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コーディーリア大陸記  作者: 猫宮 雪人
テレスト観光ツアー
9/22

レポート1:市街編

【今回の登場人物】

■リアーナ・レイパル

精霊魔術師のエルフ。外見は20代だが実は最年長。


■ヴァリエル=シェルクバール

銀髪銀瞳の青年。盗賊(冒険者的な)。


■フェイト=クライン

中肉中背で見かけ弱そうな青年…を卒業したおっさん。三十歳になりました。情報屋。


■テイル・コートン

30代半ばの男性。動物学者。のんびり。


 とある日の蒼海亭前。

「はぁい、みなさん~」

 のほほんとしたアルリスカの声が響く。ほっそりとした腕には、不釣り合いなほどに巨大な籠がぶら下がっている。何かがみっちりと詰まっているようで、重たげに揺れているのだが、籠には布巾がかけられていて中は見えない。

 銀髪に銀の瞳という、盗賊にしてはやたらと目立つ容姿の青年、ヴァリエル=シェルクバールが不思議そうに尋ねる。

「あのさー……そのカゴは一体?」

「それは~、ヒミツです~。じゃぁ、行きますよ~」

 一言で疑問を蹴飛ばし、アルリスカは集まったフェイト=クライン、リアーナ=レイパル、テイル・コートン、それにヴァリエルの4人に向かって出発を告げた。


* * *


 夏の厳しい日差しは、清涼な風によって和らげられている。まさに、遠足には絶好の日和だ。

 突発的に計画された「テレスト観光ツアー」は、そんな日に行われた。

「ということで~、ヴァリエルさんの希望で、来ました~。ここが~、いわゆる『高級住宅街』です~。まぁ、貴族の方々のお屋敷が連なっているんですね~」

 城に程近い、閑静な街並みである。

 一軒一軒の大きさは尋常ではなく、まさに『御屋敷』といった様子であった。ただ、その数はあまり多くはない。ミザールを出たことのないアルリスカにしてはこれが普通であるが、各地を旅してきた一同の眼には奇異に映ったのだろう。

「センセ~イ」

 と茶目っ気を出したフェイトが手を上げる。 それにアルリスカが乗る。

「はい~、フェイトくん~」

「貴族の屋敷ってこれだけなんですかー?」

「そうです~」

 あっさりした返事に、フェイトは意外そうにぱちぱちとまばたきをした。

 素に戻って、もう一度聞き直す。

「ホントにこれだけ?」

「そうですよ~。テレストで御屋敷が並んでるのはここだけですよ~。なんかね~、知り合いに聞いたんだけど~、ミザールって~、基本的に『貴族』ってのは無駄飯食いが出やすいから、少数精鋭で行ってるんだー、って言ってましたよ~」

 独特のスローテンポでの解説は、わかりやすそうで実は意外と分かりにくく、フェイトはあいまいに首をひねった。

 疑問を残したままのフェイトを置いておいて、アルリスカはヴァリエルの方に向き直る。

「どうですか~、ヴァリエルさん~。なにかご感想は~?」

「う~ん……なんか、改めてミザールって小さい国なんだなって……」


* * *


「そしてフェイトさんの希望で来ました~。ここが、ミザール皇国の政治的中心、皇城です~。一般公開はされてないんですが、今日は特別という事で、中に入れるようになってます~」

 すでに話をつけてあるのか、城門を守る兵士に見送られて、一同は城の中に足を踏み入れた。

 外見は堅牢な城塞といった趣だったが、中は意外と豪奢だった。花よりも実を重んじる国柄ではあるが、さすがに賓客を招く事もあってか、城の中はどっしりと落ち着いた、それでいて華やかな内装で統一されている。

「この城は、いざというときはテレスト市民を収容できるようになってるんです~。城壁が厚いのも、防御に重点を置いてるからなんですね~」

「なるほどー、やっぱり合理性を重んじてるわけね」

 アルリスカの説明に、今度はフェイトも頷く。いつのまにかメモを取り出し、何やら熱心に書き付けている。

 さっとアルリスカが右手を差し出した。

「こちら右手に見えますのが~、ミザールの主力戦力ともいわれる竜騎軍の宿舎です~。え~、ミザールでは竜騎士はエリートともいわれ、厳しい選抜を抜けた者のみが入れるんですね~」

「いけませんわ、そんな軍事機密を教えていては」

 背後から突然聞こえた声に、アルリスカたちは振り向く。そこには腰まである金髪を緩やかに波打たせた、一人の女性が立っていた。

「……なんてね。兄様ならおっしゃるでしょうけど、アルリスカ、あなたのご友人なら大丈夫でしょう。秘密にしておいてあげますわね」

「やっぱり、持つべきは友人よね~。ありがとうイリス、城に入れてくれて~」

「『イリス』!?」

 アルリスカの言葉に、フェイトが敏感に反応した。衝撃のせいか、目が多少泳いでいる。

「あのー、アルリスカさん……もしかして、『その方』って……」

「紹介しますわね~。ミザール皇国の~、イリス第1皇女です~」

「……なっ?」

 とんでもない人物の登場に、リアーナ、テイル、ヴァリエルの3人が目を丸くした。予想をつけていたフェイトは、予想が当たって乾いた笑いを漏らす。

「学院で工学魔術を専攻したのは、わたくしたちだけでしたの。アルリスカさんが途中で退学なさった時は、張り合う相手もいなくなり、ずいぶんと淋しい思いをしたものでしたわ」

