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一章十一話目、かみがちる〜おまけ1

ここから活動報告には挙げていない話となります。

今回は山井那珂路視点です。

ほんのり山井→歌乃描写あります。ご注意ください。


タイトル【お姉さん二人と攻略する人生ゲームはクソゲーですか?】

 ああ、後悔が俺を襲う。


 夢想(もうそう)はたくさんしていた。

 たとえば「殺す覚悟」だとか、圧倒的不利な状況を都合良く覚醒した奇跡(チート)が華麗に覆すだとか。


 だけど、魂器『夢想破壊者(ドリームクラッシャー)』を持つ俺は、本当は分かっていた。

 そんなもの、俺には出来やしないだなんて。

 俺に出来るのは、夢想を現実へ変える奴らを見上げるだけだって。

 指をくわえているしか出来ないのが、現実なんだって。

 負け犬だと知っていて、それを認められなくて、虚勢を張り続け。


 その結果が、伽羅橋歌乃の無惨な姿だった。




 痛みのせいで恐怖一色に染まった心をどうにかするのに時間がかかった。

 尾根先生や理々安のお陰で大分落ち着いた俺は、重い足取りで伽羅橋の部屋へ向かった。


 そこで見たのが、伽羅橋の無惨な姿だった。

 伽羅橋自体はいつもと変わらないような顔をしていたけれど、大きく変わってしまった二カ所から目が離せなくて、衝撃で空っぽになった心を罪悪感と後悔が埋めていく。


 手をかけて大切にしていたのは男の俺でも気付いていた髪の毛。それがばっさりと短くなってしまっていて。

 聖川のクソ野郎が斬った首には、輪のような赤い傷跡が浮かんでいた。


 あり得ない。

 髪も肌も、女の子にとってどれほど大事だと思ってるんだ。

 それを、好きな女相手にいとも簡単に行った聖川へ、蓋をしたばかりの恐怖が顔を覗かせる。


「伽羅橋、ごめん! 悪い、すまなかった!

 おれ、俺が、もっとちゃんと……」


 恐怖を振り払うように思い切り頭を下げる。溢れそうになる言い訳を必死で押さえつけ謝り続ける。

 だらだらと言い訳する、流石にそんな情けない野郎にはなりたくなかった。


「ああ、うん。

 顔を上げて、那珂路くん。

 大丈夫だからさ」


 いつもの声音で、何でもないことのように伽羅橋は話した。


 大丈夫なわけがあるか。

 なら、何でお前は大事そうに斬られた髪を離さないんだよ。


 言いたいことを飲み込んで顔を上げると、伽羅橋は困ったように右手で短くなったばかりの髪を撫でた。


「痛みもないし、体に不調もないから平気だよ。

 髪とこれくらいの傷ならどうとでもなるしね。

 那珂路くんこそ大丈夫だった? 腕輪の能力なしで殴られたんだし怖かったでしょう?

 もう落ち着いた?」


 心配を滲ませた声で、普段ほとんど動かない顔を少しだけ動かして、伽羅橋は俺を気遣う。

 きっと、こういう奴が主人公(ヒーロー)になれるんだろうと俺は思った。

 俺だったら、調子良く啖呵を切ってあっと言う間に地べたへ這い蹲り心を折られた奴へ、こんな風に声をかけられない。


 だって、俺の方が伽羅橋よりステータス高いんだぜ?

