夢想の戦士 2話
今回は1つにまとまりました。
大学爆破事件に巻き込まれたとはいえ、光介は無断で高校を欠席していた。職員室内で様々な教員に頭を下げて回る。怪我の心配をしてくれる教師もいれば、日ごろの愚痴を漏らす者もいる。
職員室を退出する頃には、始めのほうに挨拶した先生の話など覚えていられない。
「退院初日とは思えない忙しさだね」
職員室の前では千華が待ってくれていた。
「仕方ないでしょ。無断欠席していた僕が悪いだけだし」
永森光介は本日から高校に復帰する。挨拶回りもそのためである。
「こうして、みんなと学校に来れるのは貴重なことだって身にしみる」
「まったくだよね。クラスの半分は光介君を心配していたんだから」
「半分だけか,少し寂しいな」
「みんな夢遊病殺人事件の方に興味や危機感があるからね」
教室に入ってみると千華の言うとおり、生徒が3,4人ずつ束になり夢遊病事件についてあれこれ喋りあっている。光介の存在に気が付いても軽く手をふる程度の反応しかない。
光介が自分の座席に座っても、千華以外にこれといって声を掛けてくれる生徒は現れない。自身の存在感の無さを突きつけられる。
光介は教室内を見回し構ってくれそうな友達を探す。
「矢星《やぼし》、久しぶり」
とりあえず、クラスの男友達の矢星に話しかける。
矢星と光介が知り合ったのは高校生になってからである。矢星は中学生の頃から柔道家であり、高校でも続けていた。大柄で筋肉質なことに加え頭はスキンヘッドだ。サングラスを掛けようものならヤクザにしか見えない。
「おおっ、永森、体の方は大丈夫なのか」
「ちょっと入院していたけど今は問題ない。それと、連絡を怠っていてごめん」
「なに、そんなに気に病むことはない。あれだけの爆破事件に巻き込まれながら生還したのだ、胸をはれ」
矢星は光介を引き寄せ肩を組む。客観的な視点からすれば2人が同級生の友達とは想像もつかない。
矢星と一緒にいるお陰か、その後は他の生徒とも会話ができた。
光介は1時間目、2時間目と授業を受けるたびに休んでいた分の、みぞを埋めるように取り組んだ。
光介は久々の登校だったのにも関わらず、真剣に授業へ取り組んだためか普段以上の疲れを感じた。下校前のショートホームルームは上の空でながした。
「永森、少し顔色が悪いようだぞ」
下校時間、矢星が心配して声を掛けてくれた。
「いかに自分がたるんでいたかわかるよ。こんなことで疲労を感じるとは」
「大丈夫、病み上がりを言い訳にせず、授業に取り組むお前は強い」
矢星は本当に強い男だと光介は関心する。肉体的なことだけでなく精神的にもである。誰かを元気付けるのは、本人がそれだけの活力を持っていなければ他人を励ますことなどできない。
「矢星こそ凄いよ。僕なんかよりずっと」
「そんなことないぞ、世界には俺なんぞ足元に及ばない奴が沢山いる」
「世界なんて言い出したら切がないよ。それこそ、日本代表にでもならないと自慢の1つもできない」
矢星はうんうんと首を縦に振る。
「永森の言うとおりだ。自慢したければどんな奴からも一定以上の評価がなければいけない。世界は俺達の想像を超える努力家で溢れている。しかしだな、友達を評価するのと、赤の他人を評価するのでは違う。俺はお前の努力に敬意を表する」
光介は矢星がありがたいお経でも読んでいるかのように思えた。千華や唯理とは違う暖かさがある。女性にはない男性だけが持つ力強い温もり。
「この後少し時間あるかな、聞いてもらいたいことがあるんだ」
「俺の成績を知っていて頼んでいるのか、小難しいことは答えられんぞ」
本人の言うとおり矢星は優秀な成績ではない。むしろ光介の方が順位は上である。
「頭の良い悪いじゃなくて、本当の強さを持つ人に聞いてほしいんだ」
