として久瀬財閥に勤めていた
「お引き取り願います」
柚と武は久瀬財閥に来たものの門前払いされていた
「お願いします!私達をオズワルドさんに会わせてください!」
オズワルド、本名オズワルド・オッターバン
彼がもう一人の武神と呼ばれる男である。オズワルドの戦闘スタイルは一撃必殺の技をもって殲滅する、たったそれだけである。だからこそ、二人は彼に一つの技を極めると言うことについて聞きたかった
「俺の名が聞こえたが貴様等か?」
「「!?」」
後ろから聞こえた声に驚いて振り向くと、そこには柚と武の僅か一歩分の間合いに男が立っていた
反射的に柚と武はその男から間合いを取ろうと後ろに飛んだ
「人の名を呼んでいきなり逃げるとはつれないな」
後ろから声が聞こえ、柚と武の額から一筋の冷や汗が流れた。
後ろを向くと間合いを取ったはずの男が立っていた
「…オズワルドさんですよね」
こんなことができるのは一人しかいないと、確認するように尋ねた
「お前等は何者だ」
柚の言葉を無視したように男は問い掛けた。回答によっては二人を消す、そんな殺気を放ちながら
「…失礼しました、私は天元宗一郎の弟子、小鳥遊柚です」
「同じく天元宗一郎の弟子、門田武です」
自己紹介なんて言葉の似合わない空気の中、二人の言葉を信じたのか殺気がおさまった
「…そうか、お前等が龍一様が護衛を依頼した者か、それで俺に何の用だ」
「あっさりと俺たちを信じるんですね」
現在脅迫されているにしてはあっさりと自分達の言うことを信じたオズワルドへの疑問を投げかけた
「もしお前達程度の実力であれば、何かしようとしても歩き出す前に殺せる、そう判断しただけだ」
その言葉通り、二人が全力を出してもオズワルドなら簡単な事であろう
オズワルドの実力を目の当たりにし、二人は身震いをした。そして、彼に一つの技を極めるにどうしたら良いのか、また可能ならば稽古をつけて欲しいと頼んだ
「結論から言おう、無理だ」
柚と武は肩を落とした、部外者である自分達に護衛の声がかかるぐらいである、稽古の時間など作ってもらえるはずもなかった。
落胆する二人にオズワルドはさらに言葉をかける
「稽古は付けんが少し話をしよう」
柚と武はその言葉に目を輝かせた
「一つの技を極める事は確かに有用だ、達人と呼ばれる者たちは大体の場合、代名詞とも言える技を持つだろう。しかしお前達はまだ若い、なぜ一つの技に固執する」
二人は強くなりたい事、他の四人より上だと言う自負を砕かれた事が悔しくて仕方なかった事、そして、護衛として役に立つ為に必要だと感じたと伝えた
「そうか、お前達は自分で道を選ぶ権利がある。だがお前達は天元の技しか見た事ないのだろう?」
オズワルドの問いに二人は頷いた。六人はこれまで達人と呼ばれる人間の技を、天元の技以外知らなかった
「ならば、多種多様の技を使いこなす天元と逆の道を行く俺の技を見せてやろう、その後どのような道を選ぶかよく考えろよ」
そう言うとオズワルドは構え、殺気を纏った
『#必中の蹴り__グングニール カルチャーレ__#‼︎』
その蹴りはあまりの殺気が込められ、見ていただけの二人の意識を体から刈り取る程のものだった
「今回はサービスだ、精進しろよ若造」
オズワルドの声を聞きながら二人の意識は薄れていった
〜〜〜〜〜
二人が目を覚ましたとき、そこは普段から見覚えのある天井であった
「やっと目を覚ましたか」
二人は声のする方に向いた。先程まで稽古をしていたのだろう、そこには天元と他の四人が道着姿で座っていた
「オズワルドが事情を説明して連れてきてくれたわい、勝手なことをしよって」
呆れたような口振りの天元だったが、六人を見て一転真剣な面持ちで言葉を発した
「強くなりたい、その気持ちは武術に携わる者であれば誰もが抱くじゃろ。しかし、武術家としてまだお前達には経験が足りぬ、実戦を知ってからで遅くはないぞ」
そう言うと天元は六人を置いて帰ってしまった
「で、オズワルドさんはどうだったんだ?」
武術家としての興味からなのか、準は二人が口を開く前に聞いてきた
「私も気になるとゾ!やっぱり凄いのか?」
「僕ですら気になるからね」
「私も見たかったな」
武は四人に見た事、感じた事をそのまま伝えた
「凄かったよ」
それだけだった。武と柚の二人は、人間同じ道を歩むが、あまりにも先にいる先人を見た時、心の底からの感嘆しかでないものなのだと感じていた
