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6. 森と結界と彼女の呪文

 小さく欠伸をもらしながら、リアーナは窓の外を見た。朝の光がカーテンの隙間から漏れて、部屋の中にちらちらと眩しい光を投げかけている。

「そろそろ朝ご飯の時間ですね……」

 そう呟いたリアーナは、手際良く身支度を整えると部屋を出た。

 蒼海亭の2階にある部屋からいくつかの部屋の前を通り過ぎ、足音軽く階段を降りる。食堂となっている1階部分を見渡すと、ヴァリエルがカウンターに座っているのが見えた。デュークやハルキの姿が見当たらないのは、少し早い時間のせいだろう。

「おはようございます」

「あ、おはよう。昨日は良く眠れた?」

 ヴァリエルの隣に座っていたアルキオーネが尋ねる。

 その質問に、昨夜の出来事を思い出したリアーナは、とっさに返事できず、ひきつった微笑を浮かべた。

「ええ、まぁ、その……一応は」

 精神的に疲れ……その疲労のあまり良く眠れたとは、さすがに言えないので歯切れが悪い。

 昨夜。

 アルリスカの確認の言葉に、全員で相談した結果、1日準備に時間を割いて、明日(昨日からすれば明後日)に森へ行くことを決めた。

 それから食事が運ばれ、夕食となったのだが。

「デュークさんが、まさかああいう方だったとは……」

「そうだな、リアーナさんは、初めて見たんだもんな。ゼンゼン違って、びっくりした?」

「もう、妹さん一筋! 見てる分には楽しいわよー」

「人の迷惑省みず、アツく語ってくれるもんな」

 デュークが酒を飲んだ時に見せる変貌ぶりを、経験者2人は余裕を持って評価するが、初めて見たリアーナにしては何が何やら。

 どうやら妹を熱愛しているらしい、ということだけは分かったのだが。

 おかげで、食後にたてるはずだった今後の計画は、なし崩し的にうやむやになってしまった。今日1日は準備時間に充てられるので問題はないのだが、なんとなく少し出鼻をくじかれたような気分は残る。

「そうだ姉さん、デュークさんとハルキちゃんに、朝ご飯いるかどうか聞いてきてくれる? 寝てたら別にいいんだけど」

「は~い」

 返事をしたアルリスカは、とんとん、と階段をのぼっていった。



 こんこん。

「朝ご飯の時間ですけど~、起きれますか~?」

 扉の外からの言葉に、瑪瑙はぴくん、と跳ね起きた。

『ハルキっ、起きなよ、朝だよもうっ』

「ううぅ~~~ん……」

 ハルキがベッドの上でごろんと寝返りを打つ。

『ハルキってばっ。朝ご飯の時間だって』

「うう~~~ん……」

 今度は反対側にころんと転がる。

『ハルキっ!』

 ごろん。

『起きろ~~~っ!』

 ごろん。

 何を言っても、ハルキは転がるばかりで目覚めようとしない。

 このままではマズイ。

 ハルキが起きない限り、瑪瑙は鍵のかかっている扉を越えて、朝食にありつく事ができない。

 窓の方もきっちり鍵がかかっていて脱出不可能である。

 一計を案じた瑪瑙は、音もなくベッドの上に飛び乗り、ハルキの耳元に口を近づけた。

 大きく息を吸い込む。

『ハルキ、早く起きないと朝ご飯なくなっちゃうよっ!』

「ウソっ、それはヤダっ」

 瑪瑙をベッドから跳ね飛ばす勢いで飛び起きたハルキは、今までの自堕落さが嘘のような速さで身支度を整えた。

「ナニやってんの瑪瑙、早く行こうよ」

『……ま、慣れっこだけどさ』

 ちゃっかりと準備をし、扉の前で振り返るハルキに、瑪瑙はちょっとばかり肩を落とした。



「デュークさん~、朝ご飯になりましたよ~」

 扉の外からの声にも気付かず、デュークはひたすら眠り続けている。

「……」

 悪い夢でも見ているのか、突然デュークの眉がぎゅっと寄せられる。

「うぅ、シフォン……兄さんは、兄さんは……っ」

 妹の名を呼びながら、枕を抱きかかえる腕に力がこもる。

 ぎゅうううぅぅぅぅっ。

 あわれな枕は、デュークの腕の中で抱きつぶされてしまったのであった。



 ところで、とヴァリエルは視線をリアーナに向けた。

「ちょっと確かめたい事があるんだけどさ」

「なんでしょう?」

 食後のミルクティーを飲みながら、リアーナが応じる。

「いや、結界についてなんだけど。ちょっと疑問があってね。結界によって他者の侵入を防ぐってのは分かるんだが、一度村を出たものが戻る時はどうするんだ?」

「それは認められているので簡単です」

 簡潔な答えに、ヴァリエルは首をひねる。

「ああ、いえ、正確には逆ですね。禁止されていないからです」

「んんん?」

 ますますもって分からない。 

 ヴァリエルの様子に、自分の言葉が足りない事を悟ったリアーナは、ことんとカップをテーブルに戻した。

 まっすぐ、ヴァリエルに向き直る。

「『結界』が完全にあらゆるものから閉じられた世界であるならば、生物は生きていく事ができません。呼吸に必要な空気すらも、取り入れる事ができないからです。そこで、結界を張る時に、定義をするのです」

