夢想の戦士 10話(終)
最終回です。
とにかく終わらせることに集中しました。
光介と幻武の魂は1つと成り、幻武・想甲は誕生する。純白の身から発せられる炎は生命の力強さを表すように赤々としている。
幻武・想甲を取り囲む空間は木々や雑草が生茂っている。人間がこの場所を開発しようとする前にタイムスリップしたかのようだ。夜空には普段より大きな月が赤く光っている。
「この風景、見覚えがあるな」
「生前の我と貴様が決闘した場面だ。そんなことまで忘れたのか」
漆黒の幻武・想甲が音も気配もなく出現する。
「幻武なら決着をつけに来てくれると思っていたぞ。この時をどれほど待ち望んだことか」
「俺もこれで全てを終わらせるつもりだ。その前に訊いておきたいことがある」
「いいだろう」
普段なら戦いに情を持ち込まない幻武・想甲から話を振り、怪夢もそれに応じる。互いに向かい合ったまま、背中の武器に手を伸ばそうとはしない。
「俺達が生前命を掛けて使えていた女性のことを覚えているか? 今となっては名前すら記憶から消えてしまい、あるのは断片的な思い出だけだ」
現世に甦ってから過去の記憶は殆ど忘れてしまっている。所詮は魂だけであり、記憶を保存しておく脳はない。
「覚えているとも、誰よりも強力な神通力の持ち主にして我らに人知を超えた力を授けてくれた女、琴夜《ことよ》のことだな」
琴夜、かつて幻武達が使えていた女性の名前だ。幻武・想甲もどこか懐かしさを感じるが、はっきりとは思い出せない。
「もっとわかりやすく教えてやろう、久遠唯理のことだ。琴夜が生まれ変わった人間だ」
「唯理が生まれ変わりだっただと!?」
唯理は一般人であり特殊な能力はなかった。いや、輪廻転生があるとしても前世の記憶や能力が来世に受け継がれるとは限らない。
「生まれ変わった彼女はただの人間に成り下がっていた。我のことも貴様のことも何も知らず、呼びかけにも応えてくれなかった!」
怒りと憎しみを吐き出すように怪夢の口調が強張っていく。
「何故だ!! あれほどの力の持ち主が何故、落ちぶれてしまったのだ!」
怪夢の意思が伝わったかのように、周囲の植物は枯れはて炭の様に黒く染まっていく。この空間は奴の精神に合わせて変化するようだ。
「我が封印が解かれ彼女がこの場の調査に現れた時、運命だと思った。再び会えることに歓喜した。なのにあの女は、あの女はぁ!」
「まさか、唯理に振り向いてもらえなかったから手に掛けたのか」
「そうだ! 記憶が曖昧な貴様にはこの苦しみわからんだろうな。愛する者に裏切られた辛さが!!」
過去を振り返らせたことで怪夢の怒りを焚きつける結果になってしまった。しかし、それは幻武とて同じである。
「唯理は現代に生きていた人間だ、昔の彼女とは違う存在なんだぞ! それなのに身勝手な理由だけで!」
魂の叫びは幻武・想甲の炎をより強く燃え上がらせる。純白だった装甲は炎に染められるかのごとく真っ赤に変わっていく。真っ白だった姿から、真紅の戦士へと成る。
幻武・想甲から発せられる烈火は無数のムチのように動き出し怪夢へと迫る。
「な、何だ、その姿は!?」
漆黒の幻武・想甲は背中の大剣を引き抜いて炎のムチを払いのける。
「これは俺の怒りと人間の命の力だ」
幻武・想甲は一瞬にして距離を詰め右手に力を込め、燃え滾る拳を漆黒の幻武・想甲の顔面に叩きつける。漆黒の幻武・想甲は四散して姿を消す。
しかし、幻武・想甲の背後に霧が密集する。霧の中から巨大なワニガメや怪鳥、様々な怪物がぞろぞろと出てくる。それはこれまで幻武・想甲が戦ってきた敵であった。
「人の記憶から引っ張ってきたか。他人の真似ばかりしていても俺には勝てぬぞ」
大剣を振りかざし、真紅の戦士は敵の群れに飛び込んだ。
千華はフェンスをはさみ光介の無事を祈っていた。無力な人間が側にいても足を引っ張ることになってしまう。それは雲原とて同じである。