 それをたった二発で沈ませた聖川へ立ち向かって、大事な髪と肌を奪われた。

 それなのに、情けなく頭を下げる俺を逆に心配する。


 ああ、本当に、現実の異世界って奴は容赦なく俺の夢想(プライド)を壊していく。


「俺はもう……理々安に治してもらったから。

 でも、からは」

「ねぇ、用事はもう済んだでしょう?」


 横から割って入ったトゲのある声に、言いかけた言葉を飲み込んだ。

 俺が部屋へ入ってから黙りこくっていた治石が、射殺しそうなほど鋭い目でこちらを睨んでいた。

 思わず、びくりと震えた俺へ、治石はため息を吐きながら矢継ぎ早に話す。


「歌ちゃんはもう大丈夫って言ってるの。あんたも謝罪って目的は済んだんでしょ。

 それならもう帰って。歌ちゃんは平気そうにしてるけど、私達はもう休ませてあげたいの」


 いつものきつい物言いだったが、治石の声には伽羅橋に対する気遣いが含まれていた。


「わ、分かった……居座って悪かった」


 謝りに来たのに負担になるのは本意じゃない。体の底で鉛のように重く沈んだ気持ちが晴れることはなかったが、俺は治石の言葉に従う。


「こっちこそ。来てくれてありがとう。

 私は大丈夫だからさ、また『歌乃』って呼んでよ。

 友達なんだから」

「あ、ああ……わかった、歌乃」


 小さく微笑む歌乃の言葉に、ずきんと胸が痛む。


「ほらほら、あんたも病み上がりなんだからさっさと帰って休む」

「お、おう」


 治石に背を押され部屋を出る。

 すぐに扉を閉められると思ったが、予想とちょっと違っていた。

 扉はすぐに閉められたのは一緒だ。だが実際は閉め出されるのではなく、治石も一緒に部屋を出ていた。


「は、治石?」

「……私も『遼』で構わないわよ、那珂路。

 歌ちゃんが、あんたを友達だって言ってるんだから」


 後ろ手にドアノブを掴んだまま、こちらを見つめる遼の瞳には怒りだけじゃない熱を感じた。


「『吹き満ちよ、無音の風――静寂の息吹き』」


 遼が風属性の言霊を放つ。

 周囲に音を漏らさないようにする魔法だ。『聴覚強化』を持つ歌乃に聞かれないようにする為だろう。


「あんたに一つ言っとくわ」


 魔法が辺りを包むと遼は言った。燃やされそうなほどの熱量を瞳から感じ、無意識に喉が鳴る。


「私としては、あんたをぶん殴りたくて堪らないの」

「そりゃ……そう、だろうな」


 こいつら四人が、高校に入る前のことを俺は詳しく知らない。

 ただ、入った当初から自分達以外を警戒しているのは理解していた。

 もちろんそれが、歌乃を守る為であり聖川のせいであることも。


 歌乃を守ってきた三人からしてみれば、俺のやったことは責められてしかるべきだ。

 特に、周囲への矢面に率先して立つ遼からしてみれば、一発じゃ殴り足りないだろう。


「でも、それは違うって分かってる。少しタイミングが違えば、あんたの立場に私がなってたかもしれない。

 その時にあんたのように攻撃されて、痛みに臆せず立ち向かえてたとは、はっきり言えない」


 だから、この怒りは八つ当たり。と、弱々しく遼は呟いた。

 目を瞬かせる俺を見て、遼は苦笑した。


「なぁに? 私が当たり散らさないのが不思議?

