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8. 少女と森人と尋ね人の行方


「ゼーッタイにイヤっ。言われたからって帰らないもんねっ」

挑発的な青年の態度に、ハルキがこれまた挑発的に、べっと舌を出す。

ぴくぴくと青年のこめかみが震えた。

さらに口喧嘩をはじめようとしたハルキを抑え、リアーナが前に出る。

「この森の方ですか? 良ければ村まで案内していただけないでしょうか? もちろん村に危害を加える気など一切ありません」

弓を構える青年におくすることなく、リアーナがさらりと尋ねる。

同胞の質問に、青年はわずかに表情をゆるめたが、狙いは外さない。

「残念だが、この森は契約により不可侵となっている。立ち去っていただこう」


エルフは種族として警戒心が強い。

だが、同種に対しては、逆にかなりおおらかになる。 それなのに、なぜ・・・。

リアーナの胸に疑問がよぎる。

だが、今はそれを悠長に推測している場合ではない。


「お母さんを、探してるの・・・お願い、入れさせて!」

「関係ない」

ハルキのお願いを突っぱねた青年は、ふと目を細めた。 嫌な目付きだ。


「お前・・・ハーフだな? 誇り高き森の民が、人と交わったか。森の民が森へ帰るのは道理というもの。その際に穢れを捨てるのも至極当然というものだろう」

明らかな揶揄の言葉に、ハルキの瞳の色が変わる。

今の言葉は、許せるものではなかった。

父を、母を侮辱するものだ。

ハルキの感情に呼応してか、ざわりと梢が鳴る。

高まる予感に、デュークとヴァリエルは互いに目配せをし、感覚を研ぎ澄ませた。


「最後に、もう一度だけ・・・ココで争ったらあなたの言うように私達も怪我をするかもしれませんが、あなたもただではすみません。通していただけませんか?」

「くどいな。人間なぞに与する、堕落したものに貸す耳はない!」

そう言い放った青年は、ぎりぎりと弓を引き絞る。

それに対するリアーナの反応は、あっさりしたものであった。

「そうですか。では・・・縛れ氷の枷」


ギンッ!


鋭い音がして、青年は一瞬で、矢を放とうとする動作のまま、氷漬けになってしまった。

「・・・・・・うわぁお」

せっかく高めた集中力が、へなへなと崩れていくのを感じながら、ヴァリエルはぽつりと呟いた。

小さくため息を吐いて、肩の力を抜いたデュークが、リアーナに尋ねる。

「さきほどの呪文、ハルキが使っているのをみたが・・・手足を縛るものではないのか?」

「いえ、違います。それはアレンジを加えたのでしょう。本当は、氷で全身を縛るものです。・・・それにしても、効き過ぎてしまいましたね。やはり、この結界の中が、火の魔法効率度が低くなっているからでしょうね」

「結界? さっきハルキちゃんが解いたんじゃないの?」

ヴァリエルの問いに、リアーナは柔らかく首肯して見せた。

「ええ、そうですが・・・ドアを開けたからといって、開けっぱなしというわけではありません。ましてや、住人のいる家ならば」

なるほど、とヴァリエルが頷く。


「あの、息ができないんじゃないですか?」

「ああ・・・じゃあ、反省したでしょうし、魔法は解いてあげましょう」

リアーナがそう言ったとたんに、男を包んでいた氷が煙のように消え失せる。

相当なダメージを追っているのか、男はばったりと地面に倒れた。

肩が上下しているところを見ると、どうやらかろうじて生きているらしい。

「じゃ、行きますか」

邪魔者は消えたという事で、リアーナはさくさくと先に進もうとする。


いくばくも行かないうちに、ちっ、とデュークが舌打ちした。

「・・・あいにくと、今の俺たちはあんまり穏やかな気分ではない。顔を見せて話をしたらどうだ?」

「分かっているのか・・・なら、話は早い」


ざざっ。


頭上の梢が揺れ、今度は4人の男が降り立った。

あくまで立ち入りを拒むかのように、道の前方をふさいでいる。


「立ち去れ。人間などに与する愚か者よ」

「このような場合、ハイそーですかというワケはいかないものだろう」

すらりと剣を抜きながら、デュークが一歩前に出る。

この森はエルフたちの領域だ。

正面から闘うにはいささか不利だが、お互い引き下がる気がなくては仕方ない。

「そうそう。それに勝手に人を『汚れ物』扱いしてくれちゃってさ。どういう躾されてんのさ?」

はん、と鼻で笑ったヴァリエルが、ハルキとリアーナをかばうように前に出る。

挑発的な態度に、男の一人は怒鳴った。

「くそっ、人間如きに馬鹿にされてたまるかっ。殺してやる」


言うなり矢をつがえ、放つ。

飛んできた矢を、さりげなく剣で切り払ったデュークは、不敵に笑った。

「こんなものか?」

その背後から、リアーナが呪文を唱える。


「縛れ氷の枷!」

「結べ地の界!」


キィン!