「永森君が向かってから10分はたったか」
雲原は腕時計で時間を計っていた。遅くなればなるほど焦りや不安は募る一方である。
「無事に光介君が帰ってこられても、昔のように平穏にくらせるかな。雲原さんはどう思いますか?」
「幻武と一体化してしまった彼が、今までの生活を望むかどうかだと思う。戦士として戦場を求めてしまう恐れもある」
「私はどんなことがあっても光介君を引き止めておきたいです。そうじゃないと何処にでも流れていってしまいます、光介君はお人よしだから」
「それがいい。久遠さんはこれからも永森君の側にいてあげるべきだよ」
光介の戦いは孤独なものだ。『自分にしか出来ない』これが彼を追い込む最大の要因だった。その結果、精神に障害をきたす事になってしまった。
幻武と完全に混ざり合ってしまうと解りながらも戦うことを選んだのである。
始めは唯理との約束のためであったが、後に自らの意思で千華を守りたいと思うようになったのだ。
愛する者のため彼は戦士として奮起するのである。
あらゆるものを燃やし尽くす業火を纏う幻武・想甲の前に怪夢は無力であった。以前とは比較にならないほど戦力が増大している。
真紅に染まった幻武・想甲は群がる敵を次々と切り伏せていく。距離を取っても体から発せられる炎を火球として放つ。
「これが貴様の怒りの力だというのか」
「違うな、ただの怒りじゃない、命の力だ。生命を持たないお前と俺の決定的な差だ」
幻武・装甲は自身が中心に大爆発を発生させた。熱と爆風によって怪夢は一掃される。
爆心地に立つ幻武・想甲は未だにメラメラと燃え滾っている。
「無意味な抵抗はやめろ。次で決めてやる」
「大人しく消えるほど我が恨みは浅くないぞ」
何処からともなく噴出した黒い霧は、漆黒の幻武・想甲を作り出さす。
「お前の恨みが晴れることなど永遠にないだろ。いい加減、現世に執着するのはやめないか」
「ここに来て泣き落とし作戦か? では我からも1つ提案してやろう。幻武、貴様が同士になれ。さすればこの復讐も憎しみも・・・」
「お断りだ。誰かに八つ当たりする行為で晴れるものではないだろ?」
幻武・想甲は怪夢の提案をぶった切った。
「お前の憎しみも怨みも全て過去のことだ。終わったことなんだ」
「終わってなどいない! 琴夜をただの人間として産み落としたこの世への復讐は終わってなどいない!」
「いいや、終わったんだ。彼女は普通の人間として生まれて良かったんだ。そのお陰で迫害されること無く、まっとうな人生を送れたんだ」
怪夢に関わってしまったため最後まで順調な人生とは行かなかったが、前世よりは人間らしい生活を歩めたはずだ。
「・・・それでは我だけが報われないではないか」
「憎しみに心を委ね、復讐鬼と化した生き方に救いなどありはしない」
亡霊のようにユラユラと揺れながら漆黒の幻武・想甲は左手で背中の大剣を引き抜き、それを振りかざした。幻武・想甲目掛けて一直線に突っ込む。
応戦のために突き出した大剣が漆黒の幻武・想甲の腹部を貫く。突き刺さる剣に構わず、さらいに一歩と踏み込む。ノコギリの様に刺々しい大検が幻武・想甲の腹を突き破る。
互いの腹部を突き刺す形で2人は沈黙する。
「相打ち狙いか、お前らしくない」
「そうとも限らんぞ」
漆黒の幻武・想甲は自らを黒い霧状に変化させ、幻武・想甲に纏わりついた。黒い霧は装甲から内部へと入り込んでいく。
「なるほど、そういうことか。まぁ、これはこれで良しとしよう」
幻武・装甲は怪夢の進入を甘んじて受け入れた。
「貴様、どういうつもりだ。何故拒絶しない」
「よくよく考えろ、俺もお前も琴夜の神通力が生み出した存在に過ぎない。2つに分かれていた力が1つに戻るだけだ。在るべき所に還ろう」
真紅に染まっていた幻武・装甲の体が白くなっていく。元の純白ではなく、燃え尽きた灰のように。
