一章九話目、 召喚から二十二日~おだまき蒸しの縁、ビスキュイの警告〜おまけ2
以前活動報告に載せたフェール視点の話です。
タイトル【鳥の菓子】
「……と、言う訳で。今日の小鳥ちゃんはこんな感じですねぇー。
あの金色勇者クンのクソ寒い茶番劇のお陰で、騎士団員も神官達も小鳥ちゃんにヨコシマな目を向けなくなりましたから一応は大丈夫だと思いますよ? ただ、金色勇者クンの演説に感じ入っちゃったアホ共が多いみたいなんでそこは注意した方が良いと思いますねぇー。フィーちゃんはそこんトコ、パパンにご報告よろしくぅー。
いやぁー、金色勇者クンのアレはスキルじゃないんですかねぇー? ハマる人らの共通点も良く分からんし、不思議不思議。今んトコ、心酔率は六割ってトコですけど、十二日間であんだけオトせれば充分脅威じゃないですかねぇー」
カラハシ様を送ってから、サフィール様の部屋で毎夜行われる報告会。
それの主役はこの菫色の髪と瞳をした女だ。パルテネ王国の『影』を司るクワルツ一族の中でも歴代随一の優秀さを誇る彼女。
だがしかし、性格は優秀さと比例するように歴代随一の変人だ。
今も肩までの髪を身振り手振りで揺らし、にやついた口元の上にある吊り目は笑っていない。言葉遣いも小馬鹿にしたような、ねちっこくくどくどしい話し方。
ほら、あれだ。異世界語で言う、『痛くてウザい』厨二病。
それが最も彼女を現すにふさわしいだろう。
「今日もありがとうございます、アメトリン」
「やーだなぁー、サフィ様ぁー。『ボク』のことは『ヴィオラ』って呼んでくださいよぉー。
あ、何だったら『ヴィオたん』でも良いんですよぉー?」
サフィール様が彼女の名前を呼ばれると、大袈裟に首を横に振りながらアメトリン・クワルツは己の名前を訂正する。
何でも、この姿の時は「ヴィオラ」と呼んで欲しいらしいが……こいつ、アムが動く度に奴のぴっちりとした革の服がてらてらと灯りに煌めくのがウザい。
何だかもう、とにかくウザい。
「では、フェール。アメトリンの言うようにアシエ副団長への注意喚起をよろしくお願いします。
ジャスプ神官長へはエメロード王女を通じて私が伝えておきますので」
「はっ、承知致しました」
「あれあれあれぇー? 『ボク』スルーされてるぅー?
えーん、『ヴィオたん』ショックー」
特に反応しないでサフィール様と話を進めていると、アムがわざとらしい泣き真似を始める。
ええい、うざったい! 仕事中にふざけるな!
そもそも「ボク」呼びは止めろと常々言っているだろうがッ!
私達はもう二十六だぞ、恥ずかしい!
と、叫びたいのを我慢する。触ると余計うるさくなってしまう。
いい加減、こいつとの腐れ縁も切れてくれないだろうか。
我知らず、ぎゅっと寄った眉間が痛い。
「あ、そうそうそう。
小鳥ちゃんなんですけど、ちょぉーっと問題があるようなないようなー?」
「……どういうことですか」
はた、とアムは何かを思い出し泣き真似を止める。
顔を覆っていた手を外し言われた台詞に、サフィール様は少しだけ目元を険しくさせられた。
カラハシ様の為の報告会であるはずなのに、彼女の困り事を言い忘れかけたのだ。サフィール様も睨むくらいされたいだろう。
そうは思うが私は内心、驚いた。
何度見ても慣れないものだ。驚きはするが、カラハシ様と触れ合ってからサフィール様の表情が豊かになられたことはとても嬉しい。
そう、これでも豊富になられたのだ。昔はこの程度のことでは感情を露わにすることもなかった。
「自分の思う蒼のままでいい」とカラハシ様に言われてから、サフィール様は少しだが感情を表に出されるようになった。
私達アミューズの人間としても蒼とは一つの意味しかなかった。カラハシ様はその多様性を教えてくれた、蒼に囚われるサフィール様へ伝えてくれた。
私はそれに、とても感謝している。
だからこそ、彼女が憂うことを『私達』は良しとしたくなかった。
「やぁん、そぉーんな怖い顔しないでくださいよーぅ、サフィ様ぁー。
いえ、ただねぇ? 小鳥ちゃんって元々食べないみたいなんですけど、それが最近富に悪化しちゃってるらしいんですよぉー。
初日に『シトリィ』の作った物は綺麗に食べてたんで、パルテネ料理が合わない訳じゃないと思うんですけどねぇ?」
何、カラハシ様は食が細くなっているのか。
それは良くない。今でさえ、“指揮棒”をあの小さい体で振り回す姿を見るとひやひやすると言うのに。
そう思うのはサフィール様も同様なようで、私とアムから目をそらすと、少しして口を開かれた。
「精神的負担が積み重なっているのかもしれませんね。
強制的な召喚に加え、同じ異世界の仲間からもあのように扱われているのですから」
「ですよねぇー? いやぁー、ホント『ボク』も可哀想だなぁーなんて思うんですよぉー。
四十人もいないお仲間だってのにねぇ? 先生殿の頑張りも全く聞く耳持たないバカ達に、あんなチクチクチクチクやられてちゃねぇ?