澄んだ音をたてて、男たちの目の前で火花が散った。

リアーナの呪文が相殺され、消されたのだ。

「上位呪文で防ぎましたか」

「そういうことだ」

会話の合間も、矢は降り注いでくる。

ヴァリエルとデュークは、攻撃はリアーナに任せ、物理防御担当としてひたすらに矢を切り払う。

狭い道では、立ち回りに向かない上に、攻撃レンジとしては向こうの方が広い。

突っ込むのは簡単だが、その間にリアーナとハルキが攻撃されるかもしれない、と思うと、消極的にみえてもこうした戦法を取らざるをえないのだ。


「では、こういうのはどうです? 貫け地の槍!」

「甘いな」

男達の周囲から生まれた土の槍は、あっさりと結界で防がれた。


「なっ・・・?」

目を見張るリアーナ。


魔法を防ぐには、普通は上位の属性の結界を張る。

地の上位は火。

土地に縛られるエルフであれば火の魔法は苦手であろうと思い、地属性の攻撃魔法を仕掛けたのだ。

それを、同属性の結界で防ぐとは・・・自分よりもよほど魔力が上なのか、それほどまでに、この大地との結びつきが強く、地属性の魔法が強化されているのか。

お返しとばかりに男は呪文を唱える。


「裂け地の刃、裂け水の刃!」

襲い掛かる刃を、リアーナは風と炎の結界を張って相殺させようとする。

だが、刃のいくつかは消しきれず、デュークとヴァリエルの肌を浅く切った。

「す、すみません・・・」

「いいって。女性の肌が傷つけられるよりはマシってもんだ」

謝るリアーナに、ヴァリエルが笑って見せる。


はっと振り向いたリアーナは、ハルキに耳打ちした。

「タイミングを合わせますから。魔法お願いできるでしょうか? ・・・火系の攻撃魔法、使えますか?」

「はいっ」

力強く、ハルキが頷く。

リアーナがにこっと笑った。


「全力でお願いしますね。では行きますよ・・・裂け風の刃!」

くだれ火の矢!」

「くっ・・・結べ地の界、結べ水の界!」

2人の2属性の攻撃魔法に男は慌てて結界を張る。

だが、防ぎきる事はできなかった。


負荷に耐えきれず、男の張った結界が壊れる。

そこへこれでもかというぐらいに、まだまだまだまだ、ハルキの火の矢が降り注いだ。

『ハルキ・・・矢の数が多すぎだよ』

「・・・うん。わたしもさっきちょっとそう思っちゃった」

森へ燃え移る炎をみて、呟いた瑪瑙にハルキが同意する。

「森への被害を最小に抑えなくては・・・」

呪文をつぶやいたリアーナが、何もない所から水を注いで、火の勢いを弱めていく。


やがて、火は収まった。

絶望的な表情ですすけた森を見ていた男の一人が、憎悪と殺意の入り交じった瞳でハルキを睨みつける。

そのとき。


「やめい!!」


突然響いた声に、エルフの青年たちはびくっ、とした。

現れたのは、豊かな髭をたくわえた老人だった。


「若い者達が失礼した。説明をするから村へ来てもらえんかの」

「ちょ、長老・・・そいつらは・・・」

「非はこちらにある。・・・お前たちのせいでな」

厳しい声で言われ、青年たちはうな垂れる。

「村へ行く事には異存はありません。むしろ、望んでいた事です」

対エルフ交渉人と化しているリアーナが、代表して答える。

そうかそうか、とエルフの長老が目を細めた。


 


 