「還るべき場所か・・・。今更彼女は我らを受け入れてくれると思うのか?」
「受け入れてくれるさ、所詮俺達は力の断片に過ぎない。お前の目的は彼女に受け入れてもらうことだろ」
幻武・装甲は風に吹かれた砂のように散っていた。
温かい。まるで人の温もりに包まれているようだ。
「2人ともよく還ってきてくれましたね」
とても穏やかな声が聞こえた。聞いているだけで心が落ち着く。
光介が目覚めた空間はあちこちが輝いており、まともに目を開けていられにほど眩しかった。自分が生きているのか死んでいるのかすら解らない。
「永森光介、よく2人を連れ帰ってくれました。誠にありがとうございます」
「・・・・・・」
光介は『貴女は』と言おうとしたが口が動かないため喋ることができない。
とりあえず状況を説明してほしい。眩しさの余り、前にいるであろう人物の顔すら見えない。恐らく女性である。
「貴方はここに長く留まるべきではないわ。待っている人が居るのでしょ。こんなところで立ち止まっていては駄目よ。戦いは終わった、でも貴方の人生はまだ続いているの」
戦いは終わった、その言葉を聞けただけでも苦難の日々の甲斐があった。
幻武と出会った高校3年の秋、そこから地獄のような苦しみが続いてきた。『自分にしか出来ない』逃げ出したくても出来なかったが、とうとう終わりまで到達したのだ。
「さぁ、これからは1人の人間としてやるべきことをやりなさい。・・・妹のことを頼んだわよ」
光介は輝きの中に叫ぼうとしたが如何せん声が出ない。手を伸ばそうにも体が反応しない。
目の前の眩しさがより一層強くなる。光介の意識は突き飛ばされるかのように弾かれた。
「千華のこと頼んだわよ、こうちゃん」
今度こそ現実世界であることに望みを掛けて光介は目を開けた。辺りは暗く、視界には天井が写っている。体はベッドの上に寝ており、カーテンで周りが区切られている。
首を横に傾けるとデジタル時計が置いてあり、時刻は午後2時26分と表示されていた。何処かの病院に入院しているようだ。
光介は上半身を起こすと掛け布団をはぐり自分の体を確認する。誰がどう見ても人間の体である。鏡が無いため顔のまでは確認できなかったが、触ったところ違和感はない。
意識を集中してもう1つの人格が住み着いていないか確かめてみる。返答はない。
眩しい世界で聞かされたように、ただの人間に戻っていた。
安心すると急激に眠気が押し寄せてきた。これからは皆が安心して眠れる日々が訪れる。
怪夢が消え去ったことなど世間は知るよしもない。テレビ等のメディアは夢遊病の謎を追求している。この奇妙な出来事が解明される日は来ないであろう。なにしろ、黒幕も純白の戦士もこの世から消えたからである。
ただ、模倣犯は後を絶たないであろう。これほど使いやすい言い訳はない。
特に異常があった訳でもないので光介はすぐに退院することが出来た。問題なく日常生活をこなせている。
高校はもうすぐ冬休みである。多くの生徒が浮かれる中、光介は切羽詰まっていた。
何故なら、卒業後の進路が決まっていない。高校3年生の冬ともなれば進学か就職どころか、具体的な志望先が決定していて当然である。
放課後、光介は担任が持ってきた大量の大学、専門学校のパンフレットと格闘していた。具体的な進路が決まらないと帰宅することすら許されない。
「お前は作文の書けない小学生の居残りか」
矢星が的確なツッコミを入れる。
「作文の方がずっと楽だよ。今日一日で進路が確定するわけないでしょ」
「厳しい言い方だが、普通は決まっていて当然だぞ」
またしても的確なことを言われてしまった。
怪夢との戦いに明け暮れる日々を送っていたとしても、進路を考えていなかったのは光介自身の責任である。
「ああ、もうそうだよ。人生若干諦めモードだった僕の自業自得だよ」
「そういえば、退院してから喋り方が戻ったな」
