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夢想の戦士  作者: アキン
8/12

夢想の戦士 7話(前編)

前回との間が空きすぎました、申し訳ございません。

 光介達の通う高校の正門は昨日ダンプカーが激突したため使用禁止となり警察により封鎖された。そのため登校してきた生徒達は学校のグラウンドに集められた。数名の先生方が拡声器を片手に生徒を並ばす。

「たぶん、全校集会で今日は終わりじゃないか?」

「校舎に入れないの?」

 学生同士があれこれ憶測で会話している。


「間もなく全校集会を開始する。私語慎み先生方の話をしっかり聞くように」

生徒指導部の教師が指揮を取る。ある程度静かになると校長や理事長が小さな壇上に上がり集会が始まる。

 用務員が夢遊病で暴れた時も同じような話をされるため生徒の半分は上の空である。実際、ダンプカーが正門に突っ込んだことはわかるが原因は解明されていない。つまり先生達も話す内容がそれほどないのである。

 囁かれていた通りその日は全校集会だけで終了となった。生徒達にしてみれば、今日の分の付けが祝日に回されるのを憂鬱に思うぐらいだ。


「矢星、千華を見なかった?」

 だらだらと帰路につく生徒を尻目に光介は千華を探していた。

「集会前には見かけたのだが」

 矢星は高い身長を活かし探すのを手伝ってくれる。

「あっ、居た。手伝ってくれてありがとう」

 光介は早速、人混みの中から千華を見つけ出した。


「ちょっと待ってくれ。永森、今日は元気そうだが、何かあったのか?」

「そうか? 確かに色々あったけど、もう大丈夫」

 矢星の言うとおり光介の顔色は以前より良くなっている。目の下のクマもなくなり、褐色も問題ない。悩んで迷っていた時とは大違いである。

「元気そうで何よりだ。一時期、あそこまで落ち込んでいたのが嘘のようだな」

「沈んでばかりいられないんだ。強くならなければ成らない理由がある、千華のためにも、約束を果たすためにもな」

 光介は戦いを拒み、怖がっていた自分と決別すると決意を固めたのだ。


「なるほどな。これまでの事や心を腐らせずにここまで来たことを踏まえ、俺はすでにお前を強い人間だと確信している。本当に凄いな」

「こんな自分を信じてくれたみんなのお陰だ。矢星、ありがとう」

「これからもだろ」

「あ、うん、そうだな」

 矢星は光介の喋り方に違和感を覚えていた。光介の言葉使いはもっと穏やかだったはずである。

 学生の中を掻き分けて進む光介の後姿を矢星は見送った。




 人混みを掻き分けて光介は千華の肩をポンッと軽く叩く。

「千華、少し話があるんだけどいい?」

「・・・うん」

 千華の反応はそれほど良くない。ばつが悪そうであった。

 2人は人の流れに沿って学校のグラウンドから出て行く。


「冷性の千華にとってこの季節はやっぱり辛いか?」

 光介はそれとない会話から始める。

「毎年のことだから平気だよ。防寒も確りやってるから」

 確りやっていると言いつつも千華は両手を制服の袖の中に隠そうとしている。恐らく手が冷えているのであろう。

「手袋をしないのは誰かを驚かせるためか」

「え、いやぁ、家に忘れちゃって・・・」

 光介は自分のポケットから手袋取り出し、それを千華に差し出す。


「これ貸すよ。返すのは今度でいい」

「ありがとう、じゃあ借りるね」

 千華は光介の手袋を受け取る。すぐに填めることはせず何かを確認するように眺めている。

「あんまり使ってないから、汚れてはいないはず」

 男子同士だとあまり気にしないが、やはり女子は細かくチェックするものなのだろうか。


「別にそういう意味じゃなくて、男の子用ってもっと大きいのかなって思ってて」

「手袋の大きさなんて男女でもそんなに差はないんじゃないか」

 光介は千華の手を掴み自分の手とあわせる。手の平同士が触れ合い、光介の熱が千華に伝わる。反対に光介にはひんやりとした冷たさを感じた。

 肝心な手の大きさだが、手首の位置を合わせて比べる。当たり前のことだが手が大きいのは光介の方である。男子と比較すると女子の指は細くてすらっとしている。

「こうやって比べてみると、意外と違うもんだな」

 光介が合わせていた手を放す。


「光介君、何だか雰囲気が変わったね。前はもっと穏やかだったような気がする」

 千華は光介への違和感を募らせていた。

「あぁ、うん、それも込みで話そうと思ってたんだ。長話になりそうだからタイミングが上手くつかめなくて」

「それなら、私の家でどう? 今日のこの時間帯はお母さんいないから」

 光介は顎に手を当てて考える。千華の家なら他人に聞かれる心配もなければ寒さもしのげる。悪い点はこれといってない。

「じゃあ、お邪魔させてもらうかな」

 光介は千華の家に行くことにした。




 久遠家には千華の言ったとおり留守であった。

「お邪魔します」

 誰もいないとわかっていても挨拶はしてしまう。最低限の礼儀だと思っている。

 光介は以前、唯理のお参りをするために上がらせてもらったことがある。


「じゃあ私の部屋に案内するね」

 千華とは中学時代からの友達だが部屋に上がるのは無駄に緊張する。中学生の時に何度か入ったことはあるが高校生になってからは初めてである。

「失礼します」

 ベッド、勉強机、タンス等、これといって驚く物はないため光介は安心して深い息が漏れる。

「もしかしてやらしいこと考えていた」