 私はね、歌ちゃんが悲しむことをしたくないだけよ。

 歌ちゃんはあんたが責められるのを望まない」


 どこまでも歌乃中心の考えを見せつけられ、俺の胸に疼いていた痛みが消え失せる。

 勝てないな、と思った。

 友達と言葉にした所で、覚悟の面で俺は遼に勝てない。

 それが、悔しい。


「だから、一つ言いたかったのは忠告」


『静寂の息吹き』で歌乃に聞こえないはずなのに、遼は声を潜めて俺へ囁いた。


「歌ちゃんは身内と認識した相手にはとても甘いの。あいつのせいで、許せるものの範囲はとても狭くなっているし。

 ……ああ、歌ちゃんの心が狭いって言いたいわけじゃないから。

 そうじゃなくて、歌ちゃんにとって大抵のことは許す許さない以前に、大したことじゃないの。

 今回のことも、悪いのはあいつ。

 あんたはむしろ巻き込まれた側。歌ちゃんはあんたに申し訳なくすら思ってるわ」


 だからね、と勿体ぶるように遼は言葉を切る。


「私達四人は、あんたを責めない。

 だからあんたは、許されることはないの」


 ざくりと、背骨が震えるほどの寒さを伴う熱さが走る。

 今も腹の底で蠢く鉛のような罪悪感が、これからも晴れることはないなんて。

 何よりも、胸を打つ罰だ。


「残酷だと思うなら、それを教えた私を恨みなさい」


 目を伏せて、遼は歌乃の部屋へと戻っていった。






 * * * * *






「アァアアアアッ!」


 走る走る走る。

 あらん限りの声で叫び、走り回る。


「アァアアアッ!」


 肺を空にしても、酸素不足で頭をぼやけさせても。

 腹でくすぶる鉛は消えてくれない。


「アァアッ」

「うっさいなぁー」

「がっ!?」


 訓練場を走り回っていたら、不意打ちで尻を蹴られた。


「いぃいいっ!?」


 急に加わった勢いに、俺はつんのめって地面とキスをする。

 異世界でも物理法則は地球と変わらないようで、慣性の法則に勝てなかった俺は顔面で訓練場を滑った。


「あぁぁぁ……おれの、かお、がぁぁ……」

「はっ、なっさけないツラだからさぁー、思わず蹴っちゃったよぉー。

 その擦り傷だらけの方が少しは見れるんじゃないのぉー?」


 顔を手で押さえごろごろと転がって悶えていると、ひどいディスりが上から降ってくる。

 知らない女の声だ。少なくともクラスメートや小森先生の声じゃない。


「うぶッ!?」

「ほらぁー、ちゃーんと治してあげるからさぁー。これでチャラだよねぇー?

 あー、『ボク』ってばやっさしぃー」


 びちゃびちゃと顔に回復薬がかけられる。

 鼻に入っても痛みはないが、息は出来ない。

 何だ、こいつ。ボクっ娘でドSとか。属性盛りすぎだろ。

 今時のラノベヒロインなら読者から叩かれてるぞ。


「っはあ! はっ……はー……」

「少しは頭冷えたかなぁー? 厨二病くん?」


 にまにまと俺を見下ろす女を、息を整えながらまじまじ観察する。

 肩までの髪と笑顔なのに冷めた目は菫色。ライダースーツのようなぴっちりとした革の服も紫色で、それが夕日に照らされててらてら妖しく輝いている。


「いや、どっちが厨二病だよ!」


 余りにも余りな格好に思わず叫んだ。回復薬のお陰で顔の傷も疲労もすっかり消えていた。

 腹筋を使い一息に起き上がり、一足跳びに後ろへ下がる。

 ボクシングのように拳を構える俺を、紫の女はにやついた顔のまま見ていた。


「ツッコミの速度はまあまあだけど、反応速度はまだまだだねぇー。

 そんなじゃまた金色勇者くんにボコボコにされちゃうよぉー?」

「きんいろ……聖川のことか?」

「そーそ……どぅわっ!?」

「え?」


 紫の女は俺との会話を途中で切り、奇声を発した。

 首を傾げる俺の目の前を黒銀の風が走る。銀の煌めきを持つ黒髪をポニーテールに結んだ女性が、紫色をした厨二病に猛然と斬りかかっていた。


「あっぶな! フィーちゃんあっぶなぁー!

『ボク』じゃなかったら真っ二つだよぉー。もう、あわてんぼさんなんだからさぁー!」

「貴様は、仕事をサボって何をしている!

 ……ちぃいっ! ちょこまかと避けおって!」


 肩を怒らせ剣を振るうのは、確かフェールさんと言ったか。

 武器訓練で歌乃のトレーナーをやってる人だ。


 本気で剣を振るってるけど気安く話しているから、この紫女は味方なんだろうか。

 展開についていけなくて呆然とする俺に気付き、フェールさんは剣を下ろした。


「む、あなたは……ヤマイ殿、ですよね」

「あ、はい」


 フェールさんの言葉に頷く。

 フェールさんはそれを聞くと、ちゃっかり隣に並んだ紫女の頭を思い切りはたいた。


「あだっ!?」

「き・さ・ま・はっ! な・に・をっ!

 何をしているんだー!」

「あーっ!? 耳、耳がちぎれるよぉー!」

「あれほど勇者様方の前には姿を出すなと! 命令を聞かない耳などちぎれてしまえ!」


 紫女の耳を思い切り引っ張り、その中へ怒鳴り散らすフェールさんを俺は驚いてただ見つめる。

 耳元での大声に涙目になりながらも、どことなく嬉しそうな紫女が激しくキモい。


「……あれぇー? 今、ものすっごーく厨二病くんに馬鹿にされた気がするぅー?」

「何を言っている、元から貴様は馬鹿ではないか」

「そんなに不思議そうな顔で言われると流石の『ボク』でも傷つくよ!?」


 漫才みたいに二人は豪速球で会話を投げつけ合う。

 俺はもちろん置き去りだ。元から人と話すのは得意じゃない。

 オタクのくせにコミュ(りょく)オバケな理々安達とだから普通に話せるんであって、一人になれば黙って成り行きを見守るしか出来ない。


「あ……すみません、ヤマイ殿。恥ずかしい所を見せました」

「あ、や……大丈夫、です」


 戸惑う俺に先に気付いたのはフェールさんだった。紫女をアイアンクローしながらすまなそうに眉を下げて謝ってくる。

 俺は曖昧に頷いた。みしみし言ってる紫女の頭蓋骨がどうなるか気になって謝罪を受ける所じゃない。


「ヤマイ殿は訓練場で何をなさっていたのですか?

