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2. 酔っ払いと置物と立て看板の困惑

「ごちそうさまでした」

 と先に手を合わせたのは当然男性であるデューク……ではなかった。

 といっても、別にハルキが大食漢、というわけではなく、原因は。

「でねー、俺の妹たちってほんっとにかわいくってねー」

 顔を真っ赤にし、視点の合わない目であらぬ方を眺めながら、いささか呂律のまわらない口調で、デュークが嬉しそうに話す。ちなみにこれはハルキが聞いているだけで本日八回目の台詞である。

「ははは……」

 最初のうちは熱心に聞いて丁寧に相槌を打っていたハルキも、さすがに乾いた笑いを漏らす。

「なんていうかなー、可憐っていうかー、百合と芍薬と牡丹と薔薇を足したような感じかなー」

『いくらなんでも、それは足しすぎでしょ……』

 瑪瑙のツッコミは、あいにくデュークには届かない。

 ふと、とろんとしたデュークの目がゆらゆらと動いて、ハルキに向けられた。

「……な」

 ぽつりと唐突に呟かれた言葉に、ハルキは首をかしげる。

「な?」

「なんてかわいいんだーっ!」

「きゃああああっ!?」

 両手を広げ飛びかかってくるデュークに、ハルキが甲高い悲鳴を上げた。いくら酔っ払いといえど、さすがにこれは想像の埒外だ。反射的に目を閉じ、首をすくめたハルキだったが、想像していた感触はいつまでたっても訪れず……そろり、と薄く目を開ける。

「……?」

 そこには、大陸東部の名産品である巨大な陶器の置物に抱き着く、デュークの姿があった。相当にデュークは酔っ払っているらしく、人間と置物の違いにも気付かないようで、抱きしめた置物に対して熱心に妹たちのことを語っている。

「お嬢ちゃん、大丈夫?」

 すらりとハルキの隣に立つ銀髪の青年が、気遣うようにハルキに尋ねた。ハルキには見えなかったが、彼こそが、店内の隅にひっそりと置いてあった置物をデュークに押し付けたのである。

 状況を掴めないのか、きょとんとしていたハルキだったが、やがてぎこちなく微笑を浮かべ、かぶりを振った。

「あ、いえ……こちらこそ、助けていただいて……」

「いいって。あ、おれヴァリエル=シェルクバールって言うの。お嬢ちゃんは?」

「あたし、ハルキって言います。さっきはホントにありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げたハルキに、ヴァリエルが小さく笑みを浮かべた。手を伸ばしてハルキの頭をわしゃわしゃと撫でると、デュークとハルキの間に割り込むように椅子をねじ込んだ。ついでにデュークを向こう側へと適当に押しやったので、狭いなりにもなんとかおさまる。

 防壁になる位置に腰を下ろしたヴァリエルの前に、アルキオーネが水を入れたグラスをそっと置いた。

「ヴァリエル、さんだっけ? あたしからもお礼を言うわ。ありがとう、ハルキちゃんを助けてくれて。デュークさん、悪い人じゃないんだけど……ちょっと、やりすぎちゃうときがあるのよね。そうそう、お礼になんでも食べて行ってね、メニューは今の時間帯だと定食しかないけど」

「お、んじゃ遠慮なく定食ひとつ」

「はぁい、ちょっと待っててね」

 言葉通りありがたく受け取ることにして、ヴァリエルが陽気な声音で注文すると、アルキオーネは朗らかに承った。厨房に引っ込むアルキオーネを見送ってから、ヴァリエルがハルキにひょいと首をかしげてみせる。

「そういや、あんまり考えないで割り込んじまったが……良かったのか? 恋人とかだったら悪いことしたことになるが」

「こっ、恋人!?」

 予想外の疑問を提示され、ハルキはすっとんきょうな声を上げた。

「えっと、あたしとデュークさんはお店の前で初めて顔をあわせたので、そんなのじゃないですよぅ」

「そうなのか? それにしちゃ、仲良さそうだったけどな……恋人じゃなかったのなら、後でいいカンジに絞めておくかな」

「だっ、ダメですよ! デュークさん、お酒が入るまでは、すごいいい人だったので!」

 ヴァリエルの中のデュークの印象がひどいことになってそうで、ハルキは慌てて声を張り上げた。実際、デュークが抱き着こうとした場面だけ切り取れば、破廉恥な男として詰所につき出されてもおかしくはない行動だ。