あと、これは監視してる『ボク』の推測ですけど、一昨日の野外訓練から勇者サマ達が真っ二つになっちゃったじゃないですかぁー。
あれも小鳥ちゃん的にはきつかったと見えますねぇー。お優しいことですよぉ、全くもぅー」
やれやれと、アムは大袈裟に首を振る。
静観しているつもりだったが、アムの台詞に聞き逃せない物があり、私は口を挟む。
「アム。望んで来られた訳ではない勇者様を愚か者呼ばわりは止めないか」
「はぁ? 何言ってんの、フィーちゃん」
アムは私の注意に、今まで浮かべていたにやついた笑みを消し、不快そうに顔を歪めた。
「ソレとコレとは別でしょ? 『アタシ』はアイツらのあの子への態度を愚かだって言ってんだよ。
あの子が毎晩毎晩呻いてうずくまりながらステータスを上げてんのを『アタシ』は見てんの。
戦闘しても強くなれないのに、大した価値もないゴブリンを辛そうに殺すのを見てんの。
自分だってしんどいのに、殺しに泣きべそかくお友達を慰めてんのを見てんの。
そんなの見てたらあの子贔屓にもなるでしょうよ。
だから『アタシ』はあの子を貶しめるアイツらをバカだと思うんだよ」
私を見据えるアムの言葉遣いが『素』に戻っている。相当腹に据えかねているみたいだ。
まあ、それも当然か。サフィール様好きのこいつが、サフィール様の笑顔を一回でも引き出させたカラハシ様を気に入らない訳がない。
そしてそれは、私も同じだ。
「すまない。ただここ以外でそれが出ないか心配だったんだ」
「あ、そっかぁー。でも大丈夫だよぉー。
ちゃーんと、切り替えは出来るからさぁー。
心配ごむよー。ありがとねぇー?」
私の謝罪に、アムが『アメトリン』から『ヴィオラ』へ戻る。
私達のやり取りを表情を変えず見られていたサフィール様が、何かを思い付いたようで一度顎を撫でてから口を開かれた。
「アメトリン。あなたは菓子を作れましたか」
「ふっふっふ……サフィ様ぁ。この『万能メイド』たる『シトロン』に作れない物はないですよぉー」
サフィール様の問いに、アムは紫の髪と共に指を振って答える。
アムが口を閉じると、彼女の耳で揺れる魂器が光った。
紫色の石で出来た耳飾りが淡い黄色へと変わる。
溢れた光が全身を包むと、アムの姿もそれに染まる。『ヴィオラ』の時よりも短い淡い黄色の髪と垂れた同色の瞳に変化した『シトロン』は、城の侍女服のスカートを摘み、しとやかに頭を下げた。
「それでは明日から夜食に摘めるよう、何か用意をお願いします」
「お任せください。この『シトリィ』、必ずやカラハシ様のお口に合うお菓子を作らせて頂きます」
「よろしくお願いしますね、アメトリン」
「嫌ですわ。今は『シトロン』でございますよ」と訂正するアムには答えずサフィール様はご自分の左手を見つめられた。
そこは今宵、カラハシ様と繋がっていた箇所だ。
「ああ……私のように甘い物を食べない方でしたらどうしましょうか」
サフィール様の呟きは、こぼれ落ちたすぐにきゅっと握られた左手に消えていき、私達は答えられなかった。
翌日の晩、カラハシ様は十三回目の夜会にして初めて現れた焼き菓子に戸惑っていた。
部屋へ招かれ、サフィール様からいつものように椅子を勧められ腰掛けた後もカラハシ様の漆黒の瞳は皿に盛られた菓子に向いている。
食べたい、と言うよりもあれはきっと「何で急に?」と言う心境なのだと思う。
「侍女から、お食事を余りとられていないと聞きました……甘いものならば少しは食べて頂けるでしょうか」
「え、あ、そうなんですね。わざわざすみません」