普段の武からは想像もつかないような噛みしめるような口調に四人はそれ以上深くは聞かなかった
家に帰って柚と武は二人で話していた
「オズワルドさんの技はっきり見えたか?」
「私には無理だった、辛うじて蹴りだった事が分かるぐらいだ」
武は俺と一緒だなと呟いて自分の考えていた事ゆっくりと言葉にした
「俺は今までじじいを尊敬して背中を追いかけていたんだ。今だってじじいの事を尊敬してる。でも、俺はオズワルドさんの様に一つの技を極めたい、そう思ったよ」
「私と一緒だな」
しばらくの沈黙の後
兎に角今は護衛の為に少しでも強くならないとな
そう言って自室へと戻っていった
そんな二人の会話を四人は盗み聞きしていた
「柚も武もあんな事言ってるよ」
「二人とも武術家として強くなりたい思いが俺たちと比べて高すぎるんだろうな」
「天元流をやめちゃうって事じゃないよね?」
「流石にそれは無いと思いたいゾ」
〜〜〜〜〜
そして半月が過ぎ、六人は夏休みを迎えていた
「さぁ今日から武術漬けだ!」
「よっしゃ!やるぜ!」
柚と武は張り切っていた。今日から半月、自分がどこまで歩いて行けるのかと
四人は四人でやる気になっていた。今まで天元からの仕事をいくつも受けてきたが、武術家としての仕事は初めてだった。それ故に楽しみ半分不安半分たった
「なんか今日は新しい技を教えてくれるって言ってたゾ」
そんな葵の一言に柚と武だけで無く、皆久々に少し楽しみだった、、残りの大半は地獄になるだろうなという不安だったが
今回天元から教わった新しい技は縮地法と呼ばれるものだった。天元曰く実戦でかなり役に立つと言われ稽古を始めたが、初日が終わり誰一人技の取っ掛かりさえ掴めずにいた
「これ難し過ぎるだろ…」
道場からの帰り道、皆縮地の反復をしながら帰っていた。あまりの難易度に準がこぼした一言だった
「なんかコツとか知りたいゾ…」
「おじいちゃん、コツは聞いても教えくれなかったもんね…」
「僕、半月で出来る気がしないよ…」
「流石にこれは私も難しいと思うな、だけど高みに行くにはやるしか無いんだ」
「あぁ、絶対半月でマスターしてやる」
新しい技を教わった六人、果たして実戦で役に立つレベルまで半月で足りるのだろうかと皆が思っていた
「あっ」
一番後ろを歩いていた準が急に声をあげた。どした?と五人が後ろを向くと準は、皆見ていてくれと、そして技としては浅いものの、確かに縮地であった
「まじか!初日から出来るようになるってどうなってんだ」
武は悔しさの欠片も無い驚きの声を掛ける。それにつられ皆も口々に感嘆の声を掛け、矢継ぎ早にどうやったんだと質問した
準は自分が感じた事、思った事を皆に伝えるものの、誰一人として出来なかった
〜〜〜〜〜
次に縮地を成功させたのは諒だった。稽古を始めてから4日目の事だ
「やった!僕にも出来た!」
余りの嬉しさに普段おとなしい諒らしからぬ喜び方だった
「諒くん凄いな、私も頑張らなくちゃ」
そう言った愛もその翌日には成功させていた
稽古を始めてからたった5日で三人が成功させたが、まだ誰一人実戦で使える代物では無かった
「俺のは何が違うんだ」
三人が成功したことで武は少し焦っていた
そして稽古を始めてから一週間、ついに成功していないのは武だけになってしまった
五人が実戦に向けて稽古に励む中、武は一人取っ掛かりが掴めず、天元に教えを請う
「じじい、頼むコツを教えてくれ」
しかし、天元はよく見て自分で考える事も稽古だといい教えてはくれなかった
五人は武に自分達が感じたなりのコツややり方を教えるも、武は出来ないままでいた
そして、8日経ち、9日経ち、遂に稽古を始めてから二週間が経っていた
武は道場からの帰り道、一人考えたいと夜の駅前をぶらついていた
「何が足りないんだ」
そんな事を呟きながら歩いていると、一人の年端もいかぬ少女が泣いていた。辺りにいる人々は、まるで気付いていない様に歩を進めていた
「冷たい世の中だな」
そう言い武は少女の下へ行き、お母さんとはぐれたのか、と尋ねるもとても泣き止む様子は無く、少女は何も答えてはくれなかった。少女を一人放っておく事もできず、武は少女の近くに腰を下ろした
しばらくして、少女は少し落ち着いたのか、泣きながらお母さんが居なくなったの、と武に話しかけてきた
「そうか、じゃあ俺と一緒に探しに行くか?」
少女は頷き、武は少女の手を取り歩き出した
「お母さんとはぐれたのはどの辺だ?」
