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3. 酒場と地図と乱闘の騒動

「おいっ、ちょっと待てっ」

 突然すたすたと歩きはじめたハルキの襟首を、あわててヴァリエルが掴む。

 怪しげな立て札の前で考え込んでいたら、ハルキが突然ぽん、と手を打ったかと思うと、森の奥に進み出したのだ。

「だーってー、やっぱ行動してみなきゃ分かんないじゃないですかっ。ほら、えぇと……『虎穴に入らずんば 虎子を得ず』って」

「確かにそうだけど……無謀に行動しても、結果は得られないだろ」

『そうそう。大人しく忠告を聞いてる方がいいよ。いっつもハルキは突っ走っちゃって、後でオレがフォロ ーするの大変なんだから』

 訳知り顔で、言葉を続けた瑪瑙を、ハルキはぎりっ、と睨み付けて一言。

「うるさいっ、バカ瑪瑙っ」

 突然の言葉に、瑪瑙の動きが一瞬硬直する。

『なっ……このオレに向かってバカだってー!?』

「バカにバカって言って何が悪いのっ。瑪瑙のバカ、大馬鹿猫っ!」

「あの、さ……」

 瑪瑙との口喧嘩が理解できないなりに、なんとなくニュアンスで分かったデュークが、ぽむぽむとハルキの頭を軽くたたいた。

「焦るのも分かるけど、それでケガとかしたら、困るんじゃないか?」

「だーいじょうぶ。ここで放り出したりしないし。おれたちも手伝うからさ」

 な? とヴァリエルがデュークを見ると、デュークに頼もしい微笑を返す。

「それにさ。安心しなよ、手がかりは逃げたりしないから。だから、間違い無く、確実に事実を積み上げ ていこう」

 年長者の優しい言葉に、ハルキは小さく頷いた。その様子に、ほっとした表情で年長者たちが互いを見交わす。ヴァリエルもデュークも、冒険者としてそれなりに経験を積んでいる。リスクを承知で踏み込まねばならない時もあるのを知っているが、それは決して無謀と同じ意味を持つものではないと、経験済みなのだ。

 ぴっ、と人差し指を立てたヴァリエルが、話を進める。

「んでここからなんだが……テレストに戻って、情報を集めるか?」

「それだが……森の事は、きこりか狩人に聞けば分かると思うんじゃないか? 街に戻らず、いったん森を探索するのもアリだと思うんだが。これだけ豊かな森なんだ、この森を基点に生計を立てている者だって、いるだろう」

「まぁなー。けど、この森って結構広そうだろ? 森の中を探索するとなると、装備をもうちょっときちんとしないとマズイと思うんだよな」

「確かに……。とはいえ、テレストも大きな街だ。戻ったところで、そう簡単に情報提供者が見つかるものか?」

『じゃあさ』

 デュークとヴァリエルの話を、耳をそばだてて聞いていた瑪瑙がおそるおそる言った。

『一度蒼海亭に戻って、アルリスカさんから材木問屋とかの場所を聞いてみるとか……』

「あっ、確かに! 瑪瑙ってば冴えてるね!」

 さきほどと180度違う評価に、慣れっこの瑪瑙もさすがにジト目になる。が、例によって例のごとく、瑪瑙の反応は無視された。

 瑪瑙の言葉を、ハルキは人間語に翻訳して2人に説明すると。

「それいいね。そうしよっか」

 ……ということになった。


* * *


 帰ってきたハルキたちの説明に、アルリスカはうーん、と軽く唸る。

「まさか、今の森がそんな風になっていたとは~……知らなかったわ~。ごめんなさいね~」

「いや、村の場所が一応特定できただけでも、大きな進歩だ」

 差し出されたコップになみなみ注がれている水を、一気に飲みながらデュークは言った。

「それで、あの奥に入った人がいれば、ぜひ話を聞きたいんだけど。未知の領域に無防備に足を踏み入れるのはね……今回は女の子がいるから特に」

「そうねえ……」

 ヴァリエルの熱心な言葉に、アルキオーネは頷いた。

 トゥバンの森は、テレストから程近いこともあり、ちょっとしたピクニックにも利用される森だ。だがそれは、森の入口付近に限っての話だ。森の中心部分……それもエルフの領域に足を踏み入れるともなれば、また話は変わる。人よりも長命で魔術に長けた彼らの領域に、無策で踏み込むのは無謀とさえ言えないだろう。

 魔法で惑わされ、入ってすぐに出てしまうぐらいならまだかわいいほうで、事によったら永遠に森から出られないことだって、あり得るのだ。

「……あ」

 うーん、と考え込んでいたアルリスカとアルキオーネが、ふとアルリスカのほうが小さな呟きをもらした。視線がいっせいに集まる。

「確か、森の男が良く行く店があるって~……『熊の寝床亭』って言ったはずなんだけど~」

「それ教えて下さいっ」

 仲良く声をそろえて、ずずいっ、と3人が乗り出す。

「えっと~、ここから右に出て3つ目の角を~」

「……姉さん、普通に地図書いたほうが早いわよ。『熊の寝床亭』ってあれでしょ、雨宿通りにある」

「そう、それそれ~」

 嬉しそうにぽん、と手を合わせたアルリスカにため息をひとつついて、アルキオーネがペンと紙とを手元に引き寄せた。ここ蒼海亭を起点として目的地である『熊の寝床亭』までの道順が、アルキオーネの手によってさくさくと描き出される。

 テレストの街並みは、かなり複雑で、慣れていない人間は地図がないと、倍近く歩くはめになってしまう。もとは小さな街だったのが、歴史を重ねるうちに発展を遂げ、増築していったのだ。無秩序に家が建てられていった事も災いしている。