「先ほどの無礼、許してやってくれんかのう。あれらなりの、正義感ゆえなのじゃ」

「理由にもよる」


エルフの長老の家に案内されてから、そう切り出されて、デュークはむっつりといった。

「ほ、気の強いことだ」

苦笑した長老は、いきさつを話し出した。


「この森には、少々珍しい動物が住んでおっての。それを狙って人間が狩りに来るのよ。特にこの季節・・・子が生まれた直後はのう」

「狩人がですか?」

「ならば問題は起こらん。彼らは同じ森で糧を得るもの・・・限度を心得ておる」

忌まわしきは人の魔術師と商人よ、と長老は吐き捨てるように言った。


その動物を狩るために、魔術師は魔法で火を起こし、森の動物を燻り出していったのだ。

そして商人が捕らえ、売り捌く・・・。


「この森は遥かな昔より、人の王と契約を交わし、守られてきた。それが最近になって・・・。若い者が憤るのも、無理なきこと」

「なるほど。それで『人間』にたいして拒絶反応をね」

ヴァリエルは先ほどの青年たちの瞳を思い出した。

あれは、自分たちの領土を荒らし、傷つける『人間』に対する怒りだったのだ。


「無論、だからといって同族にまで刃を向けてよいとは思っておらん。ましてや、真実を求めてきたものを追い払うなど、真理と知を愛する誇り高きエルフとしては恥ずべき所行じゃと思うておる」

そういった長老は、深い叡智をたたえたまなざしを、ハルキに向ける。

「何か、知りたい事があると言うておったな。我らで答えられる事があれば、答えを授けよう」 「お母さんの、ことなんです」

緊張のあまり、固くなったハルキが答えた。

「名はミリアと言います。黒髪の・・・手がかりはそれだけなんです」

「この森におるのかね?」

優しく長老が問う。

ハルキはそっとかぶりを振った。

「どこにいるか、分からないんです。もしかしたら、と思って・・・」

うつむいたハルキの肩に、励ますようにリアーナがそっと手を置く。

ふーむ、と唸った長老は、その豊かな髭をしごいた。


「この村に、ミリアという女性はおる。じゃが、髪は茶色、年齢もまだ幼く人の世に出た事はない」


「そう、ですか・・・」

ある程度予期していた事だった。

だが、だからといって落ち込まないわけはなく、失望が静かに胸に染み渡る。


「すまぬな、力になれず」

「いえ・・・こちらこそ、お騒がせしてすみませんでした」

ぺこり、とハルキが頭を下げる。

「いやいや。礼儀正しいお嬢さんじゃな。もし何か伝え聞いたなら、お前さんにまで届けるてやろう」

「ありがとうございます」

そう言ったハルキは、精一杯の笑顔を浮かべた。


 


 


他にこれといった用事はないので、早々に立ち去る事になった。

リアーナ、デューク、ハルキが長老の家を出る。

最後に出ようとしたヴァリエルは、ふと振り返った。


「長老殿」

「なんじゃね?」

ひょうひょうとした口調を崩さず、長老が応じる。


「俺は、今までエルフというのはなんと排他的で、冷たく、好意的にはなれない種族だと思ってました。今は、大地に根を張り、森とともに生きるあなたたちに敬意を持っています」

「そいつは光栄なことじゃ」

ヴァリエルの言葉におどけたように言って、長老は静かに笑った。


 


 


「これからどうするんだ?」

テレストの街につき、蒼海亭に向かう途中、ヴァリエルは唐突に尋ねた。

「そぉですねー・・・諦めませんよ、わたしはっ。この国にエルフの村はここだけじゃないでしょうからね」

ぐっとこぶしを握ってハルキが力説する。

さっきまでの落ち込んだ姿とは打って変わった力強い様子に、デュークたちは内心ほっとする。


「では、すぐに別の街へ行かれるんですか?」

「ううん。だって、まだ街の全部見てまわったわけじゃないですしね」

「・・・小物屋とか?」

デュークがぼそっと突っ込む。

ぷーっとハルキが膨れた。

「もうっ、そんなコト言ってっ。いいじゃないですか、かわいい小物!」

「悪いとは言ってないが・・・」

『ハルキー、お腹減ったよー』

「瑪瑙は文句言い過ぎ。なんにもしてないじゃん」

『してるよ。ハルキがとんでもないコトしでかさないか、暴れたりしないか、心配して神経をすり減らしてんの』

「そーゆうのを『余計なお世話』って言うのよっ」


元気に口喧嘩をするハルキと瑪瑙を、ヴァリエルが引き分ける。


「はいはい、続きはまた今度ね。あー、でも俺も腹減ったな」

「そうですね。今日はよく歩きました」

華奢なリアーナはさすがに疲れたのか、ほう、とため息を吐いた。


やがて。


「ただいまですー!」

ハルキはばん、と勢い良く蒼海亭の扉を開いた。

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