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一章十一話目、かみがちる〜おまけ2

今回は聖川光明視点です。

胸糞注意です。

百合乃がちょこっとと、新キャラががっつり出てきます。


タイトル【君だけが僕の本当】

 笑いが抑えられそうになかった。


「ごめん、うた。本当にごめん」


 部屋の前で頭を下げる僕へ、治石や二雁の罵倒が叩きつけられる。

 茶十島美優や鷹田綾が言い返すのを僕は止める。そもそも何でこいつらがついてきたのか分からない。


「いいんだ、僕が悪いんだ」


 ついてきたのはどうでもいいけど、この悦楽の邪魔はしてくれるなよ。

 今、僕は最高に気分がいい。


 うたの心にへばりついた汚れに等しい治石や二雁からぶつけられる言葉は、僕の苦労を慈しむようだ。

 あいつらがしがみついて離さないうたへ、消えない印を刻んでやった。あの悔しそうな顔を見てみろ、傑作じゃないか。

 うたはさ、お前らみたいな『紛い物』が囲っていていい存在じゃないんだよ。

 いい加減分かってもいいんじゃないかな。


「本当にごめん。もうこんなことがないように気をつけるよ。

 ……また来るから」


 顔を上げて告げる。笑いそうになる顔を無理矢理押さえ込むと、ちょうどくしゃりと情けない表情になるだろう。

 ベッドに入ったままのうたを見る。二つの宝石のような漆黒の瞳を見つめる。瞳の中の、奥深くにある彼女の心を探る。


「謝罪は受け取りました」


 静かに僕へ返す声は平坦で固く、低い。瞳と同じ、重厚な黒色。

 だけど、その中に隠しきれない怒りの緋炎が揺らめいていた。


「もう、来て頂かなくて結構です」


 ああ、ああ……。

 僕のうたはなんて綺麗なんだろう!

 高潔な黒、憤怒の緋色。

 そしてそれを全て台無しにする汚濁の恐怖!

 僕への恐怖が黒と緋色を目一杯汚している。

 今のうたの心には僕しかいない。二雁や治石は元より、あの女さえも!

 これを快楽と言わず何を言うんだろう!


 ……ふぅ。

 今日はこれで満足だ。

 うたの中を覗けた。期待通りの結果に僕の気分は良い。

 うたの声を不快な金切り声で遮った茶十島美優達は許してあげよう。

 僕はうたのヒーローだからね。寛大なんだよ。


 うたから背を向ける。目的は果たしたから部屋へと戻ろう。

 今は猛省してるってことにすれば、茶十島美優達の相手もおざなりでいいだろう。

 今はさっきのうたを反芻するのに忙しいんだ。お前達の相手なんてしてられない。


 あー、本当にあのうたは可愛かったなぁ。






 部屋に一人になり、ベッドへ沈む。

 天井を見上げると自然と笑いが漏れた。


「あー、やっと。やっとだ。

 約十年かぁ。長かったなぁ。

 ようやく、あの女をうたから消せた」


 言葉にも出したくない、忌々しい女。

 あの女を、ようやくうたの心から消すことが出来た。


 あんなに綺麗に消せたのは、僕の手に入れた魂器と奴とうたとの物理的な距離のお陰。

 その点だけは、この異世界転移に感謝だね。


「男はうたの『絶対』にはなり得ない。たっぷり嫌悪は植え込んでる。

 二雁や治石も弱い。うたの信頼にはほど遠い。

 あの王女もまだまだだ。

 ……あの女の存在を消したこの世界に、僕以上にうたの心を占めるものは現れない」


 笑いが漏れる。

 十年越しの夢が叶った現実が嬉しくて堪らない。


 ああ、うた。僕の可愛いうた。

 一目見た時から、お前は僕の心を奪っていった。

『紛い物』しかないこの世界で、お前だけが僕と同じ『本物』だった。

 幼なじみという甘美な関係を持つ、お前だけが僕の『本当』だった。


 だけどお前の心には忌々しいことに僕以外が居座っていて。

 僕がこれだけ好意を愛を伝えても、お前の心から僕以外が消えてくれなくて。


 数回の逢瀬で悟った。

 これから先、うたは僕を一番に選んだとしても、僕を全てとは見ないのだろうと。


 それは小さい僕にとって許されないことだった。

 僕の全てはうたであるのに、何故うたの全ては僕になり得ないのか。

 紛い物共に好意を向けるうたの優しさに、感動しつつも失望した。


 そして幼い僕は考えた。

 好意や愛では全てを得られない。

 そんなものでは心の全てを僕で占められない。


 どうしたら、僕はうたの全てでいられる?


 考えた、考えた、考え抜いた。


 最終的に出た結論は、うたの心を恐怖で染め上げることだった。

 恐怖は愛を凌駕する。

 僕は、本能でそれを知っていた。


 実行した。それは予想通りの結果を出してくれた。

 途中入った二雁からの邪魔さえもスパイスにして、もう少しで仕上げになる所だった。

 ……だった、のに。


「からはし、ゆりの」


 思い出して、奥歯を噛みしめる。


 あの女さえ、邪魔しなければ。

 ここまで、うたの心を掌握するのに長引くこともなかった。


 ああ、今思い出しても腹立たしい。

 うたの転校直前、家を訪ねた僕へあの女はなんて言いやがった?


『やあ、聖川光明くん。こんにちは。

 君とは会話していたくないから要件だけ伝えるね?