 遠くを見るような、懐かしい目をするイリスに、返答に困ったリアーナたちはあいまいに頷く。

 その後、イリス、アルリスカの案内で、謁見の間、よく夜会の会場となる広間などを見てまわることになった。

 その間、アルリスカと4人の間に会話はない。といっても、不愉快であったわけではない。

 ただ単に、とことんマイペースな話し方のアルリスカと、どこまでもおっとりのんびりした調子を崩さないイリスとの会話に参加するには、多少のコツとかなりの根気が必要なだけである。

「……類は友を呼ぶ、とは言うが……ここまではっきりした例は、あまり見たことがないなぁ……」

 ぽつりともらされたテイルの言葉に、フェイトは大きく頷いた。



「どうでしたか~、フェイトさん~?」

 ぐるっと城内を見回り、見学を終えて城から街へと戻った時に、アルリスカが尋ねる。

 『情報屋』としての、身についた職業意識のせいか、何だかんだ言ってちゃっかりとメモを取っていたフェイトは、うーん、と唸った。

「そうだねー……一度、アルリスカさんの人脈がどこまであるのか、調べてみたいよねえ……」


* * *


「テイルさんと~、リアーナさんの希望で来ました~。森って言ってたから、トゥバンの森にしようかと思ったんですけど~、リアーナさんは行った事があるからつまらないでしょう~? それに、ココだと森も湖もありますしね~」

 嬉しそうなアルリスカの言葉は、4人の耳にはあまり届いていない。程度の差はあれ、全員顔が青ざめている。

 最後にやってきたのは、皇都テレストから北東に浮かぶ島、ラス・アルゲティ島である。

 『テレスト』観光ツアーという趣旨からは外れているが、距離的に近い上に、リアーナとテイルの希望である『森や湖』に一致しているので選んだのだ。

 ただひとつ問題があるとすれば。

「悪いけど……もう少し、揺れない船はなかったのかな……」

 ぐったりした様子で、テイルがぼやく。

 大陸に住む人間にとっては、「船」というのはあまりなじみの無い交通機関である。

 神経が通っているのかどうかすら疑わしくなるのほほん娘とは異なり、『足元が不確か』という事態は、慣れない人間にとっては相当疲れる事なのである。

「ごめんなさいね~。じゃあ、まず、湖の方へ行って、お昼ご飯にしましょうか~。ゆっくり休んでから、見てまわりましょうね~」

 にっこりと笑ったアルリスカは、右腕にぶら下げた籠を振って見せた。



 その頃の蒼海亭。

「え、今日は食事できないの?」

 常連客の文句に、店番のアルキオーネは黙って壁の張り紙を示した。

 そこには、 『本日は調理人不在のため、簡単な食事以外はできません』 とある。

 やや非常識気味な姉に店番を任すのは不安だったので、自分がする事にしたのだが……思わぬ落とし穴がそこにあった。

「はぁ……今ごろ、良いもの食べてるんだろうな……」



「いただきまーす」

 ぱんっ、と勢い良く手を合わせると、ヴァリエルは早速昼食に取り掛かった。回復が早いのも、若さゆえである。

 対照的に、テイルやフェイト、『おじさん軍団』は、まだ精彩を欠いている。

「いただきます……」

 意外な事に、リアーナの回復も早かった。

「なんだか精霊の密度が濃いんです。おかげで、気分も良くなりました」

 という理由に、テイルとフェイトは実にうらやましげな視線を向けたのだが。

 それでも、湖を渡る清涼な風を浴びてくるうちに、普段の調子を取り戻してきたらしい。

「アルリスカさん、ここってどういう島なの?」

 左手にパンを持ち、右手にペン、ひざの上にメモ用紙といった格好で、フェイトが尋ねる。

「古代文明の遺跡があるらしい、というのは聞いてます~。それ以外はあまり知らないんですけど~……無人島だそうですよ~」

「そうなんだ。こんなに景色キレイなのにもったいないよね」

 手回し良く、アルリスカが持参した果実水の瓶に手を伸ばしながら、ヴァリエル。

「でも、人が大勢足を踏み入れれば、この自然が損なわれてしまう事もありますから……」

「そういうこともあるな。確かに……」

 リアーナの言葉に、しみじみとテイルが同意する。

 動物学者として旅をしている間に、人の開拓によって森が失われていくのを、過去テイルは何度も目撃した。そのせいで、どれだけの貴重な生物が生き絶えていったか……テイルには見当も付かない。

 もちろん、人には人の言い分がある。よりよい生活のため、より豊かな明日のため。そうした欲求があったからこそ、人はこれだけの長い長い歴史を紡いでこれたのかもしれない。

 テイルとて、そうした気持ちはわからないでもない。だが同時に、学者としてはやりきれない気持ちが残るのも、また真実だった。

 それだけに、今ある森を残したい、というリアーナの意見には素直に賛同できるものだった。


 食事も終わり、まったりとした空気が漂いはじめた頃、

「注~目~」

 アルリスカが声をかけた。

「午後からは~、自由行動という事でいいですか~? 太陽が水平線にかかる頃、帰りの船が来ますからね~。それまでには、この辺に帰ってきておいて下さいね~。わたしは目印でここにずっといますから、迷わないとは思いますけど~」

 今はまだ太陽は中天高くにある。あちこち探検する時間は十分にあるようだ。

「そうそう~、忘れてましたけど~、ここの動物って結構狂暴なのが多いそうですから、気をつけてくださいね~」

 最後にとんでもないことを、さらりとアルリスカは言ってのけた。

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