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1. 彼と彼女と彼の出会い

 その日、デューク・アルレインは大変不機嫌だった。日頃の愛嬌の良さはどこへやら、眉間にしわを寄せ、水色の双眸はあたりを睨み付けるかのように細められている。戦士としてはいささか小柄な体格なのだが、目に見えるほどに不機嫌な気配をまき散らしているせいか、足早に歩く彼の周囲にはぽっかりと空間が出来ている。

 とある商人の護衛でこのミザール皇国に来てから、十日ほどが経過した。護衛が終了し契約が終わってから、その間、次の契約が見つからない。いや、仕事がないわけではないが、心躍るような『何か』はそこになかったのだ。もともと、行ったことのない国へ行けるという、それだけで先の契約を結んだぐらいなのだ、次の仕事もやはり、知らない何かを見たり知ったりできるような、新鮮なおまけがあるといい。

 とはいえ、そうそう簡単にあるわけもなく、ひたすら退屈をかみ殺す日々なのだが。

「……高望み、しすぎかねぇ……」

 確かに、この国は訪れたことがない国なだけあって、あちこち目新しい。街並みこそは今まで訪れたことのある国と大差ないが、小国ながら歴史がとんでもなく長いこともあって、随所に目を引くものがある。歴史に興味があるものが見れば、資料の多さと保存状態の良さに脳汁が出かねないぐらいだろう。

 とはいえ……デュークは戦士だ。そして、冒険者だ。であるからには、冒険者ギルドで受ける依頼も、それなりに冒険心が踊るようなものがいい、と思う。別段差別するわけでもないが、この街に来て最初の依頼が猫探しだの荷物運びだのというのは、さすがに浪漫がなさすぎる。

「……とりあえず、戻るか」

 はぁ、とため息をついて、デュークはミザール皇国についてから根城にしている宿屋兼食堂の「蒼海亭」に向かった。この街から出るにしても、何をするにしても、腹ごしらえは必要である。

 昼間のピークからは微妙に外れているので、すいていると思いきや、腰の重い客のおかげで店内は 意外と混んでいた。

「あれ、デュークさん。お帰りなさい」

 看板娘のひとり、アルキオーネがにっこりと笑って出迎える。

 空いている席を目で探していたデュークの背中に、どすっと何かがぶつかった。


* * *


 んーと、とハルキは看板を見上げた。建物の入り口上には、木目も美しい看板がかかっており、流麗な筆致で店名が記されている。

「そ、う、か、い、て、い……うん、ここね」

 隣の街からここまで送ってくれた親切なおじさんの言葉を思い出して、うんうん、とハルキが頷く。十代半ばと、国によっては成人とみなされる年齢のはずなのだが、大きな碧紫の双眸に好奇心がくるくると映し出されるせいか、もっと幼く見える。実際、荷馬車に乗せてくれたくだんのおじさんも、ハルキがもっと幼い子供だと思い込んだらしく、しきりに「そんな年で遠くまで行こうだなんてえらいねぇ」と心配するやら感心するやらだった。子供っぽくみられることに、ハルキ自身不満がないわけでもないが、こうして人に親切にしてもらうことも多いのだから、結果オーライといえなくもない。

『それはいいから、早く入れば?』

 確認していたハルキに、足元の黒猫、瑪瑙があきれたように言う。

 瑪瑙の言葉はハルキにしか理解できない。黒猫である瑪瑙が実際に人間の言葉をしゃべっているわけではなく、魔術師と使い魔との契約による魔法で、ハルキが瑪瑙の言葉を理解しているだけだからだ。魂を繋ぐ魔法とか何とかかんとか、実際にその術を施したのはハルキの母親で、ハルキ自身はあやふやにしか理解していないのだが。

 ともあれ、ハルキにとっては瑪瑙は単なる黒猫ではなく、使い魔で、人生を共にしている相棒だ。……その意識が強いためか、他人からは猫に話しかける、あるいは独り言の怪しい少女だと思われがちなのだが、ハルキに、それに気付く様子はない。

「わーかってるって。瑪瑙はうるさいんだから」

『ホントかなあ? 大体、オレがうるさいのはハルキのせいなんだよ。ハルキがちっともしっかりしないから……』

「はーいはいはい」

『はい、は一度で十分』

 使い魔にここまで言われる魔術師も珍しい。

 多少ふくれながらも、ハルキは勢い良く「蒼海亭」のドアを開けると、道場破りのような勢いで足を踏み出す。

 それが悪かった。

「こんにち、わあああ!?」

 どすっ、と何かにぶつかって、ハルキはしりもちをついた。前を見ずに踏み出したせいで、扉の向こうの何かにぶつかったらしい。床にぶつけた尻もいたいが、思いっきり顔から突っ込んだせいで鼻の頭も少しひりひりする。