光介と矢星は誰もいない、空いている教室を見つけそこで話し合うことにした。千華は2人の会話が終わるのを待つと言って、何処かへ行ってしまった。
2人はなるべく声が廊下に漏れないように窓際の席に横並びに座った。日本人は対面して会話するより、横側や斜め横側に居るほうが話しやすい人種らしい。
「それで、お前の悩みは何なのだ。バカでもわかるように説明してくれ」
矢星が単刀直入に質問してくれた。回りくどい解説抜きで始められる。
「例の大学爆破事件で千華のお姉さんが亡くなったのは聞いているよね。実はその時、僕も側にいたんだ」
矢星は変なリアクションすることなく真面目な表情でうなずいてくれている。
「お姉さんは僕に千華のことを守ってほしいと言ったんだ。こんな自分に何ができるのか散々悩んだよ。でも、明確な答えなんて出なかった」
「鮮明な答えじゃなくても、お前なりの回答は出ているんだろ。それは表向きの悩みだ」
無駄のない鋭い返事を矢星は返してくれた。彼には一般人より多くの動物的な感が養われているのであろう。
「うん、僕にできるのはちっぽけなことしかないけど、約束を果たせるように頑張るだけだ」
光介は次の言葉のために一呼吸入れる。
「僕の正真正銘の悩みは・・・、亡くなった姉である唯理さんのことが好きだった」
その一言を切欠に、光介からあらゆる汗が滲み出す。背中が少し冷たくなる。
「ぬぉ、そうだったのか。永森と久遠は両想いだと認識していたのが違ったのか」
「決して千華やみんなのことを騙していたわけじゃない。ただ、僕は唯理さんのことが・・・」
光介の口元が振るえだし、目頭も赤くなりつつある。泣き出す一歩手前である。
「唯理さんに憧れていたんだ。たぶん、大人の女性とか母性に」
「理由は思いあたるか」
「はっきりとはわからないけど・・・、母親を小学生のころ亡くしたせいかもしれない」
光介は右手で顔を隠すように振舞う。涙がこぼれないように抑えているだけかもしれない。
「僕は命令で千華と一緒にいなければ成らないと思えてきたんだ。誰一人そんな指示を出していないのに・・・、自分でそう思い込んで・・・」
ここから先は言葉にならなかった。嗚咽のような泣き声が出るだけだった。
矢星は黙って光介の背中をさすった。2人きりの教室に光介のすすり泣きだけが音をたてる。
言葉に要らない世界は5分ほど続いた。
光介は息を整え、自分の左胸を握り拳で軽く叩く。
「流石永森だ。いい立ち直りだ」
「会話の途中で泣き出してごめん。何だかすっきりしたよ」
「相談の続きはいいのか」
光介はストレッチをするかのように体を伸ばしながら考える。
「勝手に複雑な問題に仕上げているだけだった。千華は大切な友達、唯理さんは憧れの人、それだけだ」
「頭の中がまとまったようだな」
「まぁ、何となくだけどね。」
光介と矢星が教室を後にする。廊下には人気がなく、窓から見える空は赤みがかっていた。
「久遠が何所かで待ってくれているはずだが検討はつくか」
「とりあえず、携帯にメールでもすればしてみる」
光介が携帯電話をポケットから取り出すと同時に後方から女生徒の悲鳴が廊下に響いた。2人は振り返り叫び声の聞こえた方へ駆け足で向かった。廊下の端に設置されている階段の下で女子が1人倒れていた。
倒れている女子との距離が縮むに連れてそれが千華であることがわかる。
光介は速度を上げ、滑り込むように駆け寄った。
「千華、千華、しっかりして!」
千華は唸るような声を上げながら頭を抑えている。
「危ない、永森! 誰かいるぞ!」
今度は矢星が叫んだ。光介が階段へ目線を移すと背の高い男性が立っていた。服装からすると、学生ではなく用務員の人だ。
用務員は跳ね上がるようにジャンプして光介を突き倒した。そのまま馬乗りになり両手で光介の首を締め付けた。頚動脈が圧迫されて血液の循環が鈍る。
