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夢想の戦士  作者: アキン
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夢想の戦士 4話

 永森光介は父親と2人暮らしである。母親は光介がまだ11歳の時に亡くなってしまった。それ以来、家事は光介がやるようになった。中学、高校、部活動に所属することはなかった。


 光介は自室のテレビを見ていた。適当にチャンネルを変えてみるが何所も同じ内容にニュース番組しか放送していない。テレビには、まるで全て分かりきったかのように解説するコメンテーターが映っている。

 テレビを消そうとしたとき話題が次のニュースに移った。夢遊病殺人事件についてである。これについてはどのコメンテーターもしかめっ面になる。何しろ原因も対策も不明だからだ。光介も夢遊病を引き起こしているのが怪夢だということは解っているが、何故ここ最近怪夢が出現したのかは知らない。

 テレビのスタジオでは夢遊病殺人事件についてあれこれ憶測が飛び交う。


 光介にとって目新しい情報は入ってこない。ぼー、とテレビを点けっぱなしにしていると、純白の戦士についても話がされだした。夢遊病の原因として未知のウイルス、細菌とする説があったが、純白の戦士が現れてからは病気説が否定されるようになった。

「いいですか、これは我々人類に対する粛清なんです。神が人類に下した天罰です!」

 滅亡論を唱えるコメンテーターがデカデカと声を上げて喋る。大体の場合、人間が地球環境を破壊しているだのと論じている。


「では、この純白の戦士と噂される者は一体何なのでしょうか? 何故人々を守ってくれるのでしょうか?」

「私も最初はただの噂で実在しないと思っていましたが、これほどにも有名な存在になるとは想像もしていませんでした。今は実在すると思います」

 司会者が純白の戦士の活躍をまとめた図をモニターに表示する。

「つまり純白の戦士とされる何者かは、夢の中に現れ怪物を倒して救ってくれることがわかっています。しかし、その理由は不明です。何故、彼は私達に何も語ってくれないのでしょうか?」