「うぅ……痛い……」

『……ハルキ』

 鼻に手を当てて呻いているハルキに、瑪瑙が微妙な声音で呼びかけた。視線を上げたそこには、軽鎧に剣を佩いた一人の青年――デュークが立っていた。

「ほら、気をつけて」

「あうぅ、すみません……」

 慌てるハルキを、ひょいと立たせて、デュークは軽く笑った。つい先ほどまでの不機嫌顔はどこへやら、相手が妹達と似たような年齢の少女なので、対応が非常に穏やかだ。どこからどう見ても親切な好青年モードである。猫をかぶっているというよりも、自然に対応が切り替わるのだ。

「ごめんなさいっ、ちゃんと前見てなかったから……っ」

「いいって、いいって。ぼーっとしてたオレも悪いんだし」

 ひらひらと手を振ったデュークは、ふとじっとハルキを見つめた。

「あのー、あたしに何か?」

「いやいや、ちょっと妹たちを思い出してね。これがかわいいんだよ」

「へえ、見てみたいですね」

「そうだなぁ、いつかはオレも見せびらかしたいな。故郷に置いてきたから今は離れ離れだけど、機会があれば紹介するよ」

「……デュークさん。先に席についてもらえませんか? ほらほら、そこのカウンターが空いてるからそっちにお願いしますね」

 アルキオーネに追い立てられて、二人はカウンターに並んで座る。てきぱきと水を注いだグラスがふたつ、前に並べられる。

「デュークさんは、今日は何にする?」

「定食1つね」

「はーい。そちらのお嬢さんは?」

「あ、じゃああたしも定食と……そのー、トマトジュースはありますか?」

「あら、珍しいわね。昨日もそう言ってきた人がいたのよ。仕入れたばっかりだから、もちろんあるわ」

「やったっ!」

『いいないいな、ハルキばっかり美味しそうなの食べてさ……どうせオレにはエビのしっぽとか、肉のはしっことかしかくれないんだろ』

 瑪瑙のぼやきは、綺麗にハルキに無視された。ハルキにとって瑪瑙の愚痴や小言はいつものことすぎて、真剣みが薄いのだ。

 だが、その鳴き声はハルキ以外の人間に届いた。ハルキの足元でにゃーにゃー無く黒猫に、アルキオーネが目を瞬かせる。

「あら、猫ちゃんもいるの?」

「あっ、ソレ、瑪瑙っていいます。あたしはハルキです!」

『ソレって何だよ、ソレって』

 瑪瑙の抗議は、またもやハルキに無視されたが、かわりにアルキオーネが薄く微笑んだ。

「じゃあ、瑪瑙クンにはミルクをあげましょうか。それとも、猫用の魚の方がいい?」

『ハルキ、魚サカナっ。旅の途中は干し肉ばっかりだったんだからっ』

「……んもー。瑪瑙ってばワガママばっかりなんだから……」

 瑪瑙の言葉は、今度はちゃんとハルキに届いた。唇を尖らせながらも、瑪瑙の要望をアルキオーネに伝える。

「えーと、それじゃ、おサカナお願いしていいですか?」

「りょーかい。気にしなくていいわよ、うちには姉さんが拾ってきた猫がたくさんいるから、猫用の魚は常備してあるのよね」

 呆れたような口調で、わざとらしくアルキオーネが肩をすくめる。愛嬌たっぷりの仕草は、気にしなくてもいいというアルキオーネなりの気遣いなのだろう。ありがたくその気遣いを受けることにして、ハルキは小さく頭を下げた。

「じゃあ、定食がふたつと、瑪瑙くんの魚ね。……姉さーん」

 注文を確認して、アルキオーネは料理担当である双子の姉アルリスカがいる厨房へ向かう。


 やがて。

「はーい、おまたせしましたー」

 どどん、とボリューム満点の定食がふたつ、テーブルにおかれる。今日の定食はクルミ入りのパンとチキンソテー、それに青菜のサラダ付のようだった。旅暮らしもあり、新鮮な野菜にはここ暫く縁がなかったハルキの瞳が、あからさまにきらきらと輝く。

「いただきます」

「いっただっきまーすっ」

 行儀良く手を合わせてから、二人は食事にとりかかった。

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