矢星は光介の首を締め付ける用務員の後ろに回りこみ羽交い絞めにしようとする。
「この、永森から離れろ!」
力尽くに光介から用務員を引き剥がす。
用務員は奇声を発し、矢星から逃れようと体を震わす。しかし、元柔道部の矢星にパワーでは中々勝てない。
「もう少しだけ抑えておいて」
光介が青ざめた顔で立ち上がる。血液不足で頭痛がする。右手を突き出し用務員の額を鷲づかみにする。
暴れていた用務員はピタリと動かなくなる。同時に光介の体も静止した。
自分の意識が他人の中に入る感覚を光介は嫌う。永森光介という自分を見失いそうになるからである。原因は2つある。1つは、精神が本来あるべき器から離れてしまうから。もう1つは、普段は表立って出てくることのない別の人格、幻武《げんぶ》の影響である。
幻武は他人の精神へ入るために不可欠な存在である。仮に幻武なしで誰かの精神に干渉できたとしても、戦うことはおろか活動すらできない。光介と幻武の意識が一体化することにより、『幻武・想甲《げんぶ・そうこう》』という純白の戦士は誕生する。
〈いくぞ・・・光介〉
幻武の声無き意思が光介の脳に直接呼びかける。
他者の夢へ介入する多くの場合、光介達は空から落ちてくる状態である。その間に、敵である『怪夢《かいむ》』という悪夢の怪物が何所にいるか探る。
今回も怪夢の居場所を落下しながら詮索する。
高校で働く用務員の夢らしく舞台は学校のようだ。グラウンドに1匹いる。カブトムシとクワガタムシのような角と甲殻に覆われている。体長は2メートル前後である。
幻武・想甲は背中の大剣を振り抜く。
怪夢も何らかの異変に気づいたのか上空に視線を移した。しかし、次の瞬間にはバラバラに砕かれた。急降下の勢いを利用した幻武・想甲の一撃に耐えうる怪夢はまずいない。
「まだ居るな」
幻武・想甲は残りの怪夢を退治するため校舎へ入る。
校内は奴らの巣へと変わり果てていた。先ほどの同じ怪夢が働きアリのように生息している。
「蹴散らす!」
大剣を両手で構え、幻武・想甲は一体いったい確実に仕留めていく。
光介に剣道等の武道の経験はないため戦闘スキルは幻武が補っている。
「この程度か害虫ども」
幻武の意思が混ざっているため普段の光介が決して口にしないような台詞をはいてしまう。
大方の敵を切り倒した後は夢を見ている本人を捜索する。悪夢の終わりを直接告げたほうが目を覚ますのは早い。
「・・・か・・・、誰か・・・たす・・・・・・」
わずかに男性の声が聞こえる方へ向かう。
這いつくばりながら逃げてくる男が確認できた。光介を襲った用務員と同じ顔と格好をしている。彼がこの悪夢に捕らわれている人物だ。後方からは怪夢が迫っていた。
「後は俺に任せろ」
幻武・想甲は大剣をブーメランのようにして敵へ投げつける。剣は先頭にいる奴を切り裂き、続く後ろにいる怪夢すら撃破する。
戻ってくる大剣を上手く捕まえると背中に担ぎなおす。
幻武・想甲は用務員の近くまで行くと、方膝をつき手を差し出した。
用務員はその手をしっかりと掴む。引きずりあげられるようにして彼の意識は現実へと戻される。
悪夢が終わると同時に光介達の意識も元の体に戻り、幻武との融合も解除される。ただ、油断はできない。戦いの後に掛かる負担は少なくない。目眩、頭痛、吐き気が一度に押し寄せてくる。
光介が目を覚ますと視界には廊下の天井が広がっていた。知らないうちに倒れていたようだ。
「だから、さっきも言っただろ! お前がこいつらを殺そうとしたんだ!」
「こっちだって、夢の中で殺されかけていたんだ!」
矢星の怒鳴り声と男の声が聞こえてくる。悪夢から覚めた用務員とあれこれもめているのであろう。
光介は立ち上がろうとしても平衡感覚が上手くつかめない。よろめきながら上半身だけでも起こす。
