5. 盗賊とハーフエルフとエルフの話し合い
「盗賊ギルド? へぇ、そんなのがあるのか」
ヴァリエルの言葉に、デュークは感心した。
顔には興味津々、と書いてある。
デュークは盗賊ギルドに行ったことがない。当たり前といえば当たり前だが。
だから、どんなところか見てみたかった。
『ダンジョンにあるお宝捜し』なんて依頼があれば、一攫千金も夢じゃない、なんて思いがちら、とよぎったせいでもある。
だが、先手を打ってヴァリエルが言った。
「と、いうわけで、行ってくるんで。あとヨロシク」
「俺も行くぞ」
「ハルキを連れて?」
「ぐっ……」
鋭い指摘に、デュークの言葉が詰まる。
そして、さらに駄目押し。
「悪いけど、ギルドの場所、あんまり他の人には知られたくないしさ」
「そういうモノなのか?」
「まあね。無法地帯というわけじゃないけれど、一応、地下組織だろ。いろいろと掟もあるし……それに、連れていっても、あんたとかお嬢さんとか、どうみても『表』の人間だから、違和感あるし」
「……そんなところに、お前ひとりで大丈夫なのか?」
「あのねー……盗賊が、盗賊ギルドに、独りで行けないわけないでしょーが」
「まぁ……確かにそうだが」
しぶしぶ、といった表情で、デュークが頷く。
その返事を聞いて、ヴァリエルはにっこり笑った。
ぽんぽん、と軽くハルキの頭をたたく。
「じゃあね、ちゃんと情報仕入れてくるから。君は大人しく、ゆっくり休んで魔力を回復させておくこと」
「えー? わたし、どうせだからもうちょっと、いろんなトコロ見てまわりたいんですけど……」
「デュークに抱きかかえられて?」
「うっ……」
意地悪な指摘に、ハルキの言葉がとまる。
確かに、魔力を使い果たしたハルキは今、デュークに抱かれている状態である。
これは結構、恥ずかしい……かもしれない。
その事実を思い出し、ハルキの顔が赤くなる。
「でで、でもでも、もう大丈夫だしっ、ちゃんとヒトリで歩けますよっ」
「情報を仕入れたら、すぐにまた出発する事になるかも知れない。ヴァリーの言ったとおり、今日は休んだ方がいいだろう」
2人がかりで説得され、ハルキはこくん、と頷く。
「じゃあ、行ってくる。後で蒼海亭で落ち合おう」
「分かった。……一応、お前も気をつけてな」
短く会話を交わすと、ヴァリエルは素早く走り去る。
人込みの中でも目立つ銀の髪だったが、特殊な技術でもあるのか、あっという間に紛れて、見えなくなる。
ややあって。
「ま、少し寄り道をするぐらいならいいだろう。どんなところに行きたいんだ?」
「……え? ええっ? いいんですか? じゃあね、じゃあ、カワイイ小物が置いてある店に行きたいですっ」
「か、かわいい……」
ハルキの答えに、デュークが絶句する。
女の子が好むような、かわいい店。
そんなところに、自分が行って、場違いにならない自信はこれっぽっちもなかったからである。
そのときの蒼海亭。
「ごめんなさいね~」
「いえ、お気になさらず」
「でも、こっちが悪いから。引き止めちゃったのに、なかなか肝心の人たちが帰ってこないしねー」
「ですが、ちょうど宿を捜しておりましたので……」
「そう? そういってもらえると、ちょっと気が楽になるわ。お礼に、今日の夕食は姉さんが腕によりをかけて作ってくれるって」
「そうよ~。今のうちに、リクエスト聞いておきましょうか~」
幸せそうにアルリスカが微笑した。
とある酒場の地下。
そこにヴァリエルはいた。
盗賊ギルドには、情報屋もいる。
無償ではないが、金を払えば確かな情報が手に入るのだ。
「何が欲しいんだ?」
すたすたと慣れた様子で歩くヴァリエルに、目つきの悪い男が尋ねかける。
「まず地図が2枚。テレストの地図と、南のトゥバンの森の地図。ある?」
「あるさ」
ヴァリエルの言葉に、男は暗い笑いを浮かべた。
