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夢想の戦士  作者: アキン
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夢想の戦士 6話

切りの良いところで終えようとしたため、今回は短めです。

 雪田の家からの帰り道、光介は無意識の内に幻武との今後を考えてしまう。相談しようにも幻武は融合する時しか意識を表さない。光介がどれほど呼びかけても無反応である。

 もしも、戦いから身を引くことができたら幻武はどうするのだろうか? 雨野の下で別の適合者を探すのであろうか? それとも一生分離できないのだろうか?

 あれこれ思考するほど不安は募る一方である。雪田は誰かに助けを求めろと言ったが、光介が悩みを打ち明けられる人物はどれほどいるだろうか。矢星か父親か。

 思考は同道巡りで抜け出せない。


 突然ポケットの中で何かが振動しだしたため、光介は慌ててポケットの中に手を入れる。マナーモードにしていた携帯電話だ。取り出して電話に出る。

「もしもし、永森です」

「俺だ、矢星だ! 今、何所にいる! 学校か!?」

 矢星が焦っているのは電話越しでも伝わってくる。


「いや、学校にはいないけど。どうしたの」

「実はな、俺達の通っている高校の正門にダンプカーが突っ込んだんだ」

 光介の頭脳に唯理が亡くなった時の事件がフラッシュバックする。タンクローリーが大学の敷地で爆発したあの事件は、夢遊病事件の中で最も悲惨な出来事である。

「矢星は無事なの! 他のみんなは!?」

 光介は心臓が飛び出そうな気持ちで居ても立ってもいられなかった。

「落ち着け! 俺は無事だ。突っ込んできたダンプカーも1台だけで生徒に怪我人はいない」

「みんなは無事なんだね。でも運転手さんは・・・やっぱり」

「・・・まだ発生して間もないから詳しい状況はわからないが、助かった可能性は低いだろうな」


 今回の事件が夢遊病事件なのかは不明である。大学で起きた事件のように複数犯で生き残ったものがいれば事情聴取も可能だが、単独犯で加害者が死亡してしまった場合真相は藪の中である。