サフィール様はカラハシ様の戸惑いを感じ取られ、彼女の右手へご自分の左手を重ねられてからお答えになる。
カラハシ様もサフィール様のお言葉に納得をしたようだが、何故かまだ視線は戸惑いのまま菓子へと向いている。
「何で鳩なんでしょうか」
カラハシ様から尋ねられ、サフィール様は視線を受け続ける焼き菓子を手に取られる。
きつね色よりも少し濃い焼き色のそれは、サフィール様の掌くらい大きい。なるほど言われてみれば横向きの鳥に見えなくもない。小さく出っ張った頭らしき部分にある小さな凹みは目のように見える。
動物を象ったサブレーは初めて見た。
「これは鳩なのですか?」
「多分鳩です。絶対鳩です。と言うか鳩以外考えられません」
サフィール様は視線をカラハシ様から下げ、右手で摘ままれたサブレーへ落とす。
何故だろう、いやにカラハシ様の声に確信がこもっている。
「フェール」
「はっ、恐らくですが小鳥であると思われます」
漆黒の瞳の圧力に負けたのか、サフィール様はカラハシ様から目をそらされ私へ声をかけた。私はアムがカラハシ様を小鳥と称していたのを思い出し、奴の性格ならモチーフにしそうだと考え口を開く。
サフィール様は私の答えに一度頷かれる。
「鳥のようなので鳩かもしれませんね」
「はい。すみません、変なこと気にしちゃって」
「いえ、大丈夫ですよ」
いつも通りお変わりにならない表情のまま、サフィール様はすっとカラハシ様へサブレーを差し出された。
「いかがですか」
「あ、はい。頂きます」
答えたカラハシ様へ、すっとサブレーが近付く。もちろんサブレーの行き先はカラハシ様の口だ。
カラハシ様はサフィール様を見、サブレーを見、再度サフィール様を見て口を開ける。
「あの、サフィ様?」
「食の細いウタノ様へと作られた物ですので、どうぞ」
「別に自分で取りますけど」
「一度皿へ戻してから新たな菓子を摘むよりも効率的かと」
「はぁ、そうですか」
困惑するカラハシ様といつも通りのサフィール様が何回か言葉を交わす。
サフィール様は昔から、ご自分の中で理論や道筋が出来上がると頑なにそれを押し通そうとする癖があった。
今もこのやり取りをしているのが非効率だと言うのに、恐らく気付いておられない。
カラハシ様もそれに気付いていないようだ。
彼女は少々押しに弱い部分があると思う。困惑しかない状況でも自分に不利益にならないと考えると簡単に受け入れてしまうように見えた。
今も「じゃあ、頂きます」と目の前に差し出されたサブレーをかじっている。小さいカラハシ様がそれをやると幼い子が母に食べさせて貰っているようで、何だろう。
とても癒された。
「いかがでしょう」
「……とても美味しいです。まるで初めて食べたとは思えないくらい、凄く懐かしい、舌に馴染む味がします」
若干含むような物を感じたが、味は彼女の舌に合ったようだ。サフィール様も目元を緩めて「そうですか」と嬉しそうに答えている。
さくさくとサブレーが少しずつカラハシ様の口の中へ消えていく。頭からかじられていく鳩に対して、二人とも特に何も思わないらしい。会話はカラハシ様の魂器へと変わっている。
お二人は楽しそうだ。サフィール様もカラハシ様もほとんど声も表情も変わらず、ともすればつまらなそうにも見えるのだが、それでも私には楽しそうに見えた。
サフィール様は驚くほどカラハシ様へ心を許しておられる。カラハシ様を家名ではなく名前で呼ぶようになられたのが良い例だ。サフィール様はご家族ですら気安い呼び方をしたりしない。にも関わらず、まだ出会って十数日の異世界の少女にこうも心を開くとは。