 そろそろ夕食にもなりますし、戻った方がよろしいかと」

「あ、その……はい……」


 フェールさんは俺に対して怒ってるわけじゃないんだろうけど、顔がきつめの美人だから視線が合うと恐い。

 今の今まで紫女に対して怒鳴ってたから余計に。


「ヤマイ殿?」

「そこの厨二病くんはぁー、小鳥ちゃんがああなっちゃったのを気に病んで、罪悪感でどうにもなんなくて叫んで走ってたんだよぉー。

 いやぁ、青春だよねぇ? ねぇ、フィーちゃ、ぴぎゃっ!?」


 アイアンクローをされたままの紫女がにやにやと口元を歪めて話す。

 何でそれを知ってるんだと聞く前に、俺の口は動かなくなった。めきょっと人体が出しちゃいけない音が、紫女の頭から聞こえたからだ。


「あの、大丈夫なんですか」

「ああ、平気です。これはこのくらいでは無傷ですので」

「あぁぁ……頭が二つになっちゃうよぉー……」


 アイアンクローから解放され、頭を抱えてうずくまる紫女をフェールさんはゴミを見るような目で見下ろしている。

 ……どう見ても無傷に見えねぇんだけど。


「……ヤマイ殿」

「ひ、ぁ、はいっ!」


 じろっと音がしそうなほどの強さで見つめられ、肩が震える。


「あの『事故』は王国の責任です。

 FFBB(うでわ)の能力に例外があると気付けなかったこちらの責任です。

 もっと言えば、攻撃を受けることよりも攻撃をする訓練を優先させた私達騎士団の計画が間違っていたということです。

 ヤマイ殿が気に病むことではありません」


 事故、の部分をいやに強調させてフェールさんは俺を慰める。

 少なくともフェールさんは、聖川の行動がおかしいことに気付いているのがわかって、少し安心した。


 だけど、それでも沈んだ気分は浮き上がってくれない。

 うつむく俺に何を思ったのか、紫の女がわざとらしいため息を吐いた。


「ヴィオ?」

「厨二くんさぁ、ほんっと……うっざい」

「お、おい」


 紫女は「ヴィオ」と言う名前らしい。ため息に反応して声をかけたフェールさんを無視し、ヴィオさんは地面を見たままの俺を罵倒する。


「だぁってさぁー、ちょーっと気になってきた女の子をかっこよく守ろうとして?

 かませ犬みたいに呆気なく返り討ちにあって?

 結局守ろうとした女の子に守られて?

 消えない傷が残っちゃった女の子に謝っても逆に心配されちゃって?

 放置された罪悪感の消し方がわかんないから、こんなとこで叫びながら走り回って?