 色々やってくれたみたいだけど……これから先、歌乃の心に君が入る余地はないから。

 君の考えは悪くないと思うけど、恐怖なんてね? 時間と愛情で癒えるものなんだよ。

 だから、歌乃は君のものになんてならない。

 私が、あの子の心を塗り替えるからね』


 あいつはうたと同じ色をした髪を揺らし、うたとは全く似てもいない瞳に僕を映して言った。

 うたとは違いいつも笑っている顔が、うたと同じ無表情で。

 僕を哀れみながら見下していた。


 その時、僕の腹を焦げ付くほど煮立たせたのは憤怒なんて生やさしいものじゃなかった。

 怨嗟、それもまだ生ぬるい。


 悔しかった。

 唇をちぎりそうなほどに噛みしめて、僕はこの恥辱に耐えた。

 言い返せなかった。だって、この女の言っていることは正しいのだろうと思ってしまったから。


 うたの中には常にこいつがいた。

 うたの両親よりも、こいつはうたの深く大きい所を占めていて。しかもそれは僕の使ったような負の感情じゃなくて、きちんとした好意と愛情で。


 僕は恐怖した。僕の努力がこいつにあっさりと塗り替えられる未来に。

 そして中学生になったうたへ会いに行った時に、その恐怖が現実となったことに心が折れそうになった。


 いつか、うたの中にいるあいつの存在を完膚なきまでに消してやろうと考えていた。

 まさかそれがこんな簡単に実現するなんて。


「あいつに感謝だな」


 僕は首に下げていたペンダントを見つめ、これの送り主のことを考える。


 僕の共犯者であり、理解者。

 異世界に来ればうた以外の『本物』に会えるかと思った僕は、日本同様『紛い物』しかいない状況に軽い失望を感じていた。

 その中で『紛い物』ではあったけれど共感出来る奴がいた。

 大切なもののために、大切なものすら犠牲にするあいつの考えは、僕にはとても理解出来た。


『やあ、コウメイ。今、大丈夫かい?』

「やあ、モールドレ。大丈夫だよ」


 噂をすればなんとやら。光ったペンダントが壁へ一人の男を映し出した。

 でっぷりとした体。目は脂肪で盛り上がった頬で糸のように細くなり、くすんだ金の髪は汗で額に貼り付いている。

 にちゃりと笑う歯は乱杭で、つりあがる頬はあばたまみれだ。


 この国の貴族、ドリュール家に生まれなければどれほどひどい人生になっていたか。いや、むしろ貴族の上級な生活が彼をこんな姿へしてしまったのか。

 疑問が頭を掠めるが、大した興味はない。

『邪悪なる蒼』、サフィール・パルテネを偏執的に愛するこの男、モールドレ・ドリュールに僕が求めるのは外見ではなく、彼の歪な思考なのだから。


「モールドレ、君のお陰で僕は上手く行ったよ。

 ありがとう、次は君の番だね」

『お。ということは、僕の予想は当たっていたってことだね。

 無事、君の『自由切断』はウタノちゃんの中にあるお姉さんの存在だけ斬り壊したってことか』


 にやけ顔のモールドレへ「ああ、そうだ」と返事をする僕の顔もきっとにやけていただろう。

 ああ、本当にこいつと手を組んで良かった。『自由切断』を上手く役立たせるヒントをくれるなんて。

 あの王女をうたから離す作戦は失敗してしまったから、次はモールドレに報いてやらないと。うたに目をかけるあの王女は目障りだと思っていたからちょうどいい。

 醜い容姿とそれにふさわしい歪んだ思考を持つモールドレにあてがったら、あの無表情の王女はどんな表情を見せてくれるのか。うた以外はどうでもいいと思う僕だけど、それは少し気になった。


『ああ、僕も今から楽しみだよ。何年も焦がれた彼女がやっと僕のものになる。

 コウメイ、僕の夢が実現するまで手を抜かないでくれよ?』

「ああ、もちろんだよ。僕は受けた恩はきちんと返すよ」


 だってそうしないと、お前は僕からうたを奪おうとするだろう?


 声には出さず、心の中だけで問いかける。

 この男はそういう男だ。僕と似た感性。僕に近い思考回路。

 僕の勘はこの男を信頼しても信用するなと告げていた。


『コウメイ、君は本当にいい奴だな』

「君ほどじゃないよ」


 白々しい会話を最後に通信は終わった。昂ぶっていた気分が会話で落ち着く。

 少し眠ろうか、と思った所でノック音が耳へ届いた。


「はい?」

「あ、あの……コウ……今、大丈夫かしら?」


 扉を開けると顔を俯かせた茶十島美優がいた。「大丈夫だよ」と答えても、口を動かすだけで何も答えない。


 何なんだ、こいつは。

 時間の無駄だから用がないなら帰って欲しい。


「美優?」

「コウ!」


 声をかけると抱きつかれた。ぎゅうっと胸を押しつけるしがみつき方に、話の展開が分かった。


「美優、あの」

「コウ。辛かったわよね、あんなことになって。伽羅橋さんはあなたの幼なじみなんだし」

「美優……」


 戸惑ったような声を出すと、茶十島美優は白々しい話を持ち出す。

 笑いそうになる。こいつが僕の胸から顔を上げないで良かった。


 うたに嫉妬して当たり散らすしか出来ない『紛い物』が、僕を知ったように語るなんて。

 怒りを通り越して笑えてくる。


 まあ、だけど。今日の僕は気分がいい。


「ありがとう、美優。君は優しいね」

「あ、コウ……」


 たまには『人形遊び』でもしてみようか。

お読み頂きありがとうございました。

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