「いやそんなことはない。ただ、久しぶりだからイメージと変わってないか考えていただけ」

 光介の中学生時代の記憶に残っているイメージとあまり変化はない。むしろ変化していた方が気を張ってしまう。


 窓際に小さな鉢植えにサボテンが飾ってあった。体長は8センチメートルほどで、緑色の本体から無数の棘が毛の様に生えている。

 本棚にも植物関連の資料が並んでおり、植物の育て方に関するもののようだ。


 千華は折りたたみ式の机と座布団を2枚用意してくれた。

「それで、話って何? 長話になるんでしょ」

 千華の方から話題を展開してきた。先手を打つということはそれなりの覚悟があるのかもしれない。

「まず、この前のことなんだけど謝ろうと思うんだ」

 光介はゆっくりと語り出した。

「自分のことを千華に相応しくないって言ったけど人間は何所まで行っても不完全だ。誰かに相応しい完璧な存在にはなれない。ただ怖がって逃げる言い訳に過ぎなかった。ごめん」

「あの時は私も取り乱しちゃったし、こちらこそごめんなさい」

 2人は頭を下げあい、互いを許しあう。


「もう1つ伝えなきゃいけないことがある。長話になるのはこっちの話題だ」

 光介に真剣な眼差しに千華も息を呑む。

「純白の戦士だけどこれからも続けることにした。これは自分にしか出来ないことだから」

 千華を悲しませることだとはわかっている。だが、真実は教えなければならない。辛さを乗り越えるのが人生である。


「自分自身の意思なんだ。約束を守るのも、事件を解決しようとするのも俺の意志だ」

「えっ! 光介君・・・今、俺って」

 聞き逃すことの出来ない一人称の変化。光介の一人称は「僕」であった。

「実はここのところ幻武と人格が少し混ざっちゃってさ。ああ、幻武っていうのは人の夢に介入するのに不可欠な存在で俺の中に宿っているもう1つの意思みたいなもの」

 形態を自在に変化させる怪夢との戦いの後、幻武と上手く分離できていないことに気が付いた。明確な原因は特定できないが感情が高ぶりすぎたことだと思われる。


「それじゃあ光介君はどうなっちゃうの!?」

「・・・自分でもわからない。」

 もう一度一体化して分離してみたが元には戻らなかった。それどころか人格がより混ざり合ってしまった感じがある。このまま幻武との融合を続けていれば、いずれは完全に1つに成ってしまうであろう。

「どうしてこんなことになっちゃったんだろう・・・。何で光介君がこんな目に遭わなきゃいけないの」

 光介もその問には上手く答える術を持たない。

「偶然とか運としか言えないな。誰かがこうなることを望んだ訳じゃない」

 自分で喋っていても虚しくなる。ただ運が悪かっただけで片付けられることじゃない。


 千華の気分が沈んでいくのは目に見えてわかる。虚ろな瞳は光介を映しておらず、何も置かれていない机の上を向いている。

「似合わないことはするもんじゃないな。いつか壊れると気が付いても、ずるずると引きずって手遅れだ。決断力がないからこうなったんだろうな」

「・・・もう全部が手遅れなの」

「ああ、手遅れだ」

 光介は事実を伝えるためにここに来たのだ。気休めの嘘を吐くことはしない。


「千華が好きだった永森光介はもうこの世に居ない」

 2人の間を作っていた机が弾かれたのとほぼ同時に光介は胸元をおもいっきり捕まれた。千華の目は赤く血走っている。

 千華は非常に怒っているのであろう。ここに居る光介はかつての光介ではなく、以前の人格を殺して生まれてしまった存在である。好きだった人物の仇と言っても過言ではない。

 光介は怒鳴られることも殴られることも覚悟の上である。


 千華は掴んでいた両手を離すと、光介を押し倒す形で抱きついた。

「うおぁ!」

 床に突き倒された光介の上には、これまでに感じたことがない人間の温もりがあった。

「光介君・・・」

 光介と千華の顔の距離は僅か20センチメートルもない。本来ならば千華のことを振り払うことぐらい出来るが、何故だか全身に力が入らない。

「千華もう一度言うけど、君が好きだった永森光介は変わり果ててしまったんだ。俺はあの頃の光介じゃないんだ」

「今の光介君は私のこと嫌いなの」

「好きに決まっているだろ」

 ちょっと前までは口に出来なかった言葉である。怖がって、恥ずかしがって遠ざけてきた想いだ。


「昔からバカだったんだ。唯理さんに憧れているから、っていう理由で千華のことを無碍にしてさ。側にいてくれる人の大切さを理解していなかった」

 光介は右手で千華の頬に触れる。冷性で指先は冷たい彼女だが頬は温かい。

「性格が変わっているから、こんな俺を好きなって欲しいとは思わない。ただ、これだけは誓う。必ず君のことを守る」

 始めのうちは愛の告白っぽくしたくなかったが、今更後には引けない。素直な気持ちを伝えただけだ。

「その想いは今の光介君の気持ち、それとも、以前からのもの?」


「あの時の想いは俺に受け継がれている。永森光介は久遠千華のことが好きなんだ。その想いはこれからも変わらない」

「ありがとう、光介君。私も・・・、あれ、何だか意識が・・・」

 千華の体から力が抜けていく。まぶたを開けようとしてもすぐに垂れてくる。

 光介は千華を自分の上から除けた。意識の遠のいていく彼女の異変を察知したからだ。

「大丈夫、すぐに助ける」

 光介は千華の額に手を当て精神世界に入り込んだ。


後編に続きます。

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