「まぁ、あの時は色々と行き詰っていた時期だったんだよ。人格が崩壊していた、鬱病みたいなものだから」
鬱病は嘘であるが、人格が変貌していたのは確かである。
一度混ざり合ってしまった精神は二度と分離しないと思われていたが、無事に生還することができた。全ては眩しい世界で出会った女性のお陰である。何となくだが唯理に似ていた気がするが、真相は不明である。
「無駄口叩いてないで早く終わらせようよ」
今度は千華にまで急かされる。千華と矢星はもちろん進路が決まっているが、光介には教えようとしない。光介がどちらかの進路に乗っからないようにするためである。
「で、光介君は将来の目標とかないの?」
「いや、無いわけではない。でも進路とは別のことだよ」
「そうか、なら進路的な意味で将来を考えろ。何か学びたいことや、就きたい職業はないのか」
光介は頭から力を抜き思考を止める。漠然と自分のやりたいこと知りたいことを思い描く。だが、具体的な形にはならない。
記憶から甦ってくるのは幻武との戦いの日々である。決して戦士に戻りたいわけではない。あんな日常は二度と味わいたくない。
「命・・・生命・・・」
光介はぼそっと呟いた。最後の決戦で、怪夢を圧倒できたのは命があるかないかだった。すでに死んでいた怪夢と人間と融合することで生命を得た幻武、生きようとする意志が力になったのであろう。
「うん、生物とか生命のことは学んでみたいかな」
「おお、良い目標が出てきたじゃないか」
そこからは順調であった。進みたい道が見えてきた感じであった。といっても帰るころには5時をまわっていた。外はもうすでに日が落ちていた。
矢星は先に帰ってしまったため、光介と千華は一緒に帰路につくことにした。
「いやぁ、本当にビックリしたよ。卒業後は光介君と別々の道かと思っていたけど、まさか同じ大学になるなんて」
「学科は違うけどね、って、途中から千華が半ば誘導してたでしょ!」
「やっぱりばれた」
「いいよ、一石二鳥だ。もう1つの目標も叶いそうだから」
光介には進路とは別の望みがあったが、矢星に妨害され言えていなかった。辺りに人が居ないのを確認する。
「光介君、あの後何て言おうとしたの?」
たぶん、千華も光介が言わんとすることを理解しているであろう。以前の告白は、幻武と精神が混ざっている時のものである。永森光介という1つの人格から話さなければならないことがある。
光介と千華は足を止め互いに向かい合う。普段以上に互いを異性として意識してしまう。
「前に言ったことと被るんだけど、改めて千華に聞いてもらいことがある。僕は千華とこれからも一緒に居たい。これは唯理さんとの約束でもあり、僕が千華のことを好きだからだ」
噛まずに喋れたことでまずは一安心である。
「ありがとう、光介君は律儀だね。もう一度告白してくれるんだもん」
千華は恥ずかしさ交じりの笑顔を浮かべてくれた。
「私も光介君のこと好きだよ」
「こ、こちらこそ、あ、ありがとう」
今度は噛んでしまった。緊張のあまり背筋が固まっている。動きがぎこちない。
「どうしたの? さぁ、行こう」
千華は光介の左腕に飛びつく。2人の距離が急激に近くなる。
「そうだね、でも、ちょっと歩き辛いんだけど」
「慣れれば大丈夫だよ」
やれやれと思いながら光介は歩き出した。
千華と共に生きていく時間は、あの戦いの日々より遥かに長い時間になるであろう。
どの様な形であれ、私の作品を読んでくれたすべての人に感謝です。ありがとうございます。
本作を通して自分の文章力、シナリオ制作能力の無さを痛感しました。自暴自棄になる時期もありましたが、何とか立ち直ることができました。正直、この作品は削除したいくらい恥ずかしいですが、あえて残します。『あぁ、以前はこんなんだったなぁ』と懐かしめる作品にしたいと思っています。
繰り返しになりますが、皆様ありがとうございました。