 もっとも、ハルキにとっては、デュークはそれだけの男ではない。

「いろいろと街の事、教えてもらってたんです。あたし、ホントについさっきこの街に着いたばっかりなんで。デュークさんも十日前に来たところらしいんですけど、いろいろ詳しいんですよ!」

 美味しいパン屋さんの場所とか。年頃の女の子たちが好みそうな小物を置いている雑貨屋さんの場所とか。他の街へ行くのに便利な乗合馬車の発着場や、街の中央にある噴水が見事なことなど、様々なことを教えてくれた。

「それに……たぶんですけど。妹さんと酔っぱらって間違えちゃった感じなんですよね。だから、あたしは大丈夫なんで!」

「そっか。……優しい子なんだな」

 両手を握りしめ力説するハルキに、ヴァリエルも笑みを浮かべる。

 と。

「はーい、お待ちどうさまー」

 軽やかな声音とともに、ヴァリエルの前に料理が並べられる。ハルキやデュークが食べたのと同じ定食だが、パンの数がひとつ多いのはアルキオーネのサービスだろう。

 食事を始めたヴァリエルとトマトジュースをちまちまと飲むハルキの間で、瑪瑙がにゃあ、と声を上げた。

『……ハルキ、ハルキ。ご飯終わったら、ちゃんと本来の目的やんないと』

「……あ」

『あ、じゃないよ! ……ったく、どーして使い魔のオレが主人をここまでフォローしないといけないんだろ』

「いいじゃないの、ちょっとぐらい。えぇとね、人生にはいろんな出来事があるんだから、多少の遠回りなんて些細な事よ」

『遠回りはいいけど、ハルキの場合それで道を忘れちゃってるからねえ』

 苦しいフォローは、瑪瑙のイヤミたらしい反論で粉々にされた。むぅ、とハルキの眉間にしわがよる。

「……」

 むぎゅっ。

 足元で横たわっている瑪瑙を、爪先で軽く踏む。

『ああっ、ハルキ、ナニすんだよっ』

 むぎゅむぎゅ。

『ハルキ、ちょっ……暴力は、反対っ』

 むぎゅむぎゅむぎゅ。

『わかったわかったっ、オレが言い過ぎたっ』

「反省してるならいいのよ」

 勝利の笑みを浮かべて、ハルキはそう言い放つと、ヴァリエルとなにやら話していたアルキオーネに向き直った。

「えっと、すみません。ここに来ればいろんなコト、教えてもらえるって聞いたんですけど……」

「あぁ、ここは結構いろんな人が来るからねー。多少は顔が広いから、いろいろと答えれることはあると思うけど。なあに?」

 にっこりとアルキオーネが微笑した。

「この辺にエルフの村ってありませんか? 詳しくなくてもいいんですけど……」

「あなた、エルフに用事なの? そう言えば……」

 まじまじとアルキオーネはハルキを見つめた。

「失礼だけど、もしかしてハーフエルフ?」

「はい。母がエルフで……探しに来たんです。ミリアって名前なんですけど……ご存知ありませんか?」

「冒険者で、ウチの店に来たエルフの方も何人かいらっしゃるけど……ミリアさんてお名前じゃなかったわね。姉さんは?」

 しばらく考えこんだアルキオーネは、ふらふらと厨房から出てきたアルリスカに尋ねる。

 だが、アルリスカもアルキオーネ同様、「ミリア」という名のエルフの女性は知らないようだった。さすがに絵姿も何もなしに、名前だけを頼りにするのは無謀だったのかもしれない。がっくりとハルキは肩を落とす。

