夢想の戦士 5話
老人暴行事件に巻き込まれたため、光介達は事情聴取ということで警察署に来ていた。取調室で犯行現場の出来事などを詳しく質問される。
「では、君はあの女性が夢遊病により暴行を働いていたと思ったのだね」
「はい。あの時はお爺さんを助けることで頭が一杯でした」
「ちなみにだが、女性はあばら骨を3本以上骨折していたらしい。まぁ、今のとこの君達の証言に嘘はなさそうだから正当防衛として認められる可能性が高いと思うが」
正当防衛は自分以外の他人の場合でも成り立が、その判断は極めて難しい。守った側の人間も加害者として扱われる可能性もあるらしい。
「病院に運ばれた容疑者の調書もしなければならないからね。今日のところは帰ってもらっていいよ」
光介が警察署を後にしたのは日が沈み午後の7時近くになってのことだった。
玄関では千華が1人でポツンと待っていた。
「ごめん、随分と待たせたみたい」
「いいよこれくらい。光介君こそ暴行罪とかにならないよね、捕まったりしないよね」
千華は酷く心配そうな表情だった。
「おそらく、大丈夫じゃないかな。僕もよくわからないんだ」
光介は苦笑いで誤魔化すが、内心は不安でしょうがない。
「もう遅いし家まで送っていくよ」
警察署から離れしばらく歩いていると、千華は呟く様に光介に話しかけた。
「本当に変わっちゃったね。昔はこんなことするような人じゃなかったのに」
「お爺さんを助けたこと?」
「それだけじゃないよ。女の人に体当たりして突き倒したでしょ。昔の光介君はあんなことしなかった」
千華の声にはもの悲しさが宿っていた。今の光介を否定するようにも聞こえる。
「昔の僕ならどうやってお爺さんを助けたと思うの」
「はっきりと言えないけど、誰かに助けを求めに行くとかしていたと思うな」
光介自身も昔の自分ならそうしていただろうと思う。自分から他人を助けに行くような熱血漢ではなかった。
「昔の光介君は怖がりで、臆病だけど、人を傷つけるようなまねはしなかったよ」
「でも、僕がやらなかったらお爺さんは殺されていたかもしれない」
何だか、必死に自分を正当化しているような気持ちになっていく光介。声色も少し強くなってしまった。
「悪いことじゃないんだと思う。ただ、光介君らしくないなあって気がして」
棘のある発言でもないのに千華の言葉の一つひとつが光介の胸の置くまで突き刺さる。自分では気づかない変化を千華は敏感に汲み取っているのかもしれない。
「・・・千華は昔の僕の方が好きだった?」
光介は思わず訊いてしまった。次のことなど考えてもいない。
「え、私は・・・、別にそういう意味で話していた訳じゃないし。今の光介君が嫌いってことはないから」
千華はどこかそわそわしていたが光介は特に気に止めなかった。
「僕は具体的に今後どうしたらいいかわからないんだ。ただ運命に振り回されている人形みたいだって思う」
「引き返すことはもう出来ないの?」
引き返す、今の光介にはもう出来ないことである。幻武と出会った時から1人の人間が背負うには大きすぎるものを抱えてしまった。
「唯理さんとの約束がある。それに、自分しか出来ないこともあるし」
「だから、お姉ちゃんの言ったことは気にしなくていい・・・」
「そうじゃないよ」
光介は千華の台詞を遮り、ある告白を決意した。
「千華には知っていてほしいことがある。僕が噂の『純白の戦士』なんだ」
一瞬の沈黙が訪れる。
「信じられないかもしれないけど本当のことなんだ」
千華は俯いたまま黙り込んでしまった。光介からでは表情は読み取れない。
何も喋ることができず立ち尽くす2人を電信柱の防犯灯が照らしていた。
「そんなのやめようよ」
千華の言葉は風にかき消されてしまうほど弱々しかった。
「いや、嘘や冗談じゃないよ」
「光介君は戦士なんかじゃない! 何かと戦うような人じゃない!」
