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夢想の戦士  作者: アキン
2/12

夢想の戦士 1話(後編)

前編の続きです。

後編のため内容は少し短くなっています。

 日は沈み空が暗くなり、星がわずかに輝きだす。


 母親から頼まれた買い物を済ませた千華は自宅の玄関を開けた。

「ただいまー。お使いしてきたよー」

 靴をぬいで台所へ向かう。本来なら母親が晩御飯の支度をしているはずだ。

「あれ、誰も居ないの」


 千華が台所に入ると部屋には誰も居なかった。すると、隣の寝室から母親が出てきた。

「ああ、千華よかった、無事だったのね」

 千華が振り返ると母親の表情は青ざめており、血が通っているのか不安になるほどだ。

「お母さん大丈夫! 何があったの!」

「大変よ、唯理の通っている大学で爆発があったそうなの」

「へ、う、嘘でしょ。私が居る時はいたって普通だったのに」

 心臓を掴まれたかのような感覚が走る。千華の動悸は一瞬で激しくなる。

「でも、ほら、大学って広いでしょ。お姉ちゃんとはそんなに関係ない所のことかもしれないし」

「それが、複数起こっているらしいの。電話も通じないのよ」

 母親に手を引かれ、千華はテレビの前に立たされた。テレビには生中継の文字と、空から見下ろされる大学が映し出されていた。大学の敷地のあちこちから黒い煙がもうもうと上がっている。

 心臓を握りつぶされるような感覚が襲ってくる。ただでさえ冷性の手がより一層冷たくなる。

 そうだ、と携帯電話を取り出した。唯理と一緒にいた光介になら連絡が取れるかもしれないと思えたからだ。震える手で通話を試してみる。

「お願い、光介君」

 呼び鈴はなり続けるが光介が出ることはなかった。また、久遠唯理が帰宅することもなかった。


 翌日、久遠家に都内の病院から電話がきた。焼死体の身元確認という内容であった。

 千華はとてもじゃないが動けるような精神状態ではなかった。そのため身元確認は両親だけで行った。

 その日からしばらくの間、千華の記憶は飛んでしまった。気が付いたのは、姉の久遠唯理の葬式が終わった数分後である。それまでのことは覚えていない。




 大学で起きた火災は甚大な被害をもたらした。3台のタンクローリーが正門を突き破り大学の敷地内を暴走。建物に突っ込み、運転手自らが石油や液化ガスの詰まったタンクに火を放ち自爆した。

 それに続くようにガソリン20リットル入りのポリタンクを持った人々が5名現れ、学内に火をつけて回ったのである。


 放火犯の5人は逮捕され事件は一応の収拾を見せるかと思われた。

 しかし、この爆破・放火事件の本当の恐ろしさは逮捕された5人の口から語られた。5人はそれぞれが『怪物に襲われる夢を見ていた』と証言したのだ。これは夢遊病殺人事件の一種であったのだ。タンクローリーの運転手達も同じように夢遊病であった恐れも出てきた。


 この日を境に、世界滅亡論などのオカルト業界はより一層、勢力を強めた。

 

 来る日も来る日も、連日が憂鬱になる滅亡論のニュースばかりだ。ネコも杓子も飽きずに報道している。

 千華が自宅のリビングにあるテレビを点ける。どのチャンネルもコメンテイタリーが同じようなことを喋り、同じ映像を使いまわしている。

「千華すまないがチャンネルを変えてもいいか」

 父親が話しかけてきた。

「どうぞ。何所も鬱病まっしぐらのニュースしかやってないけどね」

「相撲が見たいだけだ」

 千華が父親にテレビのリモコンを渡す。テレビは相撲中継に移り変わる。

 相撲のことはよく知らない千華だが何となく父親と見入ってしまった。世間が滅亡うんぬん囁くなか、力士は全力でぶつかりあう。スポーツは他人に勇気を与えるというが、今自分がどのような状況に置かれていてもやれることをやる。そんな姿勢が誰かに勇気を与えるのであろう。