「無言で去っていくのは日本のヒーローらしいところですよね。口では語らずその背中が語っているていう雰囲気」

「今は英雄視されていますが、正確な正体がわからない以上、依存する考えはいかがなものかと」

「現在、人間はあまりにも無力です。彼に頼る以外に方法はないのですよ」

 純白の戦士の正体は不明だが、悪いようには思われていないらしい。むしろ頼りにしている人の方が多いようだ。


 光介とて誰かから信用を受けることを嫌がらない。だが、世間が掛ける信用は永森光介という個人ではなく、純白の戦士に対してだ。

 過剰な負担がただの高校生にどれだけの重圧をかけているか知るものはいない。




 その一日がどんな日であろうとも光介は雨野の待つマンションへと向かう。まだ一度も幻武と一体化していないのに頭が重い。それでも休むことすら許されない。


 雨野の部屋にたどり着くと、有無も言わさずに椅子に座らせられて脳波計を取り付けられる。

「そういえば、インターネットの検索ランキングのトップ10に純白の戦士がランクインしていたの知ってる」

 戦場に向かう前の光介に雲原が尋ねた。

「いえ、知りませんでした。ちなみに何位でしたか」

「10位だよ。ギリギリのランクインだ」

「無駄話してないでさっさと行ってこい!」

 雨野が2人の会話を遮り、光介を焦らす。

「・・・わかっています。行ってきます」

 椅子に座っている光介の意識がなくなる。人の目に見えない戦いに赴くのである。


「教授、永森君少しやつれましたね。・・・何とも思わないんですか」

 やつれただけじゃない、目の下のクマも濃くなっている。それは誰が見てもわかることだ。

「それがどうかしたか」

「このままでは、事件解決前に永森君が倒れてしまいます。それに教授はもっと人間の扱いに気をかけるべきです」

「雲原は研究者に向いていないな。永森は幻武と一体化しているのだ、つまり一般人として扱う方が間違っている。幻武がやらねば怪夢による被害は拡大する一方だ」

 確かに雨野の言うとおりではあるが、雲原は何処か歯がゆさを覚えた。

「それにこいつは幻武と波長が合ったんだ。そう簡単に倒れんだろう」

 雨野の人との接し方はいつも腹立たしさを感じるが、研究者として考えれば優秀な人材である。雲原はいつより強く歯を食いしばり気持ちを押し殺した。




 高校でも光介を心配する声は日にひに増えていた。

「永森君、体調が悪いようだったらいつでも保健室に行っていいからね」

 授業中の先生も思わずこのような発言をしてしまう。

「いえ、大丈夫です」

 光介は決まって大丈夫と言い張るが、それが周りを余計に心配させる原因になっている。その様な調子で1日の授業を乗り切る。


「光介君、強がらなくてもいいんだよ。最近ずっと顔色が悪いけど、不眠症? それとも食生活の乱れとか?」

「・・・・・・」

 千華が話しかけても光介は上の空だ。眼の焦点も何所を見ているかわからない。

「ねえ! 聞いてるの!」

 千華が手で机をバンッと叩いた。

「あっ、・・・ごめん、聞いてなかった」

 光介は左右をキョロキョロ見渡し正気を取り戻した。


「あっ、千華か。頭の包帯とれたんだね」

 以前、用務員に襲われたときの傷は癒えたようだ。

「本当にどうしちゃったの、何だか以前の光介君じゃないみたい」

「そんなことないと思うけど。そんなに変わった?」

「うん、ずっと無理を続けているみたいな、辛そうな感じがする。それに光介君は強がり言うようなタイプじゃなかったよ」 

 光介は両手で顔を覆い揉み解すように動かした。そして腹の底から深い溜息をついた。

「正直、辛いよ。大丈夫なわけがない」

 心の奥に隠しておいた本音がつい漏れてしまう。毎日、他人の夢の中で戦っているのだ、戦闘後の頭痛だって馬鹿にならない。

「やっぱり我慢してたんだね。学校に復帰するのが早すぎたんじゃい」

「そんなことはないよ。体の問題じゃなくて精神的なものだから」


 光介には今は亡き唯理との約束がある。せめて学校の間ぐらいは千華のことを守らなくてはならない。

「お姉ちゃんのこと引きずってるの」

 千華はどこか申し訳なさそうに言った。

「引きずってないって言ったら嘘になる。僕は・・・」

「ごめん! お姉ちゃんに変なこと吹き込まれたんでしょ! きっと光介君をおちょくるつもりで言った軽い発言だから!」

 千華は光介の言葉をさせさえぎるように大声で喋った。


 光介もそれ以上は口にしようとしなかった。千華は唯理の最期の台詞を知らないはずである。何を想像したのか検討がつかない。

「ねえ、今から光介君の家に私も行っていい?」

「え、あ、いやいや、千華こそ無理する必要ないよ。明日は土日で休みだからゆっくりできるよ」

 特に汚いわけでもないが、父親と2人暮らしの家に女子を上げるのはどこかいけない気がしてしまう。

「これがもし矢星君だったら許可したでしょ」

 光介は考えた。確かに男子だったら気にせず呼べた気がする。

「何でそこで考え込むのさ! 不平等だよ!」

「違う、これは差別ではなく、区別だ」

 家に招くことはできないが、途中までは一緒に帰ることにした。




 光介と千華が学外で一緒にいるのは久しぶりである。光介が入院したり、千華が怪我を負ったりしていたので懐かしさがある。


「さっきの話だけど、お姉ちゃんに私のこと言われなかった?」

 光介はドキッとした。千華は何か心当たりがあるのだろうか。

「千華は何を考えているの。唯理さんがどんな発言をしたと思っているの?」

 千華は視線を少し落とした。頬がほのかに赤くなっている。

「たぶんだけど、妹のことをお願いとか、一緒にいてあげての類だと思う」

 全くもってそのとおりである。

「ちょっと、どうしてわかったの!」

 思わず声が裏返りそうになってしまい、歩いていた足も止まってしまった。

「だってお姉ちゃん他人の色恋沙汰とか好きだもん。私もよくいじられたし、光介君のこともいじってるって言ったから。だからね、本気の発言じゃなくてお遊びだったんだよ。気に病むようなことじゃないよ」