「俺はお前が無事で何よりだ。一安心した」

「矢星にはいつも心配ばかり掛けてごめん。連絡ありがとう」

「気にするな。俺はどんな時も永森の味方だ」


 矢星との通話が終わる。彼は必ずと言っていいほど親身になってくれる友達だ。光介が幻武との活動をやめたいと決意すれば協力してくれるであろう。

 しかし、先ほど発生した事件は光介の決意を鈍らせた。今回の出来事も夢遊病事件だったら。自分が戦わないことで夢遊病事件の被害が拡大していく。

 戦い続け心身ともに壊れるか、戦わず悪夢の恐怖に脅えるか、この2択を突きつけられてしまった。




 光介が自宅にたどり着いたとき身の毛もよだつものを感じた。

 玄関が堂々と開けっ放しになっていた。これでは泥棒に入ってくださいと示しているようだ。父親はいつも夜遅くまで帰ってこないため、本来はこの家には誰もいない。


「誰かいるのか!」

 光介は玄関に向かって叫んでみたが、返事も何もなく物音1つしない。

 強盗が息を潜め潜伏しているかもしれない。光介は警察の電話しようと思い立った。

〈何をしている、我はここだ〉

 幻武と同じ音なき声が光介の頭に響いた。首筋に冷たく得体の知れないものが巻きつくような感覚が走る。それは玄関のもっと奥から呼んでいる気がした。


 光介は恐るおそる家の中へ一歩踏み入れた。とてもここが自分の家とは思えない。

 扉を開けリビングへ入ると仕事に行ったはずの父親が椅子に座っていた。スーツ姿のため会社に行く格好はしているが、右手にはコーヒーカップ持っている。

「どうして、お父さんがまだいるの!?」

 光介が近寄ろうとした途端、父親はコーヒーカップを投げつけてきた。カップの中は空だったため液体はかからなかったが、カップ自体は光介の顔面を捉えた。

 光介はコーヒーカップが直撃した衝撃で尻から倒れ、両手で顔を押さえ痛みをこらえる。床に落ちたコップは割れて破片が飛び散る。


〈奴が来る〉

 幻武が光介に忠告した次の瞬間、焦点が合わなくなり意識が遠のいていった。

〈実に久しいな〉

〈そんな挨拶しに来た訳じゃないだろ! 何をしに現れた、この世から去れ!〉

〈消えるのは我ではない。貴様だ〉

 全く別の2つの意志が光介の中でいがみ合っている。片方は幻武だとわかるが、もう片方は玄関の奥から話しかけてきた奴であろう。

〈光介、やるぞ〉

 幻武が呼びかけ、光介と幻武の意思が1つになる。他人の精神に入り込むのではなく光介自身の中で戦うことになるようだ。




 霧やモヤに囲われ周囲がはっきりしない。

「何所にいる! 出て来い!」

「何を言っている? 目の前にいるではないか」

 声は聞こえるが幻武・想甲の目の前には霧とモヤしかない。人影すら存在しない。


 幻武・想甲が背中の大剣に手を掛けようとした瞬間、左右から鋭い棘が飛び出した。ギリギリのところで反応して回避する。

 棘は幻武・想甲を囲い込むように四方八方から出現する。

「お前はこの空間そのものだというのか」

「この程度のことを把握するのにこれほど時間を費やすとは愚か」

 回避しきれないほどの無数の棘が一斉に襲い掛かる。

「うおわぁぁぁ!」

 幻武・想甲は全身のあらゆる箇所を貫かれた。勝負はその一瞬で決まった。


「情けないものだな。この程度か」

 周囲の霧を引き裂いて人の形をした影が現れる。影は次第に1つの形にまとまり出した。それは、真っ黒な幻武・想甲へと変化した。

「俺と同じ姿だと。何を企んでいる」

「わざわざ、貴様と同じ土俵でやり合うつもりだったが期待はずれだ」


 敵は影に戻ると、再び形態を変える。今度は車椅子に座った老人に成り変わる。

「雪田さん! どうして貴方が!」

「君の記憶を辿り、姿を変えられるんじゃ。永森君はどんな姿のわしに殺されたいかのう?」

 姿形だけでなく声やイントネーションまで本人そっくりである。

 雪田の姿が歪み、形態を次々に変更していく。

「やはり親友にやられるのが嫌か? それとも先生かな? はたまた父さんかい?」

 矢星、高校の担任、父親と連続で姿が移り変わる。明らかに光介への精神攻撃が目的である。


「いい加減にしろおぉぉぉ!」

 満身創痍の幻武・想甲は右の拳を振り上げた。だが、その拳は相手の顔すれすれで動かなくなった。

「こうちゃん、お母さんと一緒にいきましょう」

 幻武・想甲の眼前には今は亡き母親の姿があった。

「・・・母さん」


 光介の思考が停止し、右手の力が抜けて拳が解ける。もう2度と見られないと思っていた母がいる。泣きじゃくっていた11歳の日々が甦る。

 ここで母親について行けばあらゆる苦痛から開放される、そんな気さえする。

「随分と成長したのね。あっちで話を聞かせてちょうだい」

 笑顔で母は語りかける。これで、怪夢との戦いからも開放される。光介の体は母親の言うとおりに進み出そうとした。


 しかし、その一歩を妨げる小さな力が光介には働いていた。胸の奥底で何かが騒いでいる。そっちに行くな、と少女が叫んでいる。

 力強く引っ張ってくれているわけではない。袖を掴まれている程度の弱々しいものである。

「・・・千華」

 光介はそっと自分の胸に手を添える。自分のことを好きだと想ってくれているのに、期待に応えることが出来ず後悔の念は積もるばかりである。せめて、もう一度でいいから彼女に会いたい。

 どれほど心が闇に沈んでいても、一縷の光が灯っている。

「何を言っているの? さぁ、私達のもとに来なさい」

 母親の形をしていたものは、一瞬の内に唯理へと姿を変えていた。

「こうちゃんは一所懸命に頑張ったのよ。もう休みましょう、誰も貴方のことを責める人はいないわ」

 唯理の影は光介が欲しがっていた言葉を並べ、両手を広げて光介を受け入れる体勢をとる。

「千華もそれを望んでいるわ」

 甘い言葉をかけたつもりなのだろうが、その言葉は聞き捨てならなかった。


 ここにいる唯理は決して本人ではない、唯理の形をした全く別の存在だ。

「いいや、千華はそんなことを望まない。死を救いとする考えに賛同するような奴じゃない」

「どうしたの怖がらなくていいのよ」

 唯理の姿を利用する輩への怒りが込み上げてくる。大切な思い出を怪我す奴は許さない。

 体の奥底から力が漲ってくる。光介と幻武、2つの魂がより強く引かれあって交わる。


「千華を守れと言ったのは唯理さんだ。俺は約束を全うします、自らの意志で」

 新たな決意と共に右手を握り締める。その拳は生命を駆け巡る血液の如き赤い炎を宿す。

「無理よ。こうちゃんでは千華どころか誰も守ることができないわ。早く諦めて・・・」

 喋っている途中にも関わらず幻武・想甲の炎の拳が唯理の影を貫く。

「心の弱みに付け込むような卑怯者に俺は負けない」

 影は四散し消えていく。


 幻武・想甲は右手の炎を己の胸に押し当ることで全身を炎上させる。炎は周囲にまとわり付いていた霧を追い払う。 

「ほお、やれば出来るではないか」

 霧は一点に集まると漆黒の幻武・想甲へと成る。左手に持つ大剣はノコギリの様にギザギザとしている。

「怪夢よ! 地獄に還れ!」

 幻武・想甲はその身の炎を大剣に移す。


 白と黒。互いの間合いに差はなく同時に接近する。頭上から大剣を叩きつけ様とする動きまで被っている。

 2本の刃が衝突する。先に折れたのは漆黒の剣であった。

 炎の大剣は漆黒の幻武・想甲を両断する。

「ぐぉぉぉ・・・、よい、一撃・・・だった」

「言っただろ、俺はお前等に負けない!」

「我は消えぬぞ。何度でもこの世に蔓延る」

 奇怪な笑い声を上げながら怪夢は消え去った。


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