エメロード様の言う通り、お二人が似ていらっしゃるからだろうか。カラハシ様は自覚があるかないかは分からないが、一定の距離を保ったまま、時折サフィール様のひどく深い部分へ入り込む。
それがどれほど難しいことかを、カラハシ様は理解しているのだろうか。
「サフィ様」
不意に、カラハシ様の漆黒の瞳がサフィール様を真っ直ぐに捉える。何を取り込もうと変わることがない純粋な黒に、目を合わせた訳でもない私がどきりとしてしまう。
サフィール様は慣れた様子で、サブレーへ伸びた右手を止めて声を出された。
「何でしょう」
「二枚は多いです」
「分かりました。無理はいけませんね」
サフィール様が伸ばした手を引っ込める。
翌日からの焼き菓子は、カラハシ様が二口で食べられる程度の大きさに変わった。
一応アムに聞いた所、初回のサブレーは小鳥を模したが鳩ではなかったらしい。
王族の方々が何を考えておられるか分からない。
サフィール様が気にかけておられるカラハシ様が、どんな人物なのか知りたいのは分かる。カラハシ様の前でいつもより多く表情を変えるサフィール様が見たいのも分かる。
まさかカラハシ様を理由に、ルビス様をサフィール様へ会わせるとは。
お二人の関係は繊細な問題だ。それに、望まず召喚された異世界人を巻き込んでいい訳がない。
首を切られる覚悟でエメロード様へ進言するが、食えない笑みでとぼけられてしまう。「弟が姉へ会いに行っただけですよ。それをお姉様がどう思い、お姉様を見てウタノ様がどのような行動を取るかは、お二人の問題ではないでしょうか」と。
実際問題としてカラハシ様は動揺したサフィール様を何もせずとも宥めていたので、エメロード様へ何も返せなかった。
カラハシ様はサフィール様と似ている。きっと彼女ならば、雁字搦めに縛り付けられたサフィール様の心を解放出来るだろう。
だからこそ、私は心配なのだ。
「サフィ様も、食べてみませんか」
差し出された甘い菓子へ素直に口を開けるサフィール様など、今までは考えられなかった。
「他人に投げられた石をあなたが受ける必要はないのです。
他人は腕を動かして石を防ぐことも、避けることも、場合によっては投げ返すことも出来るのですから。
たとえ石が当たったとて、それは動けなかった者の責任でしょう。
あなたがわざわざ、痛みを代わる必要もないはずですよ」
蠢く『虫』を警戒して、いざとなったら己を切り捨てるよう、あのような迂遠な警告をされることもあるのだとは思わなかった。
「忠告は、素直に聞いて頂きたかったです」
照れを隠す為に、あのような声を出せるなどと、一度とて見たことはなかった。
だからこそ、私は恐怖する。
「悪いことをしたわけでもないのに、少し人と違うだけで『石を投げられるべき人間だ』と周りも本人も思っているのかもしれない」
まるで見たかのように、サフィール様のお立場を言い当てるカラハシ様が。
「……反吐が出る。
私は絶対に、そんなの認めない。
絶対に、そんなこと恕さない」
地獄の業火の如く、普段露わにしない感情を激情で染め上げる程に現状へ憤りを示してくれる彼女が。
これが如何にサフィール様のお心を捕らえることであるのか、分かるはずもない勇者様が。
『蒼』の自由を教えてくれた小鳥が。
己の住む場所へ帰る時、どれほどの傷を姫様へつけていくのか。
分からなくて、怖い。
初日以降、作られなくなった鳥のサブレーは子供の夢のように甘く、簡単に砕けた。
甘いが脆い、鳥の菓子。
それはまるで、王女にとっての彼女のようだった。
お読み頂きありがとうございました。