「まぁまぁ、はっぁ・・・、この通り僕は生きてますから・・・」
「永森、意識が戻ったか、ってお前どうした!」
矢星が心配するのも無理はない、光介の息は荒く、あぶら汗をかいている。表情も首を絞められた時より青ざめている。
「俺に掴まれ。とりあえず保健室にまで行こう」
「それはありがたいんだけど、千華は?」
「いや、まだ気絶したままだ。永森が用務員さんにアイアンクローしてから1分ぐらいしか経ってないからな」
夢の中と現実では時間の流れも違う。よくある話である。
「じゃあ、千華のほうを先に保健室に運んで。僕も後で行くから」
光介の顔色は悪くても目だけは力強く訴えていた。
「わかった。ただ、無理に動くな、後で迎えに来る」
矢星は倒れている千華を軽々しく抱き上げると、階段を下って行った。
用務員は未だに状況の整理が付かない様子である。
「貴方も仕事に戻ってください。悪夢に取り付かれていたのだから、仕方がないです」
「さっきのが噂になっている悪夢なのか。いや、そんな事より君は大丈夫なのかい。おじさんが保健室まで付き添うけど」
「友達が迎えに来るのでお気遣いなく。すぐに良くなりますから」
「何があったかよくわからないが、すまないね」
用務員もそういい残すと階段を下りていった。
1人っきりになると光介は自分の両手を見つめた。何かを確かめるように指を動かす。幻武との融合が解除されたとはいえ、一度混ざったものが綺麗に戻るか不安でしょうがない。一体化するたびに侵食されている感覚さえある。
だからといって光介に立ち止まる余裕はない。夢遊病事件を解決できるのは純白の戦士たる幻武・想甲のみ。全てを宿命と受け止め戦いに身を投じるしか道はない。
〈怪夢を倒すこと。それが我らの使命だ〉
幻武の意志が脳に響く。
「わかってる、わかってはいるんだ」
光介は小言で幻武と会話する。他人からすれば独り言にしか聞こえないだろう。
しばらくすると矢星が迎えに来てくれた。矢星は光介を背負いながら階段を下っていた。
「なあ、永森は用務員さんに何をしたんだ?」
「自分でもよく覚えていない。気が付いたら倒れていた」
光介はあえて嘘をついた。幻武との関係を友達には知られたくない。
「覚えてないことないだろ。あんな行動を普通はしないぞ」
「ごめん、本当にわからないんだ」
矢星もそれ以上は訊き出そうとしなかった。
保健室に付くころには体調も安定していたが、一応診てもらうことにした。保健室の先生は50代後半のおばさんである。
「今のところは問題なさそうね。ただ、頭をぶつけているのなら後々症状がでる恐れがあるわ。異変を感じたらすぐに病院へ行って」
「はい。ありがとうございます」
光介は返事をして立ち上がると、カーテンで仕切られた箇所を見つけた。近くに行ってカーテンの隙間から誰が寝ているか確認する。
ベッドの上には千華が寝かされていた。まだ、意識が戻らないようだ。
「あんまり覗くんじゃないよ」
「あ、すみません。友達か確認したかっただけです」
「安心しなさい、久遠さんの親に連絡したら迎えに来るって言ってたから」
「わかりました。失礼します」
光介と矢星は保健室を跡にした。2人は無言のまま廊下を進み玄関へと向かう。
外はもう暗くなっていた。後1カ月もすれば冬至が来る季節だ。
「・・・約束、守れなかったな」
月も見えない薄暗い空を見上げて光介は発した。
「久遠のことか」
「唯理さん怒ってるだろうな」
「そんなに自分を追い詰めるな。あの時は身を守るので精一杯だっただけだ」
光介はまるで矢星の言葉が聞こえていないかのように上を眺めていた。その眼は空ではなくもっと別のものを映しているようだ。
「今日は疲れたな。帰ってゆっくり休もう」
「・・・あぁ、そうだね」