「はい、これ。わからなかったら、近くの人を捕まえて聞いてみてね」

 ハルキたち3人とも、もともとテレストの住民ではない。多少は慣れた蒼海亭や、乗合馬車の乗り場、街の入口である南門ぐらいなら迷いなく歩けるが、それ以外の個別の店となるとさすがにさっぱりわからない。通りの名前でさえもあやふやな彼らにとっては、アルキオーネの渡してくれた地図は何よりも大事な手がかりだった。

「ありがとう、お姉さんっ! また来るねーっ」

 受け取った1枚の紙切れを、ハルキはとても大事そうに抱きしめた。



 デュークたちを送り出して、しばらくしてから。

「……姉さん」

「なぁに~?」

「ちょっと、今思い出したんだけど」

「あらあら~、どうしたのかしら~?」

「あそこの向かいって、確か新しく店ができてなかったっけ?」

「あぁ~、そう言えばそう~……」

 アルリスカの言葉は不自然な途切れ方をした。重苦しい沈黙があたりを包む。

「……まあ、大人2人もついてるし……大丈夫なんじゃない?」

 そういうアルキオーネの言葉は、希望的観測に過ぎなかった。

 全然大丈夫でなかったのである。


* * *


 地図のおかげで、迷うことなく『熊の寝床亭』にはたどり着けた。だが。

「話すことはねえ。帰りな」

 聞きたい事がある、といっただけでそう答えられ、ハルキたちは一瞬言葉を失った。

「ちょっと待ってくれ。聞きたい事があるだけだ。それさえすめば早々に立ち去る」

「うるせえな。今はそれどころじゃねえんだ」

 食い下がったデュークを、熊のような髭面の男がうっとうしそうに突き放す。どうしたものかとヴァリエルとデュークが顔を見合わせたとき、力いっぱいドアを壁にたたきつけて、一人の男が現れた。

「アニキ! どうやら、奴等がきそうなカンジですぜ」

 その言葉に、熊がにっと笑って、立ち上がった。同時に、店内の男達も立ち上がる。

「野郎ども、行くぞ!」

「おー!!」

 歓声を上げて、どやどやと客が全員外に出る。

 周りを見ると、店員すらいない。とりあえずヴァリエルが、外を見に行く。

「……なんつー濃ゆさだ……」

 外の光景を見た瞬間、ヴァリエルは思わずそうぼそっと呟いた。確かに、息が詰まりそうなほど濃く、むさ苦しい世界がそこにあった。

 『熊の寝床亭』の前には、体格が良く髭を伸ばした森の男達が。

 向かいの『荒海の飛沫亭』の前には、同じく体格が良く、赤銅色の肌の海の男達が。

 お互い向かい合ってガンを飛ばしあっている。

「今日こそ決着つけたらぁ!」

「おうよ。てめえらの最期の日だからな。2度と酒が飲めないようにしてやる」

「はんっ、てめえらなんぞ、シカのミルクでも飲んでろ」

「なにおー!? それだったら、お前らなんざ一生クジラのおっぱいでもしゃぶってろ!」

 怒声と罵声と殺気が飛び交い、殺気が高まる。もはや収拾不可能な状態だ。

「面倒だ、やっちまえっ」

 どちらの発した言葉なのか。それを合図にしたかのように、乱闘騒ぎが巻き起こった。さすがに武器を持ち出す者はいないが、エスカレートすればその限りではないだろう。乱闘状態の彼らを取り囲むようにして騒ぐ観衆の存在もまた、冷静さを失わせる原因のひとつとなっているようだった。人の目がある以上、互いの意地と面目にかけて、引くことなどますますできなくなる。

「どういうことなんだ?」

 さりげなく輪の中心から下がったヴァリエルが、男達を取り囲んでいるギャラリーのひとりに大声で尋ねる。そうでもしなければ周囲の騒音のせいで、聞こえないのだ。

 その男が話してくれた内容を要約すると、こうだった。

 『熊の寝床亭』は、長らく森の男たちの溜まり場だった。そこへ突然、道を挟んで『荒海の飛沫亭』という海の男達の溜まり場ができた。彼らの相性は最悪で、縄張り争いが勃発し、とうとう今日対決するに至ったというわけである。

 なるほどね、とうなずいた瞬間、血の気がひいた。

 ちょうどそのとき、『熊の寝床亭』から出てきたハルキとデュークに、海の男の一人が襲い掛かるのが見えたのだ。普通ならば、どう見ても無関係の者たちだとわかりそうなものだが、頭に血がのぼって見境なくなってしまっているのだろう。

「あぶなっ……」

 警告を発しようとしたとたん、ハルキを背にかばったデュークが、流れるように動いた。ぐらり、と男のからだが傾ぐ。

「おいっ、殺したのかっ?」

「違う、当て身だ。それぐらいは使い分けられる」

「ふうん……あんた、案外強いんだな」

 意外な表情で、ヴァリエルが呟いた。なにしろ、初対面が初対面だ。底無しに酔っ払って、少女を襲おうとした人間として記憶してしまっていたのだが……戦士というだけあって、その技術は素面の状態だとさすがに卓抜したものがある。

 デュークの方は、ヴァリエルの言葉に多少引っかかりをおぼえたが、別の質問をする。

「……で、この騒ぎは何だ?」

「ああ、海と森の男達の対決らしいが……」

「てコトは、コレをどうにかしないと、お話が聞けないって事ですね」

「まぁ、そういうことっぽいな」

 ハルキの言葉に、ヴァリエルは頷いた。


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