夾竹桃、異世界へ行く
ふと思い浮かんで作った一発ネタの小説です。
後半は夾竹桃の解説になっています。
私は夾竹桃である。街路樹として育ち、毎日、人の流れを見たり、たまに逆見られたりしながら、平々凡々とした日を送っていた。
しかし、ある日、私の日常は覆された。その日、私は、青く晴れ渡った空の下、心地よく光合成をしていた。ああ、心地よい。しかし、少し昼寝をした間に感じられる太陽光がかなり少なくなった。ちょっと眠ってる間に曇ったのか。
そう思い、私は辺りを確認してみた。そこには随分と立派な石造りの建物があった。というか私のいる所が西洋の城の陰になっている。こんな所に城を建てるなんて、木にとっての迷惑も考えて欲しい物だ。光合成出来る時間が減るなんて。ああ、不幸だわ。
……しょうもないジョークは一度やめておこう。辺り一面の風景が全部違う。その上、歩いている人の服装、肌や目の色、話している言葉等、全てが違う。ということは私、移植されたのか。私は確かに大高木なんて言われる程の大きさは無い只の小高木だが、一瞬で引っこ抜かれる程、柔だとは思っていなかったのになぁ。だが、現実に私はここに移植されている。私をこのスピードで手早く丁寧に移植出来る人がいるとは、恐れ入りました。
……飛行機にも、船にも乗っていないのにこんな場所にいるなんて。もしかして私、今、人間の中で流行っている異世界転移なんてしちゃってたりして。
そんなことを考えていると、大陽が移動して、私に光が当たった。あぁ、何回体験しても、やっぱり光合成は気持ちいいなぁ。
何があったのかは置いといて、まぁ、ここの世界の大陽も赤色と青色の光の波長があるから生きていけそう。城は死ぬほど邪魔だけれども。
あの後、結局、ここに私が移植されたのか転移したのかはわからないまま、一日たった。
次の日の朝になると、私の周りにここの人間が集まっていた。私をどうするつもりなんだ。そう思いながら、観察し続けてていると、突然全員が私に向かって礼拝を始めた。何やってんだろう、この人達。
雰囲気から察するに、どうやら私は御神木として敬われているらしい。確かにたったの一日で私サイズの木がいきなり存在しているとなると誰だって度肝を抜かれると思う。でも、御神木って言うのは発想が自由すぎると思う。ここは日本説がかなり薄くなっちゃったなぁ。
でも、その後に水とか肥料をくれるのはとても有り難いし、嬉しいけれどね。これなら、私も生きやすいし、大満足だよ。でも、城はいらない。
私がこの世界に来てからもう五年くらい経った。やっぱりこの世界は日本じゃなかった。この世界には魔王がいて、勇者がそれを討伐する。日本で人間達が良く言っていた様な世界、そのままだ。
私は、この五年間、ただ、光合成をし、この世界の人達がくれる水や肥料を消費し、生きている。肥料をくれる分前の世界よりも幸福だ。でも、五年経ってもあの城は立ち退かなかった。当たり前だけれども。
後は、前と同じく人間達を眺めながら生きている。もう何人の勇者候補達が旅立っていくのを見届けたか。その内の殆どの人は帰ってこなかったが。生きて帰ってきた人は魔王の幹部をギリギリ倒して、もう戦えない体になって帰ってきている。でも、何故か魔王はこの国に攻めて来ないので、悠々自適に私は暮らせているけれどもね。
それからまたしばらく経ったある日、ついに勇者と魔王の長き戦いが終わったと、国の皆が騒いでいた。あの不毛な争いも遂に終わったのか。私に直接関係が無いとしても、戦乱の世の中よりは、平和な世界の方が良い。街はお祭騒ぎで相当賑わっている。
あれから、しばらくすると、正確な情報が入ってきた。どうやら勇者は、魔王を討伐したという訳ではなく、和解したらしい。
それにより魔王らを国に呼びバーベキューパーティーをすることになったようなのだ。街ではバーベキューパーティーの準備が始まった。皆喜びながら準備してる。
そのまま暫くすると、バーベキューパーティー当日になった。だが、大変な事が起こってしまった。肉を焼くための串がないらしいのだ。街の住民はみな右往左往していたが、誰かが良い案を思い付いたらしい。そこから暫くすると、皆が私を囲っている。どうしたんだろう。
すると、私の枝がポキポキと折られていく。
痛い、痛い、やめてよ。私の枝を折らないで。やめてって。
私の願いは届かず、皆が立ち去った時、私の体には枝があまり残っていなかった。
まぁ、葉っぱも枝も全部取られた訳じゃないし、時間が経てばまた生えてくるけど……やっぱり痛いのはいやだな。
そして、魔王一行も到着し、私の枝を串にして、バーベキューパーティーが始まった。皆賑やかに楽しそうに、肉や野菜を食べている。でも、この後の惨状の予測が付いたのは、私だけだった。
バーベキューが始まって一時間位経っただろう。まず始めに腹痛で苦しみながら貴族が死んだ。次に嘔吐と下痢をしながら王族も死んだ。目眩を起こしながら魔王の幹部も死んだ。そしてついに脱力感に襲われながら、勇者と魔王も死んだ。
そして、世界から悪の帝王も権力の蟲も消えて、平和になりました。こんな体験をした夾竹桃は私だけだろうなぁ。
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解説
夾竹桃とは、学名Nerium oleanderという大変可愛らしい花を咲かせる植物です。
この夾竹桃の特徴として、公害などに非常に強いという点があります。だから、車の排気ガス等にも強い夾竹桃が街路樹になっているということも結構あります。
また、どれ程公害などに強いかというと、広島が原爆で焦土になった際にいち早く花を咲かせる程です。因みにこの事から復興のシンボルとなった経歴を持ちました。
しかし、この夾竹桃可愛い花を咲かせる反面、非常に協力な毒「オレアンドリン」を持っています。
このオレアンドリンは経口毒性が高く、その致死量はなんと0.30mg/kgであり、これは青酸カリの致死量である150〜300mg/kgを上回っています。
この毒物を含んでいる夾竹桃を食べると、嘔気や嘔吐、四肢脱力、倦怠感、下痢、めまい、腹痛等の症状を引き起こしながら簡単に死んでしまいます。
因みに、オレアンドリンには強心作用もあるので、薬としての一面もありますが、素人が処方すると、どっちにしろ中毒死させるので、絶対に使用しようとしないで下さい。
しかも、毒を保持している部位は、枝や葉だけではありません。
花や実、そして根にさえ毒を含んでいるのです。更に、夾竹桃は自分が育った周辺土壌にも毒を含ませます。その上、微生物等に分解されて、腐葉土になっても一年間は毒性が残り続けるというおまけ付きです。
この圧倒的な毒の強さはまだあと少しだけ続きます。なんとびっくり、この夾竹桃。生木のまま燃やされて煙になっても、毒性はそのまま。むしろ、煙となることで煙を吸った人に中毒症状を発生させます。
この夾竹桃の毒、今まで箸の代わりに使用して中毒症状を引き起こしたり、夾竹桃が交ざった飼料を牛が食べたことにより、牛が死亡したと言った事件があります。
そして極めつけに、フランスで夾竹桃を串焼きの串代わりに利用したことにより、死者が出ています。
夾竹桃の花言葉。それは、その性質らしく危険な愛や用心、油断大敵等ですが、反対に美しき善良、恵まれた人、友情といった意味もあります。
強烈な毒とは裏腹に、可愛らしい花を咲かせる夾竹桃。もし、街で見かけたらじっくり観察してみるのも面白いかもしれません。