「そうですか……」

「あ、でも、エルフの集落があるトコなら、ひとつ知ってるわ~。そっちで探してみるのもいいかも~」

「えっ、どこですかっ!?」

 思わず椅子を蹴倒して立ち上がったハルキに、アルリスカは「ん~とね」とのんびりと笑った。

「一番近いところはね~、テレストの南、トゥバンの森の中にあるのよ~」

「……そんな近いところにあるの? トゥバンの森って言ったら、ピクニックで行ける距離でしょ」

「でも~、ピクニックには森の入り口らへんしか行かないでしょ~? 奥の方にあるのよ~」

 アルリスカの言葉に、アルキオーネは納得した。

「……だ、そうよ、ハルキちゃん。お役に立ったかしら?」

「はいっ、ありがとうございましたっ」

 ハルキが勢い良く頭を下げた。元気いっぱいの姿に、思わずアルキオーネも笑顔になる。

 そのままハルキは立ち去ろうとしたが、すぐに呼び止められた。

「あのさ。…一人で行くの?」

「そうですけど……どうかしましたか?」

「ああ、いやね」

 ちょっと言葉を切ったヴァリエルは、とんとん、と自分の胸をたたいた。

「用心棒代わりに連れてかない?」

「え……でも……」

 ヴァリエルの申し出に、ハルキは視線をさまよわせた。

 提案はありがたい。ありがたいが……それに見合うだけの報酬を払えるかというと、否だ。何しろ手持ちはそんなにはない。それに、そこまで迷惑をかけるにも悪いと思う。

 思わず、縋るようにアルキオーネを見上げる。

「報酬なら気にしなくていいよ。おれもエルフの集落ってのに興味あるしね」

「で、でも……」

「女の子一人じゃ危ないからさ。ね、アルリスカさんもそう思うよね?」

「そうね~、奥まで行くんだったら、ひとりはちょっと心配ね~。テレストの近くは治安いいけど、それでも山賊……じゃない、森賊が出ないとも限らないし~」

 話を振られたアルリスカの答えに、ハルキは視線を揺らがせた。

 ぽん、とアルキオーネが手を打った。

「そうだ、どうせだったら、この人も連れていったら?」

 この人、とはデュークのことである。

 デュークの上に向けた視線をアルキオーネに直して、ヴァリエルがぼそっと突っ込む。

「……えらく壊れてるけど?」

「どうせ、今からだと夜探す事になっちゃうでしょ? 一晩ゆっくりして、明日の朝から行ったらいいんじゃないかなと思って。明日ならさすがにデュークさんもお酒抜けてるでしょうし。それに、用心棒だけじゃなくて番犬もつけたら、ハルキちゃんも安心でしょ。いざとなったら二人を囮にして、ハルキちゃんはちゃんと逃げるのよ?」

 聞こえてないから、アルキオーネは言いたい放題である。

 ハルキはヴァリエル、デューク、アルキオーネ、アルリスカの順に視線を向け、やがて深々とお辞儀をした。

「……じゃあ、よろしくお願いします」

 その言葉にアルキオーネはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。

「じゃ、ついでだから、うちに泊まっていったら? 安くしておくわよ」

 さすが商売人ならではのせりふに、ヴァリエルとハルキは苦笑を浮かべる。

 ……ちなみに、デュークはまだ陶器の置物にに、妹の愛らしさを切々と語っていた。


* * *


「じゃ、いってきまーす」

 次の朝、しっかりアルリスカの用意してくれた携帯食料などの準備を整えたハルキは、元気いっぱいであった。

 隣のデュークは少し酔いが残っているのか、ハルキほどの元気はないようである。

「朝日が眩しい……」

「ぶつぶつ言わないの! ほら、最愛の妹を守るようなものと思えばいいんだから」

 アルキオーネの言葉に、デュークははっ、と顔を上げる。その顔は使命感に輝いていた。

「そうか……そうだよな。安心しろ、ハルキ……俺が護ってやるぞ」

 デュークの変貌ぶりをはじめてみるヴァリエルが、目を丸くする。だが、ハルキは頼もしそうに見上げる。

「遅くならないうちに帰っておいでね~」

「姉さん、それは無理」

 相変わらずの、姉妹の掛け合いを背に、ヴァリエルとデュークとハルキ(と瑪瑙)の3人(+1匹)は、トゥバンの森に向かって出発した。


* * *


 トゥバンの森。

 森の入り口から道に沿ってぐるぐると入ったところに、立て札が立てられていた。

『ここよりエルフの森。荒らす事を禁ず』

「……」

「……」

「……」

「……こんなカンタンに見つかっていいものか?」

「……おれもそう思うんだけど……」

「……どうなんでしょう?」

 しばし呆然と立て札を眺めていたデュークとハルキとヴァリエルは、ついでお互いの顔を見やる。

 ややあって。

『どうすんのさ?』

 瑪瑙が決断を促した。

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