「何の定義なんですか?」

 魔術の話とあって、聞き入るハルキのまなざしはかなり真剣だ。

「閉ざすべき要素について、です。未熟練者はこれを呪文の構成に織り込みます。熟練者は意志にて示します」

「やっぱりよく分からないけど……要するに、『入ってもいいよ』って人はいつでも出入りができるわけか」

 簡単にまとめたヴァリエルの言葉に、リアーナは頷いた。

「そうですね……村における結界は、家の扉と同じような役割を果たしていると考えれば、より正確に理解していただけると思います。扉は侵入防止のために鍵をかけられ、親しい人には合鍵を渡すという事です」

「じゃあ、知らない人が訪ねてきたら? 呼び鈴はどこにあるんでしょう?」

「結界を解くことです。とはいえ、完全に解く事は不可能でしょう。だからこそ、訪れた者の情報を得る事ができます」

「じゃあじゃあ、呼び鈴を鳴らさないで入ろうとする人は?」

 熱心に質問するハルキに、ふっ、とリアーナが薄く微笑した。

「永遠にさまようことになるでしょうね」



 夕方、ようやく起きたデュークが階下に降りる頃には、大まかな予定がすでに立てられていた。

「……ハヨ……」

 まだ完全に目が覚めてないのか、ぼそぼそと挨拶をする。

 完全に時間帯を無視した言葉に、ヴァリエルが突っ込んだ。

「……『おはよう』だって?」

「起きて、初めての挨拶は『おはよう』だろう」

「そりゃそうだが……この時間でか?」

「時間は関係ない」

 堂々と、そう言ってのけたデュークは、盛大な欠伸をする。

 そのとき、テーブルの上に地図が広げられているのが見えた。

 昨日、ヴァリエルが盗賊ギルドで購入してきた2枚の地図のひとつ、トゥバンの森の地図である。

「予定が決まったのか?」

「はいっ。リアーナさんから結界を解く呪文も教えてもらいました。おまけに、リアーナさんも一緒に行ってくれるって」

「お母様を探していると聞きました。できる事は少ないかもしれませんが、私も手伝わせてほしいのです」

 にやっ、と笑ったヴァリエルが、デュークの肩をたたく。

「ということで、出発は明日だ。寝過ごすなよ」

「誰がだ。俺はしないぞ、そんなこと」

「今日はよーく寝てたしな。明日だって……」

「そういうなら、お前も1度してみろ。彼女ハルキと一緒に街を歩いていたら、相当な運動になるぞ。おまけに神経も使う。疲労度抜群だな」

「……どれだけ歩いたっていうんだ?」

 遠慮して、トーンを下げるデュークを、ヴァリエルは呆れたように見やった。



 そして次の日。

 トゥバンの森、『侵入禁止』の立て札から続く道の前で、ハルキは大きく深呼吸した。

 冷静に、昨日リアーナから教えてもらった理論を思い返す。

「地の近くを巡り駆けし水の精霊たちよ。地に存り礎となりし地の精霊たちよ。天に在り流れし風の精霊たちよ……」

 呪文を唱えるハルキの後ろで、リアーナたちはじっと見守っている。

 リアーナは昨日、手伝ってくれるとは言ったが、代わりに結界を解く事にはかたくなに拒否をした。

『これはあなたがやるべきことなのです。あなた自らが力を示し、真実を求める意志を示す事が必要なのです。あなたが求めるべきは力より知識。それは私が補いましょう』

 そういって、リアーナは呪文を教えてくれたのだ。

 わたしはお母さんを探し出す。そのためにも、エルフの村に行く。

 強い意志をこめて、ハルキは最後の呪文を唱える。

「解け水の界。解け地の界。解け風の界……!」

 デュークとヴァリエルの目には、目の前の森の色彩が濃くなったように見えた。

 リアーナには、森を隔てる薄い紗の幕がはらりと落ちるのが見えた。

 ハルキには、ぐっと確かな手応えがかえってきた。

 結界が解けたのだ。 

『すごい……』

 思わず瑪瑙の口から感嘆の言葉が漏れる。

 にっこりとしたハルキは、後ろの大人たちの方へ振り返った。

「じゃ、行きましょうか」

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