夢想の戦士 7話(後編)
後編のため短いです。
幻武・想甲は空から地上を見下ろした。眼前には鬱蒼と木々が生茂っていたが、ジャングルとまではいかない。
空中から怪夢の姿は確認できず地上に降りる。辺りの雰囲気は2対の怪鳥と戦った夢を彷彿とさせる。
幻武・想甲が森林の中へ一歩踏み出すと周囲の風景画が歪んだ。全ての植物が山火事でもあったかのように焼かれていた。所詮は人の夢である、場所や時間が前触れ無く移り変わることはある。ただ、怪夢が絡んでいるとなると意図的なものだろう。
「またお前の仕業か!」
幻武・想甲が声を上げて叫ぶ。
「解っているなら速く来るといい」
叫び声に応えるかのように返事が遠くから聞こえる。自在に姿を変化させる怪夢と同じ声であった。一度倒したときも「我は消えぬ」と残していた。たった1日で甦ったということだろうか。
焼けた森林を駆け抜けると、20メートルは超える大木が見えてきた。大木には一切の実りがなく、他の植物同様に焼け爛れている。
大木の頂点は枝が絡み合い椅子の様になっており、漆黒の幻武・想甲が鎮座していた。
「性懲りもなく復活したのか。もう一度葬ってやる」
「愚かものが、貴様の目は節穴か」
大木の枝の1本いっぽんが蛇のように蠢き、枝の隙間に人影が現れる。
黒焦げた枝に両手、両足を縛られた千華の姿がそこにはあった。千華はぐったりとしており、ピクリとも動かない。
「人質を取るのか、やはり卑怯者だな」
「人質などではない。幻武、貴様の目の前で殺すためだ」
確かに怪夢は人を襲がそれで人間は死んだりしない。夢の中で人を襲い本人の体を操りはするが。だが、漆黒の幻武・想甲なら取り付いた人間を脳死に出来るであろう。
「愛する者を失う悲しみを忘れた貴様には何度でも教えてやる。何度でもな」
意識を失っていた千華が目を覚ます。
「・・・ここは?」
漆黒の幻武・想甲は前回と同じように姿を変化させ、千華の姉であった唯理へとなる。幻武の時とは違い姿は黒に染まっていない。
「あら、千華、目が覚めたの」
まるで本物の姉のように千華に話しかける。笑顔の作り方までそっくりだ。
「な、何で、お姉ちゃんが!」
千華は自分の状況よりも姉の存在の方に驚かされている。
「惑わされるな! そいつは唯理さんじゃない、偽物だ!」
「に、偽物!?」
千華はまじまじと唯理に注目するが外見の違いなどない。生きていた頃の唯理そのものである。
「どうしたの千華? お姉ちゃんの顔を忘れちゃったの?」
幻武・想甲は両足に力を込め一気に跳躍、枝に巻きつかれている千華のすぐ側に飛び乗る。
「偽物野郎は口挟むな」
「こうちゃん、姉妹の再会に水を差さないでよ」
千華の視線はすぐ横に現れた幻武・想甲に釘付けになる。噂どおり純白の戦士である。
「本当の姉なら妹を縛り付けたりするはずないだろ。早く千華を解放しろ」
幻武・想甲は大剣を振りかざす。
「何も解っていないのね、私は本物の久遠唯理よ」
「違う。お前は他人の記憶を頼りに形を自在に変えられる怪夢だ」
唯理は深い溜息をつき、やれやれと首を横に振る。
「私との約束を覚えているの? 妹のことを守るように頼んだのに、こうちゃんは何も出来なかった、自分のことで精一杯になっていたのよ。千華に怪我を負わせ、体調を崩して心配させて、告白を断った。どれだけ千華を悲しませれば気が済むの」
全て本当のことである。言い返す余地はなかった。
大剣を振りかざしていた手から力が抜けていく。激情して切りかかる気にすらならない。
「もう、こうちゃんに千華を任せておけない」