千華は心の底から叫んだ。光介の話を信じたうえで、否定したのである。彼に戦士など務まらない、光介を知る人物なら誰もそう答えるであろう。
「それでもやらなきゃいけないんだ」
「駄目だよ! これ以上そんなことしていたら光介君が壊れちゃうから!」
千華は目頭を赤くして今にも涙がこぼれそうな顔をしている。
「私はずっと好きだった! 私が好きな光介君がいなくなるなんて嫌だ!」
これまでただの友達だった女子からの突然の告白。光介は唖然とするだけだった。
千華を守ること、それが唯理との約束である。男女として付き合ってれば常に側にいることができるかもしれない。
「気持ちはうれしいよ。けど、僕は君に相応しくない」
光介は千華の手を引く形で歩き出した。
「えっ、ねえ、どうしたの?」
「とりあえず今日は帰ろう」
光介は振り返ることもせず千華の手を掴んで道を進んでいった。
秋のころは紅葉していた木々の葉は枯れ落ち、枝だけが伸びている。はー、っと息を吹けば白くなる。季節は冬へ移り変わろうとしていた。
光介はたった一人で高校から帰宅する途中だった。千華に自分の正体、幻武・想甲こと純白の戦士であることを打ち明けて以来、まともに会話できていない。彼女の気持ちに応えられなかった後ろめたさがある。
車椅子の老人を助けた十字路に差し掛かった辺りで横から声がした。
「ちょっと待ってくれんか」
光介は立ち止まって声が聞こえた方向へ振り返る。
「君は以前わしを助けてくれた人で間違いないかのう?」
確かに以前、暴行現場から救った車椅子の老人だった。
「はい、そうです」
「また会えてよかった。過剰防衛などで捕まってないか心配していてのう」
「それなら大丈夫です。正当防衛が認められました」
「おお、それはよかった、よかった」
暴行を行っていた女性が犯行を認めたお陰で、光介の正当防衛は認められたのである。納得できない点は、その女性が夢遊病に取り付かれていたと証言したことだ。もちろん嘘の証言だと光介はわかっていたが、警察に届けられる物証はない。
夢遊病殺人事件に便乗して取り付かれていないのに取り付かれたと言って刑を逃れようとする人間は増加しているのかもしれない。
「この後暇か、暇ならわしの家まで来んか。こうみえても昔は映画館の館長だったんじゃ」
「いえ、結構です」
光介は即答した。
「そう言わずに、老いぼれの話し相手ぐらいになってくれんか」
「わかりました。お爺さんを家まで送る間ですよ」
光介は老人の車椅子を押すことにした。グリップを握りゆっくりと前に進む。
「ちょうどいい速度じゃ。中々の腕前だのう」
「それはありがとうございます」
グリップを通して車椅子の振動が腕に伝わってくる。舗装されているように見えても歩道は僅かに歪んでいる。歩いている時は気が付かない段差を車椅子は拾ってしまうのである。
「して、名前を聞いてなかったのう。お前さんの名前は?」
「永森光介です。お爺さんのお名前は?」
「わしは雪田じゃ。よろしく頼むぞ森永君」
「永森です」
永森を森永と間違える人は珍しくないため、光介はそれほど気にもとめない。
「永森君は、夢の中に現れると噂される純白の何とかをどう思っておる」
純白の何とかとは、おそらく純白の戦士のことであろう。
「純白の戦士ですね。僕は実在すると思っていますよ」
「気が合うのう。わしも奴は存在する派なんじゃ。一度でいいから話し合いと願っていてな」
実際に車椅子を押している少年が純白の戦士だと夢にまで思わないだろう。
光介も流石に自分ですと名乗り出ることはできない。
「彼とお話がしたいのですか?」
光介にしてみればとても興味深い。ニュースや学生間の意見以外が聞けるのは貴重な体験だ。
「彼? 奴は男なのか」
うかつだった。どんな報道機関も性別には触れていない。
「あっ、いや、戦士とか言われているから先入観で男性かと」