 千華の言うとおり、あの日以外は遊びだったのかも知れない。しかし、亡くなる前の発した言葉は嘘じゃない、伝えたくなった

「違うよ、あれは冗談なんかじゃなかった。僕は頼まれたんだ、千華のことを・・・千華の・・・」

 光介はふと我に返って自分の発言の続きを考えた。『君のことを守る』これでは完全に告白しているようなものだ。しかし、勘違いされない言い回しが浮かんでこない。


「いや、だからさぁ・・・」

 面をきって千華に見つめられる光介。進むことも戻ることもできない。

「光介君はお姉ちゃんに言われたから私と仲良くしてくれるの?」

「そんなことはない! それは僕自身の意志だ。ただ、上手く言葉にできないだけなんだ」

「・・・そう、私は光介君自身の意志でうれしいよ」

 千華は笑顔で応えてくれた。光介の瞳に映るその笑顔がいつもと違う笑いに思えた。

 光介だって何と言っていれば千華が喜んだかわかっている。正面からそれを本人へ伝える勇気がなかっただけだ。


 2人ともそれ以上口を開くことができなかった。

 とぼとぼ歩いていると十字路に差し掛かったところで千華が足を止めた。

「光介君、あれ!」

 光介は千華が指差す方向を見た。そこには倒れた車椅子と老人、グレーのスーツを着た女性が立っていた。女性は老人を助けるどころか踏みつける等の暴行に及んでいた。

「千華は警察に電話して!」

 光介は現場へ向かって走り出した。

「待って! 光介君!」

 千華は光介へ叫んだが、振り返ることなく行ってしまった。

 光介はスーツを着た女性に助走をつけた体当たりをかました。肘が相手のわき腹に入り込む感触があった。

 倒れこんだ女性の額を掴み、光介は精神世界へ入り込んだ。




 他人の夢に入り込むと対外は上空から降りて来るのだが今回は違うパターンだった。幻武・想甲は始めから地面に立っていた。周囲は昼間の高層ビルの立ち並ぶ市街地だ。ビルの高さはどれも30メートルを軽く超えている。


「ひっ! 誰っ!」

 幻武・想甲の横に側に突如女性が現れた。夢の主となるグレー色のスーツを着た女性にそっくりである。

「安心しろ。敵は何所にいる」

 幻武・想甲は背中の大剣を引き抜いた。

「はぁ、敵って何のこと!?」

「この世の物ではない怪物は何所だ。俺がさっさと退治してやる」

「だから、そんな怪物いないわよ!」

 このようなことは今までなかった。怪夢は必ず取り付いた人を夢の中で襲う。そうして、その人を操り殺人事件を起こすのだ。


 幻武・想甲はもう一度辺りを見渡したが怪夢は見当たらない。

「それよりさっきまで居た場所じゃないんだけど、どうなってんの」

 スーツを着た女性が尋ねてきた。

「慌てるな、俺も必死に考えている」

 幻武・想甲は引き抜いた剣を背中に背負い直した。左手で頭を押さえ軽く揺らす。


 本来あるはずものがないのではなく、元々居なかったとしたら。逆転の発想である。

「なぁ、お前、車椅子の老人を蹴っていなかったか」

「な、何のことよ」

 スーツを着た女性は後ずさりをしながら、幻武・想甲との距離をとった。

「何度も同じことを言わせるな! どうして倒れた老人を蹴っていたか答えろ!」

 女性は腰を抜かし、あれこれ喋り出した。


 要は、道端で打つかって腹がたっただけらしい。老人が弱いとわかるとストレス解消にさらに暴力を加えたらしい。

「お前のような奴が社会人とはな。この世も随分と腐敗したものだ」

 幻武・想甲はスーツを着た女性を鋭い目で睨みつけ、精神世界から出て行った。




 光介の意識が元に戻ってくる。いつもどおり頭痛と目眩がする。ふらふらとした足取りで立ち上がり、倒れている老人の側に寄り添う。

「大丈夫ですか。意識はありますか」

「おお、すまんね。少し手を貸してくれんかのう」

 倒れていた老人はお爺さんであった。

 車椅子は千華が起こしておいてくれたようだ。光介は老人に肩を貸しながら車椅子に座らせた。


 スーツを着た女性は脇腹を押さえたまま立とうしなかった。かすかに唸り声のようなものを上げてはいる。光介は手を差し伸べようとはしなかった。

「あの人はいいの?」

「別にいいよ、近づくと危ないかもしれないし。警察が来るまでここに居よう」

 それから警察が到着するまでの時間はわずかなものであった。


千華がやっとヒロインらしく成ってきたと思います。


中盤は作品が暴走しやすい部分なので気を引き締めたいです。

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