目の前の唯理が偽者だと知っているのに、発せられる言葉が胸に突き刺さる。大剣を支える握力すらなくなり、剣は大木の根元へ落ちていった。
唯理は千華の肩にそっと手を乗せる。
「さぁ、お姉ちゃんと行きましょう」
「・・・・・・」
千華は何も応えなかった。ただ隣でたたずんでいる幻武・想甲を見つめていた。
「千華? 行くわよ」
「・・・嫌だ、私は光介君と一緒に居る。だって、私のことを好きだって言ってくれた、守ってくれるって約束したの!」
「正気なの!? こうちゃんはあなたを悲しませることしか出来ないのよ!」
唯理は千華の両肩を掴み前後に激しく揺らす。
「そんなことない! 光介君は優しすぎるから、それが時々人を傷つけてしまうけど、誰かを不幸するような人間じゃない!」
誰かから期待される人間はその要望に応えなければならない。それが大事な人であればなおさらだ。
千華を掴んでいた手を幻武・想甲が力尽に引き離すが、足元が枝のため幻武・想甲と唯理はバランスを崩し転落していく。
「光介君!」
千華の叫びに応えるかのように、幻武・想甲は炎を身に纏う。炎は翼のように展開して崩れた姿勢を立て直し、大木の頂点を目指し羽ばたく。
幻武・想甲は翼となった炎から、テニスボールほどの火球を幾つか放つ。火球は千華に巻きついている枝の根元を焼き尽くす。枝が折れ、落下が始まる瞬間に千華を抱きかかえる。
「ごめん、守るって誓ってすぐに格好悪いとこ見せて」
「そんなことないよ。すごく格好良かった」
「直接言われると恥ずかしいな」
幻武・想甲は右手に火力を集中させバランスボールほどの火の玉を生み出す。
「燃え尽きろ!」
幻武・想甲から放たれた炎は大木に直撃した。火炎は瞬時に広がり辺りを覆いつくした。
千華がビクリッと跳ね起きると、そこは自分のベッドであった。どうやら夢から戻ってこれたようだ。
「ようやく気が付いたか」
ベッドの横には光介が座っていてくれた。
「私達あの後どうなったの? 炎に包まれたはずなのに」
「あれなら俺が庇ったから大丈夫。馬鹿でかい木の怪夢は倒せたけど、もう1人には逃げられた」
せっかく助かったというのに千華の顔は浮かないままだった。
「お姉ちゃんの姿をしてたあれは何なの。本人だとか言っていたけど」
「あいつは姿形を自在に変えられるんだ。そうやって心の隙に付け込む怪物だ、絶対に唯理さんなんかじゃない」
本人ではないと解っていても奴の物真似はそっくりである。ふっとした拍子に漬け込まれる。
〈奴は怪夢そのものだ。俺との因縁もただならぬ〉
幻武の意思が頭に響く。融合する瞬間ぐらいしか幻武と会話したことはない。
「そのものだと? 因縁ってのも何のことだ?」
「えっ、いきなりどうしたの」
幻武の意思は他の人に伝わらないため、光介は独り言を呟いているようにしか見えない。
〈こうして光介と意思疎通が出来るということは、我々が1つになってしまうのも間もなくかもしれない〉
「そうだな。覚悟の上だ」
「だから誰と話しているの!?」
千華は光介の体を少し揺さぶってみた。
「あ、ごめん、俺はそろそろ帰るよ。やることがあるんだ」
光介は立ち上がるとそそくさと扉を開けて部屋を出ようとしたが、一旦立ち止まった。
「言い忘れてたことがあった。母親には千華が体調不良で、俺が学校から付き添っていた、って説明しておいたから。後は適当に誤魔化して」
「うん、わかったよ。光介君も気をつけてね」
部屋を後にすると光介は久遠家の母親に挨拶をして家を出た。
外の空気は冷たく、風が吹けば肌が露出している部分が痛っかた。