「ふむ、なるほど」
光介はそれなりに誤魔化すが、表情を覗かれていれば怪しまれたであろう。雪田はちょっとした言葉使いを見過ごさない人間のようだ。
「それで雪田さんはどんなことをお話したいのですか?」
「うむ、純白の戦士の行動理由と正義感についてじゃな」
光介は今まで自分がやらねばならないという理由で戦ってきたが、正義や明確な志はそれほど無かった。
「おっとここは左折じゃ」
言われたとおりに光介は左へ曲がる。
「すまん、右じゃった。年取るといい間違えが激しくなるのう」
車椅子は人間ほど簡単に回転できない。無理に振り向こうとすればガクガクと揺れてしまう。光介は雪田があまり振動を感じないようにゆっくりと向きを変える。
「永森君は優しいのう、乗り手のことをちゃんと考えておる」
「いえ、そんなことはありませんよ」
光介にしてみれば本当に優しい人間なら他人の告白を無碍にはしないで、もっと別の断り方をしていたと思える。車椅子も力任せに扱っていないだけだ。
雪田は車椅子に座りながら肘掛を叩き大きな声を出した。
「はっ、しまった! やはり左折であっておった」
「左に戻ればいいんですね」
光介は深く息をつくと先ほどと同じように車椅子が揺れないように方向を変える。左へ向き直すと一歩踏み出そうとした。
「止まってくれんか」
雪田に言われ車椅子を止める。
「実は右折であってたんじゃ。わざと間違えた」
「えっ! 何でそんなことを」
「ちと君の心を試したくなってのう」
光介は改めて車椅子を反転させる。
「はやり永森君は親切で優しい人じゃ。わしの話し相手になってくれるし、怒りもせずに3度も道も修正してくれた。君はええ子じゃ」
雪田の言い間違いは、光介が先ほど優しいと言われたことを否定したために行った行動だったのだ。
「君は人を思いやれる人間じゃ。その気持ちを己自身でかき消さないでほしい」
出会ってから間もないのに雪田は光介を1人の人間として認めてくれている。
車椅子を押しながら光介は自問自答を繰り返す。何故、雪田は自分を認めてくれるのか? 自分の親切心は何所にあるのか?
「僕は本来こういうことをしているほうがいいんでしょうね」
戦いに生きるよりも、誰かと寄り添って生きる方が光介には向いている。千華に言われたとおり戦士なんてやめてしまいたい。
「最近、本当は自分には向いていないことをやっているんです。使命感とかそんなもので続けているだけです」
「人に優しく自分に厳しく生きる人間が陥りやすいやつじゃな。嫌々続けていればいずれ限界がくる。頭がおかしくなる前に身を引くことじゃ」
「その引き方がわからないんです。もしかしたら引き返すすべ自体がないのかもしれない」
雪田なら何らかの回答が望める、光介にはそんな気がした。
「ふむ、それは困ったのう。どうしたものか」
雪田は考え声を出しはするが明確な解答を教えてはくれなかった。他人に答えを依存すること事態が間違いだった。
ある一軒の家に差し掛かった頃、雪田はその住宅を指差した。
「ここがわしの家じゃ」
「玄関までですがお邪魔します」
扉を開け玄関の中に入る。軽い仕切りをはさんだ玄関ホールにはもう1つの車椅子があった。大きな段差がないのはバリアフリーということだろう。
「外と家で使い分けているんじゃ。すまんが、乗り換えも手伝ってくれんか」
「わかりました」
光介はしゃがんで雪田を抱っこするようにして移動を手伝う。自宅用の車椅子に乗り換えさせると、外用の車椅子を折りたたむ。
「あっ、そこまでしなくいい、広げるのが面倒じゃ」
「勝手なことしてすみません」
せっかく畳んだ車椅子をまた展開させる。
「永森君、もう少しだけわしに時間をくれんか。どうしても話したい事があるんじゃ」
「これで最後ですからね」