「つ、疲れた……」
ぐったりとした気分で、足取り重く、デュークはよろよろと蒼海亭までたどり着いた。
職業柄、人の視線や感情には敏感である。
そんな彼にとって、ハルキにつきあって行った店は、ある意味地獄に近かった。
周囲から突き刺さる、好奇にあふれた視線。ささやかれる声。
自分が護らねば、という使命感がなければ、とっくに逃げ出していたに違いない。
それに比べ、隣のハルキは心の洗浄をしたかのように、元気になっていた。
人間、疲れた時には、休むのもいいが、自分にとって楽しい事をするのも効果がある。
「ただいま~」
元気良くハルキが扉を開ける。
「あれ?」
「お帰りなさい~。あのね、こちら、リアーナ=レイパルさん。」
アルリスカがにっこりと笑って、ひとりの若い女性を紹介する。
年齢は20代前半ぐらいか。小柄で、腰までのロングヘアが美しい。さらさらの髪からはみ出してみえる耳は、エルフの特徴である笹葉のような尖りを持っている。
「このような、北の地にも同胞がいたとは、驚きと喜びでいっぱいです。こんにちわ」
「こんにちわ! でもわたしも旅の途中なんですけどね」
リアーナの挨拶に、ハルキがイタズラっぽく受け答えする。
その元気よさに、リアーナは嬉しそうに微笑する。
「アルリスカさんたちから伺いました。エルフの村を目指しておられるようですが……森の入り口で引き返されたそうですね。正しい判断です」
「なぜだ?」
「森には結界が張ってありますから。進んでも、結界を解かない限り真実の森の奥へは行けません」
「『結界』?」
聞きなれない単語に、デュークは聞き返した。
柔らかくリアーナが説明する。
「ご存知の通り、私たちエルフは、多くが森で生活しています。つまり、大地によって生活しているのです。ところで、森にとって忌むべきものは?」
突然のリアーナの質問に、ハルキは考え込んだ。
ややあって、おずおずと答える。
「えっと……『火』ですか?」
「そうです。多すぎる火は、森を焼きます。ですから、地と、地を潤す水と、水をもたらす風。この3種によって結界が張られているのです。決して大きな火が、森の奥へと及ばぬように。これはだいたい、どこのエルフの森でもそうです」
リアーナの言葉に頷いたハルキは、次の瞬間顔を曇らせた。
「どうしよう、瑪瑙……わたしにその結界が解けるかな……?」
『そーだねぇ……森の結界だもん、相当強力だよねえ』
励ますどころか、落ち込むような事を瑪瑙は言う。
その時、再び扉が開いた。
「おっ、みんな帰ってたか」
「ヴァリー、首尾は?」
「うまく行かないワケないだろっ。ちゃんと情報手に入れてきたぞ。トゥバンの森の地図だろ、テレストの地図だろ」
ヴァリエルはいささか得意げに、地図を2枚、テーブルの上に置いた。
「悪いな。トゥバンの森の村に『ミリア』という女性がいるかどうかまでは確認できなかったけど……」
「悪くなんか無いですっ。ありがとうございますっ、ヴァリーさんっ」
深々とお辞儀したハルキに、ヴァリエルは照れてぽり、と頬をかいた。
そこまで真正直に感謝されるとは思っていなかったのだ。
ふと、リアーナが小首をかしげた。
「ハルキさんは、魔法はどこまで扱えるんですか?」
「あの、まだ基礎理論過程を終了しただけですけど……その、旅の途中でも勉強はしていたので、そこそこまでは、多分……」
自信なさげに、ハルキがうつむく。
そこへ、にょきっとアルキオーネが顔を出した。
「お話盛り上がってるトコで悪いんだけど、夕食の用意ができたの。持ってきていいわよね?」
「全然いいですよっ」
なぜかヴァリエルが勢い良く答えた。
「なんか~、いろいろとお話進んでるみたいね~。明日、また出かけるなら、またお弁当作るけど~」
どうする~?とアルリスカが一同に尋ねた。