「千華、どうした。目が潤んでいるぞ」

 気が付くと千華の目から涙が流れる一歩手前まできていた。

「どうしてだろう。お相撲さんに感動しちゃって」

 千華は涙を手で拭うが、すぐに新しい涙が溢れてくる。

「泣いていいんだ。千華には悲しみを受け止める感情があるのだから」

「泣きたくないよ。私、お姉ちゃんが亡くなった時泣けなかったのに、よくわからない相撲で泣くなんて」

 千華の声がどんどん篭っていく。涙を我慢している証拠だ。

「千華・・・」

 父親が喋ろうとした瞬間、千華のズボンのポケットから呼び鈴のような音が鳴った。携帯電話に電話が掛かってきたのだ。

「こう・・・すけ君」

 画面には『永森光介』と表示されている。光介は爆破・火災事件以来まったく連絡が取れない状態であった。

「もしもし、光介君なの?」

「あぁ、そうだよ。千華、今まで連絡できなくてごめん」

 電話越しに聞こえる声は光介のものであった。

「僕も事件に巻き込まれて少し入院してたんだ。でも大丈夫、明日からいつも通り登校するから」

「・・・・・・遅いよ、心配・・・したんだから」

「ごめん。千華、泣いてるの」

「仕方ないでしょ、涙が止まらないんだから」

 千華の目からは大粒の涙が零れ落ちていた。拭っても拭いきれぬほどである。

「ねえ、知ってる? 純白の戦士の話」

 光介は突然話題を変えた。

「知らないよ、始めて聞く言葉」

「噂だと、純白の戦士は夢に出てくる怪物を退治してくれるんだ」

「夢に出てくる怪物って、・・・もしかして夢遊病事件のこと!」

「そう、怪物を倒してもらった人は事件を起こさずに済んだって。まだ、噂の領域だからテレビや新聞では出回ってないみたいだね」

 誰も止めることができないと思われていた事件を止める存在が現れたということだろうか。

「この世界にはまだ希望がある。だから、泣かないで」

 千華に自分の持てる希望を教えるように光介は語った。

「ありがとう、光介君。でもね、私が泣いているのはうれしいからだよ」

「うれし涙?」

 光介は頭を傾げたような声を出した。

「当たり前でしょ、光介君が生きていてくれたんだから」

「そうか、・・・千華が泣いて喜んでくれた人として、僕も頑張らないと駄目だな。それじゃ、そろそろ切るね。また明日」

「うん、また明日学校で会おうね」

 2人は通話を終えた。

 千華がふと、テレビに視線を戻すとニュース番組に変わっていた。タイトルには『夢に現る純白の戦士は実在するのか!?』と記されていた。


 満月が照らす高層マンションの屋上。見下ろせば車のライトやビルの明かりが織り成す美しい夜景が広まっている。

 永森光介はそんな景色を眺めていた。

「唯理さん、僕はあなたとの約束を果たしてみせます」

 光介は自分に言い聞かせるように、久遠唯理に誓うように唱えた。




 片側3車線の国道に何百人単位の行列が連なっている。プラカードを掲げた人や拡声器で休むことなく声を張る者もいる。デモ行進である。

 男は自分が何所からその光景を眺めているのかわからなかった。ただ漠然と見渡すだけである。

 次第に男はデモ行進に参加したいという思いが芽生え出した。目線が行列の先端に絞られ、視界が空中から降下していく。

 地面に降り立つ瞬間、目の前が歪みアスファルトに叩きつけられ着地は失敗した。


 行進者たちは倒れた男に一切目を配ることなく進んでいく。

 男が体を動かそうとしてもまったくいうことを利かない。墜落したため全身骨折、あるいは身体が潰れてしまったのではないかと不安になる。

焦りと恐怖が限界に達した時、男はあることに気が付いた。これは『夢』だ。


 そもそも、空中から落下したのにも関わらず意識だけはしっかりと保てている。痛みすら感じない。そう思うと気が楽になり、車道に倒れているのではなく、寝そべっているという気分になる。

 夢を夢と認識できるほど脳が覚醒しているということは、そろそろ起きるころであろう。

しかし、男がいくら頭を働かせても夢は覚めない。


 男はもう1つ別の異変を感じた。デモ隊が進行していった方向から赤黒い岩石のようなものが現れていた。4車線にまたがるほどの大きさである。

 もしかするとデモ行進はこの巨大な物体に行われていたものなのかもしれない。

 岩の類と踏んでいたが、その物体はグラグラと巨体を揺さぶり前足と頭が出現する。その姿はワニガメに酷似している。

 ワニガメの怪物は、目の前に密集する人間を屈強な前足と甲羅ですり潰しながら前進する。男はそのおぞましい状況に釘付けとなった。

 これこそが世間を震かんさせている怪物に襲われる悪夢なのだと男は悟った。

 未だに動くことができない男はこのまま踏み潰されるのを待つだけだった。デモ隊などあの化け物の前では虫けら同然であり、時間稼ぎにもならない。


 絶望するな!


 何所からかそう聞こえた気がする。

 天から振り下ろされた一筋の閃光がワニガメの怪物に突き刺さった。岩のような甲羅が木っ端微塵に破壊される。


 残骸の中から人影のようなものが見えてくる。現れたのは純白の鎧。甲冑のように全身を覆いつくしているため中に誰がいるのかわからない。

 純白の戦士は倒れている男のほうに歩いてきた。近くに来ると鎧の細部まで注目することができる。

 鎧は少々機械的であり人型ロボットの様にもうけとれる。角ばった刺々しさは無く、全体的に精錬されたかのような引き締まった体格である。

 男のすぐ側まで来て、純白の戦士は振り返り背を向けた。

 先ほど倒したはずのワニガメの怪物の首が蛇のように地面を這いずりながらこちらに向かってきた。

「大丈夫。直ぐに終われせる」

 そう告げると、純白の戦士は背中に背負っていた大型の剣を振りぬいた。

 首だけになった怪物は、戦士と後ろにいる男の両方を丸呑みするかのように口を開いた。

 男は目をつぶった。耳に何かが引き裂かれるような音が入ってくる。

「安心しろ、終わった」


 恐るおそる、男が目開いてみる。眼前には返り血で少し汚れた戦士がこちらに手を差し伸べていた。

 男がはっ、となり夢から覚める。自宅の台所でたたずんでいたようだ。

「あぁ、俺、助かったのかな」

 あくびをして弛んでいた体を伸ばそうと力を込めた時、右手が何かを掴んでいることがわかった。見てみるとそれは出刃包丁であった。

 純白の戦士が助けに来なければ自分も誰かを殺害していたのだろうと思えた。




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