始めは少しだけという気持ちでも結局最後まで付き合ってしまう。ここが光介の優しさの1つであろう。
光介は雪田に案内されリビングへ上がった。元映画館の館長だけあり、テレビとその周辺機器は充実している。DVDレコーダーだけではなくブルーレイにも対応したビデオデッキがある。
「永森君はヒーローについてどう思っておる?」
「はぃ、ヒーローについてですか? 正義の味方とか、子供達の憧れとかですかね」
ここにきてヒーローの話題とは拍子抜けしてしまう。光介はもっと真剣な内容だと勘違いしていた。
「悪くない感想じゃ。昔、あるヒーロー映画が公開されたのだが、予定より短く上映中止になってしまったのだ。わしはその映画を溺愛しておってのう」
「打ち切りの理由は何ですか?」
「内容が過激すぎたらしい。主人公に与えられた運命と結末が悲惨で、救いがないのじゃ」
上映を打ち切られる前に制作段階で修正できなかったのかという疑問が残る。
「あの映画は真実のヒーローを描くことを目的に制作された。構造は単純で宇宙から飛来した敵と戦うストーリーじゃ」
雪田は淡々と映画について語りだした。光介はそれをただ聞くだけだった。
「主人公は優秀な警察官達なんじゃが、優秀ゆえに政府の命令で戦闘兵士に改造されてしまう。もちろん本人達の意思とは無関係に。主人公達は政府の操り人形として宇宙人と戦わされていくのじゃ。いや、宇宙人といわれていた敵すら、実は政府が作りだした戦闘兵士だったのじゃ。争うことを強制され、自分達が正義だと言い聞かせ、敵を悪だと信じ込み、最後は心身ともに壊れてしまう。これが結末じゃ」
最後は自分自身が壊れてしまう。光介には決して作り話では済まされない危機感を感じさせる。
「それがヒーロー映画なんですか。信じられませんね」
主人公は利用されるにいいだけ利用され救われない結末。そんな映画が本当のヒーローを描写しているとは思えない。
「言ったじゃろヒーローの真実を描いておると。全ては権力者の陰謀。ヒーローなど影から操られる虚像に過ぎない、正義など何所にも存在しない。それが真実じゃ」
「・・・僕に何を伝えたいんですか」
この短時間で光介は雪田のことを仇と認識する一歩手前だった。
「永森君は優しすぎるんじゃ、都合のいいヒーローなんかには成ってはいかん。手遅れになる前に助けを求めるなり、投げ出すなりしたほうが身のためじゃ」
雪田はあえて光介の危機感を煽ることで、現状から逃げ出すように訴えたのかもしれない。綺麗に身を引くのではなく、無理矢理でも投げ出す必要性があるのかもしれない。
「雪田さん、もしかして純白の戦士にも同じ話をしたかったのですか」
雪田は頭を下げてうなずいてみせた。
「純白の戦士は今やヒーローじゃ。しかし、本物のヒーローは悲しいもの、カッコイイものじゃない。どれほど傷を背負おうとも敵に立ち向かわなければ成らない。諦めることは決して許されない」
光介の脳細胞が一斉に活性化するように話が繋がる。純白の戦士の『行動理由と正義感』を知りたがっていた訳は、警告を促すためだったと。一度立ち止まって冷静に考える重要性を教えたかったのだと。
「とても参考になるお話をありがとうございます」
「わしはただ、様々なタブーに挑んだあの映画を称えたじゃ。若いうちは理解できないかもしれないが、歳を取ると嫌な現実も直視できるようになってくるもんだのう」
「ちなみに映画のタイトルは?」
光介の質問に対して、雪田は腕組をして悩みだした。好きな作品の題名など簡単に思い出せそうだが。
「ど忘れしてしまった。でも、まぁ、あれじゃ。未来ある若者が観る映画ではないかもしれないのう。本編は過激すぎるからわしの説明でちょうどいいぐらいじゃ」
雪田の態度から察するに、そんな映画ないのかもしれない。ただ、それもまたありだと容認した。
老人との件は、かなり最初の方から考えていました。やっと書けました。