4. 彼らと彼女と魔法の顛末
にっこり、とハルキは会心の笑みを浮かべた。
「この騒動をおさめる、何かいい案でも浮かんだのか?」
襲ってきた男を鞘に収めたままの剣で薙いで、『沈黙』させながら、デュークが尋ねる。
得意そうにハルキはうなずいた。
「魔法で全員ふっ飛ばすってのはどうですか? ちょうど、使ってみたかった魔法があるんですよ!」
「それはダメだろ……」
物騒な提案に、ヴァリエルが即座に反対した。
せっかくの画期的な案を1秒未満で却下されて、ハルキが少しふくれる。
素直な感情の動きに、薄く苦笑しながら、ヴァリエルは追加注文をつけた。
「……悪いけど、もうちょっと大人しい魔法、知ってない? あんまりそう……派手じゃないの」
「大人しい……ですかー? あ、知ってます。やってみますねっ」
うきうきとハルキは答えると、即座に呪文を唱えはじめた。
「《地の近くを巡り駆けたる水の精霊たちよ》……」
朗々と紡がれる言葉に対応するかのように、ハルキの小さな体の周りにエネルギーが集まるのが、デュークとヴァリエルにも分かった。
ふたりとも冒険者としては熟練の域にある。そのため、殺気や敵意といった、ある種の気配を察知することができる。魔法を使えず、魔力の感知はできないはずの彼らが……それでも感じ取り、背筋にぞくりと震えが来るほどの、強大なエネルギーだ。
最後の呪文を言う前に、一度言葉をきってハルキは大きく息を吸い込む。
そのとき。
『ハルキっ、要素が……っ』
突然、おとなしく見守っていた瑪瑙が勢い良くハルキを見上げた。だが、遅かった。
「《縛れ、氷の枷》!」
ぴし、と何かが軋む音がした。
「何の音だ?」
「……さあ?」
どこから音がしているのか分からず、ヴァリエルとデュークは視線を交わす。
その間にも『ぴしぴし』という音はさざなみのように周囲に広がってゆく。
先に気が付いたのはヴァリエルだった。
「あ、あれ」
ヴァリエルが指差した方を見たデュークは、次の瞬間目を丸くした。
さっきのさっきまで、乱闘していた男達。その足元は、透明な氷によって、地面に留められていた。薄く張り詰めた氷は見る間に厚みを増してゆき、男たちは一歩たりとも動くことはできないようだった。
「すごいな……」
デュークの感嘆に、ハルキは得意そうに笑った。
「氷の足枷で、動けないようにしました。靴の上からだから、凍傷とかの心配は要らないと思います! いちお、対象を『闘争心溢れさせている人』にしたんで一般の人には迷惑にならないと……あれ?」
説明の途中で全身の力が抜け、ハルキはすとん、と地面に座り込んでしまった。慌てて立ち上がろうとするが、目眩がして平衡感覚がない。慌てて手をつこうとしたが、もうどの方向が地面なのかすらわからない有様だ。
「おいっ、大丈夫かっ!?」
「あはは、だいじょーぶですよぉ」
こてんと地面に横たわったハルキを、ヴァリエルが心配そうに顔を覗き込む。笑って見せたが、体は動かない。
『あのね、ハルキ』
やや呆れた声で、瑪瑙が口を挟む。
『対象は設定してたけど……範囲を設定してなかったでしょ』
「え? あれ? ……あっ、そーいえば」
『だからね、ハルキの全部の魔力を費やして、テレスト中の『闘争心溢れてるヒト』に魔法をかけたんじゃないかな』
「あー、そうかもー」
『……元は対象一人の呪文なんだからっ。アレンジするなら、ちゃんと手抜きしないでやんなきゃダメでしょっ!』
「はぁーい」
反省しているのかしていないのか、ハルキの返事はのほほんとしたものであった。
瑪瑙との会話(?)が一段落着いたところで、デュークは素朴な疑問を出した。
「ひとつ気になったんだが。この氷はいつまであるんだ?」
『……あ』
ハルキと瑪瑙の声は、ぴったりと重なった。
「えぇとですね……」
旅慣れているだけあって常識的なデュークとヴァリエルのふたりは、ハルキの説明に、同時に頭痛をおぼえた。
なんとなれば、ハルキが「魔法はいつ解けるか分からない」と言い出したからである。
「普通は、時間軸は設定しなくてもいいんです。術者の意志によって、いつでも解く事ができますし、そもそも時間が経てば自然と消えますから。永続的な効果を持つ魔法ってのは、とんでもない魔力が必要になるんで……今のわたしだとできないんですよー」
「じゃあ、どうして今は解けないんだ?」
女の子を地面に座らせておくわけには行かない、とハルキを抱きかかえた状態のデュークが疑問を提示した。
「解くにも、多少の魔力が必要になるんです。今はそれすらもないんで……」
「で、自然に消えるまで待つしかない、と」
ふむふむ、とヴァリエルは頷くと、あっさりと結論を出した。
「じゃ、行こうか」
「どこにだ?」
いぶかしげなデュークの問いに、ヴァリエルは軽く笑って見せた。
「蛇の道は蛇ってね……金さえ出せば、情報を買えるところがあるんだよ」
「じゃあ、最初っからそっちに行けば良かったじゃないか」
「けど、タダで手に入れるならそれにこした事はないだろう?」
ヴァリエルがちゃっかりした答えを返して、肩をすくめる。
「けど、どうも、教えてくれなさそうな目つきで睨んでるからね。ここは諦めざるを得んでしょ」
確かにそうだった。
『熊の寝床亭』で話し掛けた、髭の男はムリヤリ強引に首をねじまげて、力の限り3人を睨んでいる。
確かにこの状態で話し掛けたとしても、望む情報を得られそうにはなかった。騒動は無事におさめることはできたが、これではいささか本末転倒だ。
「それならそれでいいが……この連中はどうするんだ?」
ちらり、とデュークが視線をやる。
この連中とは、ハルキの魔法を受けて一歩も動けない男達のことである。
「持っていくわけにはいかないし……いいんじゃない? 放っておいても。どうせ今は南風月だし、夜になっても風邪引かないだろうし」
さらりとずいぶんシビアな事を言う。いかに北国とはいえ、真夏のこの時期では、確かにヴァリエルの言う通り、放置していたとしても凍死する心配はない。
自分のせいということもあって、ハルキは多少後ろめたく思ったが、ヴァリエルのいうとおり他にどうすることもできない。
ごめんなさい、と心の中で手を合わせてから、ハルキはヴァリエルに尋ねた。
「それで、どこへ行くんですか?」
「盗賊ギルド」
簡潔に、ヴァリエルは告げた。