少女が言うには駅の中だと言う。武は駅をざっと歩き見つからなかったら駅員に任せようと考えていた
駅へ向かう道、短い横断歩道を横目に歩いていると道路の向こうから少女を呼ぶ声が聞こえた
「お母さん!」
武の手を振り払い、少女は一目散に駆け出した、車が近づいて来ている赤信号の横断歩道へと
その時の事を武はイマイチ覚えていなかった、ただ無我夢中に少女を助けようと駆け出していた
武は気がつくと少女を抱え、少女の母の前に立っていた。母親は何度も何度も頭を下げ泣きながら礼を言っていたが、武は今のが縮地だったのでは無いかと考えるのに必死で聞こえていなかった
武は駅からの帰り道、さっきの感覚を思い出そうと必死だった。そして家に着く直前、遂に縮地のスタートラインに立つ事に成功した
「よっしゃぁぁぁぁ‼︎」
余りの喜びに雄叫びをあげた武が近所迷惑だと皆に怒られたのは言うまでも無い
〜〜〜〜〜
それから二週間が経ち、遂に護衛3日前となっていたが、誰一人実戦レベルの縮地を使えなかった
「まぁこんなもんじゃろ」
そうあっけらかんと言う天元に対し口々に文句を言うも天元曰く、たかが半月で新しい技をものにするのは不可能じゃろと高笑いしていた
「さぁ今日は龍一の所で護衛についての最終確認じゃろ、行った行った」
追い出された六人は迎えにきていた車に乗り、久瀬財閥へ向かった
〜〜〜〜〜
「やぁ待っていたよ、座ってくれ」
初めて来た時と同じ応接室に通された六人は、龍一と向かい合う様に席に着いた
「今日はまず君達の役割から話そうか」
六人が頷くのを確認してから龍一は続きを話した
「まず、私の孫は帰国後、すぐに沖縄へ向かう。皆には空港から沖縄、そしてこのビルへ帰ってくるまでの護衛を担当してもらいたい」
「お孫さんには専属従者の方も付いているんですよね?」
準の疑問に対し龍一は勿論だと答え、今回の護衛ポイントについて語った
「実際のところ、移動中は従者だけでも事足りるだろう、しかし多数の人間が襲ってきた場合、君達の出番だよ。ただし君達に一番頑張ってもらうのは沖縄に着いてからだ」
龍一が言うには、脅迫状に手を引けと書かれていた事業に関する会議が沖縄のビルで行われるらしい。
そしてその時、従者も秘書として会議に参加するためビルの外を警護してほしいと言う事だった
話を聞き終わり、準が理解した旨を伝えると、龍一は満足そうに頷いた
「最後になったが君達は六人で一部隊とさせてもらう、そして円滑な情報伝達の為に部隊長を決めてもらいたい」
「そういうことなら準だな」
龍一の話を聞き、考える間も無く柚が答えた
「そうだな、俺もそう思うぜ」
「僕も準が向いてると思うな」
「私も準くんなら安心だよ」
「私も準を推薦するから満場一致だゾ!」
それを聞きいた龍一は驚いた様に準に向かい話しかけた
「随分と信頼されているな、準くんはそれでいいかい?」
そう聞かれるも準に迷った様子は無かった
「部隊長引き受けさせていただきます」
〜〜〜〜〜
六人が帰った後、応接室には龍一と男が向かい合い座っていた
「今回は無理を言ってすまんかったの」
「友人の頼みだ、断れんさ」
そう話す中、応接室のドアがノックされオズワルドが入ってきた
「失礼します。龍一様、脅迫状の件でお話があります。少しよろしいですか」
「かまわん、続けてくれ」
「ありがとうございます。脅迫状に書かれていた、事業から手を引かない場合、事業責任者の命は無いと書かれていた件ですが、私が向かわずに良かったのでしょうか」
「その文書自体が本部を手薄にする罠の可能性もあるからね、最高戦力は本部に置いておきたいのさ」
そう龍一が言うも不安そうなオズワルドに対し、龍一は言葉を続けた
「それに、沖縄にはもう一人の最高戦力が向かうから大丈夫だよ」
その言葉を聞いたオズワルドは失礼しましたと応接室を後にした
「身内のやり取りですまなかったね」
龍一は軽口の様な口調で向かいに座る男への謝罪を口にした
「なに、あれぐらい構わんわい」
「それにしても弟子の育成が少し強引なんじゃ無いかい?」
そう男へ問い掛ける龍一の言葉に少し考えた後、男は口を開いた
「あの子達もそろそろ自分の道を決める時期じゃからな」
「だが場合によっては武術を続けられなくなる子も出てくるんじゃないか?」
「武術家として生きて行くのなら必要な事じゃよ………、じゃがこれがあの子達の武術家としての岐路になる事は間違い無いのぅ」
そう語る男の声はどこか寂しそうに、遠くを見つめる様な声だった