 ……これが情けなくないなら、何が情けないのさ」


 頭に降ってくる、厨二女の嘲笑。

 俺の腹で澱んでいた鉛のような鈍重が、熱を持ち頭のてっぺんへ駆け昇る。

 カァッと温度の上がった俺は、衝動に任せて女を睨みつけようと顔を上げる。


「お前に!」


 何が分かる。


 そう、がなりかけた声は途中で萎んでいく。

 ヴィオの顔が、痛そうに歪んでいた。

 良く知ってる顔だ。鏡で良く見る表情だ。


 惨めな、負け犬の顔。


 負けたのは聖川にじゃない。治石でもない。

 勝てなかったのは、こうありたいと思い描いた自分。

 夢想(ゆめ)破壊さ(やぶ)れたその面は、俺と同じだった。


「分かるよ。

 ――……『アタシ』も、同じ負け犬だから」


「だから」と、ヴィオはそう続け、俺の頭をぽんっと撫でる。


「負け犬らしい意地の通し方を教えてあげる。

 地べたを這い蹲って、泥を舐めても笑ってられる道化の強さで良ければだけどねぇ」


 にたりとヴィオは笑い、白い手をこちらへ差し出してくる。


「どうする? 負け犬勇者くん」


 促すこいつの手を取っても、きっと聖川には勝てないだろう。

 得られる強さだって、きっと遼の持つものとはかけ離れている。

 だけど、多分、それは俺に良く似合っているような気がした。


 ただの勘だ。ただ、この得体の知れない厨二女から俺と同じものを感じたからだ。

 惨めな仲間意識、傷の舐め合い、同病相憐れむ。

 綺麗な言葉なんて何もない。

 それなのに。


「……くははっ! 教えて貰おうじゃねぇか、負け犬らしい意地の通し方って奴を!」


 日本よりも死が近いこの世界で叩き起こされた生存本能が、この手を取れと言っていた。


「おーおー、急に威勢が良くなっちゃって、まあ。

 童貞の癖に調子乗り過ぎだぞっ」

「ちょ、おま、ど、どどど、童貞じゃねーし!」


 握った手は男とは違う柔らかさで、知らずに頬が熱くなった。

 それを見透かされて失礼なことを言われた。三十歳までは焦る時じゃねーし!


「おい、ヴィオ」

「あ、フィーちゃんいたんだ、ぴぎぅっ!?」


 黙って成り行きを見届けていたフェールさんがヴィオへ声をかける。

 そしてそのまま振り向いたヴィオへ喉輪だ。絞められるウサギのような声をヴィオは出す。

 フェールさん、恐い。


「げほっ、フィーちゃんの愛が痛い」

「寝言を言うなら眠らせてやろうか、永遠に。

 ……冗談は良いとして、どうするつもりなんだ。お前の仕事は山とあるだろう。ヤマイ殿に付き合っている暇はどう作るつもりだ」

「フィーちゃん手伝って!」

「眠ってろ」

「ぎゃふんっ!」


 フェールさんの拳が満面の笑みを浮かべたヴィオの頭に叩きつけられる。

 もの凄く鈍い音に、俺は首をちぢこませた。


「全く……ヤマイ殿」

「ひっ、あ……は、はいっ」


 剣のような鋭いフェールさんの視線に、思わず声が裏返る。


「私は手加減するつもりはないのですが……それでもよろしいですか」

「え?」


 間抜けな声を出す俺に、フェールさんの眉間にくっきりとした皺が寄る。

 今までにないほどしゃっきりと、俺の背筋が伸びた。


「今までは客人と言うことで配慮していた部分もあります。ですが、『それ以上』を求められる場合、こちらも本気で……ええ、部下と同じように相手をさせて頂きます。

 私の助力が欲しいのでしたら、ヤマイ殿はついてくる自信……いいえ、気概がありますでしょうか」


 真剣勝負のような気迫に気圧されそうになる。

 後ろに下がりそうになる足を何とか押し止め、俺は彼女を睨むように見つめ返した。


「ああ。俺みたいな中途半端なチートは修行パートも必要だからな。

 それに……こっちの奴らは知らないだろうけど、美人のシゴキってのは俺らの業界(ラノベ)ではご褒美なんだぜ」


 俺の発言に、フェールさんは面食らったように目を見開く。

 ぱちぱちと何回か瞬きをした後に、「では、よろしくお願いします」と言って、フェールさんは笑ってくれた。

 滑ったかとドキドキしていた俺には、フェールさんの小さい笑みはとても可愛く見えた。


「ああ……これからよろしく……お願いします」

「ああ、そうそう」


 握手しようとフェールさんへ向けた手は、ヴィオに速攻払われる。

 文句を言う前に、流れるような動作で肩を抱かれ、耳元で囁かれた。


「フィーちゃんの騎士団でのあだ名は『黒鬼』だよ? シゴキが鬼みたいだからってさぁー。

 ちなみにちなみに、パパはキミらもよーく知ってるアシエのパパンだからねぇー?

 普段はいいパパだけど、フィーちゃんにちょっかい出せばアシエパパンの『悪鬼』が復活しちゃうかもなぁー」


 にやにやとからかうような声に、俺もにやりと笑って返す。


「ふっ、やっと異世界らしくなってきたじゃねぇか。

 そんなテンプレ、こっちから望むところだぜ!」

「おお、言ったね?

 ……それじゃあ、少し体慣らししてみようか?」




 その一時間後。

 俺は自分の軽口を後悔したのだった。

 だってこいつら殺す気で来るんだぞ!?


「ほらほらぁー、反応鈍くなってるよぉー?」

「がぁあああ! 負けるかぁあああ!」

「よし、まだまだ行けそうだな」


 やっぱり、リアルファンタジーはクソゲーだな!

お読み頂きありがとうございました。

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